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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ひきニート召喚獣の誓い

作者: 桐生 ふーか

俺、召喚獣。ちなみに孔雀。

 薄暗い洞窟の中。もう何年そうしているのか、考えるのは途中でやめた。

 目を瞑り、ひたすらに夢を見る。それが日常で、当たり前だった。


「まだこんな所におったのか」

「ンだよ、悪いのかよ」

 

 聞きなれた声に、頭を上げる。俺のいるこの洞窟に、結界をすり抜けて入って来れるのは、1人しかいない。

 乱雑に目の前に何かが散らばる音。カシューナッツ、だ。


「悪いとは言っておらぬ」


 目の前にいる真っ白な孔雀は、そう言ったっきり、何も言わなくなった。

 しばらく黙ってこちらを見ていた兄キが、部屋の隅に歩いて行く。ふわり、とその白い翼が広げられ、真っ暗な洞窟に白い光の玉が出現した。


「眩しいんだよ」


 吐き捨てて、頭を自身の黒い翼の下に隠す。


「ゾルティフォール」


 名を呼ばれるが、無視をする。

 すると、諫めるように、もう一度名が呼ばれた。


「ゾルティフォール。いつまでこんな所に閉じ籠るつもりなのだ?」


 痛いほどの沈黙が流れた後、再び言葉が紡がれた。


「ゾル。もう100年になるんだ。そろそろ新しい主を――」

「うるっせェな! さっさと出て行きやがれ!」


 怒りのあまり、自身の黒い尾羽がぶわりと広がる。

 力任せに目の前のナッツを蹴りつけるが、兄キは避けようとすらしなかった。睨みつけていると、静かに目が逸らされ、その口が開かれる。


「また来る。ではな」

「もう来んな。クソ兄キ」

「……また来る」


 しばらくそのまま立ち尽くした後、点々と散らばったカシューナッツを拾い集める。

 情けない話だ。本来、召喚獣である俺は、食事など必要ない。主から魔力が供給されるからだ。

 100年も契約を行わなかった結果、まるで普通の獣のように、食事が必要な体になってしまった。そのまま食べずに朽ちてしまえばいいのに、その懐かしい香りからどうしても食べずにはいられなかった。 


 新しい主など必要ない。

 俺にとって主と呼べるのは、あいつだけだ。


 懐かしい味を2粒ほど食べ、また夢の中へと旅立った。






「マスター、飲みすぎですよ。あと意味もなく呼び出さないでくれませんか?」

「こいつが、ゾルってんだ。珍しいだろ、召喚獣なのにタメ口でもキレないんだぜ。」


 乱暴にバシバシと背を叩かれる。馬鹿力め。

 物珍し気に触れてくる女に、イライラする。人間よりも鼻の良いこの体に、強い香水の香りははっきり言って不愉快だ。

 無言で尾羽を広げ、結界を張って女を遮断した私を見て、主が口を開いた。


「なんだよ、ゾル。そんなに怒らなくてもいいだろ?」

「え、これ、怒ってるの? とっても綺麗なのに。」


 主に腰を抱かれた女が不思議そうに言う。


「ああ。こいつ、怒ったらこうなるんだ。」


 酒場から宿に戻るのを見届ける。やっと寝てくれるのかと思ったら、主は酒瓶を取り出した。それをあおりつつ、小さな箱が差し出される。


「ゾル、ほら、食えよ」


 不思議に思いつつ、嘴で箱を開ける。

 瞬間、見えたものに全身の羽が逆立った。


「い、いいいイモムシぃ!」


 部屋の隅に逃げ出した私を見て、主が不思議そうな顔をする。


「お前、イモムシ食えねェの? 鳥だろ?」

「それは小鳥用の餌でしょう、食べませんよ、そんなもの!」

「そうなのか?お前の兄キは喜んで食ったって言ってたぜ?」


 うねうねとしたイモムシを見つつそう言う主。

 申し訳ないが、見れば見るほど食欲が落ちていく。


「兄様は悪食なんです。一緒にしないでください!」


 こんな物が好きだなんて、兄様は本当に変わっている。一度進められて食べたあの味と来たら。思い出しただけで吐き気が上がってくる。

 ため息を一つついて、主に言葉を続ける。


「まさかこのために呼び出したのですか?」

「あぁ。ンだよ、そうなのか。せっかく買ってきたのに。じゃ、これはどうよ?」


 酒場から持ち帰ったつまみのカシューナッツが1粒、こちらに飛ばされる。


「……悪くはありませんね」

「好きってことだな」


 二カッと笑ってそういう主から、顔を逸らす。

 その日から、呼び出すたびにカシューナッツをくれるようになった。


 女を見れば口説く。酒好きで、乱雑な性格。

 良い所が少なく、悪い所ばかりが目立つ主だった。

 ナッツの中に勝手にイモムシを混ぜられて、キレた事もある。

 しょうもない。

 大好きな初めての主は、そんな、優しい人だった。






「ゾル! 大丈夫か!」

「問題ありません、次の指示を!」


(嫌だ)


 半分ほど減った、自身の黒い尾羽を見る。

 あの一撃で半分も持っていかれるとは。残りの魔力は、あと半分か。

 恐ろしく鋭い角を持つモンスターがこちらを睨みつけている。


「「守れ、アミナ!」」


 主と息を合わせ、皆の周囲に再び高等防御結界魔法を展開する。


「次の一撃が最後だ、皆、頼むぜ!」


 主の声に、他のメンバーが声を上げる。


(この夢は、嫌だ)


 仲間の攻撃を受けて、モンスターが金切り声を上げ反撃する。

 避けきれない一撃を受け、結界に無数のヒビが走った。

 断末魔とともに、無数の風の刃がまき散らされる。ヒビの入った結界ではそれを防ぎきれず、仲間と私達は容赦なく吹き飛ばされた。

 よろけながらも立ち上がる者。うめき声を上げる者。倒れたまま動かない者。

 そんな周囲の事は、全く見えてはいなかった。

 

 ぶちり、と何かが切れる嫌な感覚。

 元の世界に引き戻される、召喚終了の感覚に、あわてて自身で自分をこの世界に縫い付ける。

 痛む足と翼を引きずって、主の所へと近付く。


「マスター」


 嫌だ。


「マスター?」


 この夢は、嫌だ!


 生暖かいものが私の羽を濡らしていく。

 噴水のように、首から何かが噴き出している。

 主の頭部は、草むらの向こうに転がったまま、私を見ていた。







 主が死んだのに、どうして私は生きている?



「――ォール、ゾル!」


 びくり、と体が反応する。

 あわてて目の前を見ると、白い孔雀がこちらを見ていた。


「随分、うなされておったぞ。大丈夫か?」

「ンだよ、兄キか」


 軽く文句を言い、悪夢によって逆立った自身の羽をあわてて直す。

 情けない事に、元に戻すのに少々時間がかかった。

 俺の前にあるナッツを見て、兄キが静かに口を開く。


「ほとんど食べておらぬではないか」


 兄キの瞳を見返す事無く黙り込んでいると、再び言葉をかけられた。


「もう、100年になるな」


 黙っていると、静かに言葉が続けられる。


「お前の主は、しっかりと血を繋いでおったようだぞ。子孫が随分増えておるようだ」

「だろうな。手ェ出すの早いからな、マスターは」


 訪れた長い長い沈黙を破るように、兄キが口を開く。


「実は、お前と契約したいという奴がおるのだ」

「知ってる。しねェよ、契約なんて」


 契約の魔方陣を、やたらとノックしている奴がいる。

 呼びかけに答えるつもりは、さらさら無い。

 俺の言葉に、兄キは困ったように口を開いた。


「試練だけでも受けさせてやったらどうなのだ?」

「しねェよ。意味ねーし」


 乱暴に返した俺に、兄キがさらりと言った。


「それで良いではないか」

「は?」


 思わず出た間の抜けた声に、兄キは口を開く。


「我は、どうか試練だけでもいいから受けさせてくれ、と頼まれただけだ。契約させてくれ、とは言われてはおらぬ」


 何食わぬ顔をしたまま、言葉が続けられる。


「試練だけ、受けさせてやればよい。いい暇つぶしにはなるであろう? しかと伝えたぞ、ではな」


 足早に出て行った、その尾羽を見て、思う。

 兄キは白い孔雀だけど、その性格は俺の体より黒い気がする。



 暇つぶし、か。それならいいかもしれない。

 仮想空間に巨大迷路を作っておいた。中央の俺の所まで来れればゴールだ。


 来れるわけ無いけど。


 俺のいる部屋には扉を作らなかった。つまり、密室。

 ゴールの無い巨大迷路の完成だ。

 さっさと諦めるに決まっている。


 そう、思い続けて1年。


 馬鹿なのか、よほどの暇人か。

 そいつは飽きずに試練を受けに来る。


「おかしいですね……」


 壁の向こうで、聞きなれた男の声がする。

 おかしいのは当たり前だ。早く諦めればいいのに。


「闇よ、我とともに、その強き力を見せよ。大いなる破壊の力よ――」


 突然唱えられた呪文に、驚く。ちょっと待て、壁を壊して中に入る気か?馬鹿で暇人な上にクレイジーなのかよ!?

 あわてて空間を閉じようとするよりも早く、男が言葉を口にした。


「クラッシュ!」


 ものすごい衝撃と破壊音に、思わず自身の周囲に結界を張る。


「壁を壊すとか、ルール違反だろ! 危ねェな、馬鹿なのか!?」

「も、申し訳ありません」


 大声を上げると、聞きなれた控えめの声が返ってくる。

 わずかな煙がおさまったそこに立っていたのは、予想通りのもやしのような男だった。

 おどおどとした様子で、その口が開かれる。


「ですが、ルール違反はそちらも同じなのではありませんか? ゴールの無い巨大迷路など」


 お、言い返すか。少しは男気があるらしい。


「辿り着いたのですから、契約をして頂けるのですよね? まさか辿り着いておきながら破棄するなど、召喚獣の風上にも置けぬような馬鹿で愚かで間抜けなお方ではありませんよね?」

「見た目に反して図々しいな、お前!」


 思わずそう言い返すと、もやし男が微笑んで、口を開く。


「これから、よろしくお願いします、ゾルティフォール。私の名前は――」

「名前を言うな、本当に契約されちまうだろ! お前なんてもやしで十分だ!」


 あわてて言葉を遮るのもむなしく、その後、契約は成立した。






 巨大な魔力を感じる。

 俺の体にまとわりついたそれは、思いきり首根っこを締め上げると力任せに別空間へと引きずり上げた。


「げぐっ」


 床へと激突し、情けない声が出る。あまりの痛みに、思いきり嘴で突きつつ、飛びかかった。


「てッッッメエ! 殺す気か、毎回毎回! もう少し優しく呼び出せないのかよ!」

「も、申し訳ありません」

「だから謝んな! 余計に腹が立つだろ!」

「……申し訳ありません」


 困った顔をしつつも同じ言葉を紡いだもやしにがっくりと力が抜ける。

 最初は、契約しても行かなければいいと思っていた。

 いわゆる、召喚失敗というやつだ。

 契約したての、主と召喚獣の息が合わない時に起こる現象だが、もやしにそんな事は関係なかった。


 行かなかったら死ぬ。わりとマジで。


 そういや、兄キが嬉しそうな顔してたっけ。ハメられたな、クソ。

 うなだれたままの俺の前に、美しい器が差し出される。


「その、上手く呼び出せなくて、申し訳ありません。今日はお詫びにこちらを差し上げたくて」


 懐かしいその香りに、怒りが消えていく。

 美しい器に入れられた、大量のカシューナッツ。


 馬鹿で、少々クレイジーなもやし男。

 主とは、似ても似つかない。

 1年も粘り続ける根性はまぁ、嫌いじゃないかな。

 

 仕方ない。契約した限りは全力で守って見せる。

 優しい、二人目の主を、今度こそ。

ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[一言] とても面白かったです!応援しています!
[良い点] 面白かったです。 [一言] もし連載作品を書かれるなら読んでみたいです。
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