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夢明け  作者: 安部幸人
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第2話 『祈り』

なにもいい事なんてなかった。

今まで、現実なんてこんな物だとしか考えなかった。

諦めていたのか?いや、それは正しくない。

『どうしたらいいかわからなかった』

右頬がひどく痛む。鉄の匂いと、息苦しさ。

隣の部屋からは、物をひっくり返す音がする。

それは、今現在も進行形で続いている事を思い知らされる訳だ。


TVや雑誌では、自分と違う世界の事が当たり前のように流れていて、

『私』も、その世界についていくしかなかった。

服装も、髪形も、性格さえも、世界に合った物にした。

「病んでるね」なんて誉め言葉だし、少しは悪い事もした。

おかげで男にはもてたし、お金も簡単に稼げた。

「今しか出来ないから」この言葉で全ては片付いた。

浮気も売春も。

体を売るのが、少し病んでてかっこいい。そんな風にも思った事すらある。

決して満たされていた訳ではないけれど、「みんなよりはいい」そう自分を誤魔化してた。

これで駄目なら、どうしたらよかったのだろう。

それは誰も教えてくれないし、教わるものでもないのだろう。

しかし、聞いてみたくなった。

目の前の、足を組んで座り、口元が僅かに笑みを浮かべる男に。


「私は、どうしたらよかったの?」

男はふと眉を上に動かし、足を崩して身を乗り出す。地べたに座る私には非常に威圧的に感じる。

「なんだって?」

相変わらず、口角は上がったままだが、言葉は乱暴とゆうか、喧嘩腰だ。

「私はどうしたらよかったんですか?」

少し声を大きくし、もう一度問いかける。

「意味がわからないんだけど?」

サングラス越しでも、この男がにやけているのはわかる。

なんだか虚しくなり、「なんでもないです」と終わらせた。

「終わりました」

この男よりも明らかに年上であろうスーツの男は、敬語で伝えた。

テーブルの上に並べられた現金、ブランド品、アクセサリー、家電製品。

「で、全部で?」

男はそれらに一瞬目をやると、すぐにスーツの男の方へ向きを変え、煙草に火をつけた。

「これくらいです」スーツの男は携帯を男に見せる。恐らく携帯の電卓機能を使っているのだろう。


そして、男から笑みが消えた。

「で?おまえどうすんだよ」

私に向かって言っている。それを聞かれても、私には答がない。

いつもの様に、うつむいて時間が過ぎるのを待つしかない。

そもそも、なんで私がこんな目にあっているのか。

それなりに遊んで、それなりに恋をして、それなりに結婚して、

それなりの生活をして、それなりの子供を育てて、それなりの老後を送る。

そのはずだった。大体何をしてもまわりがなんとかしてくれたし、その為にそれなりに気を使ってきた。

悲劇のヒロインは憧れたけど、これは違う。

あぁ、やっぱりTVや雑誌の世界とこっちは違うんだ。

テーブルからは、『元』私の物がスーツの男によって運び出されていく。

男は煙草を私のアクセサリー入れで消し、座りなおしてから再度口を開いた。

「考えた?どうすんの?」

同じ質問。だからそれには答えられない。なんて答えていいかわからない。

しばらく男は座って私を眺めていたが、ふと立ち上がり、私と同じ視線に腰を下ろす。

「おまえさあ、黙ってれば終わると思ってるの?」

「そうゆうわけじゃ・・・」

私もつい顔を上げて反論してものの、図星だった。今も『何か』を待っている。

「言っとくけど、おまえもう帰れないから」

意味がよくわからない。今現在自宅にいるし、どこに帰れないと言うのだろう。

「まあいいや。とりあえずあっちも終わったみたいだから、車乗って」

いつの間にかテーブルの上は綺麗になっている。

絶望感・・・どこに連れて行かれるのか。足が震えて立てない。

涙がこぼれる。計算でもなんでもなく、単純に怖さで泣いたのはいつぶりだろう。

「勘弁して下さい」

泣きながらも、必死に声を出す。逃げたい。しかし体は凍ったように動かない。

男は顔を一切動かさずに、私を凝視している。見れないが、気配を感じる。

「おい」

大きな声に体が反応する。スーツの男を呼んだらしい。

男は立ち上がり、煙草に火をつけながら出て行き、すれ違いにスーツの男がやってきて、私を立たせた。


引きずられるように外に連れ出された私は、黒い車・・・ベンツの後部座席に乗せられた。

そこにはサングラスの男が乗っており、煙草を吸いながら外を眺めてる。

スーツの男が運転席に乗り込み、間も無く車は動き始めた。

私はしばらく泣いていたが、恐怖感、不安感が残りながらも徐々に落ち着いていく。

「私はどうなるんですか?」

勇気を出して聞いてみる。とにかくそれだけでも知りたい。出来ればすぐにでも帰りたいが。

男はペットボトルのお茶を飲みながら、こちらを振り向く。

「飲む?」

飲みかけのお茶を私に差し出すが、首を振った。

「あー、そうだな。まあ死んだほうがマシって感じじゃない」

男は笑いながら話すが、冗談なのかわからない。

こうなったらとことん聞きたい。どうせ聞いても聞かなくても変わらないなら。

「どうして私がこんな目に合わなきゃいけないんですか?」

段々と怒りが湧いてくる。そうだ。いくらなんでもこれはやりすぎだ。

「あ?」

一言だった。その一言でつい今恐怖と不安を消した怒りの感情は消えてしまった。

今まで恋人と呼んだ男達とは何度も喧嘩した。

どんなに強い言葉を浴びせられようと、私もそれ以上強い言葉で返した。

男なんて怖くなかった。それなのに、この男は違う。

何か、わからないが、私の『恋人達』とは根本的に違う。

もしかしたら、今までの男達は私に甘くしてくれていたのかもしれない。

本当は、私が一人で喧嘩に勝った気になっていただけで、男達が身を引いてくれていたのかもしれない。

「おまえ本当になんでこうなってるかわかんないの?」

男は髪を触りながら、呆れた顔をしている。

「理由はわかります。お金、ですよね?」

「そうだね。おまえが調子のってやった事だからしょうがないよね」

また笑顔だ。私は何をしたんだろう。

最初は下着だった。高校生の時、友達に誘われて下着をオヤジに売った。

もらった7000円はその日のうちに消えた。

親は月に3万しかくれないし、携帯代やらなんやらで、足りないに決まってる。

何度か続けるうちに、いつの間にかSEXした。1時間携帯をいじってれば3万。病み付きにもなる。

友達とはもらった額の話、変な『客』の話。彼氏とはTVや音楽の話をした。

大学に入っても、それは続いた。『客』と会う時は制服を着て、17歳になった。

そのうちSEXも面倒になって、男友達とつるんで脅迫した。「なに俺の女に手出してんだ」って。

簡単に金は集まって、簡単に無くなる。そのうち他にもいろいろな事に手を出して、稼ぎも仲間も増えた。

それである時、クラブ帰りに男友達とノリで車を盗んだ。

それがまずかった。間抜けにもその車に乗り続けてた奴が、この男の仲間に捕ったらしい。

そして芋づる式に私の元へ。明け方に自宅に帰ると、ドアの前にスーツの男がいた。

逃げようとすると後ろからサングラスの男が現れ、あっさり掴まり、抵抗すると殴られた。


「弁償します」

要はあの車が問題なのだ。こいつらが何者であれ、車さえ戻れば収まるはずだ。

「ふーん」

しかし男はあまり興味なさそうに、上着のポケットをまさぐっている。

「いくらですか?」

やっとライターが見つかったらしく、煙草に火をつける。

「えーっと、じゃあ2000万くらいでいいよ」

「は?」

不意に声が漏れた。盗んだのは国産、しかもかなり年式が古かったはず。とてもそんな車とは思えない。

「は?じゃねぇんだよ。車が800万、捜索費に200万、迷惑料に1000万」

なるほど。盗まれたのをいい事に、ふっかけるのが目的のようだ。

「わかりました。必ず返すので、それで勘弁して下さい」

こいつは知らないだろうが、私はかなり稼いでいる。2000万くらいなんとかなるだろう。

「嫌だね」

意図が見えない。お金じゃないのか?

「おまえ今2000万あんの?」

「今はないですが、月々・・・」

「面倒くせぇよ。逃げたりとかも面倒くせぇ」

「じゃあどうしたら・・・」

「今日中に用意できないなら、中国に売っておしまい。楽でいいでしょ?」

男は楽しそうに続ける。

「今中国じゃ日本人人気でね、官僚なんかが欲しがるのよ」

やばい・・・やばいやばい

本当に洒落にならない。これから真面目になります。二度と悪い事しません。だから神様助けて下さい。

「おまえどこにでもいる女だし、日本じゃ時間かかるしさ、まあ諦めてよ」

願っても願っても、何も変わらない。いっそ事故でも起きないかと思う。

「今日中に集まったらいいですか?」

泣きそうなのを堪えながら、小さく呟く。

「え?いいけど」

携帯を返してもらい、友人達に片っ端から電話する。

みんなそれなりに稼いでいたはずだ、みんなから集まれば2000は無理でも1000くらいなら・・・


現実なんてこんなものだ。

救いの救世主なんて現れない。

『ま行』までいった所で、私は悟った。

半分は着信拒否、あとは殆どが出ない、稀に出る友人も状況を聞くなりすぐに切れた。

『親友』なんて書いてあるプリクラが携帯に貼ってある。涙が止まらなかった。

今までの人生なんだったのか。全てが中途半端で、かっこばかりつけた。

どこかで見たような生き方をして、どこかで聞いたような台詞を語った。

自由なつもりが、全てに縛られていたのかもしれない。


「降りて」

車が止まり、降ろされた。どこか夢のようで、現実感がない。

エレベーターをあがり、12階の部屋。サングラスの男がインターフォンを鳴らす。

「イノウエです」

鍵が開き、中からスーツの男がドアを開ける。

中には2人、スーツの男がいて、イノウエと名乗ったサングラスの男に「お疲れ様です」と頭を下げる。

その後、イノウエを残し、スーツの男達は出て行った。

「ちょっと待ってて」

イノウエは、そう言うと、奥のドアをノックする。

「どうぞ」

ドアの向こうから男の声。イノウエは「失礼します」と頭を下げながら入っていった。

私は、ソファーに腰かけ、頭を抱えた。涙はもう出ない。変わりに吐き気と頭痛が酷かった。

スーツの男達は元私の所持品を続々と部屋に持って来ては、又出て行った。

ずいぶん時間が経った。かのように感じるが、部屋の時計は殆ど動いていない。

「おい」

奥のドアが開き、イノウエが私を呼んでいる。

行くしかないのだろう。

ドアの向こうは思ったより何も無くて、机、TV、ノートパソコン

そして、ソファーに座る女と、机の向こうに一人の男

ソファーの女は黒髪で、ずいぶん美人だ。私をニヤニヤと見ている。何故か恥ずかしい気持ちになった。

机の向こうにいる男は、黒いスーツに白いシャツを着て、こちらをじっと見ている。

何故か私は目が離せずにいた。

「あなた、名前は?」

女がゆっくりと話す。

「相川です」

声が震える。女に問いかけられても、男から目を離せなかった。

「いくつ?」

「ハタチです」

女の口調は柔らかくて、イノウエと比べて話し易い。が、声が震えるのは、あの男の威圧感からだろう。

「どうしてこんな事しちゃったの?」

答えにくい質問だ。どう答えても正解はない。そんな気がする。

「すみません」

女は「ふふふ」と笑った後、机の男に「で、どうするの?」と囁いた。

「質問いいかな?」

男が始めて口を開く。落ち着いていて、緊張が解けるような、そんな口調だった。

「相川さん?は仕事は何かな?」

血の気が引くのを感じた。

この質問が一番厳しい。本当の事は言えないし、かといって嘘をつけそうでもないし、つく勇気も無い。

「無職です」

「そう。親御さんは何をしているのかな?」

「サラリーマンだと思います」

「相川さんさ、何か悪いことしてないかな?」

言葉が出なかった。体中が震え、汗が出た。

「・・・はい」


その後、全てを話し、女から、私の部屋にあった物や貯金額等が、無職では考えられない事を聞かされた。

「それで、相川さんはどうするのかな?」

この質問だ。先ほどイノウエに言われ、答えの見つからなかった質問。

答えなんか無い。ただ、助けて欲しい事、後悔している事、お金は必ず用意する事をとにかく伝えた。

感情を素直に。気持ちをとにかく伝えたかった。

「じゃあいいですよ」

「え?」

「とりあえず、イノウエのプランは中止します」

あれだけ泣いて、もう出ないと思っていた涙がまたも流れる。

ぐちゃぐちゃの顔で、「ありがとうございます」と何回も叫んだ。

「その代わり」

男は私の叫びを遮りながら続ける。

「あなたは、今の部屋を出て、こちらの指定する場所に住んでもらいます」

「そして、今の仕事を続けて、毎月稼ぎの70%をこちらに上げて下さい」

私は続ける。「ありがとうございます」と。

今まで親友だと思っていた人間達に見捨てられ、それを助けてくれたのがこの男とは皮肉な話だ。

何はともあれ助かった。私にとっての救世主は神でも親友でもなく、この男だった。

この男の為ならなんでも出来る。初めて男に対してそんな事も思った程だ。

しばらく泣いた後、女に連れられて部屋を後にした。

最後に私は「ありがとうございました」と頭を下げ、新しい住処に案内されていった。


何か生まれ変わった気分だ。これは生きがいと言うのか、目標と言うのか。

ダラダラ生きてきた今までとは違う。やる気の様なものが私の中に生まれた気がする。

『人生も、現実も捨てたもんじゃない』


『確かミルクだけだったな』

コーヒーにミルクを入れ、机に運ぶイノウエ。

「うまくいきましたね」

机でパソコンを操作する男に話しかける。

「あぁ。あんなに『ありがとうございます』って言う奴も久しぶりだったな」

男はコーヒーに口をつけながら、少し笑みを浮かべた。

イノウエにも笑みが浮かぶ。

「車盗んだ、親友?とやらが最初からこちらの身内って知ったらどんな顔するんでしょうね」

「ナンパしてきた男に誇らしげに自分の犯罪話すからこうなるんだよ」

「しかもすぐに電話番号交換して、何回か遊んだら『親友』ですもんね」

「まあ話しの裏とって、ハッタリならいつも通り風俗に売るだけだ」

「本当に単純で、笑い堪えるの大変ですよ」

「あいつらはな、『特別』になりたいんだよ。みんなと同じ髪形して、化粧して、服装して、それでも人から、『特別』に見られたいんだ。悪いことも人の真似しか出来ないのにな。だから少し甘くしてやると、『特別』に、認められたと勘違いして尽くすのさ。いい労働力だよ」

「ははは。しかし、中国に2000万で売るとか、本気で思ったんですかね?あんなそこら中にいる女、よくて500万ですよ」

「自分の値打ちを高いと思ってたんだろうな。人間なんて大抵500万位さ。車以下だな」

「そうですねぇ。おっと、リイチさん、そろそろ八王子に向かわなくていいんですか?マイコさんとの約束があるんでしょう?」

「あぁ、そうだったな。気が乗らねぇが、謝りにいかないとな」

「しかし、リイチさんに謝らす事が出来るのなんて、マイコさん位ですね」

「はは。そうだな。じゃあ行くから後頼むわ」

「はい。あ、ベンツはレイさんが使ってるんで、すみませんけどタクシーで大丈夫ですか?」

「ちっ、そうか。面倒だが仕方ないな。時間無いから駅で拾うわ。じゃあな」
































今回は敢えて文章の印象を変えています。不快に感じられた方もご理解下さい。

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