2.「俺がパンを買えたんだよ……」
「幸運の少女に、近づきたいと思います」
「やめておけ」
「せめて理由を聞いてください!?」
はっは、と相変わらず無表情で笑いながら、医療関係の本を読んでいた東華はそれをパタンと閉じてこちらを向く。
「まあそうだな。理由を聞いてやろう。なんでそんなことをする?幸運の少女というのは今朝の話だろう?」
現在は放課後。家では家族がうるさくて勉強が出来ないという東華は、時々こうして学校に残り一人静かに勉強をしているのだ。よくできた友人である。
うんうんとそう頷きながら、改めて俺は東華の質問に答える。
「いやさよく聞いてくれた!」
「あーもうめんどくさそうだからいい。勉強の邪魔だから帰れ」
「ごーめーんーなーさーいー!ちゃんと話すので許して相談に乗ってください!」
「はぁ……。まあいいだろう」
ため息をつきながらも付き合ってくれるあたり、やっぱりよくできた友人である。いやまあその分俺のクズさも露呈するわけなのだがそれはそれ、東華の引き立て役とでも解釈しておいてほしい。
「いやそれでですね、自分ってほら、不幸じゃないですか」
「改めて言われると若干痛々しいな。まあそのとおりだが」
「痛々しいとか言わないでこれでも自覚してるんだから……。いや、まあ、うん。話を戻そう」
「どうぞ」
「ありがとう。……さっきも言ってたが今朝お前がしてくれた引くほど幸運な女子が居るって話。あれを聞いてピキーンと来たわけですよ、もしかしたら――――俺の不幸を相殺してくれるんじゃないかって」
笑うほどの不幸には、引くほどの幸運を、それが俺の頭に浮かんだ名案である。いや、最早神からの天啓なのかもしれない。まあ神なんて居るなら一発ぶん殴ってやりたいのだが。
そもそも、俺の不幸というのは、不幸と言うにはあまりにも頻度が多すぎる。あるときは空から植木鉢が降ってきたり、道端に何故かバナナの皮が落ちていて何故かそれに気づかず踏んで滑ってしまったり、トイレをしていたらトイレットペーパーがちょうどよく切れていたり、程度こそあれそういった事態に毎日必ず遭遇する。
昔から付き合いのある東華の家の病院で体の異常が原因かも知れないということで、人間ドッグのようなことをしたこともあるが、これも空振りに終わった。
―――――つまるところ、俺はただただ不幸なのである。
「相殺……。そんなことが可能なのか?そもそも彼女が引くほど幸運である、という話自体が眉唾ものであるのにそれに足して不幸と幸運が一緒に居るだけで相殺など……」
「ああ、俺もそう思ってその四組の幸運女を休み時間を使って見に行ったんだよ。クラスのやつに運がめっちゃいいやつ居るか、って聞いたらすぐ指差して教えてくれたし、まあクラスでもそういう、”幸運”なエピソードがなんかあるんだろうな、とは思った」
「しかし、そういうのは二、三回そういう話があれば尾ひれがついて話自体が大きくなるのはよくあるはなしだろう」
「まあ、それもあるだろうなって思って、全部の休み時間を使って彼女の動向を観察してたんだが「いやおまえそれストー」違います。それで観察してたんだが、昼休みあたりで俺はある重要な事態に気がついた」
さっきの話で若干引き気味な東華は、俺との心の距離を少し開けて、……というか実際の距離も遠くなってる。普段無表情なのにこういうときだけドン引きした表情するのやめて傷つくから!
気を取り直してごホンと咳払いをし、改めて俺は重要な話を再開する。
「昼休み、彼女の隣で気づかれないように購買でパンを買っていて、気づいたんだ。―――――俺が、普通にパンを買えたってことに」
「―――――なん……だとッ!?」
東華のこの反応、オーバーだと思うだろう。俺も事情を知らなかったらなに寸劇してんだこいつらと思うかもしれない。しかし、しかしである。
俺はこの高校に入学して半月、―――――一度も購買のパンを買えたことがないのである。
「ある時は目の前で全て売り切れ、ある時は購買に行く途中で財布を落としていたり、しまいには買えたと思ったパンの賞味期限が切れていて回収されたり。苦節半月、俺がパンを買えたんだよ……!」
今思い出してもあの感動が忘れられない。やっとの思いで、俺は焼きそばパンとたまごサンドを買うことができたのだ。
そうしてワナワナしている俺の肩に手をおいて、東華は表情を和らげる。
「まずはおめでとうと言わせてくれ……。やったな、ココ」
「ああ……!ありがとう東華!」
涙を頬に浮かべながら俺たちは熱い抱擁を交わす。
世界広しといえども、購買のパンを買ってここまで喜べるのは俺くらいのものだろう。なんなら赤飯を炊くまであるレベルだ。
「いや、なにやってんのあんたら」
感動を噛み締めつつ抱擁を交わしていると、教室の扉がガラッと開かれて、呆れた顔をした少女が現れた。いや改めて考えるとたしかに気持ち悪いなやめよう。
意外と力が強い東華を引き剥がして、極めて爽やかな笑顔で教室のドアを開いた少女に返答する。
「ははっ。やあ秋保さん。今日もいい天気だね!」
「いや夕方に言う台詞ではないでしょ、それ」
「それもそうだね、ははっ」
明らかにドン引きされているのが表情から簡単に読み取れる。くそう、何故男同士で抱き合ってる場面にちょうどよく女子が来るのか……!不幸が憎い……!
「いやあんたらが仲良すぎるっていうのはなんとなく分かってたけどまさかガチだとは……、邪魔したわね」
「待て待って待ってください!クラスをまとめる委員長でみんなの人気者の秋保美里さん!」
「なんなのよその説明口調」
彼女はとてつもなく交友関係が広い、口外されたら俺の体質から考えて確実に学校中に広まるだろう。そうなればどうなるかと言われると東華の婚約者に俺が殺される。コロシ、ダメ、ゼッタイ。
「まあとりあえず、話を聞いてくれ。実はですね―――――」
◇ ◇ ◇
「へえ、笑っちゃうほどの不幸体質。毎朝死にかけてるのはそういうことだったのね。にわかには信じがたいけどまあそれは良しとしましょう。それでなに、四組の幸運な少女?多分友達よ、紹介してあげようか?」
「あなたが神か……!!!」
なんならうちの委員長が神様過ぎてつらいとか自費出版で本を出すまである。いや出さないけど。
なにはともあれ幸運の少女を紹介してくれるということであればそれ以上のことはないだろう、是非お願いしたい。
「しかし良いのか?お前が購買でパンを買えたのがそれこそたまたまの幸運ということもある」
「たまたまの幸運、あると思うか?この俺に」
「……ないな」
「だろう」
「そこでないって断言出来ることがそこはかとないヤバさを感じるわね……」
委員長は微妙に引いていたが、俺に幸運などあるはずがない、というのが幼少時から付き合いのある東華と俺の共通認識なのである。
「それでなに。結局不来内君に紹介していいの?」
「委員長様がそうしていただけるということであればどうかお願い致します……。そういえば俺、結局彼女の名前すら知らないな」
「はあ?名前すら知らないって……。一応紹介はしてあげるけどあんたの動機がそもそも不純であるわけだし、それ以上の手助けはしないわよ?」
「あれ委員長の中で俺、自分の目的のために女の子を利用しようとするクズ男になってない?」
「何か違うの?」
「違わないですね!」
よくよく考えてみるとたしかにそのとおりである。クズだ。
しかしながら、その幸運な彼女も十二分に美少女と言える存在だったし血気盛んな高校生なら付き合いたいと思うのは当然なのでは?Q.E.D!
「その思考をしてる時点でクズであることに気づけ」
「思考読むのやめてください東華さん!?……ええと、それで委員長。彼女の名前を聞いても?」
「別にそのくらい構わないわよ。彼女の名前は幸咲命。幸が咲く命で幸咲命」
幸咲命、―――――――それが後に俺の運命を変えてくれるかもしれない女の子の名前なのであった。