2話
続きに行く前に、自己紹介をさせてくれ。
俺の名前は結城界斗。
2月29日生まれの20歳。
ごく普通の家庭に生まれた、ごく普通の男の子である
ミステリーオタである、という点以外は。
ホームズ、ポワロ、金田一など、自宅や図書館にある推理モノの本は全て読破した。昼夜も問わず、三度の飯よりも優先させて。
一度だけじゃ飽き足らず、ストーリーどころかセリフや地の文を一言一句暗記するほど繰り返し読んだ。トリックも、それに対する謎解きももちろん頭に入ってる。
もし同じ手口で実際に犯行を起こす奴がいようものなら、十秒でそいつを証拠付きで炙り出す自信はある。
「探偵になりたい!」
そう言い出したのは小学三年生の頃だった。
推理モノ好きが高じた人間なら、一度はそう思うことだろう。
様々な難事件に挑み、そこに潜む謎を砕いて一つの解と成す。
そんな姿に、俺は狂おしいほど惹かれ、憧れ、心打たれた。
両親もその時は笑って応援してくれてた。当然ガキのやんちゃな夢だから、本気にしてなどいなかったのだろう。
だが、それはいつまでたっても変わることはなかった。
中学、高校に上がるにつれて、親や周囲の人間の顔からは笑みが消え、ついには「お前頭大丈夫か?」とまで言われるようになった。
当然、進路相談では揉めに揉めた。大学には行かずに探偵として独立するんだ、なんて言われたらそうなるのも無理はないだろう。
だが俺は最後まで譲ることはなく、反対を押し切るように家を飛び出した。
世界一の探偵になること。
それが俺の、今でも変わらない夢。
そうして俺はいつもどんな時も、その夢に向かって邁進し、精進し、前進し続けたのだった。
その結果が……。
「これだよ」
超難解な殺人事件を解決し、犯人を追いつめたものの、逆に殺されてしまい。
ゲームや漫画でしか見られないような人種が入り乱れる謎の世界で目覚め。
あろうことか、殺人罪をでっちあげられて逮捕される。
笑えねぇ……さすがに笑えねぇってこれは。
調子こいてた俺への罰かなにか? だとしてもちょいとえげつなさすぎやしません? ここまでされるようなことだったの? ねぇ?
狭く、窓もなく、小さな机と椅子だけがぽつんとある暗い取調室で、俺は聴取を受けていた。
向かい側に座っているのは、物凄い形相でこちらを睨みつけている女騎士。
銀色の髪と蒼い瞳がよく似合う、凛々しくも美しい御方だ。こんな人が俺の助手だったらなぁ、とうっかり見惚れてしまいそうになる。
こんな状況でさえなければ、の話だが。
「貴様がやったんだろッ!!」
バァン!
と机に拳を叩きつけてのお決まりのセリフ。もうかれこれ十回以上は怒鳴られた。その剣幕に、俺はうつむいて縮こまるしかない。
やったんだろと言われましても、こっちには身に覚えが微塵もないのだから困ったものである。
「だからやってませんってば……信じてくださいよ」
「黙れッ! 殺人鬼の言うことなど誰が信じるものか!」
「でも、俺はその殺された人となんの面識もないし、それどころかこの場所自体初めてなんですが……」
そう言いかけたところで胸ぐらを掴み上げられた。接近したことで、彼女の銀髪から漂っていたいい匂いがさらに俺の鼻孔をくすぐってくる。
「いいか。私が倒れていた彼女を最初に見つけた時、傍にいたのは貴様だけだ! そして殺した凶器もきちんと残ってる。どこに疑う要素があるんだ!」
「でも……」
「それに面識がない、だと? そんなの口ではなんとでも言える! 本人はもうこの世にはいないのだからな! 他人のふりをして逃げようったってそうは問屋が卸さんぞ! なんだ? 金銭トラブルか? それとも痴情のもつれか!? いいから正直にさっさと吐け!」
ガクガクと揺さぶりながら早口で女騎士はまくしたてる。駄目だ、てんで聞く耳を持っていない。どうすりゃいいんだ。
「あの子はな、私にとっては妹のような存在だった。もう何年も一緒に仕事をしてきたんだ。いつも健気で、頑張り屋で、将来有望な奴だった。それをお前は奪ったんだ。あの子の人生を、未来をッ!」
なるほど、そういうことか。
親しい存在を殺されたことによる私怨。やたらと冷静さを欠いたような言動はそれに起因しているらしい。
その気持ちもわからんでもない。でもだからといって、そんなことでこっちの言い分を聞いてもらえず有罪確定なんてごめんだ。
「とにかく落ち着いてください! 俺が怪しいってのは確かにそうでしょう! でもあなたが言ってるのはただの状況証拠だ!」
「じょうきょうしょうこ?」
「そうですよ! もっと指紋とか、監視カメラの映像とか、そういう決定的な物証をまずは精査すべきではないんですか!? そのへんの捜査ってどうなってるんですか?」
「……」
眉をひそめて訝しげな表情になる女騎士。
こういう感情的になってる手合に、感情的に返すのは逆効果。毅然とした態度で理路整然と反論するのが一番だ。そうすれば多少はまともな判断をしてくれるだろう。
と、少しでもそう思った俺が甘かった。
「しもん? かんしかめら? 一体何だそれは?」
……は?
開いた口が塞がらなくなった。
いや、何が「何を言っている」だよ。こっちのセリフだよ。それくらい調べるだろ普通。何そんな技術知りませんみたいな面してんだよ。
って、さすがにそこまではないと思うけど。
「いや、だからなんなのだ? しもん、とかかんしかめら? というのは? 聞いたこともないぞ」
そこまであったわ。
おいこんなのありかよ。聞いたこともない? どういうことだ、世間知らずとかで済む問題じゃねぇぞ!? ってかそれでどうやって警察になれるっていうんだよ!
だがこの人、ふざけて言ってるわけじゃあなそうだ。マジで生まれて初めて耳にしたような顔してる。
だめだ、このままじゃ埒が明かない。誰かちゃんとした人を連れてきてもらわないと……。
「すいません、あの……お手数ですが弁護士呼んでもらえます?」
「べんごし?」
「ええ、続きはその人と話しますので」
「? 何を言っている? ここにそんな名前の奴なんていないぞ」
この人、馬鹿なのかな。
それとも、呼ばれると都合が悪いからわざとすっとぼけてんのかな? どちらにせよちょっとムカついてきたんだけど。
わざわざ説明するのもアホらしいが、俺は冷静に彼女に伝えた。
「いや、人名じゃなくて弁護士っていう職業の人! 法律の専門家!」
「専門家? なぜそんな者を呼ばねばならん? そもそも何かを要求できる立場か貴様は」
「権利はありますよ! 国が派遣してくれるっていう法がちゃんとあるんですから!」
「たわけ! このジェネレイド王国にそんなふざけた法などあるものか!」
……はい?
血が上りかけていた頭に氷塊をぶっこまれたような、そんな気分になった。
急激に冷却され、ショートしかけている脳をなんとか動かして、俺は今言われた言葉を反芻する。
「じぇねれいど……おーこく?」
「そうだ。このレナート大陸の全てを支配する経済、産業、軍事、全てにおいて頂点に立つ最強の国、それがこのジェネレイドだ」
れなーと……たいりく……。
……ちょっと待って。話整理させて?
ここの人達がへんてこな恰好をしていることと、人外のきぐるみを着たような物体というのはもう理解した。
んでもって、これが何かのアトラクションイベントなどではない、というところも理解した。ここまではいい。
だが……だが最後に確認しておきたい点が一つ。
「あの、つかぬ事をお伺いしますが……ここって日本じゃないんですか?」
「はぁ? ニホン? ここはジェネレイドだと言っているだろう。貴様がいるこの場所は、首都にある第三騎士団本部だ」
……。
落ち着け。気をしっかり持て俺!
まぁ、ここは海外なのかなっていう気は薄々してた。だって、この目の前の女騎士の顔、明らかに日本人どころかアジア系ですらないもの。
だけど言葉は通じるし、彼女だって現に流暢に日本語を話してたから、やっぱり日本なのかなぁ、この人は移民二世か何かなのかなぁ、と思ってた矢先にこれだよ。
ジェネレイド!? レナート大陸!? なんだよそれ、聞いたこともない国名と地名だ。ていうか王国って、そんなものがこの世に現存してるわけがない。
だが俺は鎧と剣を持った騎士と、人外生物と、そしてあの聳え立つ巨大な城をはっきりとこの目で見ている。
まさかここって……。
「……異世界?」
日本どころか、海外どころか、地球上でもない。
まったく異なる次元に存在する世界。
俺は、そこにいるっていうのか?
とても信じがたい話だが、それだと色々納得できる。
指紋も監視カメラも存在しないことも、弁護士制度がないことも。警察じゃなくて兵が犯罪を取り締まっていることも。こんな話、とても現実の世界じゃ考えられない。
でもなんで俺がそんな場所に……?
「なんだ、貴様もしかして異国の者か? そういえばこの国では見たことのない顔つきだし、服装も妙だし」
あんたに言われたくない。
という言葉を俺はすんでのところで呑み込んだ。
「はっ!? まさかこの国の情報を探りに来たスパイか!? そして自分の正体をあの子に気づかれそうになって殺したんだな! それだと色々納得がいくぞ!」
うーわ、こっちもこっちでなんか納得しちゃったよ。しかもしてほしくない方向に!
「違っ、俺はスパイなんかじゃ……」
「このジェネレイドに潜り込んでくるとは……度胸だけは誉めてやろう。だがここで捕まったが運の尽きだな。密入国、諜報、これはれっきとした国を危険に陥れる行為。殺人よりも罪は重いぞ……」
こめかみに青筋を浮かべ、とうとう女騎士はお腰に下げた剣の柄に手をかけた。
それを見た途端に俺の全身から汗がどっと吹き出し、身に迫る危険を知らせてくる。
まずいまずいまずい、殺される!
「ちょっと待って! 頼むから話を――!」
「問答無用! 処刑台に送るまでもない、今この場で斬り捨ててくれるッ!」
彼女の言葉とともに、鞘から銀色に光る刀身が姿を現す。そこに映る俺の姿はさながら捕食直前の小動物。
冗談じゃない! ついさっき殺されたばかりだというのに、また殺されるのかよ! しかも濡れ衣を着せられたまま!
反射的に椅子からひっくり返り、這いずり回るようにして部屋の隅まで逃げるが、もはやその行為には何の意味もなかった。
「地獄であの子に詫びろッ!」
女騎士はただ怯える俺に向けて、鋭利な刃を素早く振りかぶる。
絶望。その二文字が頭を埋め尽くす。
「うわあああああああああああっ!!」
成す術もない俺が情けない悲鳴を上げたその時である。
「ティア! 待つんだ!」
取調室のドアが開け放たれ、誰かが慌てて入ってくる。
見たままを述べよというなら、かなりのイケメンがそこにいた。
女騎士と同じように鎧と剣を装備している。年齢は大体彼女と同じくらい。でもってやたらと切羽詰ったような表情で息を切らしている。
「ライア隊長……どうしてここに」」
彼の乱入のおかげで、女騎士は剣を持つ手をピタリと止めた。
図らずも間一髪で斬首刑を回避できた俺は、へなへなとその場に崩れ落ちる。全身の硬直した筋肉が弛緩していくのがわかった。
「すまない、僕の部下が手荒な真似をしてしまったようで」
彼は慌てて俺に駆け寄ると、肩を貸して立て直した椅子に座らせてくれた。
まだバクバク言う胸を抑え、呼吸の乱れをなんとか落ち着かせる俺を尻目に、そのイケメンは小さくため息を吐いた。
「まったく、ダメじゃないかティア。被疑者を手にかけるようなことをしちゃ」
「……はっ、大変申し訳ありません」
ティアと呼ばれた女騎士は即座に剣をおさめ、そのライアという上司らしき人物に向かって敬礼した。さっきまでの赤い布を見た闘牛のような態度が嘘みたいだ。
「それで、隊長は何用でありますか?」
「ああ実はね、ソフィアがさっき目を覚ましたと連絡が入ったんだ」
「ソフィアが!?」
聞いた途端に、彼女の蒼い目が揺らぐ。
「しかし、彼女は殺されたはずじゃ……」
「治療班によれば後頭部を殴打されているものの、命に別状はないらしい。どうやら気絶していただけのようだって」
「そ、そうだったのですか……よかった」
ソフィア。おそらくあの時俺の傍で倒れていた女の子のことだろう。
死んでなかったんだ……。その事実に、俺もほっと一安心。しかし、ろくに脈の確認もしないで殺人と断定してたのか……とんでもないなこの女騎士。
「隊長! その……」
「わかってる。すぐに行ってあげるといい」
うずうずとして何かを言いたそうにしている女騎士に、軽くウィンクをしてライアさんはそう返事をした。
「そうそう、君も来たまえ」
「え? お、俺?」
不意に呼ばれた俺は素っ頓狂な声を上げた。
俺も行くって……そのソフィアさんのところへか?
戸惑っている中、女騎士が一度は収めた牙を再び剥いた。
「隊長っ、どうしてこいつまで!? 彼女を襲った張本人なのですよ! それをもう一度会わせるなんて!」
「それはまだわからないだろう。確かなのは、襲われた現場にいたということだけだ。犯人と決まったわけじゃない」
「しかし、だからと言って疑いが晴れたわけでもないでしょう!」
「だから、今から彼女に実際に会ってもらって、面識があるかどうかも含めて確認を取るのさ。犯人かどうか判断するのはそれからでも遅くないだろう」
「っ……」
窘められた女騎士は、とうとう口をつぐんだ。
助かったー、弁護士ではないけど物分りのいい人が来てくれて。これなら俺の冤罪も晴らせるかも。
わけのわからないことの連続で何が何やらだったが、ひとまずは解決の兆しが見えたな。