13話
まさかの展開。
初めての来客があの女騎士とは……。
「な、なぜここに……?」
「総長に聞いて……あなたがここに探偵事務所とやらを設立したと」
いや情報の出どころじゃなくて、何のためにここに来たかという話よ。
ていうか、「あなた」って言ったか今? さんざん貴様とか下郎とか、見下したような呼び方してたのに。
しかも服装はいかつい鎧ではなく、シンプルな暗色のドレス。
厳のある男前な騎士の頃からは、想像もできないおしとやかな姿。剣だけは腰に下げてはいたけど、傍から見れば、どこにでもいそうな町娘そのものだった。
なにこれ、イメチェンのつもり?
「……まぁいいや、どうぞ」
「お、お邪魔する」
彼女はまたぺこりと一礼すると、手荷物である大きめなトランクを持って中に入ってきた。
とりあえず応接スペースのソファにかけてもらい、俺はその間にキッチンストーブに薪を焚べてお湯を沸かす。
「……で、どうしたんです?」
「いえ、実はその……この間の礼を言いに」
「礼?」
こくこく、とクリスティアさんは素早く頷く。
なんかよそよそしいな。目線はずっと膝の上だし、覇気というものをまるで感じない。
「あなたが尽力してくれたおかげで、ソフィーを傷つけた犯人を見つけることができた。ありがとう」
「……どういたしまして」
まさかこの人の口からありがとうなんて言葉が出るとは驚きだ。とはもちろん口には出さないけど。
「それに、あいつの本性も暴くことができた。あなたの活躍がなければ、私はこれからもあの下種に従い続けていただろう。本当に感謝している」
「下種? ああ、ライアのことですか。確かに、あんな奴の下にいたらそのうち何されるかわかったもんじゃないですからね。排除して少しは騎士団も浄化されたんじゃないですか?」
「う、うむ。そうかもしれないな……」
「……」
「……」
終わっちゃったよ、会話。
どうしよう……なんか別の話題振るか?
「……えっと」
「あのっ!!」
こっちが切り出そうとした途端、クリスティアさんは大声を出して立ち上がった。
ビクッたなぁ。なんなんださっきから、様子が変だぞ。
そう思った次の瞬間。彼女はさらに突飛な行動に出た。
「も、申し訳なかった!」
……はい?
申し訳ないって……今、そう言ったよな?
腰を90度折って、深々と頭を下げたまま、クリスティアさんはでかい声で続けた。
「私は最初から思い込みであなたを犯人と決めつけ、話もろくに聞かずに乱暴に扱ってきた。これまでの数々の非礼……決して謝って済むことではないが、本当にすまないと思っている。どうか許してほしい」
「……」
謝られた。
ありがとうの次はごめんなさいとか……どういう風の吹き回しだよ。性格からして「捜査は適切だった」とか言いそうなのに。
正直この人から受けた仕打ちにはガツンと物申してやりたかったけど、こんなことされちゃ怒るに怒れない。
なので。
「大丈夫ですよ。気にしてませんから」
と寛大にならざるを得なくなった。調子狂うなぁもう。
「本当に? 本当に気にしてないか? もしまだ不満があるなら――」
「ないない、ありませんって。もういいですから、ほら」
これ以上謝らせたら、こっちが悪者みたいになる。
俺は心配そうにしている彼女を半ば強引にソファに座らせると、小さく息をつく。
「まぁ色々ありましたけど、冤罪はちゃんと晴れたし、今はこうしてそこそこ不自由のない暮らしができるようになったので。結果オーライってやつです」
「そうか。ならよかった」
「それに、事件を解決できたのはあなたの協力のおかげでもありますから」
「? ど、どういうことだ」
小首をかしげるクリスティアさんに俺は淡々と答えた。
「だって、牢屋で俺の推理を聞いて、総長に取り次いでくれたじゃないですか。保管庫一斉調査の件」
「あ、あれは……その時はあなたを信じてたわけじゃない。その、あくまでライアの疑いを晴らそうとしただけで――」
「それでも、ああしてくれなかったら俺はライアを炙りだすことができなかったし、今頃はとっくに処刑されていたでしょう。だから、あなたは俺の命の恩人なんですよ」
「……」
彼女は目を丸くして聞き入っていた。まるで映画のラストシーンでも鑑賞してるみたいに。
ちょっと大げさかもしれないが、事実は事実。礼を言うのは俺の方なのだ。
「一つ、尋ねてもよろしいか?」
「ん? なんですか」
「なぜ……私を疑わなかった?」
疑う? 一体何を?
「……魔法痕のことだ」
言いにくそうに、彼女はぼそっと言った。
「あれを見て、犯人が記憶消去魔法が使える奴だということに気づいたのだろう? でもそうなったら、まず実際に目の前で使ってみせた私を疑わないか?」
「……なんだ、そんなことでしたか」
「だって、そうだろう!? なのにあなたは……あくまでライアが犯人だという前提であの話を持ちかけてきた。敵に自分の手の内を晒すかもとか考えなかったのか?」
「いいえ、まったく。これっぽっちも」
すまし顔で俺は即答した。
なんだ、そんなこと気にしてさっきからビクビクしてたのかよ。心配して損した。
「理由なんて簡単ですよ。あなたが犯人だったら、わざわざ魔法痕のことを律儀に説明するはずがない。それこそ敵に手の内を明かすのと同じだから」
「嘘だ」
今度は向こうが即答してきた。急に真面目な顔になって。
「私は知ってる。わざと自信があるふうを装って、あたかも犯人じゃないように見せかける。探られたら困ることをあえて隠さないことで、調べようとする意欲そのものを削ぐ……よく使われる手だ。それをあなたが知らないはずがない」
「……」
やけに食いつくねぇ。
肩をすくめていると、ちょうどお湯が湧く音がした。話を中断して、俺はやかんに溜まったお湯と、いただきものの茶葉で茶を淹れることに。
異世界とはいえ、茶の香りは誰にでも等しく安息感をもたらしてくれる。まずは飲んで落ち着いてもらおう。
「はい、どうぞ」
「か、かたじけない……」
震える手でカップを傾け、彼女は二口で飲み干した。よほど緊張してたらしい。
そんな様子を観察しながら、俺は口を割った。
「仰るとおり、さっきのは嘘。本当の理由は他にある」
「やっぱりな。で、それは?」
「んー、ぶっちゃけて言えば……あなたがソフィアさんを傷つけるようにはとても思えなかったからです」
そう言って、一口茶をすする。
ほんのりと香る酸味と、フルーティーな後味のハーモニーが口の中で広がった。
「最初の取り調べの時はソフィアさんを殺されたと思って激怒し、療養所で彼女に再会した時は泣いて喜んだ。その時のあなたを見て、本当に心から彼女のことを大切にしてたんだなって思いました。あれを演技だとはとても考えられなかった。以上です」
「……え? それだけか?」
「はい。それだけです」
「いや、ただの個人的な印象じゃないか! 全然論理的じゃないぞ!?」
「ええ、そうですよ。でも実際その通りだったじゃないですか」
「それは、そうだけど……」
解せないといった表情で、クリスティアさんはむくれる。
見えてる証拠だけで判断する典型的なタイプだな。さすが自他共に認める懐疑主義者だ。
「クリスティアさん。あなたはまず人を疑ってかかるけれど……俺はその逆を行ったんです」
「逆?」
「ええ」
自分とクリスティアさんに、茶のお代わりを注ぎながら俺は一言。
「私は、あなたを信じたんですよ」
「私を……信じた?」
「はい」
同時、彼女の目が点になった。
「な、なんで……」
「事件解決のためにすべきことは、まず疑わしい奴を見つけ出すことだと思いがちですが、実は違う。一番大事なのは、信じられる人を見つけることなんです。嘘をつかずに、ありのままの事実を話してくれる人。捜査には必要不可欠な存在。俺は、それにあなたを選んだ」
「そんな……。まさか、嘘をつくようには見えないからって、それだけで私を?」
「もちろん。それだけって言いますけど、そういう人って結構貴重ですよ?」
人間ってのは大概何かを隠しているもの。特にそれが後ろめたいものだったりすると、それは露骨に仕草や、態度、挙動に出る。今回のベロニカさんがいい例だ。
だけど、クリスティアさんは違った。
思考駄々洩れで、感情を包み隠さず晒け出すような人。そんな人が、隠し事なんてできるはずもない。
いけ好かないけれど、彼女なら信じて大丈夫だ。あの時は瞬時にそう思った。
「信頼できる人がいれば、事件の詳細がわかるし、犯人の嘘との矛盾を見抜ける。そして見つけ出したそれは、確実な事件の証拠になる。現に俺は、あなたの証言や説明のおかげで、色々重要なことを知ることができたんですから」
「確かに、逆だな……」
茶の表面に移った自分の顔とにらめっこをしながら彼女は呟いた。
「私はずっと怪しいか、怪しくないか……そのどちらかでしか人を見てこなかった。信じられるのは、そこにある証拠だけ。だから私は、間違ったまま突き進もうとしていたのか」
「もちろん、疑うことだって推理には必要なことです。だけど何もかもを疑ってばかりじゃ、答えは見つけられない」
なぜなら、何が本当のことかわからなくなるから。
謎解きと言うのは、暗闇の中で手探りで宝を見つけるのと一緒。
でも、そこでやっと掴んだ手がかりを怪しいの一言で捨ててしまっては、進むものも進まない。
不審な点を怪しむことと、疑心暗鬼にかられることは全く別。
何を信じて何を疑うか。それを見極められるかどうかこそ、探偵の素質が問われる境目なのだ。
「信じられる人……か」
反芻するように小さな声で繰り返すと、クリスティアさんは悟ったように目を閉じた。
「どうやら、色々私にも改めねばならないことがあるようだな。肝に銘じておこう」
あら、素直な反応。大層なことをのたまったつもりはないけど、後学のためになったならよかったよ。
俺は安堵すると、改めてティータイムに戻ろうとした。
が。
クリスティアさんはまーだなんか言いたそうに、もじもじとしながらこっちの様子を伺っていた。
謝礼、謝罪、と続いたら次に来るのはなんだ?
若干の不安を覚えながらじっと凝視していると、彼女は意を決したようにまた立ち上がった。
「あ、あのっ!」
「はい?」
「い、いろいろと世話になったのに、こんなことを言うのは憚られるのだがな……」
うーん、なんか嫌な予感するなぁ。
怖いけど、ここまできて聞かないわけにもいかないし……。
顔をしかめつつも、「なんでしょう」と軽く続きを促した途端。
クリスティアさんは、頭がテーブルに墜落するかと思うほどのスピードで腰を折った。
「私をっ! この事務所で雇ってはもらえないだろうか!」
……は?
何? どゆこと? 雇え? ここで?
いやいやいやいや、まさかね。ただの気を紛らわすためのジョーク……だよね? ね?
と思ったけど、向こうは頭を下げたまま微動だにしない。
おい、もういいだろ。顔上げて「なーんちゃって★」とか言ってくれよ頼むから。
もしかして……本気で言ってる?
「えっと……ちょっと話が見えないんですが」
「え? だから、ここで働かせてほしいとお願いしているのだが……」
「いやそれはわかったけどさ? あなた……既に職をお持ちですよね? 騎士団副隊長ですよね? なのに、なしてこげなとこに就職希望を? 転職ですか?」
「あー、実は……」
照れくさそうに彼女は頬を染めると、吹っ切れたように言い放った。
「本日付けで、暇をもらった」
……は?(2回目)
驚いた俺は、危うくティーカップを落としかけた。
暇をもらっただぁ? ……ってことはまさか。
「騎士団辞めたんですか!? なんで!?」
「懲戒免職だ」
しれっと言いやがった。
懲戒って……要はクビってことやんけ。一体何やらかしたんだよ?
まさか、ライアの不祥事の責任を取らされたとか!?
いやそれはさすがにあんまりだろ。曲がりなりにも、彼女だって立派に事件解決に貢献してくれたんだぞ? むしろ昇格して然るべきだろうに。
「それはまぁ、その……なぁ?」
訊いてみると、彼女はテレテレと人差し指をつつき合わせながらボソボソと述べ始めた。
「例えば、あなたを取り調べ中に殺そうとしたこととか? 記憶消去魔法を打ったこととか? ライアに必要以上の重傷も負わせたこととか」
うーん、至極真っ当な理由だったわぁ。
前言撤回。残念でもないし当然。っていうかむしろ甘い。よく免職だけで済んだなってレベル。
「まぁそんなわけだから……今こうして新しい働き口を探しているというわけで」
「なるほど」
大体事情は分かった。
しかしだからと言って、はい喜んでと迎え入れるわけにはいかない。
俺は一呼吸置くと、毅然と言った。
「申し訳ないですけど、他を当たってください」
「う……やっぱり私じゃ分不相応だったか?」
しゅんとして落ち込んでしまうクリスティアさん。
ちょっと言い方がきつかったようなので、俺は慌てて弁解した。
「あなたがどうとかいう話じゃないですよ。ただ、既にもう席が埋まってるもので」
「? 席が埋まってる? 他にもう従業員がいるのか?」
「ええ。昨日総長から助手を一人あてがってくれると言われてね。もうすぐここに来るはずなんですよ。なのでまぁ今回はご縁がなかったってことで一つ」
「……」
目をぱちくりさせながら俺を見ていたかと思うと、クリスティアさんは急にクスクスと笑い始めた。
「な、なんですか?」
「いや、すまない……」
目尻に浮いた涙を指でふき取りながら、彼女は半笑いで自分を指さした。
「その助手って……私のことだ」
……え?
助手が……この人?
俺が今か今かと待ち続けていた人が?
「うむ。総長に、ここで助手を募集してるからと紹介してもらって……」
「はああああああああああああああ!?」
オーイエイエイエイエイエふざけんなこんなのありかよ、マジで契約違反だ。書類にバッテンつけて頼んだのに、こんな奴よこしやがって。
ピザのトッピングにカナディアンベーコン頼んだら、ジャーマンソーセージ乗っけてきたようなもんさ。詐欺だよ詐欺。
「ああよかった。断られたらどうしようかと思った」
なんて愕然とする俺の心中とは裏腹に、胸を撫でおろしているクリスティアさん。
まさか総長の爺さん、最初っから彼女をここにやるために俺に助手の話を?
おいおいこれじゃあただの……。
「ただの天下り先の斡旋じゃねぇかッ!!」
冗談じゃねぇ。サポートどころか、全力で足引っ張ってきそうな人材ぶん投げておいて何が助手だっつの!
まんまと騙された。通りで話がうますぎると思ったよ。事務所が持てた喜びで浮かれてて、全然気づけなかった……。
「……あのー?」
頭を抱えていると、クリスティアさんが心配そうに顔を覗き込んできた。
どうしよう、今更やっぱ無理ですとか言えるわけない。よしんばここで門前払いしたって、代わりの人が来るわけでもない。
つまり、彼女を助手に取るか、それとも助手自体を諦めるか。
どうする? どーすんの俺!?
「た、探偵の仕事のことはよくわからんが、それでも多少は力になれるとは思うぞ! ほら、さっきだって私のおかげで事件を解決できたと評価してくれたし!」
ザ・失言。
こうなるとわかってりゃそんなこと言いませんでしたよ、ええ。安易なお世辞は身を滅ぼす、よく覚えておこう。
ちょっと顔を上げてみたら、きらきらとした目を輝かせる無垢な女の子が一名。まるで入社式の新入社員みたいだ。
「ていうか、クリスティアさんは本当にここでいいんですか?」
「ん? 何がだ?」
訝しげな視線に、彼女はキョトンとした表情で返してくる。
こっちの方からわざわざ確認するのもおかしな話だが、それでも訊いておかずにはいられない。
「だって、得体のしれない異国人の男性と事務所で二人きりなんて、懐疑主義者のあなたなら一番敬遠しそうな所じゃないっすか。またライアさんみたいに裏切られるかもしれないとか、そういうこと考えなかったんですか?」
「……ああ、それなら。考えてないこともなかったが……もう心配はいらない」
「は? なんで?」
俺が問うと、彼女は儚げな微笑みを浮かべた。
「あなたはさっき、人を信じることが大事だと私に説いた。だから、その教えに従うことにしたのだ」
「それって……」
「私は、あなたを信じることに決めた」
胸に手を置いて、俺をまっすぐ見つめて、クリスティア=エルキュールはそう宣言した。
信じるって……俺を?
「ああ。こんな私を最後まで信じてくれてたんだ。そんなあなたを、私も信じる」
「……」
「だって、これから一緒に働くパートナーだものな!」
その言葉も、見つめる目も、偽りのない純粋な色をしていた。
インプットは疑心暗鬼。アウトプットは馬鹿正直、ってか。
……おもしれー女だ。
ニカッと白い歯を出して笑う彼女を見つめ返しながら、俺は問いかけた。
「事務の経験は?」
「じむ? ああ、それなら庶務課に所属してたことがあるから問題ない。経費の管理も任せてくれ」
「営業はできそう? お客様に下手に出て接せる自信は?」
「……あー、うむ。これから善処はする」
……ったく。
しゃぁない、ちぃとばかし辛いが及第点だ。
俺は立ち上がると、彼女に右手を差し伸べた。
「わかりました。では、これから一緒に頑張りましょう」
「ほんとか! やった!」
ぱぁぁぁ、と子どもみたいに無邪気な顔になると、元女騎士はガッツポーズを決めた。
だが流石に分をわきまえずにはしゃぎすぎたと思ったのか、すぐに気をつけして自らも握手に応じた。
「そういえば、まだちゃんと自己紹介してなかったな」
「ん? あぁそういえばそうですね」
初めて会ったときはそっけない態度ばっかだったからな。
こんなところでやり直すことになるとは夢にも思ってなかったけれど。
クリスティアさんは、ドレスの皺や髪の毛をささっと整えると、小さく息を吐いて気を落ち着ける。
そして。
「クリスティア=エルキュール。豊穣の月生まれの24歳。今日からここで住み込みの助手として世話になる。不束者ではあるが、どうぞよろしく頼む」
ニコッと屈託のないスマイルで、元女騎士の新米助手は入所の挨拶をした。
なんだ、こんな可愛い顔もできるんじゃん。この分じゃ営業も問題なさそうだな。
しかも年齢が24、俺より4つも年上かよ。年上の部下か……それも悪くないかな。
……って、ちょっと待てよ。
なんか今サラッと自己紹介に混じってとんでもないこと言わなかった? 空耳かな?
「あの……今、住み込みって聞こえた気がするんだけど?」
「ん? ああ、言ったぞ」
空耳じゃなかった!
なんだよそれ、聞いてねぇぞそんなこと!
「困りますよ勝手に決めてもらっちゃ! ここ事務所以前に、俺んちなんですから!」
「そ、そうか。でも私の方はもう騎士団を脱退して兵舎の部屋も引き払ってしまったし……親も親戚もいないから、身を寄せる場所もなくて……」
そこで彼女はソファの脇に置いてある、やたらと大きな自分のトランクを指差した。
なんでたかだか雇用契約交わすためだけに、あんな大掛かりな荷物が必要なんだと思ったら、そういうことかよ。
「安心してくれ。そんなに多くは望まない。ただきっちり毎日三食と、温かいベッドと、シャワーの優先権……あと、三時のおやつとお茶が貰えればそれで満足だから」
それで自分を謙虚だと思ってるつもりなら、贅沢という言葉は何のために存在するんだ。総長に物置でも馬小屋でもいいですって言った俺を少しは見習えよ。
だがここで断ったら、彼女は今日寝る場所にも困るってわけだ。いたいけな女の子にそんな過酷な選択はさせられない。実質一択だった。
「総長に連絡します」
「え? なぜ?」
返品されるかもと不安そうな顔になったクリスティアさんに、俺は肩を竦めて言った。
「助手用の机と、ベッドを一組調達してもらわないと」
「! 住まわせてくれるのか!?」
「ええ」
キラキラキラッと、彼女の顔が瞬時に満開スマイル。そして俺の手を両手で握り、千切れそうなほどブンブンと振った。
「かたじけない! 本当に感謝するぞ!」
「はい、どーいたしまして」
でもいいのかな、年頃の女が男と寝食を共にするなんて。あんまりそういうのは気にしない人なんだろうか。まぁいいや、本人がそれでいいって言ってんだから。
「まぁそんなわけで、これからよろしくお願いします。クリスティアさん」
「ティアでいい」
「え?」
「それに、敬語を使う必要もない。今日からあなたは私の上司だ。そんな遠慮した物言いはよしてくれ」
おやそーかい。まぁ一緒に仕事するのに、いつまでも余所余所しくしててもぎこちないだけだしな。
「わかりました……じゃない。わかったよ、ティア」
年上にタメ口で接するのは初めてだが、慣れるしかないだろう。
よし、向こうが自己紹介してくれたんだから、次は俺の番だ。
咳払いし、まるでダンスでも踊るかのように鮮やかに、そして華麗に決めポーズ。
「俺は探偵、結城界斗。世界に蔓延るどんな謎も――」
「微塵に砕いて解と成す――だな!」
……決めポーズ失敗。
勝手にセリフを先取り&横取りした彼女は、もう覚えたぞと言わんばかりに自信満々にピースサイン。まったくお調子者め。
「改めてよろしく頼むぞ、ユーキ……いや、上司に対して呼び捨ては失礼か。じゃあユーキ殿? ユーキ様? んー……あ、所長?」
「俺の方も呼び捨てでいいよ。どうせ年下だし」
「そうか、わかった。では、カイト……と。これでいいか?」
「ああ、こちらこそよろしく」
異世界に転生した人間と、首を切られた元軍人……笑っちゃうくらい奇妙なコンビ。
どう化学反応が起きるかわからないけど、これはこれでなんかワクワクするな。
何から何まで唐突で、流星のように色々決まっていってしまったが。
うして俺に、初めての助手ができたのだった。
その時。
――コンコン。
とまたまた部屋の扉がノックされた。
「すいませーん。ユーキ探偵……事務所? ってここですか? 騎士団の人の紹介で来たんですけどー」
と、向こう側からそんな声が聞こえた。
これは……間違いない、依頼人だ。
今度こそ間違いなし、正真正銘最初の客!
こうしちゃいられねぇ、早いとこ営業準備しないと。
「ティア。お客さんだ、くれぐれも失礼のないようにな」
「うむ。カイト、私はどうすればいい?」
「ひとまず部屋の中に通したらお茶の用意と……話は俺が聞くから、記録を頼む」
「わ、わかった!」
「ティア」
慌ただしく戦闘態勢を整えている彼女に、俺はサムズアップ。
「俺達の最初の事件……絶対モノにしようぜ!」
「……ああ!」
それにティアも笑顔で親指を立てて応えてくれた。その顔はもう勇ましい騎士のそれではなく、健気な新米探偵助手のものだった。
そして二人でドアの前に立ち、ノブを捻ってゆっくりと開放。
向こう側に立つ初めての依頼人を、揃って盛大に歓迎した。
「「ようこそ、ユーキ探偵事務所へ!」」
その言葉とともに始まる。
俺の二度目の人生。異世界探偵としての生活が。
不安と期待が入り混じった、刺激あふれるこの世界で。
さぁ、謎を砕きにいこうか!




