表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夢明け  作者: 安部幸人
2/4

第1話 『鍵』

プロローグからお読み下さい

俺の記憶が正しければ・・・

いや、この俺がそんな事は言えまい。なんと言うか、『俺の頭の中にある常識が、世間でもまだ常識なら』駅から出るには切符が必要なはずだ。

人の流れが淀んでいる改札口、そこで俺は一人群れから離れ、改札を眺めていた。

何かがおかしい。改札機に切符を入れる人があまりおらず、財布を改札機に当てて出て行く人が多いのだ。

切符でも改札は出れる事はわかったのだが、それが出来ればここで眺めていない。

俺は切符を持っていなかった。


駅員にそう伝え、現金で支払えば出る事は出来るだろう。幸い財布には10万円近く現金が入っていた。

しかし・・・

今の自分の状態を他人にあまり知られたくない。

頭のおかしい人間と扱われても仕方ないし、病院に収容される可能性もある。

俺は自分を知りたい。そして出来るなら、その生活に戻りたいのだ。


俺は一度改札から離れ、一番無難に駅から脱出する方法を模索する。

そこで辿りついたのは、と言うかそれしか無かったと言うのが正しいが、駅員に「切符を無くした」と伝え、料金を支払って出る方法。

おそらく駅員に「どちらから乗りましたか」と聞かれるであろうから、あらかじめ駅構内にある路線図をチェックしておく。

ここはどうやら新宿からそう遠くない場所らしい。

キセルになるとまずいので、始発駅である新宿駅から乗ったと伝える事にした。


改札を出ると、バスやタクシーへの乗車場があり、帰宅するであろう人々の列が出来ていた。

目的地を探そう。今の状態ではどこに行けばいいのかもわからない。

一瞬、警察署も考えたが、自分の素性がわからないのに行っても、良くて施設や病院を紹介してくれるだけだろう。


とりあえず歩き始めたものの、目的地を探すにも外では寒すぎる。どこか店に入って計画を立てたい。

途中、ポケットの中に煙草とライターを見つけたが、特に吸いたいとは思わない。俺は煙草を吸っていた様だ。

しばらく歩くとファミリーレストランを見つけ、入る事にした。

この店にしたのは、24時間営業とゆう点と、『俺が知っていたから』


「いらっしゃいませ。お一人様ですか?」

入店すると、にこやかなウェイトレスが出迎えた。

禁煙席に案内されたが、すぐ後ろの席では若者が煙草を吸っている。これじゃ意味ないだろ、なんて思いながらも席につく。


コーヒーを飲みながら、鞄の物をテーブルに並べ、どうするか考える。

財布の中身は、現金96020円、クレジットカードが3枚、銀行のキャッシュカードが4枚、後は良くわからないカードが3枚。

免許証や身分証明書は無い。クレジットカードとキャッシュカードの名義は全てバラバラ。中には女性名義の物もある。

キーケースには6本の鍵。同じようなシンプルな物が3本。少し小さく、王冠のマークがついた物が1本。鍵の形が明らかに他と違い、なんとなく古そうと感じさせる物が1本。そして俺が知っているマークのついた鍵が1本。車メーカー、メルセデスベンツのマークだ。


全く持って目的地へのヒントが見つからない。

まあ、わざわざ自宅への地図を書いて持っている人間はいないだろうし、『私はどこどこの何某です』なんて書いて持っている人間も稀だろうから、当たり前と言えば当たり前かもしれないが。

しかし不思議な話である。クレジットカードやキャッシュカードの他人名義と思われる物をいくつも持ち歩き、車の鍵はあるのに、免許証が無い。


残るは、ハンカチ、ボールペン、携帯電話。

ハンカチはブランドの物だが、いたって普通。ボールペンは1本は赤と黒の出るプラスチック製の物、もう1本は蓋がついていて、黒光りしている。重量があり、どこかのブランド品なのかもしれない。

携帯は操作方法がわからず、いろいろなボタンを押してみるが、『データーがありません』『履歴はありません』ばかり出てくる。


天井を仰いで、大きくため息をもらした。

人は生きてきて、ここまで自分の事を残さないものなのか。

店内のディスプレイでは、誰だかわからない女性が歌っている。彼女なら俺と同じ様になっても、誰かが自分が誰だか教えてくれるのだろうか。


俺は誰なんだろう。

頭に浮かぶのはネガティブな考えばかりで、結局何をしたらいいのかもわからなかった。


どれくらい時間が経ったのか。放心状態の俺は視線だけはディスプレイを眺めていたが、内容は1つも覚えていない。

その時、テーブルの上で何かが唸る様な音を上げた。


テーブルの上にある、携帯の小さなランプが点滅している。

嬉しくて涙が出そうだった。俺にも俺が誰なのか教えてくれる人間がいるのだ。

顔がニヤけている事に気づき、すっかり冷めたコーヒーを飲みながら、携帯を開いた。

『新着メール 1件』

手紙のマークのついたボタンを押し、受信メールに合わせて決定ボタンを押す。

タイトルは空欄、そこでもう一度決定を押すと本文が表示された。

『今日鍵を渡してもらう約束ですけど、今どこですか?』

当たり前だが意味はわからない。しかし自分を知っている人間と連絡が取れた事が嬉しくて、会いたくて堪らなかった。

返信の方法がわからずに苦労し、更にメールの書き方がわからずに苦労し、20分後、返信メールを送信した。

「セイセキサクラガオカです。どこに行けばいいですか?」

店員にコーヒーのおかわりを頼む。

やっと自分が誰なのかわかる。あと数時間以内には。

待ち遠しくて、携帯の画面から目が離せない。

5分後、メールが届く。

『八王子の約束です。ついたら連絡下さい』


ウェイトレスが持ってきたコーヒーに手をつける事無く、俺はファミレスを後にする。

先ほど駅で見た路線図によると、八王子はそう遠くない。新宿駅発の、八王子駅終点の路線なのでよく覚えている。

足取りが軽い。人通りが多いため、走りたい気持ちを抑え、早足で駅に向かった。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ネット小説ランキング>現代シリアス部門>「夢明け」に投票 ネット小説の人気投票です。投票していただけると励みになります。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ