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地球の数字

とある心理学者がいた。某大学で心理学の教授をしていた。

その心理学者は実験が大好きだった。今日も実験台となる20名の大学生を集めた。その中に私もいた。「楽にお金になる」と、この研究室のバイトは倍率が高い。


今日は数字の実験だ。数字に関わる様々な問題に素直に回答すれば良いだけだ。たぶん1時間程度で終わるだろう。これで50ドルはラッキーだ。

教授には男女の助手2名がついていた。


まず話し出したのは女性の助手だった。

「皆さん、1桁の数字の中から一番好きな数字を選んで、しっかり覚えておいて下さい。」

「では次に、2桁の数字の中から一番好きな数字を選んで、さっきの数字に続けて3桁の数字を作って、机の上のキーボードに入力して下さい。結果はキーボードの横の小さなモニターに表示されましたね。」モニターは誰にも見えないようになっていた。

「次に3桁の嫌いな数字を選んでキーボードに入力して下さい。自動的に引き算が行われます。+なら「+」と、-なら「-」と表示されます。」

「1問目はこれで終わりです。」なんとも肩すかしな感じだった。


同様に何となく歯切れが悪い質問があと9問出されてバイトは終わった。私は、本当に50ドルもらったし、「いろんな研究があるものだ」くらいに深くは詮索しないことにした。


その後もちょくちょくこのバイトは続いたが私は毎回抽選に外れ、先のバイトが後にも先にも1回限りとなった。


2年後くらいに教授とふたりの助手はいなくなった。新しく来た心理学の教授はただただ教科書を読むだけの退屈な先生だった。



とある密室で。

「面白い結果が出たね。」と教授。

「はい、いろいろな大学で様々な生徒を調べましたが、ここまで顕著に同一傾向を示す種族はそうはいません。」と男の助手。

「天秤座のグリーゼ581g以来ですね。」と女の助手。

「知能が中途半端に発育すると同じような結果になるんだね。」と教授。

「この結果を母艦に連絡せねば。いやもう耳に入っているだろうね。」

母艦から連絡がはいった。

「概要はわかったが、詳しいデータがみたいので帰還してくれたまえ。」と母艦の艦長。


さっそく、教授とふたりの助手は母艦に戻った。

「先進数カ国で同じような調査をしましたが、どこも同じ結果なんです。種の祖先が一緒ということでしょうか。」と教授。

「君の学問はどのカテゴリーにも属さない、あえて言えば「生物数学論」というジャンルかな。」と艦長は笑った。


数字という概念は高等生物ならどれでも持っている。

しかし数字に対する概念は生物間で大いに異なる。

例えば犬だって毎日の餌の時間がわかっている。いわゆる体内時計も立派な数字だ。

単純に神を崇めるためだけに使う種族もいれば、治水、大型構造沕の建築などに使う種族もいる。数字を貨幣として経済活動をする種族もいる。

地球人のランキングは中の上といったところだろうか。


もっと高等な部類に属する彼らは、地球人が大学で習う「ゼロ理論」を3歳でマスターする。微分、積分、行列関数、ラプラス変換・・・このような知識はほぼ5歳までに習得している。

その後の彼らは「数学・数字の持つ本当の意味」について学ぶのだ。その中である割合の連中は数字を媒体とした、テレパシーや未来予知が出来るようになる。

テレパシーは「123」を「123」と読み取るような幼稚なレベルではなく、その人の考えそのものを読み取ることが出来る。未来予知も、株価予測や勝ち馬予測のようなレベルではない。その星で起こることが見えてくるのだ。


数字には文字以上に秘められた意義がある。そしてそれは全宇宙に普遍した概念なのだ。


「そろそろ、やるかね。」と艦長。


彼らの星でも人口爆発が問題になっている。要するに食料となる農作物が足りないのだ。

土地の集約性の高い工業製品は自分たちの星で作った方が都合がいい。しかし膨大な土地を必要とする農作物は出来れば別の星で作りたい。いわゆるプランテーションだ。地球が今その標的になっている。


「国連の安全保障理事会と交渉しましょう。実体は常任理事国ですが。」

「よし、交渉を始めよう。」




実際の交渉は非常にビジネスライクだった。

まず、国連の報道官に趣旨を話して、国連ビルの真上に母艦を見せた。腰を抜かした報道官は早速常任理事国に情報を上げた。

さて、これで問題は地球の大国の手に委ねられた。

話がまとまらないとみると、再度母艦をニューヨークに出没させたりした。


常任理事国の多くは徹底抗戦を訴えた。しかし、同時に勝ち目がないことも悟っていた。


まずは「平和的解決」を目指して、交渉を始めることになった。

常任理事国が選んだ交渉人はみな腰が低かった。

宇宙人側は例の心理学者が対応した。いつもと同様に数字のテストを行い、ひとりで失望していた。

「地球にはもっと高等な人物はいないのか?」


「仕方ない。日本で隔離しているあの少年を連れてこよう。」

国連としても手を拱いていたわけではない。


その少年は日本のある場所で隔離されていた。

いろいろなものが見え過ぎるのだ。

次期首相は誰か?

日本の景気の動向は?

はては、女性職員のパンツの色まで。

このような危険な人物は隔離するしかない。


この話を聞いて隔離施設の所長は人選ミスだと思った。

しかし国連の要請なので、素直に彼をニューヨークに送り出した。


ニューヨークに着いた彼は、開口一番「アンテナが欲しい」と言い出した。

彼はあの心理学者と面識がある。あの心理学者と戦うにはこちらには増幅器が必要だ。

彼の能力で、その人物を特定することができた。それがなんと私だった。しかし、選ばれたのは名誉なことではない。もっとも思念がなく、彼の言う通りの考えにすぐに同調できるかららしい。

「まぁ、いいさ。地球の役に立つのなら。」と気軽に考えることにした。


私は国連の要請で日本人の少年と生活を共にすることになった。


彼と生活を共にして、彼の不思議さがわかってきた。

彼はほとんど食事をとらず、ずっと座禅をして小声でぶつぶつ言っている。私は日本語がわからないので、何をつぶやいているのかわからないが、時々数字も入っているようだった。長い数字をつぶやいた後に休憩に入った。


さて、この天才児と私は何をすればいいのだろう。

彼は超能力でわかっているようだが、わたしにはちゃんとした説明が必要だ。


国連の報道官が今までの経緯を説明した。

要は、宇宙人に地球から離れるように説得して欲しいと言うことらしい。

宇宙人などにわかには信じられなかったが、UFOと国連ビルの写真を何枚も見せられて信用せざるを得なかった。


「で、私は何をするんですか?」

「それは彼に聞いてくれ。」と報道官。

彼がおもむろに話し出した。

「数字は全宇宙に普遍的な概念なんだ。地球の文明をみてもいろいろな土地でばらばらに数字という概念が生まれている。」と彼。

「だから彼らにとっても数字は普遍的で大切なものなんだ。」

「君、以前宇宙人から数学のテストを受けたことがあるだろう。」

「バイトのことですか。あの三人は宇宙人だったんですか。」

「まあ、そういうことになるね。」彼は自信満々だった。

「そのテストの中で君は最低点だったんだよ。」

「あんな数字のお遊びに点数があるんですか? それにしても最低点とはひどいな。でもどうして宇宙人の採点がわかるんですか?」

「僕は彼らと同じ思考をすることができるからね。君の思考パターンが彼らには最も不愉快なはずなんだ。だから、その最低点というのが重要なんだよ。」

「なんだかわかりませんが、私が地球の役に立つのなら、ビリだろうがなんだろうがいいですよ。」


私は疑問に思った。

「その宇宙人との数字ゲームに勝てば地球は安泰で、負ければ植民地化されるってことですか? しかし、そんなお手軽な宇宙戦争なんか聞いたことありません。」

「では、君は見たこともない武器が現れ、地球の多くの都市が火だるまになることを望んでいるのかい。」

「そうじゃないけど。でも地球を守るのは兵士の仕事でしょ。」

「わかったよ。じゃあ、我々がその兵士だ。これで気が済んだだろう。」

「私には、あなたがこの戦いを楽しんでいるようにしか見えませんが。」

「私は、私の才能ゆえに何年間も隔離されていたからね。久しぶりにアクセルを全開にする気持ちなのは確かだよ。」

こんなサイコ野郎に地球の運命を託していいのか、私は大いに疑問を感じた。


しばらくすると我々の訓練が始まった。

彼は、私がバイトで受けた質問を次々に再現してみせた。もちろん彼はそのバイトの会場にはいなかったし、あの三人組が彼に質問を教えるはずもなかった。

私も負けじとその時に書いた数字を再現してみせた。9問目までは自信があった。しかし最後の10問目で間違えてしまった。

すると、彼は、机を叩いて怒った。

「なんだ、だたのお人好しじゃないか。」

彼が怒った理由を説明できる者はここにはいない。彼の怒りが収まるのを待って説明してもらった。

「私の質問に対して、前回のバイトの時の答えで切り抜けるのはいい。じつは、あの答えはひとつの言葉になっていたからね。」

「でも最後の一言でその前の文章を台無しにしたんだ。」


彼は分厚い本を机に投げ捨てて部屋を出ていった。


私はおもむろにその本を手にした。手垢ですり切れそうな本だった。

左にはおそらく宇宙人が使っている数字が、右には私の知らない言語で説明らしきことが書いてある。

「数字の辞書だ。」と私にもすぐにわかった。

これって日本語か、いやサンスクリット語かチベット語かも知れない。

ちょうど日本の外務省から出向で来ている女性がいたので相談した。いわゆる漢文というものらしい。正確には中国語だが、それを無理矢理日本語読みしたものだそうだ。今となっては日本語よりも中国語よりも難しいそうだ。

地球の運命は彼と私の双肩にかかっている。すぐに漢文の第一人者がやってきた。左側にある数字の意味をつぎつぎと英語で説明してくれた。

2桁目までは何となく数字と意味の相関を感じ取れるので覚えやすい。

ところが3桁目はちんぷんかんぷんだった。しかし、以前に受けた彼らの問題は圧倒的に3桁が多かった。3桁を理解しないと話にならない。


しかし、そもそもなぜこのような辞書が存在するのだろう。

報道官によると、

「中世の頃にも彼らは現れ交友を持った仙人がいたそうだ。そしてその仙人がこの書を書いた。それ以降、この書は日本の宝となり、江戸時代の開国の時もこの書があるゆえに焼失しないように砲撃は控えたと聞いている。太平洋戦争でもこの書を保管していた皇居は絶対に空爆しなかった。そして、その後、最も地球を救うことができそうな人間が手にすることになったそうだ。だから今までは彼が持っていた。」

「で、この本は君の手に渡った。地球を救うのは君だってことさ。」

「そんな馬鹿な。」


私は報道官に聞いてみた。

「これって大がかりなドッキリですよね。」

「確かに記録映像を残すためにカメラは回しているが、ドッキリではないよ。」


仕方なく3桁目の学習に入った。漢文を読む先生ですら理解に苦しむ概念がでてきたりした。

1桁で10個、2桁で100個、3桁で1000個。どう考えてもこれが限界だった。

さらに桁と桁の切れ目は一瞬の長さの違いとイントネーションの違いだけらしい。その区切りを間違えると全くちがう意味になってしまう。

さらに、

「あなたたちは、敵だ。」

「私たちは、あなたたちに屈しない。」

「われわれの星、地球から出ていってくれ。」

などの文章も覚えた。


次に彼に会った時にはさぞや褒められると思った。

かれに会ったとき数字で、「やぁ、おはよう」と挨拶をした途端、彼が殴りつけてきた。

私には意味がわからなかった。

「おまえは今まで何をやっていたんだ。」と彼は大激怒した。

「1から3桁までの数字が現す意味を理解していたけど・・・」

「それだけかい。」

「あとは、言い間違えると全く違う意味になる数字とか、言い間違えそうな数字の意味とか。」

「で、印象に残った言葉はあったかね。」

「戦争と平和、白と黒、明と暗、男と女、いろいろな意味がそれぞれ偶数と奇数で対になっていたよ。」

「そう、それが彼らの数字言語体系の基本だ。でおかしいところがあっただろう。」

「おかしいところ?」

「人の成長や寿命に関する言葉さ。」

「そういえば、大人の対になる子供という言葉がなかったし、老人の対になる赤ん坊という言葉もなかった。」

「そう。僕の友人の宇宙惑星論研究家がいうには、たまに惑星への適合能力が未発達のまま高等生物が発生する場合があるらしい。その場合、乳児や幼児、小児の死亡率が極めて高い。すると、彼らは生まれてきた赤ん坊を親元から引き離し、厳しく管理された環境下で生活をさせて、子供の死亡率を下げる努力をする。今回の惑星がそれに該当するんじゃないのか? っていうのさ。」

「だから、彼らの言語には、子供や、赤ん坊という言葉がないのか。」

「いや、多分概念すらないだろうね。」


「それで作戦はもうわかったよね。」

「いえ、全然。」

「君らしくていいな。普通は何もなくても、あります、って虚勢を張るもんだよ。」

「でも本当にないですから。」

「わっはっは、もういいよ。」


「最近、ある新薬が発明されたのが話題になっただろう。」

「あ、過呼吸に効くってやつですね。」

「そう、それだよ。」

「でも隔離されていてよく知っていますね。」

「新聞や欲しい雑誌は与えてくれたからね。」

「で、それをどうするんです。」

「彼らにプレゼントする。」

「えっ、プレゼントって。」

「彼らの子供たちにはその惑星の酸素が濃すぎるんだ。だからその薬で濃い酸素でも生活できるようにしてあげるのさ。赤ん坊や子供たちが親元で育つことになるんだよ。」

「ええ、それはそうでしょうけど。それで勝てるんですか、彼らに。」

「もちろん。」


国連ビルの屋上からサーチライトで「降りて来てくれ」と向こうの言葉で宇宙船に照射した。

「なんだ、まともな奴もいるんだな。」


私と彼は丸腰で国連ビルの屋上にいた。そこに宇宙人も降りてきた。拳銃のような武器をもっていた。宇宙人だもの、光線銃に決まっていると私は信じた。


さっそく彼が口火をきった。彼は私の手を強く握っていた。私がアンテナになっているのか、私には全く自覚がなかった。

宇宙人の言葉で、

「我々の申し出どおり、降りてきてくれてありがとう。」

宇宙人の返事は素っ気なかった。

「用事はなんだ? 降伏するのか?」


すると、私の体は異様に震えた。どうも受信側のアンテナのようだ。


「その前に、君たちの小さな人たち(「子供」という単語がない)の状況には我々も同情している。」

「何のことだ?」

「隔離しないと死んでしまうのだろう。」

「・・・」

「我々はそれを解消する薬をもっている。高い酸素濃度に堪える薬だ。これがあれば小さな人たちは親元で過ごせる。」

「その薬とこの惑星の征服とが交換条件というわけか。」

「そうだ。必要なら作り方も開示する。」

「こいつら、思った以上に高等生物だな。」


宇宙人は短い相談のあと、

「わかった。その薬と作り方を教えてくれ。それで今回は我々は帰還する。」

「我々の申し出を快諾してくれてありがとう。」

と、彼が一連のやりとりを締めた。


その後、大量の薬と、製造方法を宇宙人の言葉に翻訳したファイルを持って宇宙船は去って行った。


私にはこれが宇宙戦争だったとは全く信じられなかった。

その点を彼に聞いてみると、

「戦争なんてそんなものさ。戦争のほとんどは事前に止めることができる。そして、その止める方法なんか簡単なものが多いのさ。」

「考えてごらん。地球なんて宇宙の僻地の惑星だ。銀河系自体が中心から随分離れた星雲だろ。彼らだって、地球で作った農作物をどうやって運ぶんだい。コストがかかってたまらんよ。たぶんリゾート地のひとつに位しか考えていないよ。彼らからしても惜しくも何ともないのさ。」


私はやっと宇宙戦争の真っ只中にいたことを理解した。


「で、今回の働きで、君の隔離は解けるんだよね。」

「逆だよ、宇宙人にも勝った超能力ってことで、さらに隔離は強固になるだろうね。」

「それでいいのかい。」

「塀の中にもいろんな人間がいるってことを君が知ってくれただけで僕は嬉しいよ。」



その後、私は再編入した大学で心理学を専攻した。

専門は、潜在意識の高め方と超能力。

私も教授になる頃までには、確実に超能力をもった子供たち数人には出会うことができた。

私は、その子たちの進路にはあえて言及しなかった。地球はまだ後進国だから。


日本に帰ったはずの彼の話全く聞かなかった。きっとたまに事件だと呼び出されるだけで、塀の中でのんびり過ごしているのだろう。会いに行きたいが、彼の存在自体がないのだから所在の探しようがない。


しかし年に1回クリスマスの時期になると差出人不明で消印もない1通の手紙が来る。

なかには数字が処狭しと並んでいるノートの切れ端が入っている。彼からの挑戦状だ。

私は、なんであの時、数字の辞書を彼に返したか後悔した。

でも答えは簡単だ。私が地球を救う人間ではないってことだ。


彼からの挑戦状を1年かけて解読した頃に、次の挑戦状がやってくる。

彼は間違いなく私の親友だ。


これはふたりだけの超能力かも知れない。



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