第1章ー2話 最高な世界
「異世界……?」
レオナは突拍子も無い言葉につい聞き返してしまう。
夢ではないのか……?
「それも覚えてないんですか?」
「あ、あぁ……」
金髪妖精の言葉を総合して考えると、どうやらレオナの記憶はスッポリと一部分抜けているらしい。
妖精曰く、ベッドから目を覚ましたレオナは部屋中をウロウロした後、妖精の説明に納得して異世界をあっさり受け入れたと言う。
――「それで、私の頭上に落ちて来た皿を私にぶつかる前に必死にキャッチして、止めてくれた途端に倒れたんじゃないですか」
当の皿は地面で割れていた。
勿論、そんな記憶は全くない。
レオナからすれば魔王のクエストに勝利して寝落ちしたあと、ここで目が覚めたのである。
おそらく妖精の言う『途端に倒れた後』にレオナは目を覚ましたのだろう。
「そ、それで異世界というのは……?」
まだ状況が読めずボケているレオナに、妖精は面倒臭そうに説明を始める。
「どうやら記憶喪失らしいので改めて自己紹介させていただきますね。私の名前は――」
「――マルカ……」
その妖精が言い切る前に、レオナは口を挟む。
「……そこは覚えてるんですね……?」
「あ、あぁなんでか分からないが……」
どこかで聞いたことあるフレーズだったから……というのは余計な一言だろう。
途中で割って入って中断してしまった自己紹介を、妖精マルカは一度咳払いをして再開した。
「こほん。えっと、私の名前はマルカ・フレデリカと申します。元々この国で魔王をやっていました」
「魔王……? もしかしてさっきのあれか……?」
レオナは先ほどの鬼のような魔王っぽい体を思い出して、再度戦慄する。
若干のトラウマが入ってしまったようだ。
「えぇ。まぁ、魔王と言っても今では力も出せませんし、基本的に姿もあなた以外には見えません。先ほどのはほんの幻影に過ぎませんよ。今はただの妖精です」
「妖精……? てことはどういうことだ……? 妖精がなんで俺の部屋にいるんだよ? ていうかここどこ……!? えっ俺の部屋は!?」
マルカの巨大化もあって今の状況を完全に忘れていたレオナは、改めて辺りを見回してパニックに陥る。
今までの冷静沈着、とまでは言わないが落ち着いたキャラが崩壊していた。
マルカはあたふたと慌てふためくレオナを見て、頭を抱えて深くため息をついた。
おそらく、全部二度目の説明なのだろう。
「はぁ……。魔王討伐クエストのクリア後のメッセージでもお伝えした通り、ここはあのゲームの世界なんです」
「メッセージ……?」
「はい。見てないんですよね?」
「え? 何で分かるんだ……って一回聞いてるんだっけか」
ボケっとしているレオナにマルカは再び深くため息をついた。
「えーっとですね……あなたは魔王討伐のクエストに勝利して、この世界に招待されたのです――」
少しタメをつくろうとしているのか、マルカは言葉にためらいの間を空ける。
「このDWRの世界……そう、王国ドリムアに――!」
レオナは意味不明そうな表情を浮かべる。
「DWRの世界だ……? 何で俺がそんなとこに」
「理由なんて聞かないでくださいよ。私も運営の命令に従っているだけなんですから」
「運営って……妙にリアルな話を混ぜんな」
ここで運営と呼ばれているDWRを作ったゲーム会社は『NOMA』という会社である。
会社が建ち始めたばかりでDWRが一作目として発売されたのにもかかわらず、全ジャンル統計でゲーム売り上げランキング一位を達成したという謎の会社だ。
「まぁ仮に、ここがお前のいうDWRの世界だってんなら、俺は異世界転移した……ってことになるのか……」
レオナは再度周りを確認する。
だが何度見てもやはり自分の部屋ではなく、見たこともない部屋だった。
「信じていただけましたか?」
「俺の脳内を整理するための仮定だ。まだ信じちゃいないからな」
レオナの記憶にないレオナは、この話をあっさり信じたらしいが、今の彼には全く信じる気配は無かった。
なので夢と片付けてしまえば全て綺麗に収まるのだが、異世界転移という夢のようなシチュエーションに期待を持たざるを得ないのも事実だった。
「まぁ、このことはオフレコでお願いしますよ。 この世界の話を現実ですれば、すぐにこの世界への招待データは消去されますからね」
「消去?」
「ついでにあなたの今までのゲームデータも消去されます」
「ひどいなそりゃあ……!?」
マスタープレイヤーどころか、あと少しでレジェンドプレイヤーにまで行けそうなアカウントが消えるのは、レオナにとってなかなか痛すぎるものがあった。
手足が引きちぎられるどころか、心臓が握り潰される思いになるだろう。
「そもそも現実で話すって、どうしようもないじゃないか。つまりは、俺は異世界移動したわけだろう? どうせ戻れないんじゃないのか?」
「さっきまで慌てふためいていたくせに、今になってやけに順応が早くなりましたね……信じてないんじゃなかったんですか……?」
「これぞマスタープレイヤーの順応力の実力だな」
いくら信じていなくても、話はまとめておかないと。
順応力が高くなければ、初見モンスターには勝てないからな。
「それはさておき、」
おい。
「戻ることは可能です。 あなたがこの世界にいる間、現実世界でのあなたはずっと眠っています。 NOMAがどうやっているかは私にも分かりませんが、あなたが眠りについた瞬間にあなたの存在はこちらの世界に移動するんです」
「ということは、今現実の俺は眠っている最中なわけか」
「そういうわけですね」
「なるほど……」
レオナの頭の中で、今までの話が整理される。半分は信じていないが、さっきの妖精の感触、今の目の前の光景のリアルさ。
レオナの疑っていた考えは徐々に変わっていく。
眠ればこの世界に来て、この世界で眠りにつけば現実に戻る.....。
ということは半日はここで生活することになるのだ。
レオナの身体は、現実世界でのサタン戦の時よりも大きく震えていた。
それを見ていたマルカは首をかしげる。
「ご不満ですか?」
「いや……」
レオナは立ち上がり、窓にかかっている大きな赤いカーテンをどけて窓を開け、外に顔を出す。
外はDWRの世界が立体化していて、まるで現実の世界がファンタジーの世界に飲み込まれたかのようだった。本当にリアルに見える。
空には大きな竜が飛び回り、浮いている島や、青い空と対象に赤黒い大きな火山がそびえていた。
レオナが今まで見てきたアニメやゲームの世界が、今目の前に広がっているのだ。
外から大きな風が吹いてくる。
外の世界は、大きな風とともにレオナの感情を大きく揺さぶった。そして、レオナの疑っていた心を払拭する。
そんな彼をマルカは心配そうな表情で見つめていた。
レオナは頭で整理したことを心で噛み締め、湧き出た感情を口から、ありったけの力で、外の世界へ解き放った。
「…………最っ高じゃねぇか!!!」
レオナの目は、この世界のように、憧れや美しさを含んでキラキラと輝いていた。
以前までやる気を感じさせなかった眼差しも、今では彩りに満ち溢れている。
ずっと夢だった異世界生活……!
アニメや漫画でしか見たことなかった異世界生活じゃないか――!
レオナの行動を見守っていたマルカは、安心したように笑みを浮かべて彼に話しかける。
「……では、行きましょうか」
「行きましょうかって、どこへだ……?」
「朝の集会ですよ。朝の集会を取り仕切るのがあなたの仕事です。ここでは魔王が朝に一言発言する決まりなんですよ」
「へぇ……。魔王が一言ね……って、はっ!? 魔王!? 俺が一言!?」
「はい、そうですよ……あっ」
何を当たり前のことを、というような顔をしたマルカは、咄嗟に今の状況を理解した。
「そういえば、あなたはメッセージを読む前に寝てしまったんでしたね……。そうですね、体を確認してみてください」
マルカに言われた通りに、レオナは自分の体を見る。
「……!?」
「あなたはこれから、この城、魔王城で王として君臨し、ドリムア王国を脅かす存在になってもらいます――!」
レオナは自分の身体を見て悶絶する。
何故今まで気づかなかったのだろうか。
若干だがゴツゴツになった身体。
腕から生える毛。
頭から生えているツノ。
疑う余地もない。
彼は魔王になってしまっていた。