女神が消えた街
柔らかな陽が窓を射す。
冷えた空気を劈くように孤独なムクドリは高く啼く。
いつもより少し遅く目覚めた彼は嫌でも気付いた。
その夜を迎えるまでに、彼が人生をかけて欲し続けていたものが消えてしまったことを。
彼が一番飢えていたものが
彼が一番欠けていたものが
いともたやすく失われてしまったのだ。
「現実なんてのは俺の四方を囲む紙の障子のことだと思っていた」
彼は云う。
「けど違ったんだ。本当の現実ってのは手足を縛りつけられた上で、サーカスのゾウに顔面を踏みつけられることさ」
そう残し、ドアを開けた彼はまた今日を始めていった。
眉間に皺を寄せたまま、何も考えられずにトボトボ道をゆく。
どれくらいの間、靴を鳴らしただろうか。
ふと見上げれば青空に浮かぶ真昼の月。
淡い幻想の城に目を奪われる。
「なんて・・・美しい・・・」
最後まで言えなかった言葉が零れ落ちた。
彼はグッと唇を噛みしめ、顔を歪ませながら、
それでも立ち止まっていた足を動かし始めた。
心に負った傷口は腐ってしまえば人はそれまでだ。
しかし彼はきちんと傷に向き合い、治してゆこうと決めたのだ。
熱を求め進みゆく彼を見守るようにして、月は光の先へ溶けていった-