第1章ー6話 魔王レオナの決意
「どうしました? 急に」
突然黙り出したレオナにマルカは心配そうに声をかける。
その問いに対して、レオナは力無く答えた。今までのやる気のない声ではなく、絶望したような暗い声だ。
「あの後……どうなったんだ……?」
「あの後、とは?」
「俺が気を失った後だよ。魔王軍はどうなったんだって」
「あぁ、そりゃあ流石に撤退しましたよ。魔王が倒れたら部下に示しがつきませんし、あの状態だと全滅してもおかしくなかったですからね」
「そうか……」
ということは負け、ということだな……。
「どうしたんですか、そんなこと聞いて」
さっきまでのテンションから急変したレオナに、マルカは少し心配するような表情を見せる。
そんなマルカをよそに、レオナは重い口調で口を開いた。
「俺ってさ……魔王なんだよな……?」
「もちろんです」
当然でしょ?と言わんばかりに即答する。
「何の罪もない人を殺して、傷つけて……。勇者に言われて気づいたよ。俺が楽しんで、自分の力に酔って倒してたのが人間なんだってことが」
レオナにとって、いくら自分の力が強くなって魔王になったとしても、行なった行動自体は人殺しなのだ。
人間だったレオナにとって、常識として植えつけられていたもの。
殺人という概念。
今、レオナは気を失うまでの出来事に対して自責の念に追われていた。
それを聞いて、マルカも神妙な顔つきになる。
「前にも言いましたよ? あなたは魔王ですが、人を殺めなくても、村を襲わなくてもいいんです。あなたはただ、この魔獣たちと魔王城を守るために、魔王として君臨すればいいんです」
「そうは言っても……いくら俺が手を下さなくていいとはいえ、魔獣たちが人に手を出せば一緒じゃないか……!」
レオナの口調は段々と興奮し始め、言葉が荒くなってくる。
今まで人に強く言葉を発したことは無いが、自分の愚かさに心が折れそうなレオナは、それを隠すように強い口調で話す。
そうしているうちに、レオナの怒りはすぐに頂点にきた。
「そもそも何で魔王なんだよ! 何で人を殺さなきゃいけないんだよ! まるで犯罪集団のボスみたいじゃねぇかよ!」
「そうです」
マルカはレオナの怒声を冷たい一言で遮った。
「あなたは魔獣を統括するために選ばれたのです。そして、この世界には魔獣をなくしてはいけない規定があるのです」
「規定だ?」
少し冷静さを取り戻したレオナに、マルカはゆっくりと説明を始める。
「はい。この世界では『神の目録』によって、善と悪の勢力が等しく必要とされているのです。善悪の均衡が崩れれば、どうなるのかは分かりません」
マルカによれば、この世界には善の力と、悪の力によって構成されているというのだ。
勇者軍を善、魔王軍を悪とすると、勇者軍が勝てば善が強くなり、魔王軍が勝てば悪が強くなる。
もし片方が絶滅するなんてことになってしまえば、世界のバランスは崩れ、未知の出来事が起こるというのだ。
「善と悪ってか……。そんなこと、この世界の人々は知ってるのか? 王国軍なんかが知ってたら、こんな戦争にはならないだろ?」
「いえ、この世界で目録に関して知っているのは魔王たちだけです。勇者でさえ知りません」
魔王たち?
「魔王という悪の勢力がなくなったらどうなるか分からない以上、あなたという存在は必要なのです」
レオナは今までの説明を必死に頭で噛みしめる。
魔王は必要な存在と言われれば、返答に困ってしまう話だが。
レオナは自分のこれからのことを見据え、苦悩する。進路もまともに考えてこなかったレオナだが、これに関しては人の命がかかっているのだ。
命を奪わなかったとしても、傷つけるには変わりない。いや、魔王という存在が人々を傷つけているかもしれないのだ。
長い間考え込んでいたレオナは、やがてポツポツと口を開いた。
「……人を殺せなくてもか?」
「はい」
「積極的に村を襲えなくてもか?」
「はい」
「勇者を庇うような馬鹿だぜ? 俺」
「それは……はいとは言いかねますが」
苦笑いをする。
「あなたは魔王なんです。たとえ人が殺せないとしても、力はあるんです。この王国のために、魔獣たちのために、魔王をしていただけませんか?」
「……」
レオナは考え込む。
考え込むうちに、倒れた兵士たちの映像が再びフラッシュバックし始める。
自分の手を下さないとしても、人殺しを見過ごしていいのか。でも、そうと言って魔王を放棄すれば、この世界の均衡を崩して、最悪滅んでしまうかもしれない。
今までレオナは人を束ねるようなことをしたことはないし、そんな器でもない。
しかし、魔王という【畏怖】という力を持っているのだ。魔獣たちを恐怖で束ねる、王の器を。
一方で、レオナの意見を理解しながら説得するマルカもまた、元は魔王なのである。
彼女の言い方を聞いていれば、ずっと自分の役割に苦労してきていたことが分かる。
レオナは再び、長い間頭を抱えて考え込んでいた。
マルカも、そんなレオナを真剣な眼差しで見つめ、静かに待つ。
そして。
レオナはゆっくりと頭から手を離し、顔をあげる。
「……わかった。魔王、やってやる」
「本当ですか?」
「あぁ。ある程度の悪事は見過ごすし、魔獣たちの指示もする。でもやり過ぎたら、その時は俺が躾けてやる。それでいいか?」
レオナは問う。
少し間が空いて、マルカが答えた。
「はい。それでいいんです」
マルカの口調は、心配と不安な雰囲気から少し安心したような雰囲気に変わった。
「あなたのやり方で、この魔王城を守ってください」
「俺のやり方……な」
マルカはレオナの返答を聞いて真剣な表情が解け、元の穏和な表情に戻った。
「私も、できる限りの力をあなたに捧げます」
「あぁ。ごめんな。すっげぇ怒鳴っちまって」
「いいえ。それが人間らしい反応ですよ」
そう言ってまた、マルカは優しいような、嬉しいような、暖かい笑顔をレオナに見せた。
「ほんと、元魔王のくせにそういう時の顔だけは天使級だよな……」
中身は男魔王だが。
「だけって何ですか!? だけって!?」
すぐに暖かい笑顔から怒り顔に変化する。
そこが「だけ」と言われる所以でもあるのだが。
「あぁ、言い間違えただけ。気にすんな。それよりさ、さっき『魔王たち』って言ったよな?」
「え、あ、はい。……あぁ、言ってませんでしたっけ?」
「ん? 何をだ?」
「魔王って、この世界に七人いるんですよ」
「……は?」
また、マルカの口からとんでもない情報が飛んできた。
この返事をするのも何度目だろうか。
「七人って……魔王七人もいるのか!?」
「はい。――そうですね、いい機会ですからドリムア王国について説明しましょうか」
「なるべく……簡単にね……」
レオナの助けを求める言葉も無視しながら、マルカは話し始めた。
「じゃあ、まずはこの世界の話からしましょうか。
この世界には七つの王国が存在しています。
自然の国、ドリムア王国。
鉱山の国、アルダネス王国。
天空の国、スファラム王国。
娯楽の国、ムーシュ王国。
商業の国、ユーツベルク王国。
武力の国、クフ王国
そして大都市、ファステルランド。
この七つの国が貿易を繰り返して、今の経済が成り立っています。
今私たちがいるのは自然の国のドリムアですね。
ドリムアはグアナ草原やモルカナ湖など、様々な自然な場所がある観光地で有名な国です。
特に財政も悪くないし、王国としては安定しています。
そして、その七つの王国には一人ずつ魔王と勇者が存在しています。
七人の魔王たちはあなたの【畏怖】のように何かしらの能力を持ってます。それについては後々説明しますね。
それに対して勇者は、その国の魔王の能力に対抗するような能力を持っています。
ドリムアの勇者の場合は『強心』を持っていますよ。魔王の恐怖には屈しないような感じですね。
あぁ、よく考えればあなたもまた強心の真反対ですね。ひ弱ニートですし。
余談ですが、勇者も同様七人いますけど、今はユーツベルクの勇者が一人死んでしまって、欠番となっているのですよ……
あぁそれと。
これはあなたの仕事にも関係するのですが、この七人の魔王は、年に四度、一つの季節に一回、会議を行うことになっています。
神の目録を知っているのは魔王だけですから、そこで話し合い、どのように善悪の均衡を保つのかを会議するんです。
まぁ、あなたのような非好戦的な魔王はいませんが、そこでアドバイスを聞いたりすると結構参考になるのかもしれませんね。
以上ですが、質問はありますか?」
と、マルカは長々とした説明を終える。
レオナはその説明に目を回していた。
ゲームの設定などはいつも説明書などの文章で読んでいたので、口頭で言われると理解が追いつかない。
「ま、まぁ、分からないところは追々聞くけど……。とりあえず、その魔王の会議ってのはいつやるんだ?」
「明日ですね!」
「……」
元気そうに即答してんじゃねぇよ……。
魔王レオナは、力無くうなだれた。