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 女が楽しげに俺の腕に、熱く真っ赤になった烙印を押し当ててくる。

 凄まじい激痛が襲うが、すぐに傷ついた腕が嫌な音を立てて修復していく。


――全く憎らしい。殺しても殺しても死なない。あんたなんかさっさと死んでよ。


 俺は泣きながらやめてくれと哀願するが、俺の顔に刺激されたのか女はサドスティックな笑みを浮かべ、再び烙印を頬に当てた。

 肉の焼けただれる音がすきま風の通る室内に反響する。

 だがダンピール……人種と吸血鬼の合の子である俺には再生能力が備わっていて、純粋な吸血鬼ほどではないが、焼かれた肌くらいならあっという間に修復していく。


 俺の父親は行きずりの吸血鬼で、血を吸うだけでなく母親を襲い、そして俺を孕ました。

 普通なら強姦され生んだ子供など捨てられて当然なはずなのだが、母親は下級とはいえ貴族であり金も暇もあった。

 自分を襲った吸血鬼に恨みを晴らしたいが残念ながら全く行方が分からないので、その矛先を俺に変えたかったのだろう。俺を育て、そしてこのように傷つけた。

 いくらダンピールの俺でも首を切られ、心臓に杭を打たれ、聖水で身体を焼かれれば灰になって死ぬ。それくらいは常識であり、母親も知っているはずなのに、とどめを刺さずこうしていたぶられる日が続いた。

 しかもきちんと自分の血を俺に与えて生きながらえさせてくれた。

 愛憎、というべきか。

 そして俺を生んで十五年後、母親は死んだ。

 俺はそ母親のおもちゃとして扱われていたが、主である母親が死んだため俺を置いておく必要もなくなり、そして屋敷を追い出された。

 憎らしかった。俺を生んだ母親も、そして顔も名も知らない父親も、俺をいないものとして扱っていた母親の家も、全てが憎らしかった。


 復讐したい。

 そう心の奥底から思った。


♪ ♪ ♪ 


 なんて思ってた時期もありました。

 家を追い出された俺は飢えをしのぐため、人ではなく動物や魔物を襲い血を吸い、そしていつの間にか生きる術を手に入れた。

 何せダンピール。血さえ吸えれば人間のように食べ物を必要としないのだ。おまけに多少の傷ならすぐ治るし、半分アンデッドだからか病気にもかからない。

 なにここ天国かよ、と思えるほど。

 そして百年ほどの年月を経て行き着いた先は贅沢、すなわち金だ。

 金を稼ぐため冒険者になり、いつの間にかランクも大幅にあがり、気がつけば最高ランクとなり冒険者ギルド帝都本部付きの専属冒険者となっていた。


 外の世界は壮大で雄大だ。あんな小さな家や復讐心なんてちっぽけなものだ。


 ワイングラスを片手に窓の外を眺めながら、そう俺は呟いた。

 そして右目に違和感があったので付けている魔道具……カラーコンタクトレンズみたいなものの位置を調整する。

 ダンピールである俺は右目が朱色で左目が黒色だ。朱色は吸血鬼の証みたいな物であり、それを隠すため魔道具を右目だけ入れて両方黒色に見えるようにしている。


「レモンさん! いい加減起きてください!!」


 ばたん、と乱暴にドアが開かれ中に入ってきたのは十代前半の少女。

 栗色の長い髪をリボンでコンパクトにまとめ、茶色のワンピースを着ており、若干大きな目がくりくりと動く様は可愛らしい。

 彼女の名はチュニア、俺が泊まっている裏路地にある安宿・・の看板娘だ。


「やあチュニア、おはよう」

「おはようござい……じゃなくって、もう夕方ですよ夕方! 一体いつまで部屋でごろごろしているんですかっ! しかも中身の入っていないグラス持って!」

「ははっ、とうとうワインも切れちゃってさー」

「……働きましょうよ」


 大きくため息をついて肩を落とすチュニア。

 俺が愛用しているワインは五百ミリリットルで銅貨三枚という一番安い奴だが、それをチュニアは知っている。銅貨三枚といえば、パンが二個買える程度の値段だ。

 それすら買えない程、金がないと思ったのだろう。


 だが俺は出来る男なのだ。

 きちんと懐には銅貨四枚入っている、問題ない。


「大丈夫だ、まだ余裕はある」

「なら早く溜まってる宿代を払ってください」

「……いくらだっけ」

「一週間分、大銅貨十四枚です」


 ここは裏路地にある古い宿屋で、立て付けも悪いし、すきま風も入ってくるし、帝都でも隅の方にありどこへ行くにしても不便だし、ベッドだって布団もぺらぺらで全く暖かくならないし、付いてくる夕食だってダイエット出来るほど量も少なくそして不味い。

 しかしその分非常に安く、一泊大銅貨二枚だ。ちなみに大銅貨一枚が銅貨十枚になる。

 帝都にある宿屋で平均的な価格は大銅貨五枚だから、半額以下で泊まれるのだ。しかもたこ部屋でなくきちんと部屋が割り当てられている。

 だが俺の手持ちは銅貨四枚、つまり一泊すら出来ない。

 無精髭を撫でつつ空のグラスをもてあそんでいると、チュニアは床へ直に座っている俺の前に仁王立ちした。


「いい加減払ってくれないと追い出しますよ。こっちも生活と私のお小遣いがかかっているんですから」

「そ、それが長年この宿を愛用してきた客に対する仕打ちか!」

「確かに私が生まれた頃からずっとここに居るのは親からも聞いていますけど、お客さんってのはサービスに対するお金を支払って初めてお客さんになるんですよ? つまり文無しは客ではないから、さっさと働いてお金稼いでこいっ!!」

「がふっ!?」


 チュニアの強烈な回し蹴りが俺の胴をうち、華麗にドアまで吹き飛ばされた。

 や、やるな。

 だが俺は長年冒険者をやってきた実力者だ。動体視力には自信がある。たかが人間ごときの蹴りなど、静止したかのように眼光に焼き付けることができる。


「み、見事な蹴りとピンクのパンツ」

「!?」


 慌ててスカートを抑えるチュニア。

 膝くらいまでしか長さのないスカートだと、回し蹴りなんて派手な動作をすれば見えても仕方あるまい。これは不幸な事故なのだ。

 だがきちんと眼光には、普段スカートに隠れ日焼けしていない白いふとももとその奥にある、淡いピンク色の生地が焼き付いているけどな。

 黙っていれば『眼福だった』で済んだはずなのに、あえて口に出したのは彼女の仕草が見たいが為だ。

 少し涙目になりながら真っ赤に頬を染める少女はとても愛らしい。少し吸血衝動が起こる程に。


 しかし俺は声を大にして言いたい。

 確かにピンク色というのは少女に似合う色の一つだが、やはり王道は白である。しかもレースなんていう野暮なものなどついていないものだ。せいぜいワンポイントアクセスとして、小さいリボンを付ける程度であろう。

 もしこの目の前の少女が白だったならば、もしかすると吸血衝動を抑えきれなかったかもしれない。王道とは恐ろしい破壊力だ。


「だがおじさんは白がぐはぁっ!!」

「さっさと出てけ!!」


 チュニアにその王道の必要さと重要性を説明しようとしたところ、再び今度は顔を狙って蹴られ、部屋の外に追い出された。

 さすがに次は足裏しか見えなかったが、少女に蹴られるなどご褒美である。


♪ ♪ ♪


「よぉガンゼズ、おはよう」

「もうすぐ夜だぞ、レモン」


 宿屋は大抵一階が酒場、二階以上が宿泊施設になっているものが多い。

 この宿も例に漏れず一階が酒場だ。

 そんな酒場にぴったり似合っている目の前の男、ガンゼズ。見た目は顎髭と口ひげが豊かで子供のように小さい背丈だが太い腕や樽のような胴回り、愛しそうにエール樽を片手にした姿はドワーフ族だ。最もガンゼズはドワーフではなく、その上位種であるドヴェルグだけどな。


「樽ごと口付けて飲むなよ、行儀の悪い」

「こーんな小さいコップなんぞ、一口サイズじゃよ。酒精の薄いエールなんぞ樽単位でなきゃ飲んだ気になれぬわ」


 巨大なジョッキを指して悪づくガンゼズ。一応それ一リットルは入るんだけどな。

 それ以前に抱えている樽とガンゼズの胴が似たサイズなのに、一体どこへ入っていくのだろう。

 ドワーフ種の胃袋は異次元に繋がっている、と噂されるのも仕方あるまい。


 こんな奴でももう百年近く行動を共にする俺のパートナーであり、俺と同じギルド専属の冒険者だ。

 

「レモンさん、夕食はいかが致します?」


 俺が来たのが目に付いたのだろう、チュニアと同じ服を着た少女、彼女の姉であるシッチェが夕飯を尋ねにきた。

 姉妹なだけあり目元や顔つきは非常に似ているし年齢もほぼ大差ない十代前半に見える。姉妹でなく二卵性双生児と言われても気がつかないだろう。

 ただ、彼女と違うのは目の色と見え隠れする鋭い二本の牙だ。

 実際の所シッチェはチュニアより八歳は年上なのだが五年前事故で死にかけ、俺が血を与え血族にし吸血鬼となった。

 それ以来見た目も変わらず、とうとう妹に外見も追いつかれてしまった。


 ちなみに俺がダンピールだと知っているのはシッチェとその両親、そして冒険者ギルドの上層部に同じ専属冒険者の同僚だけだ。

 またシッチェが俺の眷属になった事を知っているのは彼女本人と両親、ガンゼズだけであり、チュニアはどこかの吸血鬼が姉を助ける為に眷属にした、と言うことしか知らない。


「あ、うーん、今日はいいや。チュニアに稼いでこいと蹴られて部屋から追い出されたし、金も無いのにここで夕飯を食ってると後でまた怒鳴られる」

「先ほどの戦闘音はやはりお主らじゃったか」

「全くあの子ったら!」


 ダンピールの俺は食事を必要としない。

 だから別に絶食しても問題はないのだけど、目の前でハムをつまみに飲むガンゼズを見ていると、やはり食べたくなってくる。

 しかし懐事情が寒いのも事実だ。なぜ同じ金額を貰っているにも関わらず、ガンゼズと俺でこんなに金の差が出るのだろう。

 ま、ガンゼズは基本食事と宿泊費以外に金は使わないからなぁ、武具も自前で用意するし。

 俺のもこいつに造って貰ってるけど、いくらパートナーとはいえその辺はきっちり金を払う必要がある。そしてドワーフ、いや正確にはドヴェルグだが、の造る武具は超一流であり非常に高価だ。魔法のかかった武具と何ら大差ないほどに。


 ……今度家計簿つけてみるか。


『あとで仕事があるぞ』


 などと下らない事を思っていると、ガンゼズがレイングリム公国の貴族語で話しかけてきた。

 レイングリム公国は俺が生まれた国であり、そして二百年ほど昔に滅んだ。そのため市民が使うような言葉ならともかく、貴族が使う言葉など誰も知るものはいない。言語研究に熱心な研究者くらいだろう。

 俺は一応母親が貴族だったので日常会話だったから知っているのは当然だが、ガンゼズが何故知っているのかは不思議だ。

 まあドヴェルグ族は半分精霊でありドワーフより遙かに長命で、その寿命は数万年とも数十万年とも言われているから、暇だったので覚えたのだろう。 

 とにかく、こういった秘密の会話をする時に非常に便利である。例え読唇術を持ってる者が遠くから見ていても発音が分からなければ意味不明だからだ。


 シッチェは俺らが妙な言葉で話し始めたのを理解し、そそくさとその場を去って行く。

 内容は分からないはずなので別に聞かれても問題はないのだけど、きちんと離れていくその気遣いにちょっとだけ感心する。

 他の客に呼ばれたから、なんて事はないはずだ。


 そんな彼女の後ろ姿を見ながら、ガンゼズに詳細を聞いた。


『内容は?』

『下水掃除じゃ』

『……は?』


♪ ♪ ♪


「なるほど、下水掃除ね……」


 帝都はこの大陸でも有数の大都市だ。下水道もきちんと完備されており、帝都の地下を縦横無尽に通っている。

 定期的に神官たちが浄化魔法で通路を綺麗にするものの、時折よどんだ空気に当てられ、鼠やらスライムといったものが凶暴化することがある。

 本来ならそのようなものは初級クラスの冒険者でも数を揃えれば十分対応可能だし、中級クラスの冒険者なら一パーティで殲滅可能であり、専属で最上級冒険者の俺らに声がかかることはない。むしろ初級クラスの冒険者たちの良い収入になるので、中級や上級は遠慮するのがマナーである。


 しかし下水道に入った俺らの目の前には、足の踏み場もないほど大量の鼠が発生していた。


 こういった所に沸く鼠やスライムには毒を持った物が多くおり、噛まれれば即死とまではいかなくとも、徐々に弱まっていく。

 僧侶の解毒魔法や、或いは最下級の解毒ポーションで簡単に治るけど、これだけの鼠に一斉に噛まれればショック死するだろう。


 だが俺はダンピールであり、毒や病気といったものには一切かからない。

 またガンゼズは全身をアダマンタイトで出来た鎧で覆っており、僅かな隙間すらなく、どう頑張っても噛まれる事はない。

 つまり特効役として最適な人員だ。


 そして俺とガンゼズがこうして特攻、というより囮役をしている間に魔法で一掃しようというのが今回の作戦である。


「ふふふ、あははははははははは!」


 まず俺らの遙か後ろで高笑いしているのがエルフのアイ。炎の女神というご大層な二つ名を持っている見た目十代後半、実際は三百歳近い俺よりも年上の女だ。

 エルフ族らしく、緑色に染めた革の鎧に革のミニスカート、そして手には細い剣を持ち弓を背負っていて、どれがメインウェポンだよと突っ込みたくなる格好をしている。

 こいつは上位精霊のイフリートと契約している精霊魔法使いで、帝国内でも一、二を争うほどの火力を持っているのだ。しかも魔法を使う時、美しい金色の長い髪が魔力を帯びて輝き、魔力風にあおられはためくその姿は確かに女神に見えなくもない。頭に破壊、がつきそうだが。

 普通エルフ族なら風か水と相性が良く火は忌み嫌うものが多いはずなのに、こいつはイフリートをこなよく愛すほどの炎大好きっ子だ。

 ちなみに彼女の持っている細い剣はミスリル銀で出来ており、魔法の杖代わりとして使っている。


 更にアイの隣で白い聖衣を着てニコニコと笑みを浮かべているのが、癒やしの女神を信仰する大僧正のペトラーゼだ。

 帝国の教会において第七席を預かり高位の回復魔法や防御魔法を難なく操る二十代後半の人間の女性である。

 隣にいるアイの魔力風に煽られているはずなのに、彼女の周りには結界が張られているのか、全く影響が出ていない。

 見た目はおっとりとして聖母のようだが騙されてはいけない。彼女の二つ名は苦痛の聖女。彼女の使う回復魔法は何故か痛みを伴う……らしい。効果は抜群で、大きな傷もみるみると治癒していくくせに、その間非常に痛みが走るらしい。ペトラーゼ曰く「痛みを忘れなければ怪我を負うことも少なくなるでしょう、これは試練なのです」だそうだ。

 ただ、回復魔法をかけながら患者を見ている時の彼女の表情はものすごく幸せそうだけどな。


 この二人もギルド専属の冒険者であり、パートナーのガンゼズ以外でよく絡む相手だ。

 ちなみに帝都本部専属冒険者は全員で七名いるが、どいつもこいつも癖のある奴ばかりで、冒険者ランクが高くなればなるほど変な性格の持ち主が増えるのは強さ故の代償なのだろう。


 ちなみに俺は至極全うだ。

 本当だからな?



 俺は両手に持った二本の槍を無造作に次々と鼠へ向けて突き刺しながら、適当に周囲を回って鼠たちを集める。

 時折噛まれるけど瞬時に回復していくので回復魔法は不要だ。だからペトラーゼの回復魔法も受けたことがなく、痛みが走るのかは知らない。

 最も癒やしの女神の回復魔法なんて、ダンピール、というよりアンデッドにとっては聖水をぶっかけられたように煙を上げて溶けるだろうけど。

 

 俺が集めた鼠が一斉にガンゼズに寄っていく。これはガンゼズの鎧に鼠の好きな臭いをまぶせたからだ。

 ガンゼズの姿形は全く見えないくらい、鼠たちにたかられている。

 多分今回一番楽をしているのはガンゼズだろう。その場で立ったまま待っていればいいだけだからな。


 周囲の鼠たちを粗方一カ所にまとめた俺は後ろにいるアイたちへと合図を送った。


「そろそろいっくよーー!」

「ちょっ! まてアイ! 先にペトラーゼの防御魔法くれ!」


 ガンゼズ……ドヴェルグ族は大地の祝福を持っていて、地面に居る限り物理攻撃はもちろん魔法すらも大抵はじき返してしまうほどの防御力を誇る。ついた二つ名は不沈。こいつならアイの魔法を正面から喰らってもぴんぴんしているだろうが俺は違う。

 いくら不死身に近いダンピールとはいえ、アイの極炎魔法をまともに食らえば骨すら残らない。そもそもアンデッドは火に弱いのだ。

 だから防御魔法の得意なペトラーゼが先に強固な防御魔法を使う予定になっている。


 なっているはず。


 なっているのに、全く防御魔法が飛んでこない。

 アイはもうやる気満々で魔法を貯めている状態だ。慌ててペトラーゼへと視線を移すと、相も変わらずニコニコ笑顔だった。


「あの、ペトラーゼさん?」

「わたくし常々思っておりました。ダンピールなど滅べば良いと」

「ちょっ!?」


 いきなり何を言い出すのだこいつは。

 一応言っておくが、帝国では吸血鬼やダンピールもきちんと受け入れられている種族だ。もちろん帝国法には従う必要があるけど、少しは人権だってある。

 中には魔物である吸血鬼など滅ぼせ、という奴らもいることはいるけどごく少数だ。自国に強い者が集まるのを好む質があるのだろう。

 でもペトラーゼがそういった輩だと初めて知ったよ。


「だってわたくしの与える癒やしを一度も受けたことのないものなんて、生きている価値があると言うのかしら」

「あるよ! 小さい虫けらにだって命はあるんだよ! いのちだいじに!」

「一度でいいからレモンさんの苦痛に歪む顔を見てみたいのに」

「本音はそれかよ! お前の回復魔法を受けたら天に召されるわっ!」

「ということでアイさん、まとめて焼却お願いしますね」

「まっかせて! いっくよー! ≪猛炎陣≫」


 アイの背後に浮かび上がる火の上位精霊イフリート。強烈な魔力が溢れだしそれがアイの手のひらに集中する。

 ちょっ、マジでやばい!


「雷よ!」


 俺の呼びかけに応えたかのように、両手に持った二本の槍に雷が纏わり付いた。それと同時に身体全身が溶けるように再構成され、瞬時に雷の精霊のような姿へと変化した。

 雷精化。

 俺の切り札の一つだ。

 この身体は十秒足らずしか保たないし一度使うとごっそり魔力をもってかれるが、超速度で動くことが出来るようになるし、触れるだけでも相手は感電する。


 まるで瞬間移動のようにその場から離れると同時に、炎が周囲を襲った。

 あっという間に鼠が燃え尽き、下水までも蒸発していく。ただし壁は焦げるだけで溶ける事は無く、きちんとアイが調整しているようだ。

 炎が消えて無くなると、その場にいたものはごつい鎧を着たガンゼズ一人だけだった。


「やったか?! って、痛いよっ!」


 アイが歓喜の声を上げると同時に、背後に回った俺が彼女の頭を叩いた。


「何が、やったか、だよ! 本気で死ぬところだったぞ!」

「アイさん、仕留め損ないましたね」

「ちっ、相変わらずすばしっこい奴め」

「お前らまとめて血吸うぞ!?」


 俺が頭に血を登らせてると、ガシャンガシャンと音を立ててガンゼズがこちらへ歩いてきた。

 あの炎を浴びてもその姿はまるで変化がなく、アイががっくりと肩を落とした。


「ガンゼズ爺を見てると、時折あたしの火力って実は大したことないのかな、って思う事があるんだ」

「ガンゼズさんもわたくしの癒やしを与えたことがありませんの。死んでしまえばいいと思うわ」

「お主ら言いたい放題じゃの。まあこれでこの辺は掃除し終わったし、一度ギルドへ報告に戻るぞ」


 一応鼠が一番多く溜まっている箇所を殲滅したのだ。

 残りはそこまで固まって行動していなかったので、下級冒険者でも十分対応可能だろう。これ以上根絶やしにすると下級冒険者の貴重な仕事を奪ってしまう。

 みなは不承不承しつつも、ガンゼズの言葉に頷いた。


♪ ♪ ♪ 


 ギルドに報告をし、討伐金を貰い外へ出たらすっかり夜が明けていた。夜通しで下水道に潜っていたからか、自棄に身体から臭う。

 ふぅ、とため息をついて空を見上げ、そして自分の手を見た。

 そこには、小さく銀色に輝く硬貨が三枚あった。銀貨三枚、大銅貨にすれば三十枚、銅貨なら三百枚だ。


「死にかけたのに、たったこれっぽっちか」

「まあ仕方あるまいて。それ以上出すと他から恨まれる」


 そもそも鼠は下級冒険者向きだから高額な討伐料が出ないのは分かるが、それでも数百匹は確実に集めたのだ。

 しかもこの半分は未払いの宿代で消えるのだ。更に今朝の対応からするに、チュニアには何らかお土産でも買ってあげないと当分怒って口もきいてくれないだろう。

 まあチュニアは花より食い気だから、最近帝都で人気が出てきている蒸しパンでも買っていけば機嫌直してくれるに違いない。でもチュニアだけに買ってくとシッチェが拗ねるだろうから、自分の分も含めて三個買うか。


「ガンゼズ、ちょっと蒸しパン買ってくるから先に戻ってくれ」

「おう」


 俺はガンゼズと別れ、蒸しパンの売っている店へと歩き出した。

 手のひらに乗せた銀貨を一枚指で弾きながら今の生活を思う。

 正直言って割に合わない。

 専属になると帝都を離れることができなくなる。町の外へ出られるのは仕事上必要な場合のみだ。専属はいざという時の戦力なのだから、すぐ連絡が付いて駆けつけられる場所でないと意味がないのは分かるが、正直金回りは専属になる前のほうが遙かに良かった。

 それは当たり前で、専属だとどうしてもギルド帝都本部の依頼で且つ専属が必要と思われた場合にしか仕事はこないが、フリーならあちこちの町を移動して仕事をどんどんこなせるからだ。

 その代わり専属には毎月拘束料、というべきものが一応支払われる。が、微々たるものだ。荒稼ぎしていた頃より遙かに収入は少ない。

 でも生活水準を落としたくなかったから、今はこんなに金がない状態なんだけどさ。ワインと宿屋くらいだ、妥協しているのは。

 本当ならいくら大銅貨二枚の安宿とはいえ月に換算すれば銀貨六枚、その辺の部屋を借りたほうが安く済む。しかし眷属シッチェの面倒は暫く見なきゃいけないのは親としての義務だ。吸血鬼は十年くらいは不安定で吸血衝動を抑えきれない事があるからな。

 少なくとも彼女が一人前の吸血鬼になるまではあの宿にいるつもりだ。


 っと、ここが蒸しパンを売っている店か。今の時間は朝だからか、これから出勤する人で賑わっている。

 何でもこの蒸しパンとやらは最近名の売れ出したとある冒険者が発明したものらしく、ものすごい人気なんだって。

 どれどれ、いくらするのか……って一個大銅貨二枚!? なんだこりゃ、めっちゃたけぇ!

 新しく売れ出したパンだからプレミアが付くのは分かるけど、いくら何でも宿代と同じってのは……。


 ま、たまにはいいか。

 自分の分を諦め、姉妹の二個分だけを買って俺は宿に戻った。


 ちなみにチュニアには、これを買うお金があるなら宿代さっさと払え、と怒られた。

 納得いかねぇ。



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