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序章 夢か現実か

・・・・・・・ここは、どこだ?・・・・・・・


 広大な、グランドキャニオンを連想させる峡谷の大地。

中央にぽつん、と、海もない地上に巨大な帆船が一隻。

まるで、英国のヴィクトリー号の様な荘厳たる外観。

両側には、ずらり、と、巨大な大砲が、何門も装備されている。

戦艦なのだろうか?


異様なのは、巨大なプロペラ付きの両翼が装備されている点。

この巨大な帆船は、空を飛べるようだ。


この船の甲板の上にたった一人、取り残された男は懸命に自分の置かれた

環境を把握しようと、悪戦苦闘中である。


・・・・・・重いよ。これ・・・・・・


 全身黒ずくめの、中世の騎士を思わせるフルプレートの大きな鎧を

全身にまとい、手には、自分の身長を遥かに超える、

黒光りする巨大な剣を握り締める。

少し動くだけでも、ガチャガチャと大きな音を鳴らし、正直、五月蝿い。

脱ぐのも面倒臭そうだ。

男は、冷静に、冷静に、以前の記憶を辿っていく。


 ・・・・・・最終日の・・・・・・イベが終わって・・・・・・

つい、そのまま寝ちまって、あれから・・・・・・なんだよなぁ・・・・・・


説明しよう。


 「最終日のイベ」とは、イベント最終日の事である。

「イベント」とは、ゲームの事である。

そして、その「ゲーム」とは?


 数あるMMO RPG の一つに、「グランド・ディスティニー・ファンタジー」

というタイトルがあった。


 サービス開始後、5年以上を経過し、最盛期には加入者が

国内800万人以上突破した、人気タイトル。

スマホでも楽しめる気軽さと、美麗なグラフィックに

良く考えられたゲームシステム。


 男も、このゲームにどっぷりと、はまり込んでいた。

通称、「グランディス」。まんまだが。


 「グランディス」は、プレイヤーは架空の世界

「ディスティニー・ワールド」内を、巨大な空を飛ぶ「戦空艇」で

自由に空を駆け巡り、伝説の神や獣に、巨大な悪と戦う、冒険の旅。


 サービス開始当初は、シンプルなPVE方式で、シナリオ以外に

月一回のボス獣神討伐イベントと、

スコアアタックのギルド同士の対抗戦イベントが柱だった。


 3年目からは、運営側が満を持して開始したサービスが、

ユーザー同士が自由に戦えるPVPギルド対抗戦(攻防戦)を、月イチで開始。

攻撃対象は、誤爆も含め自団員にも攻撃可能、という過激さで

人気は一気に沸騰した。だが、重課金者の圧倒的に有利な状況に、

徐々に殺伐とした様相を見せ始め、無・微課金者の引退者が続出。

急速に、過疎化の兆しを見せ始めている。


 水・大地・旋風・炎・暗黒・神光の全6属性が存在し、

それぞれに、得意属性が存在する。

大地は水に強く、旋風は大地に強く、炎は旋風に強い。

水は炎に強く、暗黒と神光は他4属性の影響を受けず、

暗黒時は神光、神光時は暗黒に強くなる。


 各シナリオやイベントを消化しつつ、自己のレベルアップを行い、

同時に全6属性別の敵の攻略に有利な、武器やアイテムを獲得していく。

シナリオ消化や、イベ報酬で貰う以外に「課金ガチャ」にて手に入れる

「召喚獣神」の威力は絶大で、各属性の攻撃力を大幅に増幅してくれる

加護を与えてくれる。


能力と希少価値によってランクは3タイプに分類される。


①S(正直、弱い。主に合成用の餌)

②SS(イベやシナリオ消化で獲得する事が多い。攻撃力10%~30程、

増幅の加護多く、まずまずだが、SSSが入手できれば、不要となる)

③SSS(基本は、課金ガチャでしか入手できないものばかり。攻撃力30%以上、

増幅の加護にプラス別の加護を与えてくれて、戦闘能力が劇的に向上する。)


SSSが1つだけでは有難味は薄い。同じ召喚獣神を手に入れ、

合体開放(いわゆる、合成。凸するともいう)する事で、

更に能力は向上し、最大3回の合体開放(3凸)で、完成する。


 極めつけは、暗黒の「魔王サタン」と、新光の「全能神ゼウス」だ。

サタンはSSS1つで暗黒の攻撃加護が120%向上・3凸では180%に向上する。

ゼウスの加護はサタンには及ばないものの、SSS1つで100%向上・

3凸では150%に向上する。他の課金ガチャSSSが40%向上~3凸80%向上のものまでのものばかりで、この2が破格の性能差を誇る。

これを持つだけで、その後のゲーム展開が非常に有利になるだけでなく、

フレンド申請の承認率も、桁違いに跳ね上がる。

フレンドの加護獣神もサタンかゼウスなら、相乗効果で更に向上するので、

当然だろう。


 本来は、バランス良く、各属性を育成しながら楽しんでいくのだが、

サタンかゼウスが手に入れば、もう、暗黒だけ、神光だけの「属性染め」で、

多少のデメリットはあれど、押し通せてしまう。その位、強いのだ。


 あまりの不公平さに、口が悪いプレイヤーの中には

「所詮、サタンゼウスゲー」だと、罵る者もいるが、

ただの持たざる者のねたみや、そねみ。

皆、欲しいのだ。自慢したいのだ。垂涎のアイテム。


 ただし、この「サタンゼウス」、ホンっ、ト―にっ、出ない。

ただでさえ、課金してもなかなか出ないSSS召喚獣神の、それもサタンだけ、

ゼウスだけ狙いでの排出確率は0.05%未満?といわれる

超希少アイテムの獲得は極めて困難。ましてや、凸していくには、

中途半端では済まない、本気の「課金パワー」が、必要だ。


 勿論、課金に頼らず、無課金、微課金のままで頑張るプレイヤーもいる。

気の遠くなるような労力と時間を費やし、「ほどほど」の強さに

到達する事はできる。ただし、あくまで「ほどほど」までなのだ。

日々のログインボーナスを大事に貯めて、1回3000円相当の、

いわゆる10連ガチャを半年に1~2回位は、無課金でも回すことはできる。

そこで凄まじい豪運を発揮できれば、サタンやゼウスの1個位、

GETできる者もいるだろう。でも、「そこまで」なのだ。残念ながら。


 歴戦の名だたる重課金兵の猛者達は、たとえ、どんな手を使ってでも

(借りてでも。毎日が、卵かけご飯のみの生活でも)惜しげもなく、

現ナマを注ぎ込んでいく。爆死に次ぐ爆死の屍の山を乗り越え、

選ばれた、ごく一部のおとこのみが、辿り着き、手に入れる称号。


――― 廃課金様 ―――

そう、この男もまた、伝説の「廃課金様」のひとりだった。


現実世界では、この男は、新堀にいぼり あつしと、いう名前である。


10月に、29歳の誕生日を迎えてしまった。いよいよ、30歳が目前だ。


 北陸の地方都市に生まれ育ち、そのまま、ごくごく、フツーの地元の高校を

卒業後は、地元のJAに就職し、現在に至る。

普段の姿は、JA直営のGSで灯油や軽油を配送する「農協のあんちゃん」だが、

帰宅すると、ほぼ、外に出る事も無く、部屋に籠り、孤独なソルジャーへと、

豹変する。プレイヤー名は、ありがちな「あつし」。


 迫りくる睡魔と戦いつつ、グランディスワールド内でも戦い、睡魔に敗れ、

寝落ち後、朝、目覚め、慌てて出勤の準備をして、仕事に向かう日々。


 給料日・ボーナス支給日などは、廃課金様の「本気の課金パワー」の本領を

発揮する真骨頂の記念日だ。


 この記念日に、狙いのSSS獣神の排出率アップガチャイベントや、

上位入賞者への報酬が目当てのイベントの最終日などが重なると、

さあ、大変だ。まさに神が与えた絶好の聖戦の場

謝肉祭カーニバル」だっ!と、ばかりに、

底無しのガチャ課金・イベ入賞の為の汁課金への戦いへと、突入する。

溶けていく、現金。減っていく、残高。そして・・・


――― 爆死の後の、沈黙 ―――


 さすがに三日間程は、後悔と反省で、大人しくしてしまう。まるで、

安息日のように。そして、また、始めてしまう。


 「べ、別に、いいさ・・・・・・他に、無駄遣いしてる訳じゃぁ、ないし。

・・・・・・ちょ、ちょっと、このくらい・・・・・・」


 自分自身を、心の中で、必死に慰める。誰にも言えないが、

ホントは「ちゃんとした車が1台、買える位の金額」が、

今までに注ぎ込まれているのだが・・・・・・


 この日々の暮らしの繰り返しで、4年目に突入している。

さすがに、借金まではしてはいないが、貯金もほぼ、無い。


 結婚の話とか、うるさかった両親も、さすがにこの頃は

何も言わなくなってきた。と、いうか、22歳の妹がさっさと結婚を決め、

孫も授かると、むしろ邪魔者扱いに・・・・・・

気まずくなり、逃げる様に実家を出て、アパートを借りて暮らすようになった。


 彼女など、いない。JA職員らしく、年寄りと子供には好かれるが、

職場では若い女性との出会いは、無い。こんな田舎の環境では、

この先もおそらく、無いだろう。だが29年間、全くいなかった訳ではない。

友達の紹介などで、二人と付き合い、別れた。

どちらも、我慢して相手に合わせてばかりの自分自身に疲れてしまい、

破綻してしまう。学生時代から、そうだったが、社会人になってからは、

より、無理して他人と協調性を持とうとか、仲良くなろうとは思わなくなった。

独りが気楽。


 典型的な、神経質のA型。保守派で内向的。新しい変化を嫌い、

日々の変わらない日常を過ごす事を好む。

自分の感情を適切なタイミングで表現するのは苦手。女性相手なら、尚更。

後で後悔し、尾を引くが、我慢が限度を超えると、手に負えないタイプ。

自覚はしているが、なかなか、直せない。


 ・・・・・・最近は、友達と遊びにいくのも、

かなり億劫おっくうになってきてしまった。

職場の飲み会以外では、外にも出る事はほとんど、無い。

この状況に、危機感が決して、無いわけではない。


・・・・・・が、自分の性格と、年齢的に、やや、

限界と諦めを感じているのも事実だ。


 このゲームを始めたのも、二人目の彼女と別れて、間もない頃だった。

特に他に趣味も無く、ギャンブルもしないし、

誘われなければ飲みに行く事もない。要は、暇になった。


 そんな時に、たまたま、目に付いたこのゲームを遊んでみたのは、

単純に気軽な暇つぶしのつもりだった。勿論、金などつかうつもりは、

これっぽっちも、思っていなかった。


 「ビギナーズ・ラック」。よくある事だが、チュートリアル終了後の

最初のガチャでいきなり、SSSが2個も出てしまった。

暗黒の「蠅の王・ベルゼブブ」(攻撃加護50%増・3凸80%)と、

風の「アネモイ」(攻撃加護40%増・3凸60%)だ。

調べると、なんか、スゴイいい獣神らしい。


俺って、スゲェのか?・・・って、ゲームごときに、有頂天になった。

でも、遊んでいくと、お決まりの、2属性だけ、それも

SSS1個だけではあんま、強くない・・・・・・もっと、

強い獣神が欲しい・・・・・・! 凸したい・・・・・・!と、

どんどん、エスカレートしてしまった。


 獣神だけあっても今イチで、属性別にSSSの武器も揃えて、凸させて、

更にスキルも上げると、飛躍的に攻撃力・防御力が向上する。

餌も必要だ。更に更に、ハマッてしまった。


 イベントなんかに参加してしまうと、こりゃまぁ、大変だ。

上位入賞した際の報酬が桁違いに良く、課金でも手に入らないアイテムが

入手可能だ。ただ、スタミナも全然、足りない。

スタミナを買う為の「汁課金」・・・・・・

一人前の、重課金兵になる為の、禁断の必須アイテム。

とうとう、手を出してしまった。こうなっちゃうと・・・・・・


 ちょっと、排出率がアップしただけの、ガチャイベに

嬉々として万単位で金をぶち込み、汁にぶち込み・・・・・・

今では、月に3万未満の出費で済めば安かったとか、

数万なら普通、10万前後(以上も)はさすがに反省・・・・・・と、

すっかり、感覚は麻痺してしまった・・・・・・


 ・・・・・・えっ?サタンゼウスですか? ええ、おかげ様で・・・・・・

どっちも3凸できましたとも(ドヤ顔)。LVは現在、135。最大は150迄。

サービス当初は、100迄だったのだが、あつし含め、

廃課金者様達のMAX到達が続出。急遽、上限が大きくなった経緯がある。

得意ジョブは、暗黒の黒騎士と、神光の聖騎士。


 「本気の課金パワー」を遺憾なく発揮さえすれば、毎月のイベでの

個人順位100内入賞も、できるようになった。


 本来は、イベントに参加するには、ギルド(戦空艇団)に、所属する

必要がある。あつしも、以前は所属し、皆の為に戦ったこともあった。(遠い目)


――― 無微課金団「まったり団」―――


 ありがち過ぎる団名に、「ノルマや布施の強制なし。まったり、

やりましょー! 」の、ありがちすぎる方針。

団長は空気のような存在。副団長が多少、気配りできる人間だったので、

まだ辛抱していたが・・・


「なんで、リアルと同じように、ゲームの中でも対人関係に気を使わんと

いけないんじゃあぁぁ! 」


・・・・・・攻防戦時に、対戦相手も、自団員も皆殺しにしてしまった。


 その後、もうゲームでも独りが気楽と、ずっと「ぼっち」団で頑張っている。

団名は・・・・・・


―――「魁!一匹狼」―――


 団イベは、個人順位100以内報酬狙い以外は、捨てた。

攻防戦イベは、一人でも狩れそうな団を発見次第、一気に襲って刈り取り、

奪い取るスタイル。因縁がある前所属団「まったり団」は、勝算関係なく、

発見次第、襲い掛かる。


・・・・・・事件は、前回の団イベ終了日に起きた。


 このイベでは、あつしのいつもの本気課金パワーは、今ひとつ効果なく、

最終日までずっと110位台を行ったり、来たり。あつしは、焦っていた。


 (このままでは・・・上位100位内報酬の、SSS確定防具ガチャチケットが 貰えない・・・・・・)


終了時刻が、刻一刻と、迫る。


 (こんな事なら・・・・・・昨日、お腹痛いって言って、

仕事休んでやっときゃ、良かった・・・・・・! )


心の中で、悪態をつく。今イベも、既に課金は3万は使ってしまっている。

そろそろ、生活費がやばい・・・・・・が、この中途半端な順位が、

更に更にアツクさせてしまう。


(ええい、ままよ・・・!来月は、我慢で・・・最終兵器っ、発動・・・!)


 説明しよう。

「最終兵器」とは? ズバリ、「魔法のカード」だ。


 あつしは禁忌タブーの、「カードで一括払」を召還し、

来月は倹約しよう、と、できもしない選択をした!


 追加、3万円分、汁投入。そして、イベント終了時刻の午前3時まで、

激戦は続けられた・・・・・・


――― イベント、終了 ―――


終了5分前までに、何とか、98位まで食い込んだ。後は、集計待ちだ。


(ここまでやれば、大丈夫だと思うけど・・・・・・どうだ・・・・・・? )


 「おつかれさま!ただ今、集計中です!」

の画面を見つめながら、疲れ果てたあつしは、ベッドに寝転がる。


 (キツかったなぁ・・・・・・今回。仕事、

7時に起きれっかなぁ・・・・・・)


そのまま、深い眠りの底に落ちていった・・・




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