7,逮捕だ・・・次はあかねこだ
「犯行時間に運転していた世田谷線の運転士から聞いたのです」
「何か出たのか」
「妙な客が宮の坂駅から下高井戸行きに乗ってきたそうです」
「妙な客?」
「ええ、初めて乗った客だなと思ったと」
「駅に改札口があるのは三茶と下高井戸だけだったな」
「あと上町駅の三茶面のホームにあるだけで」
「他の中間駅には改札口も発券機もない。俺も初めは戸惑った」
「中間駅から乗るには車両の入口ドアが限られてますから」
「乗務員のいる一番前と後ろだけの運賃前払いだったな」
「改札口のある三茶や下高井戸で乗る時は、どのドアからでも乗れたのに」
「それがやっかいな元になる。俺も経験ある」
「ええ」
「帰りに中間駅から乗る時、出口専用のドアから乗り込んでしまう」
「やはりその客も出口ドアから乗車したそうです」
「宮の坂駅は豪徳寺の最寄り駅だったな」
「そうです」
「運転士は、その客に前払いだと注意したろ」
「ええ、その時客が一万円札を出して支払ったそうです」
「それがどうした」
「その時『大無人しかない』と言ったそうです」
「大無人?」
「運転士は変な事を言う客だと覚えていたそうです」
「大無人か?・・・どんな奴だと」
「背丈は百八十センチ以上だったと。しかし顔は覚えていないと」
「その大無人て何なんだ?」
「ちゃんと調べてあります」
「僧侶が使ってる隠語でした」
「大の字から人と言う字を無くすと一が残る」
「僧侶の間で御布施の金額を話す時に使う数字の隠語です」
「一、な・・・」
「大無人は一万円を表す時に使われているそうです」
「慌ててたか、財布から一万円札を出してつい大無人と言ってしまった」
「その男、僧侶ですね」
「坊主だな」
「金田広司ですよ」
「そうかもな」
「引っ張りますか」
「はっきりした証拠がない。状況証拠だけは後で面倒な事になる」
「引っ張れないのですか」
「鬼平・・・犯行時間に豪徳寺で悪戯があったって言ってたな」
「ええ、高校生の鐘ですか」
「そうそう高校生だよその高校生」
「高校生?」
「当日は山門以外は閉まってたって言ったな」
「はい」
「時間帯も同じ。だったら犯人も同じ時刻に山門から逃げた」
「高校生も山門から逃げました」
「てッ・・言う事は、逃げる時に犯人と接触している可能性もある」
「あるかも」
「鬼平、高校生を引っ張ってこい!」
「はい!」
「悪がきだ、補導されてるだろうから生活安全課に聞いてみろ」
「はい!」
(聞き込み大収穫!)
「思った通り山門の所で男とぶつかってました」
「やっぱり」
「高校生にぶつかって転んで、山門に足をぶつけて怪我した様です」
「接触してたか」
「足を引きずって宮の坂駅の方に走っていったと言ってました」
「その男の顔は」
「金田広司の写真を見せると、この男だと高校生が証言しました」
「よし、金田広司を重参(重要参考人)で引っ張るぞ!」
(よし!重参の取り調べだ)
「関孝三からヤミで金をの借りていた」
「ええ、そうです」
「その事で三軒茶屋の関質店に行った」
「返済を待ってくれと頼みに・・・でも待てないと」
「それで喧嘩になった」
(そこに立花さんが駆け付けた)
「約束通り期限が過ぎたら担保の幼稚園などの権利を渡せと」
「それで殺して返済を免れ様と考えて襲った」
「ヤミ金ですから彼奴が死んだら借金も消えると思って」
(単純な動機)
「所で、何で丼を使ったんだ」
「牛丼屋の店長ともめてると知ったので」
(えェー!何だよそれ)
「それで丼か」
「店長の休みの日も調べて」
「その日はスタッフが病気で、店長は出勤してた」
「そうでしたか」
「それに殺すつもりだったのに、なぜそうしなかったんだ」
「もう一度殴ろうとしたら、突然鐘が鳴って」
(高校生の悪戯)
「人が出てきたので慌て逃げました」
(マル害、鐘で助かったのか)
「金田広司、殺人未遂容疑逮捕する」
「はい」
(山さんはあかねこの捜査)
(山さんに言われた事件の報告書を急いで仕上げなくちゃ)
「どうだ、ちゃんと書けてるか」
「はい、大丈夫です係長。間違えたら山さんに怒られますから」
「鬼平さん、山さんに感謝しろよ」
「何をですか」
「お前を刑事課で引き取ってくれと言ったからだぞ」
「そうなんですか」
「でもお前さんがここまで化けるとは思わなかった」
(知らなかった。山さんが引っ張ってくれたんだ)
(あの時、係長が責任を取ってもらおうって・・・この事か)
「・・・」
「それが済んだら山さんと合流して、あかねこの捜査だ」
『玉川田園調布二丁目放火事件発生』
「あかうま(放火)か」
「例のあかねこですかね」
「だとすると八件目か」
「山さん、ありがとうございます」
「何、何だよ改まって」
「刑事課に引っ張ってくれたの山さんだったんですね」
「そんな事か」
「本当にありがとうございます」
「辞めるなよ、お前みたいな奴は貴重なんだから」
「どうしてですか」
「商売屋の子供は親が働いている背中を見て大きくなってる」
「ええ」
「一人で飯食ったり、寂しさも有り難さも分かってる」
「店の定休日以外は独りで食べてました」
「商売の手伝いもしたろ」
「親父の代わりにお得意先に配達してました」
「他人に頭を下げる苦労も知っている。人に喜ばれる嬉しさも知っている」
「ええ」
「少子化で警官になるのはサラリーマンの子供ばっかりだ」
「そうなんですか」
「サラリーマンの子供はサラリーマン警官になっちまう」
「鬼平、頑張れよ」
「はい」
「よし、現場に行くぞ」
「あかいぬ(火事)の臭いですね」
「いま消えたばかりだからな」
(野次馬もいっぱいだ)
「ここも白い壁の家ですね」
「あかねこはこれまで七件とも全て白い外壁の一軒家」
「何か白い壁に意味があるんですかね」
「以前に白い壁の家だけを狙った空き巣事件があったがな」
「何で白い壁の家だったんですか」
「犯人は地方出身者で都会の白い家は金持だと思ってたのさ」
「ご苦労さまです」
(消防隊長、やっぱあかねこ)
「例のあかねこかね」
「ええ、灯油を湿した古着の布で火をつけた後が残ってます」
「ここも通りから引っ込んで死角になってますね、山さん」
「おそらく例のあかねこです」
「そうですか」
「八件全て、だいたい一週間間隔で起きてますね」
「ああ、何か手掛かりがないか調べるぞ」
「はい」
「入らないでください!」
(野次馬か・・・いっぱいだよ)
(ケータイで写真撮ってら)
「さがってくださーい!」
(あれから四日しか経ってないすよ)
(九件目は奥沢六丁目)
(ここも白壁の一軒家)
「手口も灯油を使ってる所は同じだ」
「違うのは仏さんが出た事だ」
「九件目にして初めてですね」
「火の回りが早かった様だ」
「中三日の犯行ですよ」
「犯人に何か変化があったか」
「ここが火元です」
「今回は壁にも灯油がまかれてます」
「初めてだな」
「側に灯油の臭いのするペットボトルがありました」
「壁を伝ってあの窓から部屋に火が回ったのか」
(換気窓か)
「壁を伝って開いていたあの窓から火が部屋の中に回った」
「運が悪かったって事ですか」
「それはどうかな」
「仏さんの出たリビングを中心に燃えてます」
「都合が良すぎるな」
「消防隊が到着した時には部屋に火が回った状態でした」
「戸締まりは」
「玄関のドアはロックされてチェーンが掛ってました」
「ロックされてた」
「リビングの窓にも鍵が」
(戸締まり完璧じゃん)
「あの換気窓は小さすぎる」
「どういう意味ですか」
「人が出入り出来ないて事だ」
「完璧密室状態ですね」
「突入は」
「リビングのガラス窓を壊して突入しました」
「鬼平何してる、中に入ってるぞ」
「はい、すぐ行きます」
(突入ヶ所はここか)
(おや?・・・何だこの板は)
(靴跡だある)
「ああ、それは消防隊員の靴跡だよ、突入した時についたんだ」
「真田主任、どうしてここに」
「仏さんが出たからな」
「おや?」
「どうしたい鬼平さん」
「板をどかしてみたんですが、下にガラスがあるんです」
「ガラス・・・おい!写真だ!写真」
「三角形の破片?」
「鬼平!何してる」
「はい!今来ます」
(部屋の中はあんまり焼けてない)
「ウイスキーの空瓶ですね」
「グラスはと?」
「今、指紋をとってるちょっと待ってくれ」
「一つですか」
「ああ、表にあったのはその一つだけだ」
(同じデザインのグラスが食器棚に四っつか)
「どうした鬼平」
「五個しかないんですグラス」
「それがどうした」
「足らないですグラス」
「それだけたまたま、一つ割っちゃったか」
「かも知れませんね」
「窓の鍵は」
「ここです、ここにあります」
(鍵はロック状態だ)
「室内にガラスが散乱しつますね」
「部屋に突入した時に中に飛び散っただ」
(外から窓を壊した衝撃でガラスがほとんど部屋に散乱してる)
(でも・・・あの破片は?)
「仏さんはこのソファーにうつ伏せに倒れた状態でした」
「酒を飲んで、ソファーで眠ってしまったか」
「そこに火事」
「ああ、玄関も勝手口も窓も全ての鍵が内側から掛かっていた」
「密室状態だった」
「鬼平は何か引っ掛かってるのか」
「いえ、私の考えすぎだと思います」
「いや、鬼平さんの大発見かも知れないぞ」
「真田主任、どう言う事だ」
「外にもガラスの破片があったんです」
「詳しくは調べてから報告するよ」
「仏さんの身元は婚約者が確認しました」
「マル害は長島一男。一人住まいです」
「婚約者は安藤圭子。三日後に式をあげる予定だったの事です」
「鬼平、婚約者に聞き込みだ」
(綺麗な人だな)
「こんな時に申し訳ありません」
「いえ、もう大丈夫です」
「長島さんにトラブルがあったと言う話は無かったですか」
「聞いてません」
「お酒は」
「それほど強い方ではありません」
「あのー、長島さんはティーカップやグラスを集めてましたか」
「ええ、趣味ではありませんが色々揃えてました」
「割れたりしたら」
「その食器は全て捨ててました」
「捨ててた」
「セットで揃ってないと嫌だった様です」