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異世界で探偵って需要あるんですか?  作者: 啄木鳥津月
File2:オレが猫でお前も猫で
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4話

「どうぞっス。散らかってますけど」


 ネロさんに促され、俺達は彼の部屋の中に通された。

 確かに中は散らかっていた。汚部屋というほどでもないが、足の踏み場はそう多くはない。


「ふん、自覚があるんなら片付けてから呼べばよかったのよ。整理整頓もできない分際でよくまぁ人を招けるもんだわ」

「んだと!?」


 小馬鹿にして喧嘩を売るフランさんと、それにカッとするネロさん。


「まぁまぁ。我々は特に気にしてない。そう熱くならないでくれ」


 そしてなだめるティア。これ延々とループするんじゃないだろうな。

 若干不安に思いつつ、俺は軽く内部の様子を観察。

 いたって普通の一人暮らし用の部屋。特に変わったものは見当たらない。獣人の生活も特に普通の人間と大差ないようだ。


 強いて挙げるとすれば……酒瓶が多すぎるというところか。

 床にはゴロゴロと空瓶が、テーブルやソファには飲みかけの物が転がっている。

 フランさんは、ネロさんのことを呑んだくれと評していたが……あながち間違いではなさそうだな。


「くそ、ミャケの身体で好き放題しやがって……あいっつつ、頭が……」


 そんなネロさんが急に額をおさえて呻きだした。

 きっと、さっき瓶をぶつけられたところだ。投げたのが猫とはいえ、あんなのが直撃したらそりゃ痛いって。

 だが、ぶつけた張本人は悪びれるどころかさらに嘲った。

 

「大げさね。どーせ二日酔いかなんかでしょ。自業自得よそんなの」

「お前……いい加減にっ……つぅ」

「にゃぁー!」


 また頭を押さえてうずくまる彼に、すぐさま駆け寄ったのはフランさん……の姿をしたミャケちゃんであった。

 彼女は心底不安そうな面持ちで、飼い主の頭をしきりにさする。身体の持ち主とはまるで正反対だ。

 

「ありがとうミャケ……ごめんな、心配かけて」

「にゃぁ……」

「ガット殿、大丈夫か? 血が滲んでるぞ」

「え? ああホントだ……」


 見ると、彼の体毛には赤黒い血が少しだけ付着していた。ぶつけた時に切ったのだろう。

 しかし、それを見たミャケちゃんは気が気でないように騒ぐ。


「にゃぁ、にゃあ!」

「大丈夫だよ、ミャケ。大したことはないから……」

「酒で消毒すればいいんじゃなーい? この部屋には売るほど有り余ってるみたいだし」


 なおも嘲笑を止めない性悪猫をキッと睨みつけると、ネロさんはふらふらと立ち上がった。


「すみません、探偵さん。自分、ちょっと薬屋で止血剤買ってくるっス。それまで、ミャケのことお願いしていいっスか?」

「え? あぁ、はい」

「すんません、すぐ戻ってきますんで……じゃあ行ってくるな、ミャケ」

「にゃぁ……」


 悲しげな顔をする少女の頭を撫で、彼は俺達に一礼すると、おぼつかない足取りで部屋を出ていった。

 バタン。

 と、ドアが閉まる音を合図に、俺とティアは後ろを振り返った。

 瓶の上に偉そうに鎮座する、小生意気な猫の方を。

 

 ◆

 

「さすがにちょっとやり過ぎではないか、ヴァイス殿」


 椅子に座るなり、ティアはフランさんに苦言を呈した。

 これには俺も全く同意。話には聞いてたけど、ここまで毒舌だったとはな。

 飼い犬に手を噛まれるならぬ、飼い猫の皮を被った人間にこき下ろされるか。ネロさんもよくまぁ今まで堪えてきたもんだよ。


「彼は身動きが取れないそなたのために、必死で我々を頼ってきたのだぞ? なのにあの仕打ちは、恩を仇で返すようなものではないか」

「……恩? 笑わせんじゃないわよ」

 

 にもかかわらずに、当の本人はテーブルの上で寝そべってそっぽを向いたまんま。

 そうするのが当然とでも言いたげだ。


「その分じゃあんた達、あいつの話を完全に鵜呑みにしてるみたいね」

「鵜呑み? どういうことだ?」


 フランさんは目線だけを俺らに向けると、痰でも吐くように言った。


「あいつ、どーせ原因は全部あたしのせいだって言ったんでしょ?」

「……そうですが?」

「やっぱり、そんなこったろーと思ったわ」


 鼻を鳴らして彼女は大きなあくびを一つかます。

 どうやら、やはり認識に食い違いがあるようだ。


「フランさん。俺達は彼から『あなたが階段を急に駆け下りてきたせいでぶつかり、それが原因で入れ替わりが起きた』と聞いています。ですがそれは事実無根だということでよろしいですか?」

「駆け下りたのは事実よ。仕事に遅刻しそうで急いでたから。それでぶつかったのも間違いなし」

「それなら、やはり原因はヴァイス殿にあるということではないか」

「いや、そうとも限らない」


 口を尖らせたティアに向けて俺は言った。


「ネロさんは確かに嘘は言ってない。だけど、重要な点を言わなかったんだ。これまでと同じようにな」

「? 重要なことって……」


 眉をひそめる彼女に、人差し指を一本立てて俺は説明を開始する。


「ティア。この部屋に来る前に、俺達はどこを通ってきた?」

「どこって……階段だろ」

「そう、階段。そしてその階段は二人が入れ替わった現場でもある。あそこを見て、俺は妙に気になった箇所がある」

「気になった? え? どこに?」

「幅だ」

「幅ぁ?」


 ぽかんと口を開けるティア。どうやら気にも留めてなかったようだ。


「あの階段の幅……多分俺が両手を広げても余裕で余るくらいあった。あれだけあれば、普通の人間なら三人、いや四人は普通に並べるだろうな」

「……それの何が妙なのだ?」

「わかんないか?」


 俺は座っていたソファから立ち上がり、部屋をぐるぐると徘徊しながら喋る。


「今回の事件は、急いで下りてきたフランさんと、上がってきていたネロさんが『正面衝突』して起きたもの。でも、あの階段でそんなことが起きるとは考えにくい。だって、普通に避けられるスペースがあるんだから」

「……あ、そうか」

 

 納得がいったのか、ぽんと元女騎士の助手は手を叩いた。

 

「階段を下りる時って、ほぼ確実に下を見るだろ。つまり、フランさんは上ってくるネロさんを視界に入れた時点で、横方向にずれればぶつかることはなかった」

「じゃあ、もしヴァイス殿が原因だというのなら……わざとぶつかったことになるのか」

「そうなるな」


 俺は床に散らばる瓶を片付けながら、淡々と推理を続ける。


「でも仕事に遅刻しそうだってのに、そんな真似をするとは思えない。よしんばネロさんを痛めつけたいがための計画的な犯行なら、自分も怪我を負うかもしれないようなリスキーな手段は用いないはずだ」

「なら……ガット殿も、下りてくるヴァイス殿と同じ方向に避けようとして――ということはないか?」

「確かに。それなら辻褄は合うかもだが……よーく思い出してみろ、ネロさんは『避けようとした』って言ったか?」

「……」


 答えはNO。

「避けきれずに正面衝突」。それが彼の供述だ。

だが、あの広さの階段で避けきれないというのは無理がある。


「では……一体どうしてあの事故は起きたというのだ……? 原因はガット殿にあるということか? でもわざと避けなかったというのもおかしいよな……?」


 そう。何もかもが不自然で、不可解なこの事故。

 だが、その謎を一発で砕くことのできるモノがある。そのヒントは、既に何度も出ていたのだ。

このネロさんの部屋を訪れた、まさにその時から。

 

 俺は集めた瓶を黒猫の前に起き、静かに言った。


「フランさん。事故当時、ネロさんは……泥酔していたのではないですか?」


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