十一
盗賊討伐の出発日となった。
朝も早くから宿に公爵家の馬車がやってきて、俺とガンゼズ、そしてリーデル、チュレイアさんの四人を押し込めて出発した。
ここ最近何度か馬車が来るのに慣れたのか、付近の住民の視線が若干減っている気がする。
ただし馬車で移動中サラベルさんが道路の端に居たのだが、彼女はリーデルのほうを見ていて真っ青になっていた。とうとうリーデルが貴族と知ってしまったようだ。次回から食堂に行っても拒否されるだろうか。いや、もうリーデルはここにはこないから、俺が怒鳴られるだけか。
ま、そんな些細なことはともかく、馬車は冒険者ギルドで蒸しパン冒険者のカリキュテスを拾って貴族街へと入っていった。
「僕、馬車に乗るのって初めてなんすよ!」
カリキュテスは蒸しパンを考案したランクA冒険者として有名だ。まだ十八歳と若く、将来有望な若者である。
ただ……初めて会ったけど正直騒々しい。
「それにしても公爵様のお嬢様かー、君すっごく可愛いね!」
「は、はぁ……」
リーデルも若干引いている。
どうやらリーデルは押されるのは苦手のようだ。あそこまで積極的にリーデルへ話しかけるような人など公爵家にはいないし、お茶会でもあの第二皇女くらいだろう。
しかし公爵のお嬢さんを君呼ばわりか。大丈夫か、こいつ?
まあでも平民の冒険者なんてそんなものか、俺だってリーデルって呼び捨てにしてるし。
「メイドさんも大人っぽくて綺麗な人だね!」
「…………」
「それに貴族街って綺麗な町並みだよね、なんで中央区や東区も綺麗にしないんだろう」
そりゃ貧富の格差があるからだ。
金持ちは大きな家を建てるし、そうでなきゃ小さい家を建てる。
貴族は下級貴族、中級貴族などによって住む地区が別れているから自然と同じ大きさの家が立ち並ぶので、それだけでもでこぼこ感が無くなる。また奇をてらうような家も建てなく、周りに合わせた家にするから統一感も出る。
更にもっと言えば、ゴミなどを一時的に綺麗にするのは簡単でも、綺麗を維持するのは住民と訪れる人の協力が必要不可欠だ。その辺の躾けが貴族はされているけど、平民はされてない。
それで差が出来るんだよな。
などと考えていると、チュレイアさんの視線が飛んできた。蒸しパンを黙らせろって事らしい。
「なあ蒸しパン」
「そう言われるのは……ブランド名が売れてる事になるからちょっと嬉しいけど、僕にもカリキュテスって名前があるんだ」
「まあ何でもいいけどさ、今回の依頼内容はギルドマスターから聞いてるか?」
こういったタイプは黙れと言っても利かないのだ。だから黙らせるような事はせず、話題を逸らすのが正解である。
どうせ打ち合わせは必要だしな。
「盗賊三十名くらいをぼっこぼこにしろって言われてるよ」
「……それだけ?」
「うん」
何説明してるんだよあのおっさん。
もうちょっと詳しく話してやれよ。専属候補だろ? それとも全部俺に押しつけた感じか?
「今回の目的はクールベイルズ山脈の中腹にある古い砦を占領している盗賊の討伐だ。おおよそ三十名ほどの規模で、正直なところそこまで脅威度は高くない。懸念点は砦という攻めにくい場所を占領しているのと、そういった砦はお偉いさんたちが抜け出せるような隠し通路があるから、そこから逃げ出される事かな」
「隠し通路が分かれば逆に攻めることが出来るってこと?」
「まあそうだけど、簡単に見つからないから隠し通路なんだよ。でもって厄介なのが、帝国軍の新兵を五十人程度率いる事。戦闘には参加させず、見学だけしてもらう立ち位置なんだけど、クールベイルズ山脈まで一週間ほどかかるから移動が大変なんだよ。その代わり食料などは向こうが用意してくれて、なおかつ運んでくれるからある意味楽っちゃー楽だな」
「新兵ってことはろくに体力もないから、僕たちの速度についてこれる?」
そういやそうだ。蒸しパンが思った以上に良いことを言ってくれた。
五十人の団体が行軍するだけで速度は落ちるし、なおかつ俺らはその気になれば丸一日歩く事もできるが、普通そうはいかない。
言い方は悪いけど、一般人を護衛しながら一週間の旅って事だ。休憩も多く取らなきゃいけないだろうし、これは一週間じゃ到着しない可能性が高い。
でも行軍はオーバールの爺さんがいるから、何とかしてくれるだろう。
「一応行軍監督としてオーバールというベテランを貸してくれる事になっている。ハーレンス公爵の懐刀だ」
「オーバールもレモングルドさんに付いていくのですか!?」
俺の出した言葉に驚いたのがリーデルだった。知らなかったのかよ。
執事の爺さんだし、戦いに参加するなんて想像も出来ないとは思うけどさ。
「昔は前ハーレンス公爵の右腕として軍で活躍してたらしいよ? あの爺さん何者なんだよ」
「ふわぁ、全く知りませんでした」
「一月近く執事長が不在になられるとは……大変です」
チュレイアさんも不安そうだ。
今の公爵家を取り仕切っているようだし、公爵不在時の代理だし、トップがいなきゃ不安になるのか。
「あの爺さんの代わりはいないのか?」
「公爵家の運営自体はホライア様やポリアンナ様がいらっしゃいますけど、私たち侍女や執事、下働き、料理長などの統括を代理する方が……侍女長がそれに該当しますけど少々不安が。あっ、レモングルド様、これは内密にお願いします!」
「ふふっ、ミスティレイスはチュレイアの伯母ですからね」
チュレイアさんが珍しく声を荒げると、リーデルはくすくす笑った。
以前、愚痴を聞かされたとき侍女長と仲が悪いような言動をしてたけど、リーデルの言葉から察するに侍女長はチュレイアさんの伯母さんのようだ。
親族だからこその苦手意識って奴か。
「ま、そんな訳でベテランがついてきてくれるから、新兵の方はなんとかしてくれるだろ」
「……大丈夫かなぁ」
蒸しパン……ではなくカリキュテスへそう説明すると、彼は大きくため息をついた。
♪ ♪ ♪
「レモングルド様、号令をお願いします」
「全軍、行進開始! 目標、クールベイルズ山脈の中腹!」
俺のかけ声と共に、五十七名の小隊が南区の門をくぐり抜けていった。
軍に在籍しているものは、全員例外なく貴族かその子弟である。
貴族は当主以外はその子までが貴族として扱われるが、孫になると貴族でなくなる。平民落ちするか、別の貴族に仕えるか、騎士になるか、官僚になるか、という選択はあるが、それにもなれなかったものは、こうして兵士として雇われる。
公爵が言うには、先祖が貴族であるためかお行儀の良いものが多く、使い勝手が良いらしい。兵士は忠実であれ、ってか。
ただしあくまで兵士だけであり、皇女の護衛十人については別だ。
彼女らは一律、何故自分がこんなものに参加しなければならないのか、という表情をしていた。
皇族だろうか大公家であろうが、当主以外の孫の代になると貴族でなくなる。そこで彼らは政治的な力を使って皇族の護衛や侍女、執事などになるらしい。現皇族としても身内だからか断りにくいそうだ。
しかし今回、皇女を護るどころかたった一人の、しかも素手の相手……俺なんだけど、手も足も出なかったので、それで護衛と言えるのかと公爵が糾弾したらしい。そして訓練と称して今回強制参加させたそうだ。
それなら同じようにぶっ飛ばしてしまった皇帝の護衛も同罪なんじゃないのか、と思ったけど彼らもあとで軍の扱きを受けるらしいよ。でも護衛全員が一度にいなくなるのはまずいので、今回は皇女の護衛が選抜されたそうだ。
公爵が何を狙っているのかさっぱり分からないけど、多分俺の名と顔と実力を彼女らに見せつけて、知らしめるためだろうと勝手に予想している。
彼女らも大公家の関係者であり一定の発言力を持っているので、今のうちに強みを見せておくんじゃないかな。
兎にも角にも南口を出たときは威風堂々とした一軍だったが、わずか一時間後にはみなへばっていた。
「指揮官殿、少々休憩をしないと兵達が動けなくなります」
「はえぇよ!」
俺の後ろを歩いていた兵の一人が提言してきた。
荷駄が六台あるためか、行軍がかなり遅い。いや荷駄のせいにしてはいけない、兵全員が遅いのだ。
こいつら、本当に訓練しているのか? 新兵と言ってたけど、本気で訓練も何もしてないつい数日前までは一般人だったってオチじゃないのか?
そう思ってたら爺さんが普段と変わらない顔で、兵に相づちをした。
「レモングルド様、新兵とはこのようなものです」
「爺さん、でもこれじゃ着くまでに倍はかかるんじゃねーのか?」
「軽装ならともかく、慣れない鎧を着ておりますからな。そのため荷駄も多めになっております」
それって別に倍かかっても十分な量の食料を持ってきてる、と言っているに等しい。最初から一週間でなく、二週間くらいの行程だったのかよ。
確か荷駄って一台あれば五人の冒険者が二ヶ月くらいは食っていけるくらいの量を運べたはずだ。それが六台あるってことは六十名が一月食っていける量を運んでいる事になる。
片道二週間、往復四週間、盗賊の討伐を三日とすれば、ほぼぴったり一ヶ月。最初からそれくらいかかると荷物を手配した人は考えていたらしいな。
どうしよう、ガンゼズや蒸しパンには片道一週間で、拘束時間は半月から二十日程度と言っちゃったのに。あとで報酬の上乗せを検討する必要があるだろう。
くっそ、金貨一枚くらい余っていたのに。
むしろ上乗せ分を考えるとほぼぴったり公爵から貰った金が消える事になる。なんだよ、最初からそれ込みでの金貨五枚だったって訳か。
ちらとガンゼズと蒸しパンを見るけど、ガンゼズは特に変わった様子はなく、蒸しパンはやっぱりな、という顔をしていた。
ここへ来る前に行軍速度を気にしてたからなぁ。予想通り、と思っているのだろう。
さて、どうしよう。へろへろになるまで歩きづめさせてもいいけど、翌日使い物にならなくなるのは必至だ。
かと言って一時間で休憩じゃ返って疲れる、主に俺が。
「いくらなんでも一時間は早すぎる。せめて二時間は歩かせようと思うんだけどどう思う?」
「よろしいかと」
「それと次の町で全員の鎧を預けようと思う。どうせ着てたところで一時間で疲れてへばるようじゃ意味がない。最初に一撃貰って死ぬか、逃げ切れず背中から一撃貰うか、どっちかだ」
「ははは、死なずに勝つという方法はありませんか」
「体力がなさすぎてまともに戦えないだろ。帰ったらこいつらには、せめて三時間歩いてほんのちょっぴり疲れたかな、っていうレベルまで体力の底上げをした方が良いぞ? 取りあえず今回は魔物相手なら俺らがやるから心配するな」
「指揮官殿! 我らの鎧を預けると言うが、この鎧は帝国軍の証! それ無くして威風が保てるとお思いか?」
俺と爺さんが話しをしていると、横から女の声が飛んできた。
そちらへ視線をやると、発言の主は皇女の護衛で俺が一番最初にぶっとばした奴だった。
ただ声は威勢がよかったけど格好は既にばて気味であり、大きく肩で息をしている。このまま走れって言ったら一分で倒れそうだな、こいつ。
取りあえず額を人差し指で軽く押してやると、バランスを崩して座り込んだ。
そんな彼女の前に仁王立ちをしてやる。
「威風というが、そんな状態で言われても全く説得力が感じられん。いいか? 立派な鎧を着た兵の一軍が整列し、乱れもせず行軍出来るなら威風も放てるだろうが、今のお前の状態で行軍されても猫にだって負けそうだ、と思われるのがオチだ」
「だ、だが!」
「プライドだけで実力が伴ってなきゃ、中身のない空の樽のようなものだ。悔しければせめて俺並みとは言わないまでも三時間歩きづめして、その後一時間全力で戦闘できる程度の体力をつけろ。さ、あと一時間は歩くぞ。遅れたら遠慮無く置いていくから後からでもついてこい」
そう言い負かせて、問答無用で出発した。
そして一週間かかる距離を何とか十一日で移動が終わったのだった。
もちろん道中脱落者は居たが、一番最後尾にいたガンゼズが拾い上げてた。ただしロープにくくりつけ、引きずるようにしてたが……。
「で、爺さん。最近の帝国ではオークのことを盗賊って呼ぶようになったのか?」
「まさか」
「でもあれどう見ても人間じゃなくオークだよなぁ」
山脈の中腹に設けられた関所のような砦には、見える限り数十匹のオークがいたのだった。




