第1章ー3話 元引きこもりの最初の仕事
「えーと……この場所に集っているみなに一言言わせてもらいます……」
ドリムア王国の辺境に位置する魔王城。
その中の大食堂に、おぞましいほどの魔獣たちが集っていた。
半獣半人のようなモンスターや、雑魚によくいそうなリザードマン。中ボス級のトロールや幹部らしき面々もいる。
その魔獣たちは謎のゲテモノ料理が並ぶテーブルの周りで立っている。
この様な異形な生物たちがいる景色を見てしまえば、夢ではないのだと改めてレオナは自覚した。
いや、夢といえば夢ではあるのだが。
「俺がこの魔王城の新しい主、魔王だぁ……」
食堂内はいつも以上に騒がしい。
否、いつも、というのがどういう状態なのかは分からないが、レオナからすれば非常に騒がしかった。
なぜなら、新魔王の演説のやる気が全くないからである。
その声に覇気は微塵もなく、魔獣どころか、そこら辺の農民でもできそうな演説クオリティだ。
「ま、よろしく……」
マルカもその様子を見て、頭を抑える。
レオナはあらかじめ、マルカにこの国のことを教えてもらっていた。
このドリムア王国では大昔、それこそ西暦では語れないような程の昔から、王国軍と魔王軍が対立していた。
国王軍と魔王軍の抗争は代々受け継がれ、今では少し落ち着きつつはあるものの未だに微々たる抗争は続いている。
しかし、最近王国をざわつかせるような大事件が起こった。
先代魔王が突然死んでしまったのである。
数百年に渡ってドリムア王国の魔王城を守ってきた先代魔王だったが、つい最近起こった『世界大革命』によって死亡したのだ――。
そう、そのドリムア王国先代魔王がマルカ・フレデリカなのである。
――「これを言って信じていただけるかどうかは分かりませんが……実は、死んだ理由が分からないのです」
「分からない?」
「はい。普通に生活していたら突然変な音がして……気がつけばこの様な状態になってました。世界大革命が起こる前だったので、世界に何があったのかも分からないんです」
「世界大革命……?」
「世界大革命というのは、文字通り世界で起こった革命です。私が生きていた頃は元々この王国は一つだったのです。しかし世界大革命が起こった後、王国が七つに分裂したようなのです」
「七つに……? それはまた大規模な革命が起こったもんだな」
「えぇ。しかしながら、なぜかその文献が残っていないのです。私の意識が無かった間に何があったのか……。あなたの補佐をするのもそうですが、世界大革命について探ることも私の目的なのです」
「……それならば人に聞けばいいんじゃないか?」
「今私の姿が見えるのはあなただけですよ。しかも、この魔王城でその事を覚えてる魔獣は一人もいないんです。このような姿になっていなければ色んな人に訊けるのですが……」――
なぜ男だった魔王が幼女の妖精になったのかと言えば、マルカには分からないらしい。
彼女によれば魔王が不在の今、次期魔王を選定する必要があったが、候補が一人も見つかっていなかったらしい。
そこで、ゲーム会社のNOMAが干渉し始めたのだ。
どういった陰謀があるのかは謎だが、NOMAは現実世界から魔王に値する戦闘脳を持つ人間を転移させ、魔王として提供すると提案してきたらしい。
そして話の通り現実世界からレオナが魔王として転移され、魔王だったマルカが新魔王の補佐役として今に至っているのだ。
「すんませーん! 一つ質問なんすけど、魔王様のことは何とお呼びしたらいいんすかねー?」
一通り演説のような何かを終えて一息ついたレオナに、トガゲ人間のようなモンスターがざわつく中で質問を投げかけた。
そこでその場は少し静まる。
ふ、普通にバイトみたいな口の聞き方をするなこいつ……。
「あー、そうだなぁ……俺のことはレオナと呼んでくれ」
「「「イェス! レオナ!」」」
突然、大勢の魔獣たちはあらかじめ準備していたかのごとく統制を図り、大声で声を揃えた。
その勢いにレオナは少し怖気付きそうになる。
和名をイェスって言ってから叫ばれると違和感しかないことは否めなかった。
しかしレオナのその瞳だけは、歓喜と興奮でキラキラと光っていた。
「よし、お前ら! これからは俺がこのドリムア王国を支配する! よろしく!」
慣れない元気な口調で挨拶を締めくくり、沸き起こった拍手の中でレオナは誇らしげに壇上を降りる。
中段でつまづきながら。
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「ちょっと! 何なんですかあれ!?」
「何なんですかって何なんだよ」
演説を終えて魔獣たちが宴を行なっている間、新魔王レオナは自室でマルカと話し合っていた。
内心緊張でいっぱいいっぱいだったレオナは、自室に入るなり大きなベッドに飛び込んだ。
「あのやる気のなさそうな挨拶ですよ! 魔獣たちはアホだからいいですが、幹部クラスは納得いってないっぽかったですよ!」
「知らねーよ……俺も内心緊張しまくって汗かきまくりだったからそんなん考えられるか」
終始演説を聞きながらヒヤヒヤしていたマルカはまたもや頭を抑える。
「まったく……どうやら冷静沈着キャラを気取っているようですが、ただ単にダラけたいだけじゃないですか」
「はっ。俺の人生の抱負を知らないでよくそんなことが言えたな」
レオナは飛び込んだベッドから起き上がり、胸をはる。
「抱負ですか?」
「あぁ。飛びっきりかっこいいやつをな」
「聞くだけ聞きましょう……」
マルカは歪んだ表情で恐る恐る聞く。
「俺はやりたい事しかやらない! 以上!」
「ダメだこの人……」
マルカは頭を抑えるだけでは飽き足らず、ため息まで出し始めた。
次期魔王を見守る彼女にとっては心もとないにも程があったのだろう。
「それにしたって最後の一言はノリノリでしたけど……」
「まぁ、楽しくなっちゃったからっていったら嘘にはならんが……一応魔王ってのも憧れの一つだったし」
「なんて自己中な……」
もうマルカのメンタルはボロボロである。
先代魔王として耳が痛い話だ。
これから先を不安に思ってうなだれるマルカを他所に、レオナは話を切り替える。
「それで、だ。俺は一体何をすればいいんだ? 魔王らしく国を滅ぼせばいいのか……? さすがの俺でもそんな抵抗あるぞ」
「何も滅ぼせとは言っていませんよ。あなたのお仕事は、魔獣たちを束ね、勇者軍と戦えばいいだけの話です」
「勇者? やはりこの世界にも勇者はいるのか。それって現実でのプレイヤーが操作してるアバターなのか?」
「いえ、そういうわけではありません。現実世界に存在するDWRは、NOMAさんがここをモデルに作った世界ですから、世界観以外は全く関係ありませんよ」
「そ、そうか......」
NOMAさんって.....依頼受けた企業かよこの世界は......。
「ま、そうだな、これはこれで異世界生活って感じだし、素直に魔王生活を送りますか」
「そう言って頂けると、嬉しいです」
マルカはそう言うと、少し微笑んだ顏をした。
やはり妖精ということだけあって、笑顔は妖精並みに可愛い。
「じゃ、ここで自己紹介と行こうか」
藪から棒にレオナは言い出す。
「やるならやる気出して言ってください……。あぁ、でもあなたの自己紹介は必要ありませんよ?」
「なぜ!?」
「あなたの過去は全てNOMAさんから聞いています。根暗ニートだったようですね」
「根暗もニートも余計だ」
「じゃあ引きこもりですね」
「……」
否定できないレオナである。
レオナの人生はご想像の通り、褒められたものではない。
引きこもりのゲーマーなど、この社会の中では害悪でしかないのだ。
「じゃ、じゃあお前の自己紹介でもしてもらうか」
「いや、もう何もあなたに言うことはありませんよ?」
「……え?」
自己紹介、終わり。
「さ、そんなことより仕事に行きましょう仕事。ニートは働いて何ぼですから」
「お前……話の流れ変えるにしても俺を誹謗するのはやめてくれ……」
レオナの声など微塵も聞こえていないような態度をとるマルカは、そのまま次の指示を出そうと動き出す。
その動作をレオナはとっさに制止した。
「おっとちょい待ち。もう一つ質問なんだけどさ」
「あ、はい、何でしょう」
「この世界に俺みたいな移動してきた人間っているのか?」
「……うーん、私には分かりませんが、多分いないと思いますよ。私はそのような話は聞いてないですね」
「……そうか」
レオナは、本当に現実世界と断絶した世界なのかと思ったと同時に、改めてこれから始まる生活に期待を高めていた。
レオナにとっての憧れの異世界生活。魔王生活を望んでいたわけではないが、それがここからスタートするのである。
「では、最初の仕事に行きましょうか」
「そうだな、最初なんだし、簡単なものにしてくれよ」
よっこらせと、ベッドから立ち上がって言う。
「大丈夫です大丈夫です。そんな負担になるような仕事は任せませんよ。ちゃーんとニートの水準に合わせた簡単な仕事です」
「お、おう....」
ニートに対する嫌味を言いながら、マルカは体のどこからか分からない場所から謎のメモ帳を取り出し、ページをペラペラとめくっていく。
「えーっと、最初の仕事は、」
「おう、どんとこい」
「勇者軍との全面戦争です」
「……うせやろ」