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異世界で探偵って需要あるんですか?  作者: 啄木鳥津月
File1: 異世界で探偵って需要あるんですか?
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1話

「犯人はあなたです!」


 ビシィ! と一本立てた人差し指を俺はそいつに向ける。

 誰もが一度は言ってみたいと思うであろうこのセリフ。

 まさか今日この場で、そんな機会が訪れるなんて想像もしてなかった。他の誰でもないこの俺が、大事件の謎を解き明かし、まさに今こうしてその犯人に真実を突きつけているのだ。

 

「……」

「さぁどうです? 言い逃れするならどうぞご自由に、できるものならね」


 だんまりを決め込む犯人に、俺はさらなる追い打ちをかけた。

 クールに決めてるけど、心臓はバクバク言ってるし、声だって若干震えている。表情ももしかしたら引きつってるかもしれない。これだけの大舞台に立っているのだ、そりゃ緊張もするさ。

 だがその反面、この状況への興奮と高揚感が沸き立っているのも事実だった。

 今まで生きてきた中で、間違いなく一番感極まっている時だと思う。


 さて、この後は犯人が罪を認め、事件を起こすに至った経緯を話すのだろう。同情を誘うような大仰な言い訳付きで。

 それを俺が甘い口説き文句とマスクで諌め、警察に引き渡して場面暗転の後エンドロールと。

 よし、完璧だ。


「……くくく」


 と思っていたところ、犯人の口からかすかな笑い声が溢れだした。


「くくく……あーっはっはっは! そっかそっかぁ、全部お見通しかぁ!」

 

 かと思ったら、今度は突然の高笑い。少しだけビビったけれど、どの道逃げ場はない。所詮はただの悪あがきだ。


「そうよ、あなたの言ってることは全部当たってる。やったのは、この私……」


 犯人は長い横髪をかき分けながら、澄ました顔でそう自白した。

 

「お見事ね。結構バレない自信あったんだけど、まさかこんなにもあっさり突き止められるなんて……。完璧な推理だったわ」


 褒められた。もちろん厭味半分かもしれないけど、若干のぼせ上がっていた俺は言葉通りに受け取ってしまってしまっていた。

お見事。完璧な推理。やべぇ、嬉しくてこっちが泣きそうだよ。生まれてこの方、そんなこと言われたことないから。

思わず涙が出そうになるのをすんでのところで抑え、改めて犯人に向き直った。


「……そうか。そりゃ光栄だね。じゃあ――」

()()()、ね」


 ドスッ。

 と、そこまで言ったところで俺のセリフは強制的に中断された。

 下腹部に突然伝わる鈍い衝撃。だがそれは徐々に「鋭い」へと変貌していった。


「え……?」


 謎の現象に戸惑う俺には、そんな素っ頓狂な声を出すのが限界であった。

 体の内部から侵食していくように伝わるそれが痛みであると自覚する頃、ようやく自分の身に何が起きたのかを察した。


 いつの間にか自分の胸に飛び込んできている、犯人。

 いつの間にか自分の腹に深々と突き刺さっている、ナイフ。

 いつの間にか自分の衣服に広がっていく赤い血。


 俺は……犯人に刺されていた。


「あ……がっ!!」


 全身から一気に力が抜け、その場に膝をつく。

 激痛が雷のように駆け巡り、炎のような熱さが襲ってくる。

 呼吸のタイミングが乱れ、肺が悲鳴を上げ、心臓は鼓動を速めていった。

 なんで……何がどうなってんだよ、これ……。


「だけど肝心なところをあなたは忘れてるわ。トリックを暴き、犯人()に辿り着いた。探偵としてはそれで終わりかも知れない。でも、事件としては終わってはいないのよ」


 苦しみと疑問とが頭の中でごちゃまぜになる俺を、犯人はあざ笑った。血まみれのナイフを携えたまま、さも嬉しそうに。


「事件の本当の終着点は、私が捕まることにある。だけど、今この真相を知っているのは……あなたと、私だけ」

「うっ、ぐっ……」

「そしてそれも、いずれ私一人になる」


 くそ、やられた。死人に口なし。俺を事件の真相ごと闇に葬り去る気か! 冗談じゃない、こんなの反則だ!

 

「ごめんなさい。私だってバレた以上、もうこうするしかないのよ」

「お、前……」


 嘘だろおい、死ぬのかよ俺……。せっかく、念願の夢が叶ったと思ったのに! こんなところで、こんなあっけなく、こんな屈辱的な死に方で!


「でも安心して。あなたは死んでも――……に……の……。もう誰にも邪魔――……い。これからずっと……――よ……? だって私は――あなたを――……に……」


 犯人はなおも蔑みと憐れみの籠もった言葉を投げかけてくるが、俺はその半分も聞き取れなかった。

 焼けるような痛みはいつしかきれいさっぱり消えていた。

 代わりに内側からこみ上げてきたのは、寒さであった。血管、筋肉、神経全てが凍りついていくような感覚が襲ってくる。

 寒い……寒いよ……誰か、助けてくれ……。

 そう声を出すどころか、もはや唇を動かすことすらままならなかった。身体は勝手にエビのように丸まって、意識は朦朧としてくる。

 それを皮切りに、段々と色々な感覚が消えていく。

 犯人の声はもう全然聞こえない。手にべっとりついた血の赤色も、もう見えない。錆びた鉄のような臭いも、もうわからない。

 ああ、これが……死ぬってことなのか。

 最後に、耐え難い寒ささえも感じなくなってきた頃。


 俺の中から、全てが消滅した。



 ◆


 という、夢を見た。

 ……気がする。


 あの地獄のような苦痛から、恐怖一色に染まる死の体感を味わった後。

 目を醒ましたら俺はちゃんと生きていた。

 呼吸もできるし、脈もあるし、刺された傷もない。

 だから当然あれは夢であるというのは疑いようのない事実。

 なのに、なぜ「気がする」なのか。


 今いるこの現実の方が、よほど夢っぽいからだ。


「うわ、マジかよ……本当にやっちまったのか?」

「まさかあんな若造が?」

「人相は良さそうなのに……物騒な世の中になったもんだなぁ」

「こわーい」


 俺はざわめく大勢の人々に取り囲まれていた。

 いや、「人々」というのは少々間違いかもしれない。


 だってその群衆には、明らかに普通の人間じゃないのが混じっていたからだ。


 耳が真横に尖っている女性。

 二本足で歩く大トカゲやオオカミ。

 全長3メートルを超える巨人や、50センチあるかないかの小人まで。

 そんなのが約半分か、それ以上。

 

 仮装パーティー会場か、コスプレ広場か。とにかくあまりにも唐突で、何の前触れもなく見せられたその光景に、しばらく何も考えられないでいた。


「な……なんだよ、これ……」


 やっとの思いで出た言葉に、答える者は誰もいない。全員がただヒソヒソ声で喋りながら俺を見ているだけ。

 こいつらもこいつらだが、じゃあそんなのがいるここはどこなんだ。

 見た感じどこかの街のようだが、日本とはまるで違う。

 立ち並ぶのは、コンクリートの雑居ビルではなく煉瓦張りの一軒家、アスファルトではなく石造りの道路と大階段、道をゆくのは自動車じゃなく馬車とリヤカー。

 そして中でも断トツで存在感を放っているのは……。

 

 そびえたつ、巨大な城。

 

 300メートル以上は確実にある。ここからかなり離れた位置にあるものの、重々しい威厳を放って俺を見下ろしていた。 

 なんだここは……夢の国か? 夢から覚めたから夢の国ってか? じゃあこのへんてこな奴らは仮装した従業員? そんな馬鹿な……。


「ようやく起きたか」


 混乱する俺に、誰かが声をかけてきた。

 おずおずと顔を上げると、普通の若い女性がそこにいた。

 普通と言ったが、あくまでこの異種族だらけの空間の中ではというだけで、その人もその人で異様ではあった。


 鈍い輝きを放つ銀髪、青空のように輝く碧眼。それだけならまだ西欧の外国人みたいで済むだろうが、問題は格好だ。

 鎧。それも随分厚手の。

 肩から指先まで。太ももからつま先まで。顔以外で露出している部分が殆どない。

 

 騎士……のつもりだろうか。だがコスプレというわけではないだろう。その若くて美形な顔とは裏腹に、顰めた怖い表情が何よりの証拠だ。どう見たって演技の幅を超えている。


「手を出せ」


 そんな彼女は鋭い視線を向けながらも、倒れている俺にそっと自らの手を差し伸べてくれた。

 なんだ、見た目は厳しそうだけど心配はしてくれてるみたいだ。

 ご厚意に感謝して、俺は右手を差し出し、その女騎士の手を握ろうとした。

 その時。

 

 ガッチャン!!

 と、妙な金属音とともに、俺の手首に重厚な手錠が嵌められた。

 

「……は?」


 俺はそう素っ頓狂な声を上げた。

 まだ寝ぼけてるんだろうかと思ったが、それは間違いなく犯罪者を拘束するために用いられる最も有名な道具だった。

 

「え? え?」

 

 どうして、ウソだろ!? なんで俺にこんなものが!?

 再び錯乱状態一歩手前になった俺は、その手錠をかけた張本人である女騎士を見上げた。

 何かの冗談ですよね? 

そう思いを込めた視線を向けるも、彼女は表情一つ変えない。


「よくも彼女を殺してくれたな……この殺人鬼が」

「はい!?」


 殺した? 殺人鬼? 突如出てきたただならぬワードに俺は震えた。

 それって、俺のことを言ってんのか? ふざけるな、言いがかりにしてもほどがある。俺が一体誰を殺したっていうんだ!

 断固抗議しようとした瞬間、女騎士の後方にあるものが見えた。 

 

 人だ。見た感じは十代くらいの少女だが、女騎士とは違って耳が微妙に尖っている。俗に言うエルフというやつだ。

 恰好は軽装の鎧を着込み、腰には剣を差していた。推察するに、この女騎士の仲間だろうか。

 

 そんな少女は俺と同じように、地面の上でうつぶせに倒れていた。

 今も目を覚ましていない、という点を除いては。

 瞼も、手も、足もピクリとも動いてない。寝ているわけではないということは、一目瞭然であった。

 それを証明するかのように、彼女の後頭部の長い茶髪は赤い血でぐっしょりと濡れている。

 まさか……死んでる?


「ウソだ……そんな……」

「この期に及んでシラを切るつもりか。ならそれ(・・)はなんだ!?」

 

 震え声で言う俺の言い分を切り捨てるように、女騎士はビシっと何かを指さしてそう言った。

 その爪先の延長線上に、俺はゆっくりと視線を移す。

 そこには……。

 

 棍棒。


 振るって相手を殴打して倒す、古くから伝わるシンプルな武器。

 周囲のインパクトのせいで今まで気づかなかったが、確かにそんなものが俺の傍らに転がっている。

 そして追い打ちをかけるように、その棍棒には赤黒い液体がべったりと付着していた。

 

 ――言い逃れするならどうぞご自由に、できるものならね。


 体感時間で数分前。

 俺が追いつめた犯人に言い放った一言が、ブーメランのようにはね返ってきた。 

 違う……俺じゃない、俺がやったんじゃない……俺じゃ……。


「王直属の近衛兵を殺した罪、万死に値する。どこの誰かは知らんが、私が直々に処刑台に送り込んでやるから覚悟するがいい……」


 女騎士は言葉が出ない俺を無理矢理立たせると、左腕にも手錠を嵌めた。

 拘束された自らの両腕を見て、膝がガクガクと震えた。

 やっぱりこれは夢だ。現実であるわけがない。早く醒めろ、醒めてくれ!

 だが、悪夢は醒めぬものなのか、それとも現実は残酷なものなのか。

 無慈悲な審判が俺に下った。

 


「貴様を、殺人の容疑で逮捕するッ!!」



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