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異世界で探偵って需要あるんですか?  作者: 啄木鳥津月
File2:オレが猫でお前も猫で
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7話

「カイト、急げ! もたもたするな!」


 大通りを全力疾走しながら、ティアは大声でどやしてくる。

 俺はそんな彼女を追うどころか、背中を見失わないようにするので精いっぱい。数分も経たぬうちにとうとう疲労と横っ腹の痛みに耐えきれず、その場でへたりこむ。

 

「ぜぇ、ぜぇ……ちょっと、待ってよティア。もう少し速度緩めてくれ……もうマジ無理……」

「何を言っている。ガット殿の過去が明らかになった今、一連の事件は彼の企みかもしれないのだぞ。だとすれば、入れ替わりだけで事が済むとは思えない。きっとあれはただの前段階だ。これから何をしでかすかわからんぞ。最悪殺しも想定しておかねば……」

「落ち着けよ。これからまだ何か事を起こそうってのなら、なんでそのタイミングでわざわざ俺達に事件解決を依頼してきた? 突き止められて阻止されるリスクを高めるような真似をわざわざするとは思えないけど?」

「そうか? 逆にそれを狙っているということもあると思うがな」


 呆れたように言うと、彼女は俺の二の腕を掴んで無理矢理立たせた。


「ああしておけば、我々に不可思議な現象に巻き込まれた被害者と印象付けられる。あとは我々の監視の目がある中で、ヴァイス殿をどうにかして手にかけることができれば、自分に疑いの目が向くこともなく事を終わらせられる。完全犯罪成立だ」

「どうにかしてって、どうやるんだ?」

「……さぁ」


 完全犯罪を危惧する不完全思考の持ち主。その名もクリスティア=エルキュール(24・独身)。

 百歩……いや、一万歩譲ってそんな手段があるとしても、直情的なネロさんがそこまで手の込んだことをするとは考えにくい。


「それに、いくらネロさんに動機があったとしても、泥酔してなかったってのは本当だったろ。つまり階段の衝突は必ずしも彼じゃないってことだぞ」

「だったらヴァイス殿が仕掛けたってことだろう。彼女が犯人でも理屈は通る。ガット殿の過去を知れば、当然自分に復讐をしてくるだろうと思うはず。だから殺される前に先手を打った。どうだ?」


 なんだその推理のリバーシブル。いくら容疑者が二択だからって安易に考えすぎだ。

 というより、この事件はそこまで単純じゃない。

 きっと、普通じゃ考えつかないような思惑が動いてる。一筋縄ではいかなそうだ。

 


 ◆

 

 数分後。

 俺達はネロさんの家に慌ただしく帰還した。

 

「戻ったぞー!」


 叫びと共に助手がドアを開けた先には。

 血みどろの死体とその傍で硬直しているナイフを持った犯人。

 ……なんてことはなく。

 ソファで仲良く戯れているネロさんとミャケちゃん(人間態)、そしてテーブルの上で不貞寝しているフランさん(猫態)がいた。


「あ、探偵さん方! お疲れ様っス!」

「にゃ~」


 屈託のない笑みでネロさんとミャケちゃんは出迎えてくれるが、暴走気味のティアはそれに応えることなくフランさんのもとへ直行。


「大丈夫かヴァイス殿? ガット殿に何かされたのか!? しっかりしろヴァイス殿ーっ!」


 大声で呼びかけながら身体を揺さぶったり揉んだり引っぱたいたりして、彼女の意識を確かめる。

 きっと死んだものと勘違いしてるんだろう。まだ何もされてないのに、早とちりもいいとこだぜ。

 

「ちょ、ちょっとどうしたんスか? 帰ってくるなり……」

「しらばっくれるなガット殿……いや、ネロ=ガット! 貴様のしたことは――全部まるっとお見通しだ!」


 バーン! と助手は勢いよくネロさんに人差し指を突き付ける。

 だからまだ何もしてねぇってのに。


「ど、どういうことっスか……意味わかんないんスけど」

「この事件を起こしたのが貴様だということだ。どうにかしてニャン公とヴァイス殿を入れ替わらせて、その後どうにかして隙を突き、彼女を殺そうとしたんだろ! わかってるぞ」

「どうにかしてって……どうやって?」

「……さぁ」


 マジで口閉じてろお前。


「すみませんネロさん。この人ちょっと頭がおかしいので、気にしないでください」

「なにがおかしいものか! 現にほら、さっきからヴァイス殿がうんともすんとも言わないし、ピクリとも動かないんだぞ!」


 と、ティアは眠りこけている猫の背中を鷲掴みにして持ち上げる。身を案じてるにしてはずいぶん乱暴な扱いすぎだろ。


「ん、んもう~なんなのよさっきから。気持ちよく寝てたのに!」


 あ、起きた。

 欠伸をしながら、フランさんはけだるそうな声でティアに抗議を始める。


「ちょっと、早くおろしてくれないかしら?」

「す、すまない」


 テーブルの上に戻されると、黒猫はまたぐでっと突っ伏してぼやく。


「ったく、何にもされてないわよ私は。なんなのよ、いきなり殺すとか……」

「それはガット殿が――もがっ」

「この助手の妄想です。すみません情緒不安定なもんで、どうもお騒がせして申し訳ありません」


 俺は助手の口を塞いで代わりに陳謝した。

 ネロさんよか、こいつが一番何をしでかすかわかんないよまったく。


「いいかティア、これ以上余計な発言は慎んでくれ。特に二人の過去については絶対に触れるな」

「なぜだ。事件のカギを握る一番重要なことだろうに、問い詰めなくてどうする」

「もし万が一それが今回の発端で、億が一にも殺しとかを企んでるんだとすれば、バレた時点で強硬手段に打って出てくるかもしれない。なるべく刺激はしない方向で穏便に済ます」

「策はあるのか?」

「必要になったら指示する。それまでおとなしくしてて、頼むから」

「……わかった」


 ティアは釈然としない表情でいつつも、おとなしく矛を収めてくれた。

 そんな時、フランさんが間延びした声でネロさんを呼びつけた。


「ちょっとー。あたしそろそろお腹空いたんだけど」

「え? ああもうこんな時間か」

 

 壁にかかった時計を見ると、もう18時近く。ドタバタしてたらあっという間に時間が過ぎてっちゃったな。俺達も空腹だったことも今気づいたくらいに。そういえば昼ごはんも食べてなかったもんな。


「あたしはまだ寝てるから、できたら起こして」


 ふてぶてしさ全開で、フランさんはまたすぐに熟睡。図々しいことこの上ない。

 ネロさんもそれにもういちいちキレることはせず、腕まくりをしてキッチンへと向かった。


「じゃあ、早いとこ作っちまうっスかね」


 そんな彼を見て、慌てて立ち上がったのがティアだった。

 

「では、私も手伝おう」

「え? いや、いいッスよそんな。ただでさえ色々協力してもらってるのに、その上家事まで――」

「別に気にするな。貴様がメシに毒でも仕込まないか監視――じゃなくて、えー、さっきは無礼な真似をしてしまったお詫びということで」


 歩く無礼が何言ってやがる。


「ティアは向こうでミャケちゃんの相手しててよ。こっちは俺がやるから」

「えー」

「えー、じゃない。ほらさっさと行った行った」


 というわけで男組は料理に、女組と猫一匹はお遊びとお眠りに徹することに。

 

「スンマセンッス。こんなにまでしてもらって……ホント感謝ッスよ」


 野菜を包丁で切りながらネロさんが言ってきた。


「いえいえ、俺じゃあんまりお役に立てるかどうかわかりませんけど。男の一人暮らしの料理ってついテキトーになりがちですから」

「そッスねー。自分で食べる分なら失敗してもなんてことないんスけど……今回はね」


 ちらっとそこで彼はリビングのフランさん(睡眠中)を一瞥する。

 

「今日の朝ごはんも作ってやったんスけど、開口一番まずいって言われちゃいまして」

「フランさんにですか? ってことは作ったのはねこまんま?」

「ウス。自分、あれだけは得意だし、いっつも気合い入れて作るんス。まぁあいつの口に合わないのは仕方ないッスよ。中身は人間だけど、人間用の食べ物を猫の身体に与えるわけにはいかないッスから」


 そりゃそーだ。猫や犬の食べ物は人間のものに比べて極めて味が薄い。文字通り「味気ない」という意味でまずかったのだろう。


「でも、ただ……実はミャケにもあんまり食べてもらえなかったんスよね。ねこまんま」

「え? ミャケちゃんにも同じの出したんですか?」

「ウス」


 少し寂しそうな表情でネロさんは頷いた。


「ミャケは自分のねこまんまがすごく好きだったんスよ。そんな自分も、幸せそうにミャケが食べてる姿を見るのが一番の楽しみなんス。でも……今日は喜ばれるどころか、半分も残されちゃいまして」

「……」

「ショックだったッス。あんな複雑そうな顔……初めてされたもんスから」

「ミャケちゃんのこと、それほど大切に思っているんですね」

「ミャケは自分の支えみたいなものッス。気のおけない家族っていうか……友達も恋人もいない自分が唯一心を開ける相手なんス。日々の愚痴とか、悩みとか。誰にも言えなかったことを、あいつは黙って聞いてきてくれた……それだけで、自分は救われてきたんスよ」

 

 そこで彼の包丁を動かす手が止まる。

 たかがメシのリアクションとはいえ、ネロさんにとってのミャケちゃんはそれほど大きな存在なのだろう。


「きっと、あたふたしてたから調子が狂っちゃったんじゃないですか? 料理の出来ってその日の気分とか体調とかにも左右されますし」


 俺は適当な気遣いの言葉を投げるものの、内心非常に疑っていた。

 どういうことだ。 

 猫のフランさんはねこまんまをまずいというのはわかる……。

 だけど、それが大好物なはずのミャケちゃんまで同じ反応を示したというのは妙だ。


 もし入れ替わっても、味の感性や好みは元のものを引き継ぐのだとするなら、ミャケちゃんはねこまんまをいつものように美味しく食べるはず。

 逆に舌の肥え方までもが入れ替わるのであれば、ミャケちゃんの舌を持つフランさんがねこまんまをまずいと言うはずがない。


 またここでも食い違いが……どうなってんだ一体……。

  

 ◆


「「「いただきまーす」」」


 それからしばらくして、俺達は夕食を囲んでいた。

 といっても、テーブルは狭いし椅子も二つしかないので俺とティアが座り、ネロさんとミャケちゃんおよびフランさんは、ソファの方に座って食べることに。

 

 メニューはパンと、大きな魚のムニエル、そして暖かなスープ。

 猫であるフランさんには、朝と同じくねこまんまが与えられた。


「はいミャケ。熱いから気をつけるんだぞ。ほら、食べさせてやるからあーんしな」

「みゃー!」


 ミャケちゃんはネロさんがほぐし、ふーふーした魚を幸せそうに頬張った。

 普通に喜んで食べてるな。ちなみに味付けは人間用に濃いめにしてるから……ねこまんまがまずかったのはやはり味覚まで人間のものになっているからか……。

 

 ではフランさんはというと……。


「ふん、また昨日と同じやつ……こんなものを毎日食べなきゃならないとか……猫に同情するわ」


 と相変わらず文句を垂れている。食べ方もあんまり美味しそうな感じじゃない。

 今回のねこまんまは、ネロさんが本当に時間をかけて真剣に作ったんだけどなぁ。

 またどっちかが嘘をついてるなら、フランさんしかいないわけだが……。まさか意地を張ってるだけだったりとか?


「なんだか、まるで夫婦みたいだな」


 すると、ティアがネロさんとミャケちゃんを見ながら言った。

 二人はくんずほぐれつ、確かに仲睦まじい様子。入れ替わる前は犬猿の仲だったなんて想像もできない。


「こうしてみると、彼が復讐なんて考えてるとはとても思えないな」


 おや、考えを改めたか。

 今までの彼女は超がつくほどの懐疑主義者。一度疑ったら骨までしゃぶり尽くすほど徹底的に疑う。

 そんな彼女が助手を志願してきた時、俺は「人を信じることの大切さ」を教えて説いた。

 事件を解決するには、まず疑わしい人物より信頼できる人を探せ。それが鉄則だと。

 早くも教えが身についてきたみたいだな。大変よろしい。


「ということは、殺そうとしてるのはヴァイス殿の方で決定だな」


 よろしくなかった。

 なんでそう意地でも殺人に持っていきたがるかね君は。

 殺人以外の事件は推理小説には相応しくないとかいうバカはどこでも一定数湧くものだが、まさかリアルに対してもそんな思考の奴がいるとは思わなかったよ。面倒くせぇ。

 大体、なんで入れ替わりが殺人の前座になりうるんだよ。動機がそれっぽいとはいえ、普通その二つを結びつけようなんて思わないだろ……。


「思うに決まってるだろ」


 真顔で否定しやがった。

 

「なぜならこの入れ替わりを起こすことによって、お互いに殺人に適した状況を作り出せるからだ」

「どういう状況だよ」

「簡単に相手の懐に潜り込める」

「……え?」

 

 思わずフォークを落ちそうになった俺に、ティアは小さな声で続ける。


「いいか。ガット殿とヴァイス殿は非常に仲が悪く、目と目が合えば喧嘩ばかり。隣人ではあれど、互いに近づくことすら拒否反応を起こすような間柄であったことはもうわかった。そんな二人が、双方の距離を狭めるような気の許し方をするはずがない」

「!」

「だけど、入れ替わりが起きたことでどうだ? 互いに同じ部屋で一緒に飯を食って、一緒に寝る……これほど絶好な状況もないだろうに」

「……」

「ん? どうしたカイト。私の見立てにおかしいところでもあったか?」

「……いや」


 ……まさか。


 俺は短く返し、改めて今回の事件の当事者を見渡す。

 人間になった猫と、猫になった人間、その飼い主。

 飼い主と猫の愛の絆。隣人との確執。

 二人の間にある、過去。

 

 数々の事件のピースが、入れ替わりという最大の謎に次々とぶつかり、いくつものヒビを入れていく。


 そうか……そういうことだったんだ。


「……わかったよ、ティア」

「え?」


 俺はフォークを皿の上に置くと、目の前の小首を傾げる助手を見据えて、言った。



「謎は……全て砕けた」


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