その2 「ヒロイン気質?そんなのとっくに焼却炉にポイ捨てしたわ!」
「私が魔王とかなんでぇぇええ!!!」
「今更ですよ、陛下」
いかにも身体に悪そうな黒い瘴気の漂う、陰鬱な暗黒の城……魔王城。
その最奥にある、髑髏やらで装飾された趣味の悪い玉座で頭を抱えて叫ぶと、宰相のラファルに冷静に返された。
くそう、吸血鬼のお貴族サマだかなんだかで澄ました雰囲気と、無駄に綺麗な顔が腹立つ!
「喚こうが嘆こうが、もう間もなくやってくるんですから、大人しくしていて下さい」
「もう、即位されて一年近く経つんですから」と幼稚園生に言い聞かせるように窘められたけれど、今の私には完全に逆効果だ。
世の中の理不尽さに、ちょっとだけ自慢の長い黒髪をぐしゃぐしゃにして呻く。
「だから、私は魔王なんかになりたくなかったんだってば!今はなし崩し的に魔王になっちゃってるけど、戦うなんて無理だから!瞬殺されるってばぁあ!!」
今から約一年半前、ただの平々凡々な高校生だった私は、この世界に召喚され、異世界トリップした。
……そう、勇者ではなく、魔王として。
薄暗くて気味が悪い場所で、身体は人間なのに顔だけ爬虫類系だったり、自分の首を小脇に抱えていたり、皮膚が腐りかけて右目が落っこちかけてたり……という魑魅魍魎に覗き込まれて、目を覚ましたあの時は、今思い出しても気が遠くなる。
そのあと「うん、これは夢だ」と全力で気絶しようとした私を、ラファルが強制的に叩き起こし、
「貴女が第56代目魔王です」
とか、相変わらず澄ました顔で抜かしやがった時は、奴のモノクルをかち割ってやろうかと思った。
魔王なんて冗談じゃないと、速攻でお断りして、さっさと元の世界に戻りたかったんだけど、当然帰らせてくれるわけがない。
というか、帰る方法は解らないとかなんとか。
何でやねん!!と関西人風にブチキレつつも、こんなダークマターしかなさそうな異世界で、一人で生きていく自信も勇気もあるはずがない。
「滞在するだけでも!」と言う、見た目に反して意外と腰が低い魔族たち(ラファルは除く)のお言葉に甘えて、私は魔王城に滞在していた。
魔王城の暮らしは、窓から見える魔界の景色やら、装飾品の趣味の悪さを除けば、意外にも快適。けれど、その間は当然「魔王になってくれ!」と熱烈ラブコールされまくった。
素敵なメイドさん半ダース付きの豪華な部屋を宛がわれたり、煌びやかなドレスや、値段を聞いたら失神間違いなしの、大粒の宝石があしらわれたアクセサリーを、大量にプレゼントされるのは、まだ可愛い方。
豪華な部屋の隅っこに縮こまり、最低限のものしか必要とせず、ドレスや宝石を全部突っ返す強情な私に焦れた奴らは、魔族の本性剥き出しで襲い掛かってきた。
吸血鬼の能力の一つ「魅了」で操ろうとしたり、インキュバスに夜這いさせて身体で従わせようとしたり……という何とも悪質な方法で。
しかし、私がそれに大人しく流されるような、可愛い性格をしていると思ったら大間違いだ。
無礼にはそれ相応の礼をってことで、彼にも魔王候補なせいか「魅了」が効かないことに動揺するラファルに肘鉄食らわせたり、インキュバスの股間を問答無用で蹴り上げてやりましたよ!
ヒロイン気質?そんなのとっくに焼却炉にポイ捨てしたわ!
主に魔王として召喚された時に!
そんな感じで、頑なに魔王就任を拒否してたわけだけど、魔界の様子がおかしくなり始めてからは、流石に私も見てみぬ振りをしていられなくなった。
何でも、魔界というのは、元々は強靭な魔族でも生きられないような、凄まじい環境なんだとか。
火山が絶え間なく噴火し続け、地殻変動が頻繁に起こり、魔族でも堪えられないような有害物質が降り注ぐ……例えるなら、原始の地球のような場所。
それを鎮め、放出されるエネルギーを均等に分配し、魔族が住める程度まで調整する唯一の存在―--それが魔王。
魔王と言えば、魔族を従えてふんぞり返ってるだけの悪い奴ってイメージだったんだけど、此処の魔王はちゃんと配下を守る役割があるらしい。魔王スゴイな。
けど、その魔王は私が拒否し続けているせいで不在。
魔界のバランスを整えるべき者がいないせいで、魔界が大変なことになりつつあると聞き、結局私は「次期魔王が決まるまでの暫定魔王」という条件付きで、渋々ながら魔王を引き受けた。
……一応彼らの王たる私の名誉のために言っておくけど、魔族は残虐無慈悲な生き物じゃない。
恐ろしくて残酷なイメージのある魔族だけど、多少見た目と価値観に違いはあれど、彼らは人間となんら変わりないように私は思っている。
RPGとかでありがちな「下等種族の人間を滅ぼして天下掌握しちゃおうぜ」なんて考えは、一部の時代錯誤の貴族を除いて、「めんどいからパス」というのが総意らしい。
だからこそ、私は何だかんだ魔族が嫌いじゃないし、何の力もない癖にうるさい小娘の私を保護してくれてることにそれなりに恩も感じている。
―――けれど、人間はそうは思っていないらしい。
自分たちより遥かに強い力を秘めた魔族に、嫉妬と嫌悪を覚え、悪しきモノ、穢らわしい、危険……そういう先入観で、勝手に魔族を恐れて毛嫌いしている。
その結果、人間は魔族を滅ぼすという選択をした。
そのための大義名分として「魔界が人界を滅茶苦茶に荒らし、手中に収めようとしている」というような嘘をついて。
魔族サイドからすれば、「は?こっちに何のメリットがあって人界掌握しなきゃならんの?めんどくさ」って感じだ。
確かに暇つぶしに人界に繰り出す魔族はいるし、その中で稀に人間に危害を加える輩も存在する。
けれど、人間に危害を加えているのは、大抵魔族ですらない知能の低い獣……魔物であって、魔族には人界に手を出す気はない。
しかし、人間の行動は段々とエスカレートし、何十年かに一度、刺客を送り付けてくるようになった。
魔王が悪ならヤツは正義。
闇ならば光。陰と陽。
全く正反対の、対になる存在。
―――私が憧れていた世界を救う勇者様。
それは、私が魔王就任を渋った理由の一つでもある。
だって、私は一介の平凡な高校生だったんだよ!?
異世界トリップにお約束のチート付加もないし、戦えるわけないじゃん!!
一応、魔王として召喚されたくらいだし、魔力とかそういった類いの「力」は私にも存在するらしい。
が、私の「力」は闘い向きのものではなく、それどころか攻撃とか治癒とか明確に「力」として作用するものですらないんだとか。
……使えねぇぇ!!
そんな勇者の一太刀であっさりやられる、最弱魔王な私だけど、幸いなことに勇者の相手をする必要はないんだとか。
何でも、過去に幾度となく送り込まれてきた勇者たちは、尽く魔族に返り討ちにされて、未だ魔王の玉座にたどり着いた者すらいないらしい。
普通の人間に比べたら化け物級に頑丈で強い勇者だけど、それでも越えられない壁がある程に、魔族にはエライ「力」があるそうな。
そ、それなら安心……だよね?
魔王に就任後、ほどなくして勇者が現れたという話に、びくびくしながらラファルの言葉を信じて約一年。
現在勇者は……、
「ラファルの嘘つきぃぃ!!勇者たちは今まで玉座までたどり着いて試しがない、とか言ってた癖に!!」
「心外な。私は嘘など付いていませんよ。今までは本当に、玉座どころか魔王城にすらたどり着けない勇者ばかりだったのですから」
「―――じゃあ……何で窓から死屍累々と庭に倒れる兵隊さんが見えるの!?何で警報が鳴ってるのぉお!!?」
勇者が魔王城に侵入したという報告を受けて、約一時間。
勇者一行……というか勇者一人によって、魔王軍が壊滅状態にあるという絶望的な悪夢に、私は暗く澱んだ高い天井へ、頭を抱えて叫んだ。
説明ばっかで一向に話が進まない不思議←
多分最後まで、こんな感じのグダグダ仕様な予感。