表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/19

2.初戦闘

ちょっと、長文になっちゃいました。読み辛い部分があれば、ご容赦下さいませ。

 峡谷から出発してから3日間、ハリケーン号は、大地に爆音を響かせながら、

疾走を続けている。


 この3日間、人らしきものは、どこにも見当たらない。

この夢?の世界に来てからの約2週間程、ずっと一人ぼっちだ。


・・・・・・見渡す限り、何もない、一面の大地、大地、大地、大地。


 現実世界に戻れない焦燥感と強い孤独感。あつしは、

精神的にかなり追い詰められてきていた。


・・・・・・明らかに、おかしい。


 そもそも、寝て見る夢なんて、自分にとって、都合の良いように展開する、

いわゆる、日常のダイジェスト版みたいなものだろう、本来は。

「こんなにまるまる、1日24時間、それも10日間ぶっ続け」なんて、

ありえないだろう! しかも、そのほとんどの時間は

「苦痛なほど、退屈」なのだ。何もやる事がない。

退屈しのぎになるようなものが、本当に何も無い。

戦空艇の操縦のみで、本やTVもなく、他のゲームもできない。

話し相手さえ、誰一人、いない。飢えや喉の渇きは心配無いが、

これも回復薬のみ。食の楽しみも無い。

多少、うつ気味になるのも、仕方がないだろう。


 元々、人付き合いは上手ではなく、一人が気楽とは確かに言ったが、

「何もなく、たった一人だけ、自分しかいない世界」にいたいとまでは、

さすがに思わない。必要最低限の、人との接点も必要だ。


・・・このままでは、気が狂う。・・・俺が、何かしたか・・・?


 覚めない悪夢。ただ、明け方まで、ゲームをしていただけだ。

本当に、ただそれだけなんだ。早く、夢から覚めたい。夢から覚めたい。

夢から覚めたい。夢から、夢から、夢から夢から夢から・・・・・・


「・・・・・・あっ!・・・・・・あぁあっ! あれは、家かぁああっ!?」


 遥か前方に、ぽつぽつと、住居が立ち並ぶ景色が見える。

町ほどの規模ではないが、集落のようだ。目を凝らしてよく見ると、

何か動いているものがいるような気がする。人間がいるかもしれない。

嬉しくて嬉しくて、つい、涙が溢れてくる。

急いで、集落の方面に舵を切って、探索に向かう。


 集落が近づくにつれ、緊張が高まり、胸の鼓動がバクバクと、早くなる。

呼吸ができなくなり、苦しい。


 ・・・・・・誰か、いてほしい・・・・・・でも、俺の言葉が、通じるか?

・・・・・・友好的に、できるだろうか・・・・・


 大きな期待と裏腹に、激しい不安で頭の中がグルグル回り、

眩暈めまいがする。


中世のイタリアの農村部のような、のどかな風景。


白レンガの住宅が、立ち並ぶ。戦空艇を停泊させ、恐る恐る、集落内を確認する。


 どこを見渡しても、人気は無い。やはり、気のせいだったのかもしれない。

落胆しつつ、艇に戻ろうとした、その時・・・・・・


「ワンっ! ウワン、ワン、ワンッ! 」


 横から飛び出る、白い影。尻尾ふりふり、大きな白犬が、

あつしに向かって飛びかかった!


「うぉ! あっ、うひゃぁああっ!!!!! 」


 予想外の襲来に、心臓が止まるかと思うくらい、驚いたあつしは、

思わず素っ頓狂な悲鳴を上げて、滑稽に飛び跳ねる。

・・・・・・ハッ、ハッ、ハッハッ・・・・・・


 よくよく見ると、体はデカイが、愛らしい顔つきの馬鹿犬?が一生懸命、

かまってくれよー、かまってくれよー、って、あつしの周りを

まとわりついてくる。・・・・・・ピレリー犬か?

・・・・・・まだ、心臓バクバク、してやがる・・・・・・


「・・・・・・ベスっ!駄目っ、こっち、来なさいっ・・・・・・! 」


 大声と共に、飛び出てくる小柄な少女の姿。

・・・・・・この世界で、ようやく、出会えた、人間の姿・・・・・・


 「・・・・・・いっ、犬が・・・・・・すみませんでした。

あっ、遊んでほしくて・・・・・・決して、噛む子じゃ、ないんです。

・・・・・・だか、ら・・・」


鎧姿に怯え、震える声で必死に謝る少女。赤毛の三つ編み髪に、薄いニキビ顔。白の麻ローブ衣装姿は、赤毛のアンを思い出す、素朴な印象だ。


「い、いやぁ! いいんだっ!気にすんな! こっちこそ・・・・・・って、

え? 同じ日本語、喋れるのか? 」


 驚くあつしに少女は「・・・・・・?ニホン・・・・・・グォ? 」

不思議そうに首を傾げる。・・・・・・違うのか? でも言葉は通じるようだ。


「えっと、自己紹介がまだだったな・・・・・・済まない。あつしだ、

よろしく。・・・・・・この犬、ベスってゆーのか? カーワイイなーおい。」


愛嬌を振りまく馬鹿犬ベスに、つい、頬が緩み、目尻が下がる。


 「おぉっ! ・・・・・・よーし、よーしよーし。」可愛さ余って、

ムツゴ○ウさんのように、ダイナミックに抱きしめて撫でまくる。


 「あっ、あたし・・・・・・! ジルっ、ジルって、いいます・・・・・・!

よろしくお願いします! 」


 慌てたように、ペコリとお辞儀をする少女。その後、照れ臭そうに、

笑みを浮かべる。


 「あつし様ですか・・・・・・つい、怖い人かと、思ってしまいました。

・・・・・・すみません。」


 ジルは申し訳なさそうに、何度も何度も謝罪する。

なんだ、すげえ、イイ子じゃぁ、ないか! なんか、嬉しくなるね。


「こんな格好だからな・・・・・・仕方無いさ。俺こそ怖がらせて悪かった。」


 互いに打ち解けた和やかな雰囲気になり、ジルとは

いろいろな話ができるようになった。表情豊かで、朗らかなジルと、

周りを跳ね回る、馬鹿犬ベスに、久々に、心が温まる。


 ジルは11歳。ここが、ヴィクセン大公国という国のベガンという、

国境沿いの小さな村だという事を教えてもらう。


・・・・・・やっぱり、グランディスとの世界とは違うな・・・・・・


 「・・・・・・で? 他の人たちは村にはいないのかな?

さっきから探して・・・・・・」


 言いかけて、気が付いた。物影からこちらを覗いている、視線に。

それも1人や2人じゃなく、20~30人程はいるんじゃないか?


「・・・・・・そこにいるんだろう? 隠れてないで、出てきてくれよ。」


 聞こえるように、大きく話す俺の声に、ビクっとジルが反応する。

四方の影から、1人、2人と村人達が姿を見せる。どの老若男女共に、

手にはこん棒やくわにスコップを持ち、瞳の奥には

明らかな怯えに警戒や殺意が込められている。

どうみても歓迎はされていない雰囲気だ。


 「待って・・・・・・! もう、ちょっと話を」

ジルの話を遮るように、


「誰だ! お、お前、どこから・・・・・・お前も、あのヤンの

・・・・・・新しい仲間かぁ! 」


 震えながら、鎌を持つ中年の農夫が叫ぶ。男の声に同調するように

皆じりじりと、あつしに、にじり寄る。NPCの普通の住民と戦いたいとは、

とても思わない。


 「まぁ、待てよ。・・・・・・ここで今、何が起きてるかは全然、知らんが

今日、初めてこの村にやって来ただけだ。この10日間、

全く誰にも会えなくて淋しかったもんでね。東の方からやってきた、

あつしという。挨拶が遅れ、申し訳ない」

こちらには戦意が無い事を、両手を広げてアピールする。


「ここで今、あんた達と殺りあっても、こっちにゃ、何の得も無い。

・・・・・・そうだろ? それとも何かい? こんな小さな村に何か、

特別な事とか・・・・・・」


「違う! 」別の男が悲壮な顔つきで叫ぶ。


「本当に、ここには、何も無いんだ! こんな村に、なのに、奴らは! 」


 男に小声で、「シッ・・・・・・止めなよ」と、

耳打ちでたしなめる女。


真っ青な表情で周りを見渡し、オロオロするジル。確かに何か、ありそうだ。


「おーい、ここに・・・・・・村長さんとかは、いないのかい?

チョット、話が、聞きてぇなぁ・・・・・・」


 穏やかに、かつ大きな声で問いかけると、後方から、老齢の男が恐る恐る、

あつしの前に進み出た。


「わ、私、が・・・・・・村長の、ベルグ・・・・・・だ・・・・・」


怯えた表情の村長に、努めて優しく、穏やかな口調で


「もしよかったら、話・・・・・・聞かせちゃ、くれねえか?

・・・・・・何か、あるんだろ?ココでは。まぁ、保証はできねぇけど、

何とかしてやれるかも、しれねぇじゃ、ねえか・・・・・・なっ? 」


あつしの問いかけに、ベルグの表情が戸惑いに揺れる。


あつしの現実世界での、特殊スキル「年寄りと子供には好かれる農協職員」は、遺憾なく発揮され、村人達の心を揺り動かした!


「じ・・・・・・実、は・・・・・・」ぽつり、ぽつりと話し出す。


・・・・・・内容は、こうだ・・・・・・


 昔々から、このヴィクセン大公国と隣国のヴィエンヌという、司教国とは

領土を巡る紛争が絶えないらしい。最近も国境線近くで

大規模な戦闘があったばかりのようで、大公国側も

急遽、軍備の増強を国境線沿いに集中させている状況の様だ。


 この国境外れの田舎村ベガンは、場所的にもかなり辺鄙へんぴな場所で、

作物の実りも厳しい。貧しくではあるが、逆に何も無い分、

戦略的に重要な場所でもなく、ずっと平和に過ごしてこれた場所だったという。


 問題は、一昨年から、徴兵された兵の中からの、戦闘を嫌い敵前逃亡し、

脱走した兵の一部がこの村の外れの洞窟に隠れ住むようになってから。

大公国騎士団の監視が及ばない辺境な場所を良い事に、

脱走兵と山賊バンディットの少人数ギルドが一つになり、

20人程の規模になってからが、より凶暴さを増した。

首領は、ヤンという男らしい。


 1家庭につき、半年につき1回、金貨1枚を要求。従わぬ者は、

惨たらしく殺し、見せしめに、晒された。支払えぬ者は、家財を売り、

それでも工面出来ぬ者は家族を売り、それでも払えねば、殺されていった。

真っ先に、若い男から殺されていき、若い女は連中の欲望の処理の為に

さらわれた。今、残っているのは僅かな人数の子供と年寄りばかりに・・・・・・


ベルグが、涙と嗚咽交じりに、村の現状を嘆く。


 「もう・・・・・・何も無いのだ。何も・・・・・・残っとらんのだ。

・・・・・・なのに・・・・・・今日も・・・・・・」


 今日が、半年に1回の、金貨の徴収日らしい。賊の襲撃に怯え、

皆で避難しようとしていたようだ。

路地の奥の方で、大きな悲鳴と、怒号が響く。賊が到着しているらしい。

皆の表情が恐怖で青ざめ、慌てふためき始める。


「まぁ・・・・・・落ち着けよ。話は、分かったからさ・・・・・・

慌てずに、静かにここで隠れてな。ちょっと、見てくるわ。」


「助けてくれるのか・・・・・・?アンタ、が・・・・・・ワシ等を?

・・・・・・アイツらから・・・・・? 」驚くベルグ。


 「ダメですっ! あの人たち、凄くコワイんです! 

・・・・・・あっ、あたしの叔父さんも、それで・・・・・・」


 顔面蒼白で、なお必死に止める、ジルの表情があまりにも可哀らしく、

あつしは、ジルの頭を大きく、優しく撫でながら、耳元で囁いた。


 「ダーイジョーブだって。・・・・・・ありがとな。ベス公と・・・・・・

ここで待ってな。・・・・・・さて、と」


軽く深呼吸後、あつしは怒号の響く路地の向こうへと、足を向かわせる。


・・・・・・初の実戦の予感・・・・・・さすがに緊張が全身を走る。

自分自身の戦闘の強さが、まず未知数だ。だが、

いつかどこかで試してみないといけないのも事実。

「・・・・・・通用するか? 」小声で呟く。


「スマホで検索。」

緊張を解くアビリティ・Calm spirit(平穏な精神)を自身に。一気に、

気が楽になる。


 「んー、アビは効くし、あとは・・・・・・実戦だな。小手調べにゃあ、

丁度いい相手かもよ・・・・・・? 」自身に言い聞かせる。


 路地裏では、2人組みの男が小柄な老女の髪を引っ張り、

路地を引きずり回している最中だった。

1人は痩せた長身で、ボサボサの長髪男。もう1人は背の低いせむし男。

武器は錆も見える短剣と斧に、軽装の服装。民兵崩れの、ただのチンピラ。


・・・・・・ゴギブリかぁ・・・・・・1匹ずつ、潰していってもなぁ。


 必死で命乞いをする老婆。無視するかのように、痩せ男が

老婆の腹に重い蹴りを叩き込む。


「ギャぁアっ! 」


 激痛に、言葉にならない悲鳴を上げて、身体を痙攣させる老婆の首に、

せむし男が汚い笑い顔を見せながら、麻のロープを巻き付けている。


 「だから、もう、イイよ! オメエはよぉ! 金は払わねえしよ、

逃げるしよぉ・・・・・・もう、死んじゃえよ!? なぁ! 」


せむし男の声に痩せがヒッ、ヒッ、と、下衆な笑い声を出している。


 「ヒヒッ・・・・・・早く、吊るそうぜ。早くよお・・・・・」

腕に力を入れて、老婆を吊り上げていく。


「・・・・・・? ・・・・・・誰だっ、手前ぇ・・・・・・! 」


 前方から突如、現れた黒い騎士姿の男に2人組が警戒の怒声を浴びせる。

・・・・・・騎士団の野郎か?・・・・・・誰にも主従を示さぬ印の黒鎧に、

巨大な、黒光りする大剣。どうやら、大公国の手の者ではなさそうだ。

が、敵意も感じさせず、余裕を見せる姿は、

得体の知れぬ不気味な印象を強烈に与える。


 「あぁ、別に名乗る程のモンでもねーんだけどさぁ・・・・・・

昔からこの村には、かなり世話になってるんだよねぇ・・・・・・(嘘)

婆ちゃん、可哀相じゃねぇか・・・・・・なあ?

逃がしてやってくんねえかなぁ・・・・・・」



優しく、優しく問いかけるが、


「何だァ! テメーにゃぁ、カンケーねぇだろぉが! 」せむし男が吠える。


 「いや、だからさっき、言ったじゃん・・・・・・? (困惑)

昔からかなり世話になってたって・・・・・・

なあ、こんな年寄り、なぶり殺しにした所でさぁ、

哀れで惨めなだけでよぉ・・・・・・何にも、なりゃしねえじゃないか? 」


「・・・・・・ウルっ、セエんだよっ!!! 」


 二度も会話を遮り怒鳴る、せむし男に対し、

あつしの殺意ゲージが一気に上昇するが、努めて平静に、穏やかな態度を装う。


「ど、どぉする、グゥエンよぉ。やっ、殺っちまうかぁ・・・・・? 」


不安げに、痩せが尋ねるのを、


「待て・・・・・・! ちょっと、黙ってろっ」


 と、小声で一喝しつつ、せむしのグゥエンは必死にあつしを

値踏みするように、観察する。


・・・・・・こっちの脅しに全然、ビビらねぇ・・・・・・


 強さは全く感じないのに、野生の勘が、しきりに危険信号を感知している。

無茶は、したくない。


警戒しつつ、さらにカマをかけてみる。


 「払うモンも、払わねぇから、こぉ、なるんだよ !

・・・・・・それとも、ナニかぁ? オメェが払ってでもくれんのかぁ?

・・・・・・あぁ!? 」


 「ほぉ・・・・・・! そいつは、悪くねえ話だな。

・・・・・・幾らだ?幾ら出しゃあ、自由にできるんだ? ん? 」


あつしの意外な食い付き具合に、戸惑うグゥエン達。


「・・・・・・え、いや、ババアの、分・・・・・・オメエが? 」


「そーじゃ、ねぇよ。全員だよ。・・・・・・この村、全員。

・・・・・・幾ら、出しゃ、イイ? 」


サラっと、普通に話すあつしの提案内容に、驚愕の表情を見せる。


 「ぜっ・・・・・・全員だァッ!? 何ッ、考えてんだ・・・・・・!

全員だったらなぁ、100や200くれえじゃ・・・・・・」


 「・・・・・・1000」

ドサッ、と、ぎっしりと金貨の詰まった布袋を召喚し、目の前に放り投げる。


 袋の口からザラザラと、こぼれ落ちる大量の金貨。

「! 」それを見る2人組が明らかに狼狽している。


「あっ・・・・・・いやっ、そのっ・・・・・・」


 「何だ、足りねえか? ・・・・・・じゃあ、2000」

もう一袋、放り投げる。


「!!!!!!!! 」


せむしのグゥエンが、絶句の声を上げる。


 この貧乏な村で、苦労して脅し取れる金貨が、半年でせいぜい数十枚位。

1年で100枚位が関の山なのに、この男は平然と、20年分を・・・・・・

異常すぎて、全く理解できない。ありえない好条件だが、

首領のヤンの許可がなけりゃ、勝手な判断は・・・・・・

グゥエンの頭の中は、激しく混乱する。


「・・・・・・不満か? 」


 「いっ、いやっ・・・・・・! そうじゃ、ねぇ・・・・・・けど、

オレ1人の判断、じゃぁ・・・・・・」


話が流れても困る。苦しげに、唸り声を漏らすグゥエンに、静かに囁く。


 「じゃあさ、首領に会わせてくれよ。俺が直接、

交渉するから・・・・・・な?」


「首領に!? ・・・・・・いや、でも、なぁ・・・・・・」


躊躇ちゅうちょする姿に、すかさず


「穏やかな話し合いが、してぇんだよ・・・・・・な?

頼むよ。大事な村なんだよ。会わせてさえくれたら、さぁ・・・・・・コレ」

と、手に別の金貨の袋を握らせる。


「オマエら、別々に500ずつ。・・・・・・悪くねぇ、話だろ? 」


 金貨500枚。下っ端には、大金すぎる程の額。それもただ、

首領に会わせるだけで。・・・・・・グゥエンの腹は決まった。


 「首領に・・・・・・会わせるだけだぞ。後は、何も手伝わねぇ。

・・・・・・わかったな!? 」


精一杯、強がってみる。あつしの顔に笑顔が広がる。


「いーねー! 話、わかってくれるじゃねーかー!嬉しいねぇ・・・・・・!

さ、早く連れてってくれよ。・・・・・・なっ」


勝手にさっさと、2人組の乗る幌馬車の中にもぐり込んでいく。


「あっ! コラッ、オメエ、何勝手に乗って・・・・・・! 」


 慌てて幌馬車に戻るグゥエン達。そして幌馬車はそのまま、動き出し、

去っていった。


静かになった裏路地から、恐る恐る出てきた村人達が、老婆を介抱する。

村人達もわからない。あの男が何者なのか、今から、

何をしようとしてくれているのかが・・・・・・


 馬車の中では、目を血走らせながら、興奮する痩せ男。

金貨の枚数を何度も数えている。


 「1998、1999・・・・・・2000! ヒヒッ、すっ、すげぇなっ、

グゥエンっ、なっ」


 無言で手綱を引きながら、グゥエンはずっと、奥でどっかり

腰掛ける黒騎士の事で頭の中が一杯だった。


 ・・・・・・ホント、何者なんだ、アイツ。あんだけの金貨・・・・・・

どっから・・・・・・


 実はグランディスの世界では、あつしクラスのプレイヤーには、

もう金貨はほぼ不要である。億単位で、腐るほど貯まった金貨。

NPCキャラや武器・獣神の育成や合成、蘇生などにも多少は使用はするが、

もう使い切れるような事は、まず、ない。ましてや、この世界では

仲間NPCキャラの1人もいないし、新たな武器も手に入らなさそうだ。

別に、惜しくもない。


村外れの山岳地帯に到着する。眼前に、大きな鍾乳洞が登場する。


 ・・・・・・ゴキブリの巣、到着・・・・・・

あつしは静かに、次の一手を考える。


薄暗く、ひんやりする洞窟内に進入すると、そのまま突き当たりの大広間へと

案内される。絨毯や家具、美術品など、あちこちから略奪された調度品の数々が目に入る。


 「・・・・・・ここで待ってな。」

金貨を持ったグゥエン達が立ち去っていく。


一番、奥の首領・ヤンの寝室。


「・・・・・・失礼します。」


 ノックの後、静かに入室するグゥエンの目に真っ先に映るものは、

血塗れで動かなくなった、裸の女の死体。

そしてその傍で、仁王立ちする半裸で褐色肌の男。ヤンだ。

やや小柄ではあるが、隆々とした筋肉に浮き出る太い血管。

人を殺す事に慣れた、冷たい目つきは一目で凶暴な怪力の持ち主である事が、

窺い知れる。


「おォ! 戻ったか、お疲れ。回収、どうだった? 取れたか? 」


 死んだ哀れな女は、欲望の処理の為、村から攫い、奴隷としていた1人だ。

健気に尽くし、今までの中では「割とまあまあ」で、

お気に入りではあったのだが、ほんの、些細な粗相から、

あっけなく殺してしまった。まだちょっと、勿体無かったかもしれない。

だが、「沢山ある玩具の内の1個」あくまで、そんな程度だ。

グゥエンも理解しているので、いちいち、ヤンに確認しない。

死んだなら、別のを連れてくるだけだ。


 すぐに「壊して」しまうので、「玩具の在庫」はかなり少なくなってきた。

村からはもう、新たな調達は難しい。「在庫」を切らした後は、

どうしようか・・・・・・しばらくは村のガキ共の代用で

我慢するしかないか、と、考えている。


 「回収、終わりました。・・・・・・コレを」

金貨の袋をヤンの前に差し出す。


 「!何だっ、これっ・・・・・・オマエッ! 」

予想外の額の大きさに、さすがのヤンも仰天する。


「・・・・・・2000枚です。ヤン様 」


「あぁの、貧乏村のドコからこんな・・・・・にしても、スゲェな! おい」

大興奮するヤンに、恐る恐る切り出していく。


「・・・・・・村からじゃぁ、ねぇんですよ・・・・・・

スゲェ、変わった黒騎士のヤロウがいましてね。あの村ぁ、助ける代わりに

コレをって・・・・・・」


「黒騎士ィ!? 何だ、ソレ! そいつ、何モンだぁ? 

・・・・・・そんで、オメェ、どぉしたんだよ? 」


 語気を強めるヤンの豹変ぶりに、グゥエンも恐怖し、

脂汗を垂らしながら必死に弁明する。


「いやっ!ち、違うんスよ・・・・・・! オレ1人じゃぁ、

決められねえって言ったら、じゃあ、ヤン様に会わせてくれって・・・・・・

野郎が直接、ヤン様に会ってお願ぇするって、いうもんですから・・・・・・

つ、つい・・・・・・」


声を震わせながら、続ける。


「でも、オカシーんですよ! あんま、強くなさそうなのに、

たった1人で、全然ビビらねぇし、しこたま、金は持ってるし・・・・・・

最悪、ここで皆で殺っちまえばいいかなっ、て、思ったモンすから・・・・・・

すんません・・・・・・」


グゥエンの説明に、ヤンも暫く、考え込む。


「・・・・・・」目の前の、金貨に目をやる。


 ・・・・・・確かに、スゲえ。純度からして、この国ではまず、取れねえ。

相場の2~3倍位にはなりそうか?それを2000枚も! 全く、イカレた話だ。

貴族以上、もしかすると王族かもしれねえ。だが、あんな村に何故?

・・・・・・狙いが読めねえ。・・・・・・だが、今日の話が

上手くまとまれば、コレ以上にもっと、オイシイ思いができるかもしれねえ。

そうじゃなけりゃあ、殺しちまえばイイだけの事。

グゥエンの言う通り、ちょっと手練れの騎士だか知らねえが、

さすがにココで俺達、一度に全員相手なら・・・・・・

そう考えると、連れてきたのは大正解か・・・・・・


ヤンも、決断する。


「・・・・・・よし、会おうじゃねぇか。念の為だ、護衛に他のヤツもみんな、

連れてこい。・・・・・・あぁ、それとコレ・・・・・・捨てといてくれ」

死体を指さす。


「・・・・・・へぃ」


 大広間に、続々と、ヤンの手下が集まり、にわかに

騒がしくなってきている。


・・・・・・1、2、3、4・・・・・・あつしは、手下の数を静かに数える。


 手下をズラリと両横に従え、中央の玉座の間を意識したような場所に、

騎士団の称号を削り取った形跡のある鎧を身に纏ったヤンが登場する。

あつしを一瞥すると、無言でどっかりと、椅子に腰を下ろす。

隣でグゥエンが何やら耳打ちしているようだ。

ヤンからの舐めまわすような視線を感じる。あつしも冷静に、

装備からヤンの戦力を分析する。


・・・・・・なーんだ、やっぱ、コイツもLV20程度の雑魚ボス程度かよ。


 「・・・・・・おめぇか。俺に会いてぇ、とかいってた黒騎士とか、てぇのは。」

ヤンが口を開く。


「その通りでございます、ヤン殿。・・・・・・私は、流浪の騎士で、

あつしと、申します。以後、よろしくお願い申し上げます」


丁重な挨拶で、あつしも返す。


「金貨は・・・・・・喜んでいただけましたでしょうか? 

昔から、世話になっていた、村だったものですから・・・・・・

是非、これで、あの何も無い村を自由にしていただけては、

もらえないでしょうか? 」


「まっ、まぁ・・・・・・」


ヤンも、言葉に詰まる。確かに、あの村には、これ以上の、価値はないだろう。


 「まぁ・・・・・・いぃんじゃ、ねぇか? 

これだけのモンならよ・・・・・・」


 「有難う御座います。」

すかさず、言質を取って、村の開放を約束させる。


「それより、オメエ・・・・・・何モンだ? あの金貨といい、

その身なりといい・・・・・・流浪とかいったが、

この国でもヴィエンヌのモンでもねぇよな? 」


「そうですね・・・・・・更に遥か東方の方から、と、だけ

申し上げておきましょうか・・・・・・」


軽く流して、次の提案に進む。


 「ところでヤン殿・・・・・・もう一つ、お願いしたい事がございますが、

申し上げてよろしかったでしょうか? 」


「おぅ、何だ、言うだけ言ってみろ」


「有難う御座います。実は、村から連れて来た、女達の事でして・・・・・・

出来る事ならば、その者達も、私の方で、買い戻したいと、

考えておるのですが・・・・・・」


「女だァァ!? 」


 一瞬で、ヤンの目つきが鋭くなり、口調が荒くなる。手下共の間にも、

緊張が走るが、あつしは平然と、会話を続けていく。


「親元にね、帰してあげたいんですよ・・・・・・

今、生きている者たちだけで、いいんですよ。

勿論、金貨は奮発します。・・・・・・いかかですか? 」


笑顔と穏やかな口調は崩さない。さすがにヤンも混乱する。


「お、女買うってぇ・・・・・・ありゃあ、商品だから、

売るにはたけぇぞ。オメエ、一匹幾らで買おうと思ってるンだ!? 」


「そうですね・・・・・・1人につき1000。生きてさえいれば、

怪我の具合は問いません。買う人数については上限はありません。

何人でも結構です・・・・・・」


「一匹・・・・・・1000っ!? 」


 ヤンの頭の中を、グルグル激しく、女の数と金貨の枚数計算が飛び交う。

・・・娼館に売っぱららったところで、たかが知れた額・・・・・・

・・・一匹1000で、今残ってんのは、確か・・・・・


「信用してもらえませんか? ・・・・・・じゃあ、まず手付に一人分」

新たに召喚した、金貨の袋をヤン達の前に見せつける。


「グゥッ!お、オメエらっ・・・・・・女ぁ、連れてこいっ・・・・・・!

全部っ、ゼンブだぁっ!! 」


 ヤンの絶叫に、手下共は血相を変えて、奥の部屋へ消えていく。

監禁している女達を、連れてきてくれるのだろう。


 終始、笑顔で余裕を見せる黒騎士に、グゥエンは底知れぬ不気味さと

不安を感じている。


「・・・・・・これで、全部です」


 あつしの眼前に、連れてきた女たちが並べられる。

皆、逃げられないように、裸に手枷姿。酷く虐待されたのであろう、

身体中にドス黒い内出血の跡や痣を付け、死人のような虚ろな視線でただ、

ガクガクと震えている。その数、僅か8名。

村人の話と照合すると、圧倒的大多数の者が既に、

虫ケラのように殺されてしまったのだろう。目頭が熱くなるのを感じる。

ヤン達には悟られぬよう、哀れな犠牲者達の為に目を閉じて黙祷を捧げた。


「さて・・・・・・と、8人分ですから、金貨8000枚ですね。ご確認下さい。」


 事も無げに、追加で用意した金貨の袋の山に手下の男たちが歓声を上げながら

飛びつき、夢中で枚数を数えている。


その光景を眺めるヤンの頭の中も、


・・・・・・村の分と合わせて1万枚っ・・・・・・!!

すげぇ、スゲエ、スゲェすげぇ・・・・・・!! こんだけありゃぁ、

もう、コソコソ隠れねぇでも、どっかで爵位でも買えてしまえりゃ、

堂々、悠遊と暮らしていけそうだっ・・・・・・!!!


表情が、全てを物語っている。


手間取った金貨の枚数確認が、ようやく終わる。


「はい、これで取引成立ですね・・・・・・! それでは、彼女達は、

頂戴しますよ。・・・・・・よし、じゃぁ、こっちおいで」


女達を自分の後ろに並べさせ、各自に服を渡し、優しく


「大丈夫だから・・・・・・良く頑張ったな。いいかい? 

まず・・・服を着ようか。それから・・・・・・

コレを皆で少しずつ、飲みな。・・・・・・元気出るからな」


 と、エクシリルも1本、手渡しておく。喋れずに、涙を流して何度も何度も、

頷く女達。


「さて、と」


あらためて、あつしはヤン達の方に向けて話始める。


「いやいやいや・・・・・・今回は、こんなにもスムーズに

お話しが進められて、ホンっ、トーに、良かったですよ。ハイ。

・・・・・・これも、ヤン殿のお陰でございます。改めてお礼申し上げます。」


深々と、頭を下げる。


 「ぃ、いやァ・・・・・・い、イイって事ょ。オメェって、

スゲぇな・・・・・・」


ヤンはまだ夢見心地で、やや、上ずった声で返事を返す。


 「最後にね、ここにいる、皆さま全員に、ささやかながら、

私からのお礼の気持ちを差し上げたいのですよ。

・・・・・・ここに、いらっしゃる方で、全員という事でよろしいですか? 」


穏やかに問いかける黒騎士に、慌ててヤンが


 「ほらっ・・・・・・! 奥にドニィとか、居ただろぅが・・・・・・!

呼んで来いっ、ほらっ! 」怒鳴りつけている。


「・・・・・・これで全員が20名。・・・・・・これで全部ですね? 」


「そぉだ。・・・・・・コレで、全員だ・・・・・・」


 あまりにも、常識を超える出来事の連続で、ギルドの連中も、

警戒心も何もかも、既に麻痺しまくっている。


「えっと、1人500として・・・・・・合わせて1万ですか。それでは、はい。」


またも、ドサドサと、金貨の袋の山が積み上げられていく。


「こっ・・・・・・コレもっ、オレ達っ、全員に・・・・・・? 」


連中の表情が、更に緩む。


 「そぉですよー。皆さんに、キモチ良く、パーっとぉ、

使って欲しいですからねぇ。」


明るく、軽い口調で喋った後、ゆっくりと立ち上がり剣を構える。


「・・・・・・ただし、こっから先は、この俺を倒せた後の話だけど、な。」


 あつしの表情から、笑顔が消える。激しい憎悪と殺意の念が、

全身から噴出すのが、はっきりとヤン達にも肌に伝わるのを感じる。「・・・・・・? 」だが、まだ言っている事の意味が理解できず、戸惑う。


アビリティ、マスター・オブ・レイジ(自己と味方全員への攻撃加護絶大)

を詠唱。


 黒光りする、鎧からも大剣からも、青白く光るオーラが、妖しく輝き出し、

幻想的に洞窟内を照らす。


 ギルド連中は、突然の出来事で、欲ボケした頭からなかなか、

現実に頭を切り替えられない。痩せ男が、あつしに、


「なっ、何っ、言ってんだっ、オメっ・・・・・・」


 言いかけた途端、一瞬の剣の閃きの後、大量の血を噴出しながら倒れる

首無しの胴体と、凄まじい勢いで吹き飛び、床に叩きつけられ、

白目を剥いた痩せ男の首がヤン達の眼前に飛び込んでくる。


「ほら、のんびりすんなよ・・・・・・すぐ、死んじまうぞ・・・・・・? 」


あつしの声に、皆、慌てて武器を構えて戦闘態勢に入る。


「くっ、黒騎士ィ! テメェェェ、騙しやがったなァァァ!? 」


ヤンの罵声に動じる事もなく、


「騙すだぁ・・・・・・? さっきも、言ったろぅが・・・・・・

オレを倒しゃぁ、イイだけの話じゃねぇか・・・・・・なぁ?

20人もいるんだろ・・・・・・? これだけいりゃぁ、

俺を殺れると思ってたんだろぅ・・・・・・? 」


ゾッとするような、冷酷な笑みを浮かべ、連中に、にじり寄る。


「・・・・・・! 」


当初の考えは、見透かされていた。絶句するグゥアン達。


「いーんだよ、別に。オレも同じ事、考えてたんだからよ。

・・・・・・だからさ・・・・・・来いよ。遊んでやるよ。」


 ヤン達は、壁を背にして退路が無い。眼前のあつしを倒さねば、

生き残る術が無い。ヤンやグゥエンは、ようやく、あつしの本当の狙いを悟る。


 最初から、全員を、一箇所に集めて一気にまとめて殺る為に・・・・・・!!

畜生!畜生、畜生、畜生、畜生、チクショウ!!!!!!!!!!!!!!


行き場の無い、激しい怒りが全身を駆け巡るが、気付くのが遅すぎた。


 「ゴキブリは・・・元から断たなきゃ、ダメなんだよなぁ・・・・・・」

あつしが呟く。


 「来ねぇのか・・・・・・? じゃぁ、コッチから、いっちゃうぞー。」

あつしが、踏み込む。


 ―奥義・殲斬せんざん―。一瞬の一振りで、半分程の手下の姿が消え、

空中をズタズタに引き裂かれた、頭や手足、胴体と血しぶきが飛び散り、

一気に周囲を真っ赤に染め上げる。


「ウァっ、アっ・・・・・・! アぁぁあァああああッ!!! 」


 騎士姿の下っ端が、半狂乱で奇声を上げながら突進してくる。

避ける事も無く、真正面から振り下ろすあつしの剣は、受け切れるどころか、

剣ごと頭から真っ二つに引き裂かれて、絶命する。返す刀で、もう1人。

グゥエンの眼前に、上半身が無い、腰から下だけの死体が血しぶきを上げながら、転がり込んでくる。


 グゥエンは恐怖のあまり、失禁している事にも、気が付かない。素手のまま、

暴れ狂うヒグマに立ち向かうような、そんな絶望感。


・・・・・・勝てる、ワケがない・・・・・・!


「ぅあ・・・・・・ぁぁ」


嫌だ。いやだイヤダ嫌だイヤダいやだ・・・・・・!!!!!!!!!!!!!


 こんなのは、戦闘じゃぁ、ない。家畜に対しての様な、一方的な屠殺だ。

圧倒的な敗北感を感じる。


 ・・・・・・死にたくない・・・・・・! 止めとけば、良かった。

こんなヤツ、連れてこなけりゃ・・・・・・でも、あそこ

会った時点で、どっちみち・・・・・・いや、どのみち、

「このアジトに今日、いた」時点で、既に・・・・・・


 考える程に、待ち受ける運命は「死」のみ。

その現実に、グゥエンは恐れおののく。


ほんの僅かな、「生」への可能性に賭け、咄嗟にグゥエンは傍にいた

下っ端2名を、あつしの前に突き飛ばす。切り捨てる間に、

前をすり抜け、出口に・・・・・・!


「ぐぅおぉぉぉぉっっ!!!! 」


 盗賊崩れとして、逃げ足には自信があった。

自己の持てる全ての力以上を出し尽くして、黒騎士の横を疾風の如く、

一気に駆け抜ける。


すんでのところで、剣をかわし、横をすり抜けると、出口が見える。


 ヨシっ、イケたっ・・・・・・!!  希望が見える。

更にダッシュをかけようと・・・・・・加速しない。何故だ・・・・・・!?

足に、力が・・・・・・


 ふと見ると、足が無い。自分自身が、切り離された胴から上の部分で、

宙を舞っているだけの事実に気付く。


 そんな・・・・・・バカ・・・・・・な。意識が遠のく。そのまま、

上半身だけの死骸は勢い良く、地面に叩きつけられていった。


「・・・・・・ふうっ」あつしが、剣の構えを緩め、一息つける。


「・・・・・・あとは、オメー1人だけだぜぇ? ・・・・・・ヤンさんよぉ」


 辺り一面、肉片が飛び散る血の海の中、血塗れの黒騎士が、

ヤンに静かに微笑む。


「・・・・・・何なんだっ!!!! オマエはァァァァぁ!!! 」


 恐怖と、絶望からくる絶叫。ヤンにはもう、それが精一杯だった。

戦闘意欲など、さらさら無い。


 元々、戦闘から逃げ出し、徒党を組んで自分より弱い者から搾取する事で

栄えた組織。たった一人では何もできない。蛇に睨まれた蛙。

今は、叫ぶ事でしか、自己の存在を確認できない。


 「何なンだよォォ!! このっ、バケモンがよぉぉぉ!!!! 」

黒騎士は、小首を傾げている。


 「騙しやがって、騙しやがって、騙しやがって・・・・・・キタネェんだよ、

テメエはよぉぉぉ!!!! こぉの、卑怯者ォォォ!!!!! 」


ひたすら、思いつくままに叫び、精一杯、罵る。


 「えぇぇぇ・・・・・・? (ドン引き)オマエが、

ソレ言っちゃうんかい・・・・・・」


困惑し、ポリポリと頭をかく仕草の黒騎士。


「せめて最後くれぇ、潔く散ろぅ、とかってぇのは無ぇのかよ・・・・・・」


「・・・・・・ほら、よっ、と」


突如、ヤンの目の前に愛剣を放り投げる。


「???? 」理解できずに、震えながら凝視するヤンに、


 「・・・・・・ハンデだ。それ・・・・・・使っていいぜ。

で、かかってこいよ・・・・・・」


「!!! 」


馬鹿な。驚愕するヤンを横目に、


「遠慮すんなよ・・・・・・使いてぇんだろ? 俺は俺で、さ・・・・・・

何か、この辺にあるヤツで・・・・・・っと」


無防備に背を向け、死体の傍に転がる武器を漁り出す。


「!!!!!!!!!!!! 」


 一瞬の躊躇の後、無我夢中で大剣に飛びつく。

・・・・・・千歳一隅の好機っ! この斬れまくる剣で、

ヤロウの頭を背後から・・・・・・!! 剣を握りしめる。


「んがぁぁぁ・・・・・・!? お、重てぇぇぇ・・・・・・!! 」


両手で力いっぱい、持ち上げようとしても大剣はズッシリと重く、

ビクとも動かない。


ヤツはこんな代物モノ、片手で軽々と振り回して・・・・・・


 愕然と同時に、本能的に・・・・・・逃げねば・・・・・・!! と、

ヤンは咄嗟に、出口に向かって走り出そうとする。


しかし、それよりも早く、


「コレに決ーめたっ! ・・・・・・っと」


細長いスピアソードを拾い上げた黒騎士が、力任せにヤンに体当たりをかまし、右の胸元に刃を突き立てながら、そのまま、壁にぶち当てていく。


「グギャ! あ゛ガア゛ぁァァ゛ぁぁ!!!!! 」


 ズブズブと、肉にめり込む刃の激痛に、涙を流し、

言葉にならぬ悲鳴をあげながら、壁に強く押し付けられていく。


「・・・・・・そんなにいてぇか・・・・・・? 心配すんなよ、

急所は外してあっからよ。まず、コレは・・・・・・オメェに、

虫ケラみてぇに殺されてった奴らの絶望と・・・・・・怨念の分っ!! っと」


一気に刃の根元まで、ヤンの身体に刺し込んだ。


「ギャア゛ッ!!!! ア゛ァ゛・・・・・・ア゛グゥ゛ァ、ア・・・・・・」


 涙と涎を垂れ流しながら、壁に串刺しにされた状態のヤン。

固い岩盤の壁には、しっかりとスピアソードが突き刺さり、自由を奪う。


「えーっと、次は・・・・・・コレ・・・・・・だな! うん」


 あつしは、片手剣のレイピアを拾うと、ヤンに見せつけるように、

ブンブン、振り回す。


「ぅ゛あ゛っ・・・・・・なっ、何っ、を・・・・・・!? 」

脅えるヤンに、


あぁ、コレか?この分はだな・・・・・・今、生き残ってる村の連中の、

悲痛と、恨みの・・・・・・分だっ!!! っと」


今度は左胸側を、容赦なくブスブスと奥まで突き刺していく。


 洞窟内に、外道の泣き叫ぶ、獣の様な絶叫が大きく響き渡る。

ヤンは、磔にされたような状態で、息も絶え絶えのまま、

惨めに壁にぶら下がっている。


「畜生ォォッ! ・・・・・・殺、せぇっ! いっそ、一思ひとおもいに、

殺せェェェェッ!!!!! 」


 喉が枯れんばかりに、血塗れのヤンが声を振り絞って叫び、

黒騎士を睨みつける。ふと気づくと、周囲の女達が、

手に手にこん棒や鎌など、武器を持ってじりじりと、近づくのが見える。


「貴様なんかに、い、言われなくても・・・・・・皆の、仇ィ・・・・・・!」


 瞳には激しい憎悪と殺意の念を宿し、襲いかかろうとする娘達。

狂気が、辺り一面に、充満している。


「・・・・・・ダメだよ」


 あつしが先頭の娘の肩をポン、と優しく叩き、穏やかな、

優しい笑顔で女達を諭す。


 「・・・・・・キミらが手を汚す必要なんか、ないさ。

・・・・・・ダメだ、そこまで堕ちちゃあ。

・・・・・・それは、オレがやるから、な・・・・・・?

武器を下ろしなさい・・・・・・」


「う゛ぅ・う゛ぅうぅ・・・・・・は、はい゛ぃぃぃ゛・・・・・・!! 」


 緊張の糸が切れたのか、何度も何度も頷きながら、武器を手から離し、

膝を突いた女達が、身を震わせて、慟哭する。


「そろそろ、仕上げかな」


― ヘルハウンド・召還 ―


 突如、ヤンの眼前に全長5m程の巨大な、黒犬が出現する。

真っ黒な体毛に、凶暴な真紅の瞳。巨大な口の中からは、太い牙が

何本も見え隠れしている。人間なんかは、一口サイズで食されちゃいそうだ。

身の毛もよだつ、低い唸り声は地響きのように、洞窟内に響いている。


 LV30ヘルハウンド・・・・死を司どる女神に仕える、死刑の執行者。

黒妖犬とも呼ばれる。グランディスのゲーム内ではS獣神の正直、ハズレ獣だ。

闇の攻撃加護がたったの5%増。使い道は無かったが、

今回の仕上げにはちょうど適役だろう。


 「・・・・・・ココをキレイに、しといてくれ。・・・・・・

くれぐれも、アイツは、一番最後で、足からだぞ・・・? 」


 腹を減らした黒妖犬は、命令を理解すると、嬉しそうに軽く咆哮し、

辺りに散らかる肉片にかぶりつき、血の海をスープの様にすすり飲む。


「さて、と・・・・・・名残惜しいが、お別れの時間がきたようでね」


あつしは、磔にされた状態のままのヤンに、深々と、敬礼する。


 「もう少ししたらさ・・・・・・黒妖犬あいつがみーんな、

キレイにしてくれるからさ。それまで、少し退屈かもしれないが・・・・・・

まぁ、待っててやってくれよ。・・・・・・な? 」


 あんな、化物に、生きたまま・・・・・・? 

ヤンは、これから、身に起きる最後の出来事に、戦慄する。


 「イ、イヤだァッ!!・・・・・・せめてっ、とどめを・・・・・・

先に殺してくれェェェ!!!!! 」


「・・・オメェに、相応しい最後じゃ、ねぇか・・・。感謝しな、じゃぁな。」


静かで、穏やかに耳元で囁いた後はもう、二度と振り返る事は無かった。

そして、後ろで待つ女達に、笑顔で言う。


「待たせたな・・・・・・さぁ、帰ろうか。村のみんなが、待ってるぞ」


 ・・・・・・ヤンの目の前で、ヘルハウンドは夢中で「食事」を続けている。

転がる死体を、頭からゴリゴリかじる音が響き渡る様を、

何も出来ず、ただ、見つめている。


 ・・・・・・俺の、楽園・・・・・・仲間達が・・・・・・

こんなに、カンタンにあっけなく・・・・・・たった、一人に・・・・・・

う、嘘だ・・・・・・こんなの・・・・・・!!!!!!


ヘルハウンドが、ヤンに近づいてくる。迫りくる最後のとき


 「ヤメロっ・・・・・・! コッチっ、来んなっ・・・・・・!!!

頼む、あっち、行って・・・・・・!!!! イダィィィ!!!!

やめ゛ぇ、足ぃ゛、イダィィィィィィィィ゛!!!!!!!!!!! 」


断末魔の絶叫が、一際大きく、洞窟内に響き渡っていった。














評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ