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その12 「勿論。花梨がそれを望むなら」



ブクマ、感想ありがとうございます!



 一年前に出会った男の子が、私より大人で勇者になっていました。まる。

 

 ……色々突っ込みたい。凄く突っ込みたい。

 でも、その前に。


「あの……ジュリ?そろそろ離してくれると嬉しいんだけど」


 再度離すようにジュリを促す。知っている男の子だとわかっても、イケメンに抱き込まれ続けているこの状況は非常に落ち着かない気分になる。

 話を聞こうにも、何かいらんことを口走ってしまいそうだ。私の後先考えない口は災いを引き起こしやすい。


 けれど、ジュリはムッとして、いやいやと拒否しつつ甘えるように私の肩に顔を埋めた。


 そのあざと可愛らしさは完全に子供のそれだ。

 おい、絶世のイケメンかつクールで無口な歴代最凶勇者、どこ行った。 

 

 なんか幼児退行していないかこの子。もしくは私がこういう甘え方に弱いと知っての所業だろうか。どっちにしろ性質が悪い。

 何せこの子にこういう可愛いわがままをされて拒否できた試しがなかった。

 抱っこしていて、そろそろご飯の準備があるからと降ろそうとして、さっきと同じようなことをされて結局一日中くっついていたことがある。

 ……あれ、私ってもしかしてかなりちょろい?

 

 と思いつつも、結局拒否できずジュリの腕の中に納まる私。

 小さかろうが、大きかろうが、ジュリの弱いのは変わらないらしい。

 仕方ない。私より筋肉質ででかかろうが、年上の奇跡のようなイケメンだろうが、凶悪な魔物を蹴散らすチートだろうが、私にとっては可愛いジュリだもの。うん、しょうがない。


「……そのままでも構いませんから、ひとまず外へ出ませんか?」


 半場自分に言い聞かせるように頷く私に、呆れた視線を向けてくるラファル。その「他所でやれ」と言いたげな視線には反論したいが、その通りだ。

 この廃墟と化した玉座の間では、いつ天井が崩落してもおかしくない。

 話はひとまず外に出てから。玉座の間がこんなボロボロになっているということは、魔王城全体が同じ状態になっていると考えて良いだろう。城のみんなや城下が心配だ。


 「ほら、ジュリ。行こう」


 力が入らず立てないらしい魔術師美少女を華麗に抱き上げ、顔を赤く染めた彼女に殴られているラファルを見つつ、ジュリを促す。

 流石に抱きしめられたままだと歩きづら過ぎるので、手を繋ぐことで妥協してもらう。手を繋ぐためわざわざ手甲を外すジュリ。ホントぶれないなこの子。

 信じられないものを見るような、踊り子美女たちの目は無視だ無視。


 外へ出るために、ジュリの手を引き一歩踏み出した、その時だった。




 ――ズンッと、地面が沈むような感覚がした。


 実際沈んでなどいない。

 けれど、そう錯覚させるほど強い何かが、顕現しようとしていた。

 ずるずると這いずるようにゆっくりと、しかし確実に近寄ってくる。


 追い撃ちをかけるように、もうひとつのことに気付いてしまった。


「花梨……?」

 

 一歩踏み出しただけで足を止めてしまった私を、ジュリが不思議そうに覗き込んでくる。

 でも、私にそれに答える余裕は無かった。

 

 ラファルは、どうやって暴走を止めたのか、と尋ねる私になんと答えただろうか。


『暴走する魔力の核となっていた私の元へ、全く正反対の性質の魔力を持つジュリを近づけて、私へ流れる魔力を断ち切った』

 

 それは……つまり、


「魔力が、ない」


 魔王とは、魔界の魔力を一身に受け、浄化し、均等に分配する存在。

 ラファルような高位の魔族でも出来るようなことじゃない。

 私は貧弱だけれど、たまたまその才能だけが抜群に優れていて、ずっと、それを全く意識せずにやってのけていた。

 だからこそ、今の今まで気づけなかった。


 ――今、私の身体には魔界の魔力が流れていない。

 

 滞りなく私の身体へ入り、流れ、出て行くはずの、その魔力の奔流の一切が途絶えている。


 則ち、私の身体を流れていない魔界の魔力の行き先は――、


 皮膚が粟立ち、冷や汗が背筋を伝った。

 多分、魔界の魔力を司る魔王である私だからこそ理解できる、絶対的な恐怖。


「魔界が、壊れる……!!」

「花梨!?」


 堪らずジュリの手を振りほどき、走る。

 廃墟と化した魔王城の壁は、ぼぼ崩れて野晒しに近い。

 その崩れた壁の隙間に身体を捩じ込み、外へ出る。


 

 見上げた空は、まるでインクを溢したように、黒く塗り潰されていた。



 元より魔界の空は瘴気に覆われ、万年日の光が届かなくて薄暗い。

 でもこれは、あまりにも黒すぎる。


 上空に、渦巻く黒いものは濃密な魔力。そのエネルギーに相応しい物質が、構築されはじめていた。

 過酷な環境に耐えうる魔族ですら死に至らしめる、猛毒だ。


 同時に、激しい震動が再び地面を揺らす。

 立っていられなくて、思わず膝をついた。

 遠くの不活化したはずの幾つもの山が、灼熱を噴いていた。


 そう、魔王の手を離れた魔界の魔力が、本来の姿を取り戻そうとしている。


「……花梨様!!」

「へ、陛下!!」

「魔王さま!!」


 呆然と空を見上げる私の耳に、聞きなれた声が届く。


「レーナ、ミシェル……みんな」


 魔王城で世話を焼いてくれる吸血鬼の侍女や、爬虫類顔の大臣、首を小脇に抱えた政務官……魔界の重鎮たちが駆けてきた。


「ご無事ですか!?お怪我は……!!」

「だ、大丈夫。平気。皆は?」

「勇者に蹴散らされ伸びている者を除けば概ね無事です。避難を呼び掛け、近隣住民も魔王城へ避難しつつあります」


 いつものように淡々と答えるレーナに少しだけ安心しかける。

 けれど、私を囲むみんなの様子は、いつもとはかけ離れている。

 酷く焦躁に満ちた表情に、顔が強ばった。


「勇者は!?もしや倒されたのですか!?」

「いや、勇者など今はどうでも良い!魔界崩壊の危機ですぞ!!」

「先程の地震は!?魔力が魔王様の手を離れるなど!」

「一体何が!?」

「もう魔界は駄目です!逃げましょう陛下!」

「逃げる?何処へ逃げると!人間に故郷を追われ、行き場をなくして魔界へ逃げた我々のどこに逃げ場が!」

「魔王さま!魔力を再びお集め下さい!浄化し、元の流れを取り戻さなくては!!」

「簡単に言うな!それが出来ぬ不測の事態に陥ったから、こんなことになっているに決まっているだろう!」

「ですが、このままでは皆死に絶えます!」


 一気に巻くしたてられるが、何もかも頭に入ってこない。

 全部意味のない雑音のように耳をすり抜ける。


 「何で」「どうして」

 ……そんなの私が聞きたいくらいだ。


 思わず後ずさろうとして、不意に袖を引かれる。


 ぬいぐるみを持った小さな人狼族の女の子が、私の服を握って見上げていた。

 周囲の興奮につられてか、柔らかそうな栗色の髪から普段しまっているはずの狼の耳が飛び出してしまっている。


「魔王さま。魔界こわれちゃうの?」


 女の子のか細い声。


「魔王さまが、魔界を守ってくれてるんじゃないの?もう守ってくれないの?」


 不安に揺れるその言葉が、私の柔らかく脆い部分を何より深く抉った。


「おねがい、魔王さま。魔界を助けて!ナタリー、ちゃんとお母さんのゆうこときくよ。お手伝いも、する。良い子にするから!……だから…っ!」


 大粒の涙がぽろりとまろい頬を伝う。

 ナタリーというらしい女の子は声を詰まらせて、私の袖を掴む手に力をこめた。


 今更。

 本当に今更ながら、思い知る。

 私は魔王。この魔界の統治者。

 魔界に生きる全ての命が私の手に委ねられていたのだと。


 どこか他人のつもりでいた。ここは一時的な滞在先で、私はただのお客さま。

 請われたから「仕方なく」で魔王となって、それでも私はただのお飾り。面倒なことは全部ラファルたちが片付けてくれて、私はただ言われたことをそれなりに唯々諾々とこなすだけ。


 でも、違った。彼らは、魔界の住人たちはお飾りではない本物の魔王を望んでいた。

 異界の小娘にすがらなければならないほど追い詰められていた。


 私はよく思い知るべきだった。仮にも上に立つというなら、私に委ねられたものの重さを。


 でなければ、こんな。

 私の心の脆さ故に制御をなくし、彼らの命運を左右するようなことは防げたかもしれないのに。


 こんな小さな女の子を泣かせることもなかったのに。


「魔王さま!!」

「陛下、逃げましょう!!」

「なりませぬ!魔力を元の流れに戻すべきです!!」

「陛下!!」

「ご決断を!!」


 鬼気迫る表情で私の言葉を待つ城の重鎮たちと、泣きじゃくる女の子。


 全ては、私が招いた事態。

 「わからない」とは言えない。私の手には魔族全ての命がかかっている。


 でも、それが重大だと感じれば感じるほど、私の頭の中は真っ白に染まっていく。

 臆病な「桜庭花梨」が、震え、思考を拒否していた。


 私には、無理だ。魔界を守ることも、逃げることも。

 魔族の存続にかかわる重すぎる決断なんて、私には。


 浅い呼吸を繰り返す唇で、全てを拒絶する言葉を吐き出し、震える足でこの場から逃げ出してしまいたい。


 深い深い闇の中。全てが無に帰す、あの場所へ。――再び。



「――花梨」



 暗闇の中から私を引き上げた声がした。

 女の子が袖を掴む方とは逆の手が、大きく暖かなものに包まれる。


「大丈夫」


 大人びた顔が、以前と変わらない笑顔を作った。


「あ……」


 心がすっと軽くなるのを感じた。

 繋がれた手を中心に、じわじわとこわばりが溶けてゆく。


「花梨、目を閉じて。ゆっくりと深呼吸を」


 優しい色をたたえたマリンブルーに促され、目を瞑る。手の暖かさだけを感じながら、深呼吸する。


 ……うん、もう大丈夫。


 落ち着きを取り戻し、ゆっくりと目蓋を持ち上げて、


「……」

「…………」

「……、…」


 ……あ、コレあかんヤツや。


 茫然と、私の隣に立つきらきらのイケメンを凝視する重鎮たち。


 うん、確かに魔界崩壊の危機でテンパってる所に、勇者の存在はキツすぎる。

 私も何も知らなければ、夢魔族の彼のように意識が遠くなっていただろう。


「ゆゆゆゆ勇者!!?」

「な、何故ここに!!」

「魔界の危機に乗じて我らを滅ぼすつもりか!!外道め!」

「魔王さま!お逃げ下さい!!」

「陛下を解放しろ!!」


 突然の勇者の登場に、辺りが騒然とする。


 こ、これ猛烈に勘違いされてる!


 そりゃ、今さっき魔王城に突撃して兵隊さんを壊滅まで追い詰めた張本人なのだから、当然と言えば当然の反応だ。

 そして私の手を握って引き寄せている姿は、見ようによっては魔王を人質に取っているようにも見えなくもない。


「……」


 周囲の反応に、ジュリが美しい柳眉を寄せた。

 ひしひしと、彼の機嫌が急降下しているのを感じる。


 不穏な気配を纏い始めたジュリに、一気に辺りの空気が緊迫した。


 おい、この状況を一体私にどうしろと!?


 さっきとは違う意味でこの場から逃げたくてたまらない。

 遠退きかける私の意識は、袖引かれる感覚でつなぎ止められた。


「……勇者……?」


 ナタリーだ。

 泣き張らした丸く大きな目で、ジュリをまじまじと眺めていた。


「魔王さまは、勇者と仲良しなの?」


 魔王と勇者が仲良し。

 ナタリーの口から出てきたなんとも平和な響きに、誰もが毒気を抜かれ、開いた口が塞がらない様子だ。


 そんな中、何故か上機嫌になったジュリが、ナタリーの前にしゃがみ頭を撫でた。


「うん、花梨と俺は仲良し」

「じゃあ、勇者さんは味方!?」

「花梨が望むなら。人間の王の首だって献上して差し上げる」


 そういって何処か期待に満ちた眼差しを向けてくるジュリ。


 いいい、いらない!!激しくいらないそんな献上品!!!

 猛然と首を横へ振り、いらないアピールをすると、「そう」と何処か残念そうに目を伏せた。


 あ、危ない……。あやうく人界と魔界の大戦争が勃発する火種がまかれる所だった……。


 そんな核兵器並みの危険物・ジュリに、ナタリーは臆することなく身を乗り出す。


「お願い、勇者さん!魔王さまと一緒に、魔界を助けて!!」


 ナタリーの懇願に、周囲がざわめく。

 

 勇者が魔界を助ける?

 そんな話、聞いたこともない。


 魔王を滅ぼすために魔界に来た勇者が、滅ぼすべき対象を助けるなんて。

 断られるに決まっている。それどころか、そんなことを願った少女に逆上して殺されかねない。


 ……と、思っていた時期が私にもありました。

 勇者以前に、この子はジュリだ。ひょんなことから魔王になってしまった桜庭花梨に、甚く懐いているのだ。

 ジュリの次の言葉は、簡単に予測できた。


 凍り付く周囲の視線を一身に受けながら、ジュリは私の方を向いた。


「花梨。花梨は魔界を救いたい?」

「うん。……ジュリ、手伝ってくれる?」

「勿論。花梨がそれを望むなら」


 そう言って、ふんわり花が綻ぶような笑顔を浮かべた。




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