1.陸の帆船
・・・・・・そっか・・・・・・あの後、寝ちゃったか、俺・・・・・・
あつしは、ようやく昨日までの行動を思い出せるようになった。が、まだ、
この状況が全く理解できない。
・・・・・・ここって・・・・・・ハリケーン号、か・・・・・・?
それと、この格好は・・・・・・?
説明しよう。
「ハリケーン号」とは、あつしのゲーム内での、戦空艇の愛機名だ。
全長95m、重量4000tの巨大な船体に、両サイドには各50門づつの、
大砲を装備する。大きな両翼を持ち、プロペラが付く。車輪も付いており、
ゲーム内では陸・海・空での移動が可能な帆走フリゲート艦だ。
「この格好」とは、全身、黒ずくめのフルプレートの鎧と、
手に持つ黒い大剣の事だ。
このSSS鎧の名は「彷徨える死の黒騎士の鎧一式」。
前々回の、団イベの個人順位100内報酬の、「特別防具ガチャチケット」で、
GETした、あつし自慢の鎧だ。獣神や武器は課金ガチャで手に入るが、
防具はなかなか、手に入らない。選ばれた猛者だけが持つ、特別な戦利品だ。
防御ステータスは凄まじく向上するのだが実際の所、グランディスの世界では、防具はあまり重要ではない。と、いうのも、このゲームは強い攻撃力で
「ひたすら、殴ったモン勝ち」なのだ。多少、痛くても、一気に叩き潰し、
経験値を討伐数で稼いでいくからだ。現状、あつしクラスの廃課金兵でも、
倒せぬ程の異常な防御力や、痛すぎる攻撃力を持って長期戦になる程の
ボス獣神も、そうそういない。
・・・・・・じゃあ、いらないじゃん、って? ・・・・・・
違うんだ。そうじゃ、ない。
なんていうか、その・・・・・・あれだ、一流のハンターが、
自ら仕留めた猛獣の毛皮をリビングに飾るような・・・・・・
そうだ!そんな満足感・・・・・・一流の、装飾品なんだぁぁぁ! (必死)
アバターの鎧デザインは、見た目でハッキリわかるように差別化されるのが
嬉しいし、防御ステータスの数値も含め、目で見て満足し、悦に浸る。
・・・・・・最高じゃぁないか!
・・・・・・手に持つ大剣も、なかなかの自慢の品だ。
SSS暗黒武器「冥界の狂王の死の大剣」。これを3凸したくて、
どんだけ、暗黒武器・排出率アップガチャ祭にリアルマネーをぶっ込んで、
涙で枕を濡らしたか・・・・・・ウウッ。(感涙)
・・・・・・話を戻そう。
あつしが混乱しているのは、これらのものも皆、
「眺めて楽しんでいたグラフィック画面」なはずが、
その世界の中で、船に乗り、衣装を身につけ、佇んでいる事だ。
・・・・・落ち着け。まず、落ち着こう・・・・・・な?
自分自身に言い聞かせる。まずは、甲板からぐるり、と、
周りを見渡してみる。・・・・・・誰も、いない。
これが、グランディスの世界なら、冒険先で仲間にしていったNPCが、
かなりの人数が、いたはずなのだ。
だが・・・・・・誰もいない。
RPGでありがちな、口うるさく「俺を敬え! 」が
口癖のロバ顔マスコットキャラ「ラヴィ」とか、謎の美女「ベレッタ」とか、
歴戦の老戦士「ヘイゲン」とかとかとか・・・・・・誰もいない。
ホンっ、トーに、たった一人ぼっちだ。
次に、外を見渡す。・・・・・・最後の団イベは、
「空中都市・バウル」だったよなぁ・・・・・・?
バウルの真下は、広大な海の設定だったので、違うエリアのようだが、
こんなエリアは記憶が無い。
・・・・・・運営が、新ワールドでもサービス開始したのかな・・・・・・?
そんな情報は把握していない。
いろいろ考えた結果・・・・・・ある結論に達した。
・・・・・・うん、これは夢だな!
・・・・・・疲れてるんだな、俺!・・・・・・うん!
ありえない出来事に遭遇し、あつしは即、現実逃避の選択をした!
・・・・・・やる事ないしな・・・・・・眠いしなぁ・・・・・・
そのまま、ゴロンと寝転がり、夢の中(?)でも、また寝直した。
――― 夜 ―――
「さっ、寒ぅぅっ! ・・・・・・それにっ、カラダっ、
・・・・・・い、痛ぇぇぇっ!! 」
夜の寒さに身体を冷やし、鎧を着たまま寝たせいで、
首を寝違えた痛みで目を覚まし、一人、のた打ち回る。
起き上がりたいのに、鎧の重さで、起き上がれずに、
ゴロゴロと、滑稽な姿で転げ回り、
「んがぁぁぁ! んぉ! あ゛ぁぁぁ!! 」悶絶し、絶叫する。
・・・・・・はあっ、はぁ・・・・・・はあ・・・・・・
ようやく落ち着いて、そのまま、夜になっただけの事実に、
思いっ切り、落胆する。
・・・・・・いつになったら、目ぇ、覚めるんだ・・・・・・
不安になってきた。
「・・・・・・あっ! そういえば、スマホはっ!? 」
慌てて、周囲を探し回る。スマホは、お守りのように、
ネックストラップで首からぶら下がってました。ああ、良かった。
念の為、画面確認を・・・・・・予想通り、エリア外、通話不能。うん。
困ったのは、電話帳とか、他のゲームとかデータとか色々・・・・・・
消えている! 何で!? 大事に保存してた、アノ動画とか、
アレも!コレもだ!!
・・・・・・画面をよくよく見ると・・・・・・
どうやら、グランディスで大事に備蓄してきていたものは全て、
この中で管理されてくれているようだ。各獣神や、武具や
アイテム色々・・・・・・これはこれで、安心する。
・・・・・・消えてなくて、良かった・・・・・・これなら、もしこのままが、
しばらく続いても・・・大丈夫そうだな・・・・・・
気を取り直したところで、今からやるべき事は・・・まずは船内の把握だな。
うん。操舵室や寝室にすべき場所のの確認。トイレや食堂は・・・・・・?
「こっ、こりゃぁ・・・・・・広いなぁ・・・・・・」
愚痴りながらの、艇内探索。
気が付けば、朝焼けの日差しが差し込む暖かさを、体に感じる。
なんか、腹が減ってきた。夢の中なのに。
めぼしい食い物も見当たらず・・・・・・
「あっ! そうだ・・・・・・回復薬」
スマホ画面から、回復薬「エクリシル」をタップすると、
登場した茶色の小瓶を手に握りしめる。中には乳白色色の液体。
・・・・・・恐る恐る、一口、飲んでみる。
「・・・・・・ラッシーみたいで、意外と、ウマイな! おい」
小腹も満たされ、身体中に力が漲るのを、感じる。
「んーっ、リポ〇みたいだ・・・・・・」
つい飲みすぎると、鼻血が噴き出しそうだ、注意。幸いなことに、
回復薬に蘇生薬は、腐るほどの備蓄がある。これも気の遠くなるような額の
課金をジャブジャブと注ぎ込んでいった結果の賜物だ。
これだけあれば、飢え死にするような事ぁ、さすがにないだろう。
だが、いつまでも、こんな何も無い、誰もいない峡谷なんかで
いつまでも過ごしてなんか、いられない。
「・・・・・・ココを出たいぞ。なんとかしてコレ、動かせねぇかなぁ。」
ハリケーン号さえ、動いてくれれば、何処へでも探索の旅に出れる。
ゲーム上では、機関士でNPCのハキムというキャラが、
一人でこの戦空艇を操縦し、空の何処へでも移動できたのだ。
他キャラは要らんが、ハキムだけは、艇にいてほしかった・・・・・・
おまけに、マニュアル等も、当然、無い。
「頼むよぉ・・・・・・ハキムぅぅぅぅぅぅ・・・・・・! 」
マジで泣きそうな気分。
艇のマストには・・・・・・都合良く、帆が全部、張ってある。
・・・・・・こんなん、一人で張ったり畳んだりは、できんぞ・・・・・・
と、思いながら、あつしは決心する。
「よし! どうせ夢の中や、いっちょ、運転覚えたるっ! 」
操舵室に向かい、中央部の大きな操舵輪を両手に握り締め、大きく、深呼吸。
そして・・・・・・
「んがあぁぁぁぁぁぁーーーーーーっ!! 」
とりあえず、面舵ぃ、いっぱーーーいっ! に切って見る。
・・・・・・ビクともせん。動かない船体。ならば・・・・・・
「んおぉぉおぉぉーーーーーーっ!! 」
取り舵ぃ、いっぱーーいっ!!・・・・・・
「はぁっ、はぁ・・・・・・び、ビクとも動かんっ・・・・・・」絶句。
ふと見ると、操舵輪の両横に、様々なレバー類を発見。
「・・・・・・? 」
興味本位で、引っ張ると、ギギギィーッ! と大きな音と共に、
上部のトガンマストの帆が動き出すのと同時に、
微かに船体が動き出すのを感じる。
「おおおぉ!? 帆の向きはこれで変えれるのかぁ・・・・・・
こりゃあ、上手く、いきそうかぁ!? 」
つい、嬉しくなって、他のレバーも色々、触ってみると・・・・・・
他の帆の向きの組み合わせで、風の力を受けるにつれて、
ゴゴゴォォォ・・・・・・! と、ゆっくり轟音を響かせながら、
動き出したハリケーン号は、いきなり、徐々に速度を上げつつ、
正面の峡谷の岩山に目がけ、突進していく!
慌てて、色々と各レバーを引っ張るが効果無く、このままでは、
正面から突っ込んでいく・・・・・・!
「ひぃぃ、うわぁぁぁぁーーーーーっ!!!!!! 」
恐怖のあまり、涙目で絶叫しながら、舵を反射的に思い切り、右いっぱいに、
切って行く。既の所で激突せずに向きを変えたハリケーン号は
船体の側部に、岩山の山肌が思い切りぶち当たり、ガリガリガリッ!!と、
大きな衝突音を立てながら岩を削り取りながら速度を落とし、
ようやく停止してくれた。
「はーっ、はぁっ・・・・・・よっ、良かったぁ・・・・・・」
・・・安堵したが、ちょっと、チビった。
「でも・・・・・・思いっきり、壊しちまったかなぁ。
・・・・・・どーしよぉか・・・・・・」
恐る恐る船体の状況を確認すると・・・・・・
驚いた。硬い岩の山肌は、思いきり削られまくって無残な姿を晒しているが、
我がハリケーン号の船体は、傷一つない。一体、どんな材質で出来ているんだ。コレ。
気を取り直し、あつしは自分自身に言い聞かせるように、
「いいか、俺・・・思い出せ。昔、リッジレーサーを、
あんなにやり込んだじゃぁ、ねぇか・・・・・・
そうさ、フライトシュミレーターもだ・・・・・・
こんな船ぐれぇ、動かしてやろうぜぇ・・・・・・! 」
活を入れる。ゲームのみならず、灯油の配達員として日々、
4t給油車を乗り回しているプライドも、ある。あつしは、徹底的に
ハリケーン号の操縦をモノにする為の孤独な特訓を行う覚悟を決めた!
――― 7日後 ―――
「ワハハ! ウワハハハハハハッ! 」
一人、けたたましく、あつしの大きな笑い声が峡谷内に響き渡り、
ハリケーン号は大きな轟音を響かせながら、右へ、左へ、
まるで生き物のようにドリフトしながら自由に動き回っている。
「・・・・・・この7日間・・・・・・長かったナァ・・・・・・」
目を潤ませ、遠い目で見つめるあつし。この7日間は疲れも空腹も眠気も
エクシリルで全て吹き飛ばし、不眠不休の1日24時間、計7日間ぶっ通しでの
ひとすら特訓で、帆のレバーや操舵輪の操作ををマスターし、ほぼ大体の、
ハリケーン号の操縦をモノにしつつある!
・・・・・・とはいえ、あくまで大地を爆走するのみで、空を飛ぶのはもう、
諦めてはいるが。
さすがは廃課金者様。一度、ハマるとテッテー的に、ヤリ込まないと
気が済まない性格。
・・・・・・これで、自由にこの世界の冒険の旅に出る準備が整ったようだ。
「ん―。とりあえずは・・・・・・西だな! うん、西へ向かおう!
何か、見つかるはずだ。」
道に迷った時は西へ。あつしはそう、決めている。えっ、何でって?
・・・・・・昔の歌であったんだ。♪西にはあるんだ夢の国♪、ってね。
大地を削る轟音と共に、ハリケーン号が突き進んでいく。
まだ見ぬ、未知の世界の向こうに。