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夢明け  作者: 安部幸人
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プロローグ

普段私たちは何気なく生活していて、人生を揺るがす程の疑問に突き当たる事はなかなか無いと思います。

しかしこの小説の主人公は、全てが疑問の人生を歩み始めます。

舞台は現代の日本。是非ご自身が主人公になったつもりで、「私ならこうする」なんて楽しみ方をしていただけたら幸いです。


そこは赤く染まっていた。

 

並ぶ屋根、大きな木、小さい山・・・

窓の向こうで流れていく景色たちは全て赤く染まっていた。

窓のこちら側を見渡す。

本を読む女性、目を閉じている男性、携帯電話を眺める若者・・・

電車に乗っていた。誰かが。


いや、私が。

 

「次は、セイセキサクラガオカ、サクラガオカです」

アナウンスが流れると、女性は本をしまい、男性は小さく伸びをして目をあける。

そうしてドアの前に人が集まり始めると、私もそうしなければいけない気がして、ドアの近くに並んだ。


ホームに降りると、人の流れは階段を目指して動き始める。

私はそれを尻目に、目に付いた茶色いベンチに腰掛けた。

今の私には、何よりも解決しなければならない問題がひとつあるからだ。


いや、全てを解決しなければならない。

何故なら私は、何もわからないのだから。


鼓動が早まっている。何もわからないが、この状況が非常にまずい事はわかる。

思い出さなければならない。自分が何者なのか。


プラスチック製のベンチは、座ると少し冷たさが伝わった。

人々の服装から見て、今は冬なのだろう。

私は黒いスーツに白いシャツ。他人に比べると少し薄着ではあるが、さほど寒さは感じなかった。


ふと、右のベンチに置いてある、革製の黒い手さげ鞄に気づく。

『俺が』持っていた物だ。

なんだか他人の鞄をのぞき見するような、少しやましい気持ちになるが、鞄を膝に乗せ、周囲を一度確認し、鞄の留めを外した。


中身はノート、ボールペン2本、PHS、ハンカチ、財布、キーケースに鍵が6本。

茶色い表紙に「8」とペンで書かれているA4サイズのノート。

緊張の中、表紙をめくる。


『1月10日 コンドウ』

『1月13日 1時 デン ナカシマ』

・・・・・

日にちと名前と思われる事が走り書きで記してある。メモ帳といった感じだ。もちろん意味はわからない。

しばらくページをめくるが、同じようなページが続いているだけで、当たり前だが俺の事は書いてない。


折りたたみ式の黒い携帯電話。開いた画面を見てしばらく俺は理解出来なかった。

そこにあったのは『2007/3/7』の表示。その意味が示す現実は俺を絶望させるには十分だった。今は2000年だったはずなのだから。


先ほどまで何をしていたのか思いだせないし、自分が誰なのかもわからない。

しかし、物の名前や、あたりまえの事は頭の中にあった。そのひとつである『今は2000年』が消えた。

混乱と共に、恐怖感が訪れる。

「電車がまいります」

先ほどから何回目かになるアナウンス。どうやらまだ『電車』は「電車」でいいようだ。


何もわからないまま、ここにどれだけいたのだろう。

ここにずっといる訳にはいかない。俺だって先ほど生まれた訳はないだろう。生きてきている。自分の足跡を見つけなければ。

俺は、降車した人々と共に階段を目指し動き始めた。


辺りはすっかり暗くなり、風が冷たくなっていた。







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