十四
戦闘は苛烈を極めた。
いや、ガンゼズは余裕綽々だったけど、俺はもう必至だ。
そもそも百匹だろうが二百匹だろうが一千匹だろうが、俺らを囲める数ってのは変わりない訳で、攻撃の手数は全く変化はない。
しかしやはり数の圧力というか、気配というか、それが全く違った。更に言えば近くにキングがいるせいか、強くなっている気がする。
威力偵察部隊の百五十匹はまだ頑張ればどうにかなる、と思えたけど、今は到底勝ち目ないぜ、というレベルである。
もう残り何匹いるのか全く分からない。
「こいつはちょっと無理だの。レモン、お主逃げろ」
ガンゼズは丁寧に一匹ずつ倒していく。時間はかかるものの圧倒的な防御力を誇る彼ならではの戦法だ。
しかしそれでも無限に続く訳では無い。いくら本人が頑丈で一日や二日は戦えるだけの力を持っていたとしても、武器だって摩耗するのだ。
ここへ来る前に整備しておいて良かった。そうでなければとっくに使い物にならなくなってただろう。オークは皮膚や骨も硬いし、肉が詰まっていてとにかく刺しにくいし斬りにくいのだ。
ガンゼズの逃げる、という案には賛成したいのだが、問題はにげられない、ということだ。
「さっきまでと戦法が違って飛ぶ隙が見つからないし、ガンゼズを置いていくわけにはいかん」
キングが操っているのかは分からないが、とにかくこちらが息をつけないよう間断なく嫌らしく攻めてくるのだ。羽を出して空を飛ぶ、なんて事をしたらすぐ隙を突かれて斬られるだろう。
そして、今俺が逃げたところで援軍を呼べる訳では無い。例え蒸しパンが戻ってきたとしてもこの数と圧力の前には大して持たないだろう。
もしかするとほんの僅かの希望だが、蒸しパンが向かった先の町にたくさんの上級冒険者がいて、そいつらが駆けつけてくる可能性もゼロでは無いが、そんな都合の良い展開などない。
まあ俺はダンピールだし、そうそう簡単には死なない。死んだふり作戦という方法もある。ただ、一度腕や腹を貫かれたのに傷が治ったところを見られているんだよな。吸血鬼だとばれて首斬られて川に流されるか。
……だめだ。詰んだ。
しかし最後まで望みは諦めない。
こうなりゃ一秒でも長く粘って少しでもオークたちの数を減らそう。
そして二時間粘ったが既に満身創痍となっていた。
傷自体はすぐ治るものの、体力は如何ともしがたい。
下手に手を抜くとすぐ斬られるし、かといって全力を出すと体力が持たない。ペースを崩さず出来るだけ素早く、且つ適度な力加減で戦う。
更に言えば手傷を負わせて倒さずいれば、多少は楽になる。今のところキングは無茶に押してこないような戦法をとっているのだろう。普通オークは仲間意識が薄い。傷を負ったオークは戦力外と見做し、下手をすれば殺してでもすぐ代わりがくるのだが、今はそんなことをしてこないのだ。
相手にしてみればそこまでごり押しせずとも、時間をかければそのうち倒せる相手だから、数をあまり減らしたくないのだろう。そのおかげで若干楽させて貰っている。ま、時間の問題だが。
しかしやはり数は偉大だな。
人間がこの大陸の覇者となっているのは、この数が最も大きな理由というのも頷ける。
そんな事はどうでもいいけど、そろそろ限界が近づいてきた。オークの持つ武器をいなしながら反撃し、なるべく転がすようにして後続の邪魔をさせるようにしてたけど、体力が持たなくなってきた。
息が荒い。
ダンピール、いわゆる半分アンデッドのくせに呼吸が必要ってのも変なんだけど、多分残り半分の人の部分が欲しているのだろう。
腕が痙攣しはじめている。獲物は短槍と軽い部類に入る武器だが、それでも四時間近く振り続ければこうなっても仕方ない。何せ相手は凶暴化したオークで、力が強くいなすにしてもそれなりに体力が必要なのだ。
「ガンゼズ……悪いがそろそろ……限界だ」
「ふむ、わしはまだいけるが、そろそろ武器が心許ないの」
ガンゼズならまだ一日は持つだろう。武器はどうしようもないけど、刃が折れたって柄は残っているのだから牽制には十分だ。もしかするとキング側が諦めるかもしれない。
しかし俺はどう頑張ってもそこまで持たない。たまにオークの返り血を少し舐めて体力を回復はしているけど、いかんせん量も少なく、それに人間の血じゃないからか効果は薄い。ま、血を少しでも吸収できたので、ここまで持ったんだけどさ。
「先に行かせて……貰うぞ」
「はっ、しぶとさではお主のほうが上じゃ。あとで何とか復活させてやるわい」
ぶっちゃけ灰さえ一定量残っていれば多少の儀式を施すことで俺はいくらでも復活できる。ガンゼズと出会ってから百年、過去二度ほど灰になったけど復活させて貰った実績まであるのだ。
だからといって死んでる(?)間は記憶が無いから灰にはなりたくないがな。
ただ今の俺じゃガンゼズの足手まといだ、こいつなら殴られながらも移動は出来る。オークの軍勢に殴られながら移動するんだからシュールな絵面にはなりそうだけどな。
さて、じゃあ最後の雷精化するか。
「ちょっとまったぁぁぁぁぁ!!」
俺が短槍に雷を纏わせようとした時、大声が鳴り響く。そして次の瞬間、俺の前にいたオークが数匹まとめて吹き飛んでいった。
更に上空からオーガーとも見間違えそうな上半身裸の巨体が降り立つ。
手には俺くらいの身長はありそうな大剣、凶悪な風貌、そして何より身体から浮き上がる氣。
ギルド専属冒険者、粉砕モーライルだ。
「俺様登場!」
意味の分からない雄叫びを上げながら、次々とオークたちを纏めて大剣で薙ぎ払うモーライル。
彼は氣の遣い手であり、こと剣の破壊力なら右に出るものない。オークの大軍に囲まれてもびくともしないガンゼズを、後ずさりさせるほどだ。あいつは俺のようなサポート系やガンゼズの防御特化ではなく、攻撃特化型だ。俺が死ぬ気で頑張って倒してたオークたちをまるで赤子の手をひねるように次々と血祭りに上げていく。
更にそこで終わりではなかった。
突如右手後方から精霊力の塊を感じたのだ。そして響く爆裂音。それなりに距離が離れているにも関わらず、ここまで届く熱気。こんな馬鹿げた事が出来るものは上位精霊イフリートを従えるアイしかいない。
なんでこの二人がここに?
いきなりの事で少々混乱していたようだ。
そんなもの決まっている、援軍だ。
しかし一体どうやってこんなに早く来れたのだろうか? 徒歩で一週間、馬ならその半分というところだ。どんなに頑張ってもあと二日はかかる。
だがその答えは上を見ることで解決した。飛竜だ。
飛竜は帝国に三体いる。もちろん管理しているのは軍であり、相当緊急的な事件でも起こらない限りギルドに貸し出しはしてくれない。今回のオークはその緊急に属したのだろう。確かに飛竜なら一日あればここまで飛んでくる事も可能だ。
そうだよ、最初モーライルは上から降りてきたじゃないか。人間のあいつが空を飛べるはずがない。それくらい気がつけよ、俺。
「援軍登場じゃの」
「……ああ、ちっくしょう、良いところもっていきやがって」
その飛竜が俺とガンゼズの前に降り立った。
オーク側はいきなりの援軍と、そして亜種とはいえ竜族である飛竜の登場によってキングの統制から外れたようで、混乱をしている。
飛龍の背には、ペトラーゼとアイ、そしてシェルリリアが乗っていた。ファーエムを除く専属冒険者の勢揃いだ。
「あはははははは! 気兼ねなく攻撃魔法打てるっていいね!」
「けほっ、アイうるさい」
相も変わらずうるさいアイに、深くローブを被っているシェルリリアがツッコミをいれる。こいつは病弱キャラを演じているようで、意味も無く咳をするんだよな。それだけならまだ良いんだけど、戦闘中に突然倒れ込んで『もう限界』と呟いて動かなくなるのだ。正直に言えば戦闘中にサボるなら最初からいらない。
そしてペトラーゼは俺を見ると不敵な笑みを浮かべた。
「レモンさん、非常にお疲れのようですね。わたくしの癒やしは必要ですよね? いや必要に決まってますね。待ってて下さい、すぐに回復して差し上げますから」
「やめろよ! 今貰ったそのまま逝くわ!!」
本気で体力が限界なのだ。我慢、というより意地で立っているけど、本音を言えばすぐこの場に倒れたいくらいなのだ。
今、こいつの回復魔法を受けたら灰すら残らない自信がある。
「仕方ありませんね」
そんな俺の状態を一目で見抜いたのか、ペトラーゼが飛竜から飛び降りそして俺の元へ近寄ると腕を差し出してきた。
血を吸えって事なのだろう。
「……すまん」
牙を出し、そしてペトラーゼから口に含む程度の少量の血を頂く。吸血鬼の存在と真逆に位置する癒やしの女神を信仰するペトラーゼ。その血は背徳からなのかは分からないが、ものすごく効果があるのだ。
案の定、僅かな血を飲んだ、というより舐めただけで失った体力どころか、それ以上の力が溢れてきた。
普段滅多に血を吸うことはない。血を吸えば強化され強くはなるけど吸わなくとも生きていけるし、それに血を吸った直後の吸血鬼やダンピールというのは、我ながらものすごくやばいオーラが出るのだ。周囲の人間を恐れさせる程に。
「レモンのおっさん、はよ指揮しろ。モーライルがちょっと大変だ」
アイの忠告に俺は頷く。確かに彼一人だけが突出した状態だ。
あいつは攻撃特化しているだけあり強い。が、反面防御はちょっと硬い人間レベルなのだ。体力が続いてるうちは周囲を圧倒するので大丈夫だが、切れたら終わりとなる。またそろそろオークたちも混乱状態から復活しつつある。
ペトラーゼの血の影響で、俺の体力魔力は完全回復している。十分アレを使ってもいい。
「じゃあ、やるぞ? シェルリリア、今回はサボる事禁止な」
「けほっ、酷いレモンおーぼーだ」
「やかましい、お前は特に支配下におくからな」
俺の切り札は三つ。
一つは雷精化、一つはコウモリ化して空を飛ぶ、そして最後が精神感応。
精神感応は一度血を吸ったものを疑似眷属化させ強化するものだ。俺の眷属はシッチェ一人だけだが、血を吸っただけの人族はそれなりにいる。もちろんその中には、ここにいるメンツ全員含まれている。
疑似的な眷属になることで力が増すし、そして眷属故に俺と念話することもできる。つまり、多少距離が離れていても俺の声が届くってことだ。そして俺はコウモリ化して空から戦場を見て指揮をする事によって効率的に味方を勝利させる。
そんな俺に付けられた名が、指揮者。
人の血を吸い、力を与え、意識を奪い操る悪いダンピールだ。吸血鬼やダンピールらしいだろ?
ただガンゼズだけは大地の加護があるからか、俺の疑似眷属とはならない。きっとそれすら防いでいるのだろう。ま、ガンゼズはおそらく万を生きているドヴェルグ族だ。俺より遙かに格上の存在だからなのかも知れないがな。
それはともかく、そろそろ反撃と行こうじゃないか。
もうちょっとで終わります




