十七
「レモングルドさん! ご無事でよかったです!」
「ふぁっ?!」
何故か抱きしめられました。いや身長差があるので正確には胸に踞れたんだけどな。
そういやギルドマスターは、リーデルがものすごく心配してた、って言ってたっけ。
だが生まれて三百年近く、こういった女性とは縁の無い生活をしていたためか、どう扱って良いか分からない。
過去出会ってきた女性の冒険者はどいつもこいつも精神が図太く、逆に言えばそうでないと生き残れなかったのかもしれないが、ともかく適当に相手をしていればよかったんだけどな。
所在の無い手があちこち彷徨っていると、側で控えていたチュレイアさんの目が、だめだこいつ、と物語っていた。
仕方ないじゃん!
しかしリーデルも家に振り回されているよな。俺と婚約の話が出てそれがなくなって、今度は子を成すために婚約を申し出るように言われているのだろう。自由がないのは貴族としては当たり前なんだろうけど、それでもやっぱり可哀想だと思う。
せっかく婚約破棄になったんだ。俺でなく別の誰かを選んでもいいんじゃないのか?
「なぁリーデル、さっき公爵に婚約破棄って言われたんだけどさ、これを機にお前は別の人を探したほうがよくないか? お前も俺みたいなおっさんダンピールより普通の人の方がいいだろ?」
そう伝えた途端チュレイアさんが、あちゃー、という顔をする。
リーデルもはっと顔をあげると何故か俺を睨み付けてくる。ただ全く迫力はないので、小動物が威嚇しているように感じられるけど。
しかし家の都合で婚約話になったんだから解放されて嬉しいと思ったんだけど、違うのか?
「公爵に言われたから婚約話を飲んだんじゃないのか?」
「違いますよ! わたくしにだって選択権はあります。それに名を取り入れるだけならわたくしよりもミレイシアが適任なのですよ!?」
そういえば第一夫人の子であるリーデルよりも第二夫人の子であるミレイシアのほうが安く済む、とかミレイシアも言ってたっけ。
その辺りの判断がリーデルにも出来るのは、意外とドライな思考も持っているんだな。
「じゃあリーデルは婚約話が流れて残念に思ってるのか?」
「はい。ですが、まだ望みはありますから諦めませんよ」
「何故俺みたいな奴と結婚したいんだ? 何かしたっけ?」
そう問いかけるとリーデルは一歩下がり、そして小声で何か呟いた。途端、彼女の小さな手に立体型の魔方陣が浮かび上がる。
まさか魔法を使って俺を亡き者に!? なんて一瞬思ったけど、それは違っていた。
手の平の上には体長十センチ弱もない、薄い羽の生えた妖精が鎮座していたのだ。
「これは……?」
「この子が精霊さん……クロノスさんです」
「……え? クロノス?」
「この子に教えて頂いたのです。平民街へ赴き、蒸しパンを買いに行けば運命の相手が待っていると」
俺の戸惑いを他所にリーデルは優しい目でクロノスを見つめている。
「わたくしが転んでレモングルドさんに抱きしめられた時に分かったのです。この方が運命の相手だと」
あの時リーデルは真っ赤になっていたけど、それは慣れない異性との接触だけじゃなく、運命云々だったから、という訳か。
しかし……クロノスか。時空と運命を司る精霊クロノス……だよなぁ。
姿を消す、って言ってたからてっきり光の精霊と思ってたんだけど、クロノスかぁ。上位精霊どころの話じゃないぜ、神に匹敵するような大精霊だぞ、こいつ。そして姿を消す、というより周囲の時空を歪めて外部から見えなくした、というのが正解だろう。
そういやペイリアの血はエルフを取り入れた、といってたけど、もしかしてそのエルフってのはハイエルフじゃないのかね?
「それでもわたくしは貴族であり、レモングルドさんは平民です。初めは間違いだろうと思いました。ですけど、クロノスさんの言うことですし、悪いと承知でレモングルドさんの身元を調べさせて頂きました」
俺がダンピールで亡国の貴族の血を引いているのを調べたのはリーデルが契機だったのか。
あれは悪い気分になったけど、実に良い仕事だった。出来れば調査した奴らを是非ギルドへ迎え入れたいくらいだ。
「その結果、いつの間にか婚約者となっていました。いきなりの事でわたくしも混乱しましたけど、レモングルドさんの行動や考え方、ミレイシアに話した内容、どれも新鮮で新しい風が吹くのではないかと思ったのです。家の事を差し置いても、平民街での喧騒な飲食店やお買い物はものすごく楽しくて……でもレモングルドさんがオークの軍勢を止めるために残ったと聞いてとても不安で……」
あ、ミレイシアとの会話ってリーデルも知ってたのか。
何だよ筒抜けじゃねぇか。
「きっかけはクロノスさんでしたし、恋とか愛とかは良く分かりません。ですけど貴方と一緒にいると楽しいのです」
リーデルの真摯な目で射貫かれた。これは自分を選べって言ってるんだよな、多分。
公爵は「これからの交渉役は私ではない。君との子を望む女たちだ。その中にリーデルも含まれている」なんて言ってたけど、これが交渉って奴か。
でもさぁ、まだ会って数ヶ月もしてないような間柄だぞ? 結婚とか婚約なんて話は早すぎるんだよ。
冒険者同士で結婚した奴を何組も見てきたけど、そいつらだって数年かけて自然とくっついてたんだぜ。
「んー、まあリーデル。お前はまだ成人するまで二年近くある。今すぐ決めるような話じゃないんだし、その間に考えるか?」
俺が日和った回答を出したら、チュレイアさんは、やれやれ、と言ったように首を振った。
♪ ♪ ♪
あれから二年が経過した。
俺はレモングルド=ダーマレイ『子爵』となり、ガーバイルのおっさんの後を継いでギルドマスターになった。とは言ってもガーバイルが死んだ訳では無く、俺の家の家令となったからだ。
公爵はあの時ウェイスルン子爵家縁の者をうちに派遣する、って言ってたけどまさかギルドマスター本人を派遣するとは思っても無かったよ。
おかげで俺の仕事は莫大に増えた。もうね、正直あのおっさんがこれだけの仕事を抱えていたのかと思うほどだ。それに加え、定期的に皇女の護衛たちを扱かなければならないのだ。おまけに貴族街にある俺の家へ行けば、結婚しましょう、とばかりに成人前の娘五人~六人が待ち受けているのだ。いや、待ち受けているというより、既に俺の家に住んでいる、といった方が正解である。ガーバイルは子爵家なので大公家や公爵家のお嬢様を追い出す事もできない。
仕事疲れで消耗しているところに貴族のお嬢様方と会話する余力はないのだ。そのためここ一年ほどいつもの安宿で寝泊まりする生活が続いている。公爵も定期的に家に帰れば良い、と言ってくれたからな。一年は定期的じゃないと思うけど。
まあそういった訳で未だに誰一人として婚約はしてない。それ以前に仕事が忙しすぎてそれどころではないのだ。
そして今日も今日とて夜も遅くに安宿へ疲れた足を引きずって帰ってきた。
「あー、疲れ……」
がちゃり、と宿の扉を開けると、エールを飲んでるリーデルと、それに絡まれているシッチェの姿が見えた。
「シッチェさん! 聞いて下さいよ、レモングルドさんったらすごく酷いんです! 全く顔を見せないんですよ!?」
「リーデル様、あの……愚痴を言いにわざわざ平民街まで訪れなくとも……」
「わたくし、とっくに成人しているのですよ? いい加減腹をくくっても良いと思うんですよ!」
「とっくにって……まだ二ヶ月前に成人したばかりじゃないですか」
ぐびぐびとエールを煽るリーデル。その姿は酒乱のチュレイアさんにそこはかとなく似ている。
リーデルは俺が家に顔を出さなくなってから、度々ここへ訪れるようになった。ぶっちゃけ他のお嬢様方はここまでしない。その行動力には驚かされる。しかもお伴の一人すら連れていない。まあリーデルには精霊クロノスがついているので、安全といえば安全なんだけどさ。
しっかし出会った当初の大人しそうな純粋なお嬢様はどこへいったのだろうか。エールを飲みくだを巻く姿はおっさんである。いや、見た目はお嬢様なんだけどさ。
さて、そんな光景を目にした俺は無言で扉を閉める。
時刻は既に夜の十一時。あの調子だと今夜は徹夜で飲んでるだろう。シッチェは吸血鬼だし、一年や二年なら寝る必要性は殆どないからずっと付き合うことは可能だ。
仕方ない、今夜はギルドに戻ってソファーで寝るか。
踵を返した時、聞き慣れた声に呼び止められた。
「レモン、さっさと入ってこい。あの小娘が鬱陶しくてゆっくり飲んでおられんわ」
「……ガンゼズ」
「それにいい加減腰を落ち着けたらどうじゃ? 百年二百年もすれば人間の国なんぞがらっと変わるじゃろうて、飽きればその時に出れば良い」
さすが長寿種族は言う事が違う。
でも確かにその通りなんだよな。人間ってのはあっという間に死ぬし、移り変わりが激しいのも分かる。俺の爵位授与が効いたのだろうか僅か二年で三つの国が帝国に降伏したのだ。百年も経てばもしかすると帝国が大陸を制覇しているかも知れない。そしてもう百年経てば帝国が分裂しているかも知れない。
俺は今まで長くても十年程度しか同じ街にはいなかったが、ガンゼズの言うとおり、ここで百年くらい腰を落ち着けるのも良いかもしれない。それに公爵から、いい加減誰か一人くらいは娶れと言われまくっているしな。
そして、ふと気がついた。
ダンピールである俺が人間の街に住んで、あまつさえ家庭を持つことをどこかで恐れていたのかもしれない。何せ父親はどこか知らない吸血鬼で生まれてこの方見たことすらないし、母親は俺をずっといじめ抜いてきたからな。
眷属でさえ三百年近く経ってようやくシッチェ一人、しかも死にかけてたのを助けるための理由だった。
家庭というものを経験するいいきっかけかも知れない。
なんて考えていると突然扉が乱暴に開かれた。
「レモングルドさん!」
「ふぁいっ?!」
「いつ帰ってきてたのですか! 早く中に入って下さい! 今日はとことん飲みますよ!」
「俺明日も仕事なんだけど」
「大丈夫です。いざとなればわたくしがお手伝いしますっ!」
絶対明日の朝には寝てるだろこいつ。
リーデルに腕を引っ張られ、中へ入るとシッチェが出迎えてくれた。
「お帰りなさいレモンさん」
「……ただいま」
うん、やっぱり俺の眷属が一番可愛い。
そんな事を思っていると、リーデルが、うー、と唸りながら俺を見ていた。
シッチェは俺の眷属なのだ。これくらいの愛情表現は許して欲しい。
「なあリーデル」
「……なんですか」
「結婚しよっか」
「……………………?」
俺の言った言葉が理解出来なかったのか、それとも酔ってて頭の回転が鈍くなってるのか、暫く黙ったままのリーデル。
逆にシッチェは目を大きく開いて俺を見ていた。
なんせ二年ものらりくらりしていたのだ。突然の事に驚いたのだろう。
「シッチェもどうだ?」
「私はおまけですか」
「そういう訳じゃないけどさ。俺の名があればこの宿も少しは楽になるだろ?」
「そういうのは好きではありません。でもお誘い自体は嬉しいですよ」
貴族になったとはいえ、元々冒険者でこの宿の常連だったのだ。馴染みのご近所さんはあまり意識してないし、俺の名なんて正直に言えば大したことはない。
しかしシッチェは俺の唯一の眷属だから、嫁というよりも家族として迎え入れたい。
なんと言っても吸血鬼なのだ。チュニアやバッケルという家族を看取った後もずっと生き続ける。それは寂しい人生になるだろう。
「まあ今すぐって話しじゃない。三十年、四十年先でもいい」
「それはまた気の長い話しですね。リーデル様の件が終わったら考えます」
「レモングルドさん、結婚を申し込んだ当人を目の前にして他の人を口説くのはよろしくないです」
リーデルはやっと俺の言った言葉を理解したらしい。手で俺の裾を掴むと、ぷくっとふくれっ面をした。
そういえばこいつとも二年の付き合いになるのか。エルフの血が混じっているため見た目は正直変わっていないが、言動はお嬢様らしくなくなった。
どこの世界に公爵家のお嬢様が平民街にある安宿でエールを飲んでくだを巻くというのか。
俺に染まってしまった、とも言える。
「もう待ち続けて疲れました。ですから今夜は前祝い、と言うことでわたくしと一緒に飲んで癒やして下さい」
「前祝いでここかよ」
「はい、ここは好きなのですよ。貴族というベールを脱いでも何も言われませんからね」
「そうだな。シッチェ、エール一杯くれ。特盛りな」
「はいっ!」
俺は住み慣れた路地裏にある安宿の酒場へと入っていった。
一応これで完結です。十万文字くらいを目指していたので概ね良い分量でした。
本当はもっとリーデルとかの内情を書くつもりだったんですけど、長くなりすぎたのと、恋愛系になりそうだったので割愛してしまいました。
しかし改めて十万文字って長いようで短いです。
さて、次は既にアップ済みの別作品に手を付けていきます。こちらも十万文字辺りでまとめる予定です。




