あるシーサーのお話
昔々沖縄のある村に陶芸家のおじいさんが居ました。そのおじいさんが作る食器は素朴ですが、丈夫で長持ちしましたので村人達からはとても重宝されていました。またその評判は広がって遠くは首里や那覇の人も買い求めに来ました。
ある日、おじいさんは何を思ったのか、人の背丈ほどもある大きなシーサーを作りました。
窯の中から焼き上がったシーサーを取り出したおじいさんは庭に「どんっ」と置きました。
「まぁ、おじいさん、立派なシーサーが出来ましたねぇ」
おばあさんが感心して言います。
「でも、シーサーも一匹じゃ、寂しいじゃありませんか。折角ですから、もう一匹造ったらどうでしょう」
おばあさんがその様に言いますのでおじいさんはもう一頭、シーサーを造ることにしました。
結局、二頭のシーサーが庭先に並ぶことになりましたが、ただでさえ小さな庭です。狭くなって仕方がありません。
そこへ村の青年たちが来て言いました。
「おじいさん、おじいさん。この立派なシーサーを村の入り口に置きましょう。きっと、厄を祓うことでしょう」
おじいさんは「そんなもんかねぇ」と言いつつも承諾しました。
その後、沖縄県は大きな戦争にも巻き込まれましたが、シーサーが守っていたのか、幸いにして村は戦災も無く、無事に終戦を迎えました。
そして終戦から七十年が経ちました。
村の入り口に置かれたシーサーの由来は字誌で簡単に触れられているだけで村人の多くが何故、シーサーが置かれているのか、知る人は少なくなっていました。
ある夜、村人達が寝静まった遅い時間帯のことです。
「おい、相棒」
「なんだい、兄弟」
村の入り口に置かれたシーサーが言葉を交わし始めました。
「何だか、最近、おかしくないかい」
「そうかい。いつもと変わらないと思うがなぁ」
「なんにも見てないんだなぁ。最近、村の人達、元気が無いと、思わないかい」
「そう言えば、やんちゃ坊主が悪戯しないと思っていたら、肩落として歩いていたよ。何か、悪いことして怒られたのかなぁ」
「違う、違うよ。大人達の話に耳を傾けてごらんよ。皆、困っているような話しか、してないよ」
「そう言えば、笑っている人、居無いよぉ」
「最近、お葬式は、有ったかい?」
「無いねぇ」
「誰か、病気になったかい?」
「聞かないねぇ」
「他に、悪いことは、有ったかい?」
「そう言えば、昨日、やんちゃ坊主が走っていて、転んでいたねぇ」
「それだけで、村中皆が、困るもんかい」
「そうだねぇ」
「一体、何があったんだろう」
「明日、皆の話に、耳を傾けてみようねぇ」
そして翌日、二頭のシーサーはすまし顔で村人達の会話を聞いています。
主婦が井戸端会議をしています。一緒に聞いてみましょう。
「あら、奥さん。聞きましたか。そこの許田商店、カップラーメンはもう無いそうよ」
「困ったわねぇ。カップラーメンなんて、いつでも買えると思っていたのに。皆食べちゃったわよ」
「隣村の、儀間商店でも、何も無いそうよ」
「一体、どうしちゃったのかしら」
「街のスーパーに行っても、棚はガラガラだし」
「台風が来たわけでもないのに、どうしたのかしら」
「貨物船は動いているって、言ってるわよ」
「本土から、荷物は届いているものねぇ」
「本土の兄さんから、宅配便が来てるもの、カップラーメンが届かないなんて、おかしいわよ」
「あら、カップラーメンだけじゃ無いわ。トイレットペーパーも、お店に並んでないのよ」
「困ったわぁ。トイレットペーパー、買い溜めしてないわよ」
「近くのスーパー、全部回ったら、何とかなるかも、よ」
その夜遅く、二頭のシーサーはまた会話をしています。
「おい、相棒」
「なんだい、兄弟」
「昼間の話、聞いたかい」
「うん。聞いたよ」
「一体、どうしたんだろうねぇ」
「わからないねぇ」
「もっと、調べてみないと、いけないねぇ」
「そうだねぇ」
この日から十日ほど前、沖縄県内にある、人里離れた洞窟の中でヒソヒソと話す四人組が居ました。
その四人とは悪の大王フラーと手下のアキサミヨー、ハッサモー、デージヨーです。
「フラー様、フラー様、何かご用でしょうか」
三人が声を揃えてフラーに尋ねます。
「よく聞くがよい。わしは沖縄を支配する、よい方法を思い付いたぞ」
「それはどの様なものでしょうか」
「浦添市の西洲は卸団地と言って、沖縄の食品と、雑貨を一手に引き受けているんじゃ。この西洲を抑えれば、沖縄はわしの言うことを、聴くことになるんじゃ」
「おぉ、さすがはフラー様、考えることが壮大ですね。ところで、具体的にはどの様に、なされるのですか?」
「それは簡単なことじゃ。お前たち三人が、八時間交替で、西洲の入り口にある小湾橋を封鎖していればよいのじゃ」
「エエェーッ!」
三人は声を揃えて驚きます。
「私たち三人、だけですか?」
「三人だけで嫌なら、ハローワークに行って、求人広告を出してきたら、良いじゃないか」
「派遣会社に頼んでも、良いですか?」
「直接雇用の方が、安上がりと聞くよ」
「兎に角、三人じゃ疲れるから、何人か雇おうよ」
こうしてアキサミヨー、ハッサモー、デージヨーの三人はガードマンの制服を着て、小湾橋に「工事中」の看板を立てて車両の通行を全て止めてしまいました。
当然、卸団地から出ることも出来ませんし、配達から帰ってきたトラックは卸団地の中へ戻ることが出来ません。ハローワークを通して雇われた人達は悪いことだと全く知らず、三人と一緒になって小湾橋を封鎖しています。
フラーは思い通りに事が進むので嬉しくて仕方がありません。
二頭のシーサーへ話を戻しましょう。
「おい、兄弟」
「なんだい、相棒」
「やっぱり、なんだか、おかしいようだな」
「うん。トイレットペーパーが無きゃ、困るもんなぁ」
「船は、動いているって、言ってたよなぁ」
「船着き場に行けば、何かわかるかもしれないねぇ」
「行ってみよう!」
二頭は村の入り口、台座の上から走り出しました。
夜の街、ほとんど交通量の無い国道を走っていきます。途中、米軍の大型トラックとすれ違いましたが、運転していた若い米兵はシーサーが走っているのを見てびっくり、思わず急ブレーキを踏みました。
二頭は那覇港へ来ました。たくさんの貨物船が荷物を降ろしています。
「本当だ。本土から、荷物は一杯来ているねぇ」
「これだけ荷物が来ているのに、なんで、お店に並ばないんだろう」
「あの、トラックを追ってみようよ」
そう言うと二頭は一台のトラックに付いて行きました。そのトラックは那覇大橋を越え、なうら橋を越えたところで止まりました。同じようなトラックが何台も並んでいます。
二頭は止まっているトラックを一台一台抜いていき、先頭まで来ました。二頭はハッサモーと顔を合わせました。
「何だ、お前らは?」
ハッサモーが聞いてくるので二頭は「見ての通り、シーサーだ」と声を揃えて答えます。
「シーサーって、見たら、わかるよ」
「どこのシーサーか、聞いているんだよ」
アキサミヨーとデージヨーがハッサモーに替わって言い返してきます。
「そういうお前たちこそ、何物だ!」
シーサーが聞き返すと「お前らが、先に名乗れよ」とまた言い返してきます。
二頭のシーサーは顔を見合わせてから「僕ら、名前が無いんだ」と答えました。
すると三人が声を揃えて笑いながら「可哀相な奴らだ。わしらは沖縄征服を目指す、フラー様の手下、アキサミヨー、ハッサモー、デージヨーだ。覚えておけ」と言います。
「名前があるなんて、良いなぁ。羨ましいなぁ」
二頭は声を揃えます。
「おい、お前たち、フラー様の手下になって、わしらと一緒に沖縄征服を目指そうじゃ無いか」
「そうだ、そうだ。フラー様から、素晴しい名前も貰えるぞ」
それを聞いた二頭は「名前を貰えるのは嬉しいけど、沖縄征服なんて、嫌だい!」と答えました。
「なにぃ、わしらと一緒に沖縄征服をしないとは、けしからん奴だ。とっちめてやる」
そう言うとアキサミヨーが二頭を殴ろうとします。二頭のシーサーはサッとよけるが早い、一頭がアキサミヨーのお尻に噛み付きました。
「ギャーッ、痛いよぉ」
アキサミヨーは余りの痛さに絶えかねてそのまま走って逃げて行きました。
「おおぃ、アキサミヨー、どこへ行くんだぁい」
デージヨーが声を掛けましたが、アキサミヨーの耳には届きませんでした。
「よくも、アキサミヨーを痛め付けやがったな」
そう言うとハッサモーはデージヨーと共に二頭のシーサーに飛びかかってきました。先ほど同様、二頭はサッとかわしてやっぱりハッサモー、デージヨーのお尻に噛み付きました。二人は声を揃えて「ギャーッ」と叫び声を挙げて逃げて行きました。
「おい、相棒」
「なんだい、兄弟」
「あいつらを追い掛けよう」
「うん」
そう話すと二頭はアキサミヨー、ハッサモー、デージヨーの後を追い掛けます。
三人が居無くなった小湾橋では雇われた人達が勝手に封鎖を解いてしまいました。御陰でトラックは卸団地への出入りが可能になり、お店へ配達に行くトラック、那覇港から荷物を持ち込むトラックなどの行き来が元に戻りました。
逃げる三人を追って二頭のシーサーは洞窟の中へ入ります。
洞窟の奥深いところでアキサミヨー、デージヨー、ハッサモーの三人がフラーへ口々に訴えていました。
「シーサーにお尻をかまれたんですよ!」
「見て下さい、歯形が残っているでしょ!」
「フラー様のお力で、何とかして下さい!」
フラーは「あきれた」と言う表情で「お前たち、シーサーは屋根の上にあるもので、人を噛むものでは無いだろう。何かと見間違えたのではないか」と三人をたしなめます。
「本当に、シーサーに噛まれたんですよぉ」
三人が声を揃えて訴えていると「見付けたぞ!」とシーサーも声を揃えて言います。
「あ、本当に、シーサーが来た!」
フラーもビックリしています。
「フラー様、あいつです。あのシーサーが、わしらのお尻を噛んだんです」
またまた三人が声を揃えてフラーに訴えます。
「よしっ、このわしがあのシーサーを、捕まえて、動物園にでも売ってしまおう」
そう言うとフラーがシーサーに向かってきましたが、「ガブリッ!」と二頭揃ってフラーのお尻に噛み付きました。
「ギャーッ、ギャーッ、ギャーッ!」
フラーはお尻を噛まれた状態で洞窟の中を走り回ります。その後ろをアキサミヨー、デージヨー、ハッサモーの三人が「フラー様、フラー様、大丈夫ですかぁ」と声を掛けながら追い掛けます。
フラーは泣きながら二頭のシーサーに「私たちが、悪うございました。謝ります。もう二度と、悪いことは致しません。お願いだから、お尻、噛まないでぇ」と許しを請います。
これを聞いて二頭はフラーのお尻から離れて「なんで、あんなひどいことをしたんだ」と尋ねます。
フラーはまだ泣きながら「だって、最近の沖縄の人は、昔の苦労を忘れて、食べ物を粗末にするんだよ。わしが沖縄で一番偉い人になって、食べ物やら、トイレットペーパーの有り難みを、思い出させてやろうと、思ったんだよぉ」と言います。
「だからと言って、子供たちにまで、ひもじい思いをさせるのは、罪じゃ無いか!」
二頭がもう一度噛み付かんばかりの勢いでフラーを怒鳴りつけます。
「済みません、済みません。もう二度と迷惑をかけませんから、許して下さい」
そう言い残してフラーはアキサミヨー、デージヨー、ハッサモーの三人を連れて洞窟の更に奥へと消えていきました。
夜が明けようとしています。
二頭のシーサーは大急ぎで村へと戻ります。
村の入り口にある台座から二頭が居無くなったと村の人達が気付いたら大変な騒ぎになります。
いつもの時間、いつものように新聞配達の青年が村へと入ってきました。
「あれぇ?」
村の入り口にあるシーサーが見えません。
「寝ぼけているのかなぁ?」
青年は首を傾げながら新聞を配達し終え、次の配達先へ向かおうとします。
「やっぱり、寝ぼけていたんだぁ」
いつものようにシーサーが村の入り口の左右に座っています。でも、左右が入れ替わっていることまで青年は気が付きませんでした。
今回の一件で沖縄県の人々は改めて食料や生活必需品の有り難さを感じ、それからは食べることや着ることなど、身の回りの一つ一つを大切にするようになりました。
ところでフラーとアキサミヨー、デージヨー、ハッサモーの四人はどうしているかと言うと、街角にある小さなリサイクルショップでまじめに働いています。
そしてリサイクルショップの事務室にはフラーのポスターが所狭しと貼られています。
どうやら、今度は沖縄県知事となって合法的に沖縄征服を企んでいるようですが、果たして当選するのでしょうか?




