六
「うっわ、なんだこのワイン美味すぎるだろ」
公爵家にお邪魔して早くも三日が経過した。
正直全くやることがなく、宛がわれた部屋でだらだらと空のワイングラス片手に椅子に座ってたら、侍女が勝手にワインを注いでくるのだ。
しかもそのワインがこれまた美味しい。五百ミリリットル銅貨三枚の安ワインとは雲泥の差である。
ってか、やってることはワインの美味しさが違うだけで安宿に居るときと全く変わらないな。生活習慣ってなかなか変わらない事に今更気がつく。
実は昨日、暇すぎて廊下を端から端まで全力疾走したら、執事の爺さんに部屋へ閉じ込められてしまったのだ。
でもこの家の廊下って一キロ以上あるし、実に気分良く走るにはちょうど良い距離なのだ。一階から三階まで全部踏破すれば三キロ以上だし。
「散歩でもしたいんだけどなぁ、ダメ?」
「許可出来ません」
可愛らしく侍女にお願いするも、敢えなく却下された。
と言うことで室内で出来る事を考える必要がある。
俺は冒険者だ。冒険者足るもの鍛錬は常に必要である。
「短槍ってある? あればこの部屋で少々運動したいんだけど」
「許可出来ません。そもそも室内での運動はご遠慮ください、カーペットが傷んでしまいます」
「ごめんなさい」
確かにそうだ。このカーペットもきっとものすごく高価なのだろう。
そりゃ娘の小遣いに白金貨一枚ぽんと出すような大貴族なのだ。安物なんか使ってるはずがない。
「お手すきでしたら読書はいかがでしょうか? ご愛読の本がございましたら、お持ち致しますが」
あまりに暇そうにしている俺を見かねたか、侍女が提案してきた。
でもね……。
「知っているかい? 本は一番優れた睡眠薬になるんだよ」
「ご休憩もよろしいかと」
嫌みを言ったはずなのに、暇なら寝てても良いよ、と軽く返されてしまった。ちくしょう。
ちなみにこの侍女は以前お茶会で素晴らしいお茶を煎れてくれたチュレイアさんだ。リーデルのお気に入りの侍女だけど、特別に俺へ貸し出ししてくれたみたいです。
そんなリーデルは朝から晩まで勉強だとか。教育過程をこなさないとお茶会の参加や開催は許可できないらしく、今必死でやっている最中なんだって。
貴族もやっぱり大変なんだな。
「なぁ……宿に戻ってもいい?」
「馬車を回すのに様々な手配が必要となります」
もう一度俺がここへ来るには、貴族の付き添いが必要だ。
そしてそんな暇があるものなどなかなか居ないんだよ、だから大人しく皇族のお茶会までここでじっとしてろ、とチュレイアさんは暗に言っている。
でもなぁ、暇なんだよ。
それに俺は専属冒険者だ。もし今も帝都で専属が必要な自体が起こってたら駆けつけなければいけない。だから俺は宿で待機している必要があるのだ。
「それに、ガーバイル卿には何かあれば連絡を頂けるよう手配しております」
「あっはい」
どうして貴族ってこうも先手先手を打ってくるんだよ、ちくしょう。
どうせギルドマスターも、何かあったとしても俺以外の専属に頼むだけでこっちへ連絡なんてしてこないだろう。
このままだと本気で専属をクビになってしまう。
そうなったらどうすればいいんだ?
……クビになったら本気でここの養子になって、公爵家の権限使ってギルドマスターをクビにしてやろう。
ああ、俺ダメな奴だ。ネガティブ発想よくない。
それにしてもシッチェの入れるエールが恋しい。よく考えれば半月以上飲んでいないんだよな。不味くて薄いエールだと思ってたのに、それが恋しくなるなんてな。
これがストレスという奴か。
うん、決めた。身体に悪い。今夜抜け出して宿に戻ろう。
なーに、戻ってくるなんて簡単さ。
「レモングルド様、明日私は非番ですので、今夜はぜひ私の愚痴に付き合ってください」
「あっはい」
抜けだそう、そう思ってたのに何故かチュレイアさんに捕まって酒の付き合いをされています。
どういうことよ。
「私ももうすぐ二十二になり結婚適齢期から外れました。公爵家の侍女になれば男性との出会いも期待できる、そう思って頑張ってきたのに、リーデルお嬢様に気に入られ過ぎて専属侍女となり、お嬢様に付きっきりの仕事ばかりで出会いも無く、とうとう二十二になってしまうんですよ!」
どんっと酒瓶を三本ほど目の前に並べられて、さあ飲め、と言わんばかりに突き出される。
……飲むのは良いんですけど……その……コップは?
「それは大変でしたね」
彼女はラッパ飲みでぐいぐいと煽り始める。
この子も一応貴族のお嬢様……ですよね。
「そうなんですよ! でもね、決して今の待遇が悪いわけじゃないんです。むしろお給金も良いし職場も良い人ばかりですし、でも侍女長は少々厳しい方ですけど」
「はい」
「お嬢様もお優しい方で、時折とんでもない行動をしますけど」
「わかります、こっそり平民街へ蒸しパンを買いにいく程です」
「でも……でも……女としての幸せは、このままでいいのかなって思うんですよ!」
「そうですね」
「レモングルド様、聞いてますか!?」
「聞いてますから肩を揺らさないでください」
「私は伯爵家の三女で親からも適当に扱われ、ようやく手にした職場でも幸せを掴み損ねて……」
「はい」
「でも本当にここは良い職場なんですよ!? わかりますか!?」
「わかりますから胸ぐら掴まないでください」
……もう寝て良い?
♪ ♪ ♪
「あの……レモングルド様が当家の侍女に手をだしたと噂があるのですが、事実でしょうか?」
翌朝、チュレイアさんとは別の侍女が俺の部屋にきて一番最初に発言した言葉だ。
「してねぇよ!!」
そんな甘い空気じゃなく、口に酒瓶を無理矢理突っ込まれて、飲まされたよ!
とんだ酒乱だよチュレイアさん!
「そもそも夜明けまで、チュレイアさんに無理矢理酒を飲まされ愚痴を聞かされてたんだぞ。今も気分悪いくらいだ」
「あの方、時折とんでもない行動を致しますからね……」
……主従揃って似てるな。
もしかして結婚相手が見つからないのって、その行動のせいじゃないのか?
「ふふっ、それだけレモングルド様に気を許していると思いますよ?」
「気に入られる理由が思いつかない」
「廊下を走り回ったり、お風呂場で泳いだり、そういう行動が気に入られたのではないですか?」
それだけ聞くと、俺ってガキだな。
でもな、風呂場で泳いだのは、いきなりチュレイアさんに服を脱がされ身体を洗われそうになったからだ。
彼女から逃げるために泳いだんだよ。
まあ貴族は自分で身体は洗わず、侍女や使用人に洗わせるのが普通らしいから、彼女の行動は貴族的にはごく当たり前なんだろうけどさ。
ちなみにウェイスルン子爵家に泊まった時は、ギルドマスターが事前に伝えたらしく、風呂は俺一人だけだったよ。
さて今日来てくれた侍女は初めて見る顔だ。チュレイアさんより年下の、多分十七か十八くらいだろう。
素面のチュレイアさんよりかなり親しみやすい性格をしているのか、会話好きな雰囲気だ。
それならばフレンドリーに接すれば散歩くらい許可してくれるかもしれない。
「それはそうと、お嬢さんのお名前は?」
「ミレイシアお嬢様付きの侍女キュリオリアと申しますっ!」
「大変元気があってよろしい、ってミレイシア? リーデルじゃなくって?」
「ふふっ、リーデルお嬢様の侍女をこれ以上減らすわけにはいきませんからね」
あ、なるほどね。
チュレイアさん一人減るだけでも大変なのに、もう一人減らす訳にはいかないって事か。
でもそんなに人数が少なくて大変なら、わざわざ俺の所に回さなくても良いのに。
「レモングルド様の監視命令を執事長から承っておりますから、本日は私がお相手を務めさせて頂きます!」
「監視かよっ!?」
「あ、お世話を承って……」
「言い直さなくてもいいよ!」
なんだよあの爺さん、俺の敵か?
こちとら自由を愛する冒険者だぜ? 国に縛られたりなんてしないぞ? もちろんキュリオリアさんに縛られるのなら一考の余地はあるが。
「放っておくと何をしでかすか分からないし行動が読めない、との仰せですからね。この部屋で大人しくして頂くことが当家として一番安泰するそうですよ」
「ごめんなさい、ぐうの音も出ないほど正論です」
「ふふっ、自覚はあったのですね。そういう訳ですから、本日はこの部屋で私とお話しましょう」
「おーけー分かったお嬢さん、じゃあ俺のスペシャルな話しをしてやろう」
「わー、ぱちぱちぱち」
こうして四日目はキュリオリアさんとの会話でスタートした。
♪ ♪ ♪
「でさ、サキュバスって空も飛ぶからかなり危険な魔物なんだぜ?」
「空から魔法を使ってくるんですか!? でもサキュバスは殿方に誘惑すると聞いたことがあるんですけど、その、ご無事だったのですか?」
「ああ、そうだよ。ま、でも俺には通用しなかったけどな。逆に襲いかかってやったさ」
「それしっかり誘惑されてるじゃないですかっ! やだもー」
いや、ほんとに誘惑されてないってば。血を吸って干からびさせたし。
あの時ほど血を吸った経験は無かったな、血に混じった魔力のコクもあって非常に美味かった。
まあこれは言うわけにはいかないけどな。
と、キュリオリアさんと楽しく会話していると、ドアがノックされた。
瞬間、一緒に座ってたキュリオリアさんは素早く立ち上がり、扉を開けた。訓練された侍女の動きだな。
「キュリオリア、楽しそうですね」
「あら、ミレイシアお嬢様じゃないですか。いかが致しましたか? ここはリーデルお嬢様のお客様のお部屋ですよ?」
「ええ、知っておりますよ。アルフェイラ殿下のお茶会に参加する前に、一言ご挨拶をと思いまして」
姿は見えないけど、どうやらリーデルの妹が登場のようだ。
そういえば、結婚相手は妹でも構わない、って公爵は言ってたっけ。まあそれは時間的余裕はあるから後回しで良いとして、まずは目の前の皇女とのお茶会だ。
参加するのってリーデルの妹と、もう一人リベリアラ……だっけ? 一体どこのお嬢様なのか情報収集したいな。
「レモングルド様、いかが致しますか?」
「ああ、構わないよ」
「承りました。ミレイシアお嬢様、どうぞお入り下さい」
「失礼いたします」
そう言って入ってきたのは三人の見知らぬ侍女だ。さっと部屋の周りを見て確認した後、改めてドレスを着た女性がしずしずと入ってきた。
あの子がリーデルの妹のミレイシアね。ふーん、確かにリーデルと……似て……ない……だと?
髪の色も目の色もリーデルと同じ金髪青目なんだけど、こちらはサイドテールにしているが、雰囲気が大人っぽい。
リーデルは年相応の見た目で、どちらかと言えば可愛らしいけど、このミレイシアというお嬢様はどう見てもキュリオリアさんと同じくらいの年齢、つまり十代後半に見える。
そして、発育が大変よろしい。また、胸が少々開いたドレスを着ていて目の保養……ではなく毒だ。
本当に妹? 姉の間違いじゃないの?
「初めまして、わたくしハーレンス公爵家が次女、ミレイシア=フォーノ=ハーレンスと申します。以後宜しくお願いいたしますわ」
ミドルネームがリーデルと違う。と言うことは……なんだ? 母親が違うのか? つまり異母姉妹って事かな。
それならあまり似てないのも分かる。けどけしからん、その身体は実にけしからんよ君。
「俺の名はレモングルド。冒険者ギルドに所属する冒険者だ。で、一つ尋ねたいのだけど……」
「ふふ、わたくしは間違いなくリーデルお姉様の一つ年下の妹ですよ? 十二歳ですわ」
また先を越された。
なんでそう考えている事が分かるのかな。
しかし十二歳でこれかよ、チュニアも意外と発育は良い方なんだけど、完全に負けてるわ。
「いつも思うんだけど、どうして貴族は先を読むのが上手いんだろうか」
「初めてお会いするお方は、みな必ず尋ねてきますからね」
「ミレイシアお嬢様はリーデルお嬢様の大ファンなのですよ? いつ見ても仲の良い姉妹で羨ましいんです」
「お姉様は可愛いですから、ついお人形さんみたいに撫でてしまいますの」
「わかる。特にあのくせっ毛は反則だよな」
「うふふ、そうでしょう。子供みたいでとても可愛らしいですの」
いや、十二歳ならお前も十分子供だよ。見た目はもう大人だけどさ。
ミレイシアは優雅に俺の側まで近寄り、軽く会釈をして椅子に座った。
さて、情報収集だ。
「ところで、殿下とのお茶会なんだけど……」
「伺っておりますわ、アルフェイラ殿下がまた我が儘を申してレモングルド様を呼びつけたとか。本当にご迷惑をおかけして申し訳ありません。今度きつく言いつけておきますから」
「また……きつく……一応皇族なんだよな。いいのか?」
「ええ、皇族と公爵家、大公家はみな血の繋がりがありまして。お姉様の母上であるホライア様は陛下の妹君で殿下とは従妹ですし、わたくしも又従姉妹です。そのせいか、みな家族のようなものですの」
なるほど、関係を分かりやすくするためにミドルネームがついているのか。
それにしてもそこまで血の交配があるなら、帝国って実は皇族とその親族が支配しているようなもんだな。
でも逆に言えば血が途絶えることは殆どないってことだ。全員が初代皇帝の血を引いているようなものだし。
「えっとリベリアラ? さんという人も参加すると聞いているんだけど、どんな人なんだ?」
「リベリアラ姉様はムクビルアス公爵の次女で、今回の参加者では一番の年上ですわ。まもなく婚姻されますので、今回が未婚最後のお茶会になりますの。ちなみにお相手はシュルツハイトお兄様よ」
おっとリベリアラは大人か。しかも相手がミレイシアの兄って事は義姉になるのか。
ほんとに近親で結婚するんだな。
しかし人間関係が複雑すぎてよくわからん。シュルツハイトというのは長男なのか? それとも次男なのか?
「ごめん、いまいち家族関係が分からなくて……」
「そうですよね、複雑でわたくしもたまに間違えてしまう事があるくらいですから仕方ありませんわ」
そうして今度参加するお茶会メンバーの詳細を教えて貰った。
まずアルフェイラ第二皇女。皇帝の第二夫人の子で次女、十一歳。皇帝の次女という事もあり結構我が儘だそうだ。
次にくせっ毛リーデル。ハーレンス公爵家の長女で十三歳、第一夫人の子なんだって。妹曰く、あれでいてかなり有能らしいが、まだ精神的に子供だからか時折突飛もない行動にでるらしい。
そして目の前にいるミレイシアが第二夫人の子で次女、十二歳。俺の印象ではしっかり者で芯が通っている。あとないすばでー。でもちょっときつめの性格だな。
最後にリベリアラ。こちらはムクビルアス公爵っていう人の第一夫人の子で次女、十七歳。ミレイシア曰く結構きつい性格らしい。その結婚相手がここの公爵家の長男シュルツハイト。彼は第一夫人の子で十五歳だ。つまり姉さん女房になるという訳。ミレイシアは、おそらく尻に引かれるだろう、と言っている。良いのか次期公爵。
ちなみにハーレンス公爵にはもう一人次男のダレイズってのがいて、そいつは第二夫人の子で今十歳。でもまだまだ教育不足であまり人前には出さないらしい。
つまり今回のお茶会はハーレンス公爵家と第二皇女のお茶会が名目という事だ。リベリアラもまもなくハーレンス公爵家側の人間になるから参加なのだろう。
そして未婚の女性ばかりだ。つまり未だ政治的な決定権は持っていないので、公爵もお遊びと称しているのだろう。
もうこの時点で頭から煙りが出そうです。
「で、気をつけなきゃいけないのは、皇女の我が儘、だな」
「ええ、あの子ったら突然訳の分からないことを言い出しますからね。レモングルド様も素直に、はい、と言わないように。わたくしがサポートいたしますから」
「それはものすごく助かる」
「レモングルド様はお姉様のお客様ですから本来ならお姉様がサポートすべきなのでしょうけど、先ほどオーバールに頼まれましたからね」
オーバールってのは執事の爺さんの名だ。執事長という肩書きを持っていて、公爵の懐刀とも言われている。この家の中については、公爵不在の時の最高責任者であり、彼の決定には例え次期公爵のシュルツハイトといえど逆らえないんだって。
その割にはリーデルにパシリさせられてたけど、それは好きでやってる事であり、だめな場合はきちんと反論し叱るそうだ。
なるほど、公爵一族の教育者という立場ね。きっと公爵も若い頃、オーバールに教育されてたのだろう。
そうだ、教育という事で一つ思い出した。無礼講の話だ。
「あと重要な点なんだけど、今度のお茶会の口調ってこんな感じでいいのか?」
「……今更ですわね」
そういやそうだ。今話しをしているミレイシアもリーデルも公爵家のお嬢様だ。
公爵の懐刀に対して執事の爺さん、なんて呼んでるしな。
「本来であれば許されないでしょうけど、お姉様が無礼講とおっしゃって、ホストのアルフェイラ殿下も了承したようですし、大目にして頂けるかと」
「それは助かる。でも、つい先日公爵にもこんな口調……いや後半はもっと酷い言葉で話してたけど……今更ながら良かったのかな」
「………………」
絶句された。
ミレイシアの連れてきた侍女や、陽気なキュリオリアまでも。
「し、執事の爺さんは何も言わなかったし、公爵も気にしてなかったぞ」
「え、ええ……そうですか。ま、まあお父様はよく冒険者や商人ともお話していらっしゃいますし、きっと慣れているのでしょう」
「私はたまにヘルプを頼まれる事がありますが、彼らも下手ではありますが丁寧な口調を心がけておりましたよ」
ミレイシアのフォローをあっけなく砕く侍女Aさん。
ど、どうしよう。
そうだ、公爵のせいにしてしまえばいいんだ。俺だって最初は丁寧な口調で話しをしてたのに、途中でリーデルを物のように扱うような発言をしたからちょっと頭にきて乱暴な口調になったんだからな。
「そ、そうだミレイシア……さん」
「……はい」
「少し相談したいことがあるんだ。これは公爵から提案された内容なんだけど、どうも国家機密とかそういったレベルなんで、出来れば他の人を下げて貰いたいんだけど」
「殿方と二人きりになる事は不可能ですわ。それに国家機密でしたらわたくしも知ってはならないでしょう」
「いや、リーデルとミレイシアさんの二人には話す許可は貰っている」
お姉様とわたくしだけ?
そう呟き、暫く何か考えていた。
視線が自分の連れてきた侍女たちを彷徨ったあと、決断したように立ち上がった。
「キュリオリアはわたくしの専属侍女であり、わたくしの代理になりますから彼女だけ残して他は下げましょう」
そう言ってキュリオリアを除いた侍女たちを出て行くように手で合図を送った。
専属侍女って代理という立場もあるんだ。知らなかったよ。
♪ ♪ ♪
「そのどこにお怒りの要素がありますの?」
三人になった部屋で、公爵との話の内容をかいつまんで説明し、公爵が勝手にリーデルかミレイシアを選べと言われた事に対して怒ったことについて尋ねたら、ミレイシアは不思議そうに首を傾げた。
キュリオリアは国家機密という話を最初にしたせいか、内心はどうであれ、ずっと表情は変わらなかった。墓場まで持って行く気なのかも知れない。
「お父様、いえ、首脳陣がお決めになった事ですからそれは大事の前の小事、国のためとなります。わたくしからは、お姉様を大切にしてくださいませ、とお願いするだけですわ」
「本音は?」
「わたくしは特段ありませんが、おそらく大半は『たかが子爵家、しかも他国の半分平民貴族が由緒あるハーレンス公爵家の一族に名を連ねるなどあってはならない』と思うでしょうね。首脳陣が決定したならば表立っての反対はないでしょうが」
そっちじゃなく、姉に対する思いのほうなんだけどなぁ。
しかし他の貴族は、リーデルが俺に嫁ぐことなんてどうでもよくて、それより俺の家名がハーレンス公爵一族に入るほうが問題、と捉えているのか。
「本当にミレイシアさんは無いの?」
「お父様は、子は成さなくとも良い、とおっしゃっているのですよね。それはダーマレイ子爵の血を公爵家に取り入れる気はない、という意味ですよ? つまり、レモングルド様は当家に家名を入れるためだけの存在であり、レモングルド様がお亡くなりになれば自然消滅致します。むしろお怒りになるなら、この部分ではないでしょうか? 名前だけの存在に対しご自身は何も思わないのですか?」
いや全く思わない。どうやらミレイシア……貴族の思考と俺の思考は根本的に違うらしい。家名なんぞ無くても生きていけるし、実際家名隠してても専属冒険者になった。
逆に昔、きちんと家名まで名乗ってたけど、特別何かが起こったわけでもない。ガンゼズなんて、ふーん、で終わったし。
しかし今、実に気になる発言があった。俺が死ねば家名も消えると。
ということは裏を返せば、今回の作戦が成功してある程度の成果がでたら、名前を気にする貴族たちに暗殺される事もありうる?
それに第一俺はダンピールであり、生きるのが嫌になるくらい長生きする。むしろ自殺しない限りそうそう死なない。と言うことは実質的にずっと名が公爵家に残る事になるのだ。
これは暗殺されますなぁ。
いや、除名という事が可能なら、何らかの失敗をかぶせられる事もありうるけどさ。向こうにしてみても、死ににくいと評判の吸血鬼やダンピールの暗殺なんて面倒だろうし。
婿養子は断って、勝手に名前を使われたほうが後々面倒にならないんじゃないかな。
たまにお茶会に呼ばれるだけならいいけど、こっちに住むなんて思考が違いすぎて、不便すぎるだろう。
ミレイシアもどのくらい俺と思考が違うのか。
「俺が聞きたいのは、姉が俺みたいなダンピールに嫁ぐ事についてなんだけど」
「逆に質問なのですが、ダンピールだからと言って何かありますの?」
突然真顔でそう聞かれて狼狽えた。
貴族のお嬢様が俺みたいなどこの馬の骨とも分からない、しかも種族の異なる男に嫁ぐなんて、普通は忌避されるんじゃないのか?
「種族が違うというか……」
「ペイリアの血は昔、エルフの血を混ぜております。お姉様が年齢に対して少々子供っぽいところも、若干成長が遅いのも、おそらくエルフの血が入っているからでしょう。ですがそれが一体何かありますか?」
「全くございません」
リーデルの成長は特に遅くなく、ミレイシアが成長しすぎなんだと思うけどな。
でもそれを口に出す勇気は俺にはない。
「ならば何を気にしているのか、わたくしには分かりません。外部の血を取り入れるのは、皇族以下わたくしたち全員の納得と承認を得られない限り、混ぜることはできません。しかし裏を返せば、承認が得られれば種族など関係無く取り入れても何ら問題はありませんよ」
それっていわゆる、俺の血を混ぜたところでメリットを感じられないから、子を成す事は拒否。
しかし家名を一時的に取り入れる事は、他国の降伏などを促す契機になる、というメリットがあるから許容。
そういう事か。
うん、これは分かりにくい。いや、逆に分かりやすいのか。
ミレイシアが、それと、と付け加えてきた。
「これはあくまで私的な考えです。お姉様は第一夫人の子ですが、わたくしは第二夫人の子です。価値という意味ではお姉様が上になりますが、ダーマレイの家名を取り入れるだけならわたくしのほうが安くすみます。レモングルド様にはわたくしを選んで頂きたいと思いますわ」
うわぁ。ここまで自分と姉を商品価値として判断するのかよ、すげぇな。
しかもそれをはっきり俺に対して口に出すのだ。
ま、兎にも角にも貴族の考えってのはなんとなく理解した。あとはどう決断するか、だな。
「ま、まあ公爵からは二年後、リーデルが成人するときまでに決断しろと言われているから、まだ時間的に余裕はあるので急いで判断する必要はないし」
「そうですね、ご相談したい内容というのはこれで全てですか?」
「ああ、助かったよ。ありがとう」
ミレイシアが去って行ったあと、キュリオリアはそのまま部屋に残った。
彼女にも意見を聞いてみたんだけど「侍女に政治的な回答を求められても」とすげなく断られた。下手な事は言えない立場だから仕方ないんだろうけど、ちょっと寂しい。
はぁ、今夜抜け出してエール飲みたい。