その3 「………ちょっと待て。コイツ、今なんて言いやがった?」
「勇者一行が魔王城に侵入した」という報告があったのは、つい一時間前のこと。
わたわたと慌てる私に、ラファルは冷静にメイドさんたちを呼んだ。
そしてお風呂で私をぴっかぴかに磨きあげ、悲鳴を上げたくなるくらい露出度の高いドレスとマント……ザ・女魔王って感じの格好をさせる。
そして、滅多に来ない玉座の間に連れてこられたところで、ラファルが一言。
「もうじき勇者がこちらに来ますので、お相手をよろしくお願いします」と。
ふ ざ け ん な !
どういうことだとラファルを締め上げると、淡々と現在の魔王軍の絶望的な戦況を教えられた。
そして、タイミングを図ったかのようにけたたましく鳴り始めた、侵入者が玉座の間に近づいてきていることを知らせる警報。
私は半狂乱に「ジーザス!」と神様に叫びまくっていた。
「無理無理無理!!死んじゃうから私勇者の最弱の物理攻撃一撃で死んじゃうってばぁぁあ!!!」
「落ち着いて下さい、陛下」
「落ち着いてられるかバカぁぁあ!!大体、今まではラスボス戦にすら漕ぎ着けられなかったヘタレ勇者ばっかりだったのに、何で今代勇者は、一騎当千で魔王軍圧倒してるの!!?」
「歴代最強という肩書きは、伊達ではないということです。……陛下も、そのことはご存知でしたよね?」
モノクルの奥で光る深紅の鋭い瞳に「知らなかったとは言わせない」と射竦められ、思わずたじろいだ。
―――今代勇者は歴代最強。
その噂に一番動揺したのは、他ならぬ私自身だ。
話を聞いたとき「もしかして玉座まで乗り込んできて、殺されてしまうんじゃないか」と半泣きになった覚えがある。
それを見て、何でか私に甘い臣下の皆さん(やっぱりラファルは除く)は、「魔王さまを脅えさせないために勇者を速やかに排除しろ!」と、勇者に刺客を放ちまくった。
スライムの大群にゾンビ軍団、人狼隊に首なし騎士団、果ては伝説級のドラゴンまで惜しみなく送り付け、容赦なく、徹底的に勇者を潰しにかかった。
今までの勇者ならそれでイチコロだったんだけど……歴代最強は伊達じゃない。
それはもういっそ、見事と感心するしかないくらい、尽く返り討ちにあった。しかもボロボロの彼らの証言によると、勇者の仲間たちは一切手を出さず、勇者一人によって倒されたという。
……それだけ強いなら、もう、勇者がパーティー組んでる意味なくないですか?
けれど、やる気を出せば諦めの悪い皆さん(それでもやっぱりラファルはry)は、「力で勝てないなら」と、別の方向から勇者を攻めることにした。
……が、
勇者の夢に入り込み、エグすぎる悪夢を見せて、精神を壊すはずの夢魔が、夢で何をされたのか、逆に錯乱して精神病を患う。
あはんな方法で勇者を篭絡し、腑抜けにしようとしたサキュバスが、逆にうふんな意味で天国を見せられて、頭がお花畑になる。
………今代勇者はあらゆる意味で、最強というか最凶だった。
「だ、だって!勇者が最凶だって知ってたからって、私に何かができたわけじゃないし!!」
「ええ、全くもってその通りです。仮に陛下が歴代の魔王より強い「力」を持っていたとしても、今代勇者……アレはもはや天災です。敵うとか敵わないとか、そういう次元の話ではありません。運がなかったと諦める他ありませんね」
……だから、何でアンタは奈落の淵に立ってる人を突き落とすようなことばっかり、冷静に言うんだ!!
「いやぁぁあまだ死にたくないぃぃ!!」
「ですから、落ち着いて下さい陛下。死なないために、今此処にいらっしゃるのではないですか」
「……え……?」
意味深なラファルの物言いに、頭を抱えて叫んでいた私は、目を瞬かせて叫ぶのを止めた。
……そういえば、ラファルは最初からやけに冷静だった。
それはもしかしなくても、何か秘策があるが故の余裕なのかもしれない。
「ラファル……まさか…」
「ええ、そのまさかです。ご安心下さいね、陛下」
ラファルの自身に満ちた微笑に、私の不安は嘘のように吹き飛ぶ。
やっぱり……!
ドSだし、性格悪いし、口調丁寧なだけの慇懃無礼なヤツだけど、頭がキレて抜け目ないのがラファルだ。
ちゃんとこの最悪な状況を想定して、奥の手を用意してたんだ!
ラファルの胡散臭い笑顔が此処まで頼もしく感じたのは初めてかもしれない。
強く湧き上がった暖かい気持ちを言葉にしようと、私は口を開く。
「ラファル!私……!」
「―――ですから、ない色気を精一杯振り絞って、勇者を陥落させて下さいね」
…………。
………ちょっと待て。
コイツ、今なんて言いやがった?
「陛下は、身体だけは、サキュバスと比べても見劣りしないプロポーションですし、顔は色気ないガキ……いえ、少々幼いですが、愛らしいといえば愛らしいですし」
「……ラファル」
「何よりシミひとつない白い肌と、長く艶やかな黒髪のコントラストは、文句なしに美しい」
「ラファル」
「何でしょうか、陛下」
「……今の内容を簡潔に、解りやすく、要約して」
「つまり、陛下の色仕掛けで勇者を篭絡しろということですが?」
「―――……アホかぁぁあぁあぁぁ!!!」
そうだよ!コイツはこういうヤツだったよ!!
この一年半で、ラファルの性格の悪さは嫌というほど知ったよ!!
ていうか、お風呂に突っ込まれて、こんなあからさまな挑発ドレス着せられた時点で気付くべきだった!!
コイツに期待した私が馬鹿だった!!
「ご心配には及びません、陛下。勇者といえど所詮は男。胸を押し付けて、潤んだ瞳で上目遣いに迫ればあっさり落ちますよ。特に陛下は、庇護欲と加虐心を同時に煽る、稀有な魅力をお持ちですし、恐らく私と同じような趣味の勇者には堪らないと言いますか」
「黙れ変態!!ふざけんな!もう嫌!私帰る!!お家帰る!!」
もうヤダ何なの一体!
勇者も魔王も知らないんだから!!
家に帰ってやるんだから!!
駄々っ子みたいになってる自覚はあるけど、しょうがないと思う。
色仕掛けなんて、彼氏すらいたことのない私にはムチャ振りだし、第一勇者は魔界で一番魅力的であろう、最高のサキュバスを昇天させる輩だし、私の色仕掛けなんぞが通用するわけがない!
というか、そんなふざけた真似をして、勇者に殺されるなんて最悪な最期を迎えるなんて冗談じゃないっての!!
「拗ねないで下さい。では、陛下はこれ以外に現状を打破する、素晴らしいお考えがおありですか?」
「うるさい!知らないったら知らない!!私関係ないもん!!」
半泣きで怒り、玉座から降りようとする私を、笑いを堪えた表情(コイツ殴りてぇぇ!)で、羽交い絞めにしていたラファルは、ふと顔を上げた。
「陛下」
「陛下じゃない!私はただの桜庭花梨なの!!もう知らないんだから!!」
「そうして差し上げたいのは山々ですが、どうやらもう手遅れのようです」
「え」
「―――勇者が来ました」
ラファルの言葉と同時に、立て付けの悪い音をたてて玉座の間の豪奢な両開きの扉が開き、
金髪碧眼の超絶イケメン勇者が……私にとっては馬鹿でかい鎌を背負った死神が―――玉座の間の瘴気を霧散させる、神々しい聖気を振り撒きながら現れた。
ようやく勇者登場です。
そして今更主人公の名前発覚。
彼女は桜庭花梨と言います。元公立高校の3年生。
チキンなわりには結構タフネスな女の子です←