第1章ー7話 怪音
美しい満月が空の一端で光っている。その周りには銀河系を表すような、綺麗な星々が輝く。
異世界とは思えないような、現実的な夜空だ。
だが現実世界と何が違うかと言われれば、やはり空飛ぶ竜に違和感を感じてしまう。
DWRの世界の中、ドリムア王国の中心街。広い石畳の道路の両脇には多くの店が並んでおり、昼間の活気を思い出させるような雰囲気を醸し出している。
しかしもう夜は更けており、大体の店は閉まっている。人もチラホラとしか歩いていない。
「いやぁ、夜風が涼しいな……」
ただ単に憧れていただけの、『俺の中のかっこいいセリフ第十二位』を呟く。ただギャルゲーで憧れていた臭いセリフの一つだが。
「そんな風に吹かれているあなたも、十分美しいですよ」
気の利いた返事をした、と自信満々な顔をレオナに向ける。
「いや、それはあんまかっこよくないかな……?」
無理やり感が強い。
流れも支離滅裂である。
レオナとマルカは、気分転換というレオナの発案によって夜の中心街を歩いていた。
もちろんのこと、魔王の姿で堂々と歩けるはずもない。もし王国軍にでも見つかってしまえば、面倒なことになる。なので今は、マルカの幻術によって人間だったころの体に戻しているのだ。
灯りがポツポツと照らしている暗い夜道を歩きながら、レオナは空を見上げて考え事をしていた。
マルカから突然カミングアウトされた、明日の魔王会議。
あの後、魔王軍の知将達を招集し、魔王会議で何を語るか円卓会議をしていた。魔王にしては頭が悪く、若干あたふたしているような態度を不思議に思っていた知将達だが、何とかその場は誤魔化せた。
そして次に、全面戦争の時のことを思い出す。
あの時なぜレオナはアリシアを庇ったのか。レオナの中ではずっとその事が疑問になっていた。
「なぁ、マルカよ」
「はい?」
「俺って、何で勇者を庇ったんだと思う?」
「またその話ですか?」
マルカはため息をつきながら、めんどくさそうに応答する。
レオナにとっては体験していない場面だが、やけにその行動に疑問が生じてしまう。
自分が意識を失った後の自分は、一体何を見て勇者を庇ったのか。
「何度も言いますけど、私にはあなたの行動しか見えてなかったんです。あなたがおかしな行動に出たせいでね」
やけに嫌味を混ぜてくる。
ずっと考え込んでいるレオナがしつこいのだろう。
「うーむ……」
レオナは考える。
先ほどまでは魔獣が勇者を襲おうとしたのを自分が庇った、という仮定で一応は納得していたが、やはり煮え切らない。
「まず何を持って勇者を庇うんですか……。魔獣ならそのまま攻撃させればいいでしょうに。もしかして、勇者に惚れちゃったりしましたか?」
ギク。
「い、いや、アリシアの力は本物だと思うんだよ。もし普通の魔獣たちが襲ったら返り討ちにされるだろう? それを防いだ……んだよ……」
怪しすぎるほどにキツい嘘を、何とか頭の中で考えて説明する。嘘など、今までやってきたゲームの内容を総動員すれば簡単に作れるのだ。
マルカはそんなレオナをジト目で見つめていたが、何かに気がついたかのようにすぐに口を開いた。
「あぁ、でも、あなたと勇者が対峙している時は周りには魔獣は居なかったような……」
「あれ? 俺しか見てなかったんじゃないのかよ。俺の奇行を」
「いくらあなたしか……いえ、あなたの奇行しか見ていなかったとはいえ、魔獣たちの位置くらいは把握していましたよ」
「ふむ……じゃあ、勇者を襲ったのは魔獣ではないと……」
魔獣が襲っていなかったとすれば、ますますレオナに勇者を庇う理由はない。
では合戦中の飛び火がアリシアに降りかかってくれば……とも考えはしたが、勇者ほどの反射神経があれば回避は容易だろう。
そもそも襲ってきた、という考えが間違いなのかもしれない。
レオナの頭の中では思考が全くまとまらなかった。
「まぁしかし、あのヤラレ様はほんと、面白かったですよ……ぷふっ」
あのヤラレ様、というのはもちろん、レオナがアリシアを庇った後に背後からアリシアに刺された事である。
「も、もういいだろそのことは!」
実際に経験していないことなのでピンとは来ないが、馬鹿な行動をしたということだけは覚えていなくても痛々しく伝わってくる。
マルカは相変わらず、あのヤラレ様の事を何度も回想して笑っている。
元魔王にしては本当に明るいやつである。本当に魔王なのか、そして元男なのか凄まじく疑わしい。
「おいそろそろ俺のことで笑うのも
いい加減……」
レオナが終始ずっと笑い続けているマルカに、そろそろ注意しようかと思った時。
その声は突然止まった。
いや、聞こえなくなった。
ゴオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォ
この音が聞こえたからだ。
その轟音……否、怪音といった方が適切だろう。その怪音はすぐにレオナの脳内を満たし、外界の音は愚か、自分の発声した声さえ遮断するようになった。
突然の大きな怪音に、レオナは思わず耳をふさぐ。
まただ……また、この音だっ……。何なんだ一体……!!
「……! ……!」
様子がおかしい事に気がついたマルカが、必死に声をかけているようだ。
しかし、レオナにはその声は聞こえない。
自分から助けを求めるようにマルカに呼びかけるが、自分の声が聞こえないためにしっかり発音出来ているか分からない。
段々と、視界が暗くなっていく。
あぁ、これはまた意識を失うなと。
レオナは悟った。
ゴオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォ
その怪音は次第に大きくっていく。
しかし、レオナにとってその音はもう大きいか小さいかなんて理解できるほどの意識は無かった。
意識がもう閉じようとする寸前に、目の前に突然、人影が現れる。
赤い髪、少し低い身長。
普通に私服ではあるが、見た事のある女性。
ゴオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォ.......
そこでレオナの意識は途切れた。
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途切れた直後。
視界は暗い。
以前にも見たような景色だ。
しかし、頭の中から声が聞こえてくる。
『おい! やめろ!!』
『は!? な、何してんだ!!』
一言目はレオナの声、二言目はアリシアの声だった。
やめろって……何をだ……?
自分の声に意識を傾けたレオナであったが、それは長く続かず、意識は完全に闇に閉ざされた。