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第37話:熱砂の誓いと交錯する信念

警視庁の執務室は、夕刻の独特な静けさに包まれていた。

デスクの上に置かれた一枚の書類。そこには「休職願」の文字が明確に印字されていた。


「本気なのか、カレン」


デスク越しに重々しく問いかけてきたのは、片桐署長だった。

その前に置かれた一枚の書類——そこには「休職願」の文字が明確に印字されていた。


桐生カレンは一切の迷いがない瞳で、上司である片桐をまっすぐに見つめ返した。


「はい。警察官としての職務を一時離れ、私個人として果さなければならない責任があります。

父親が遺した平和のための技術が、海外の戦場で人殺しの道具として悪用されている……それを知ったまま、ここで静観することはできません」


片桐は深く息を吐き出し、カレンの覚悟の強さを悟ると、静かに書類を受理した。


「無事で戻れよ、カレン。お前は我が署の誇りだ」


「ありがとうございます」


警視庁を後にしたカレンが向かったのは、アーク・システムズの本社ラボであった。

静まり返ったラボの中央には、整備ラックに佇む鋼鉄の相棒——シオンの姿があった。


ネオ・ロボティクス社との壮絶な決戦を終え、そのボディには傷一つない研磨が施され、胸部にはアーク・システムズの社名ロゴと製造番号が誇らしく刻まれていた。


「待っていたよ、カレンちゃん」


コンソールの前に立つ天童湊が、穏やかな笑みを浮かべて振り向いた。


「サジール国への志願の件、話は聞いている。

桐生博士の超自律型AIが軍事政権の兵器に移植されている以上、君が行かないわけがないと思っていたよ。

シオンの機体所有者として、僕も同行を全面的に許可する」


「天童さん……ありがとうございます」


天童は手元のアナライザーを操作しながら続けた。


「現地の中東は過酷な熱砂と猛烈な砂塵の環境だ。

シオンには特殊な耐熱・防塵コーティングを施し、駆動シリンダーの防砂フィルターを最新型に換装しておいた。

天童特製の高出力電磁ピストルの予備バッテリーと、長距離衛星通信モジュールも追加装填してある」


さらに天童は、ラボの奥から大人二人掛かりでも運べないほど巨大で重厚な金属製のコンテナを持ち出してきた。


「それと、現地での過酷な長期運用に備えて、シオンの交換用駆動パーツや特殊なメンテナンス工具一式を詰めた専用コンテナだ。

相当な重量とサイズだけど……シオンなら問題なく持ち運べるね」


整備ラックのロックが解除され、重厚な金属音とともにシオンのシステムが起動した。

ブルーのセンサーアイが眩い光を放ち、カレンの姿を正確に捉える。


『桐生刑事、準備、完了、シマシタ。ドコマデモ、同行、シマス』


シオンは天童から提示された大型コンテナを、その驚異的な腕力で何でもないように片手で軽々と持ち上げると、背部の専用ハードポイントへガッチリと固定した。


シオンの合成音声にはノイズ一つなく、確固たる意志が宿っていた。

カレンは笑みを浮かべた。


「私は休職中だから今は刑事じゃないから、カレンでいいわ。

行きましょう、シオン。お父さんの夢を、これ以上誰にも汚させはしない」


『リョウカイ、出撃、シマス』


(今度は戦場。危険な場所にカレンを連れて行きたくないけど、カレンの意思は曲げられない。自分がカレンを絶対に守らなきゃ)


二人は天童に見送られラボを後にすると、サジール国への輸送機が飛び立つ米国に向かった。


米国に向かう機内で真剣な眼差しで考え込むカレン。

思えば日本で父親のストレージが奪われ、今まさに向かっている米国企業の手に渡り、さらにはサジール国にまで父の技術が渡ることになってしまった。


悔しさを滲ませつつカレンはシートをゆっくりと倒し深く目をつぶった。


長時間のフライトの末、飛行機は米国の地に下り立った。

ゲートを潜るとそこには愛くるしい笑顔があった。


「カレンさん久しぶり、シオンも元気そうね」


ほほ笑むのは、米国基地送迎を買って出たハルカだった。


「カレンさん無茶ばっかり、今度は戦場に行くんですって」


「お父さんのストレージを私が守れなかったからね、それを回収に行くの」


ハルカは何か言いたげな表情だったが、カレンの決意を秘めた表情に言葉をのんだ。


基地までの道中は、今ニューヨークではやっているカフェや最近はまっている趣味など、戦争とは関係ない会話で盛り上がった。


(ハルカちゃん、気を使ってくれてるのね。でも気持ちが落ち着いたわ)


基地に着くと、ハルカが強く抱きしめてきた。


「カレンさん、約束してください。絶対に生きて帰ってくると」


「わかったわ、約束ね」


そう言ってお互いの小指を絡め約束を誓った。


ハルカが見送る中、過酷な戦乱の地である中東・サジール国へと向かう輸送機に乗り込んだのだった。


猛烈な熱風が、黒煙の混じる砂塵を吹き荒らしていた。


サジール国の国境付近に位置する前線基地。

上空を過激な空爆機が旋回し、遠くの地平線からは途切れることのない砲撃の轟音が腹に響いてくる。


輸送機のタラップが開き、足を踏み下ろしたカレンを迎え出たのは、刺すような日差しと焦熱の空気だった。

そのすぐ後ろを、背中に巨大なメンテナンスコンテナを担ぎ、重量感溢れる足音を響かせてシオンが続く。


「これが……サジール国……」


カレンが視線の先を泳がせると、そこは多国籍軍の装甲車や幕舎が立ち並ぶ殺伐とした陣地であった。

そしてその中央には、軍事政権の打倒を目指す現地の反乱勢力「人民軍」の兵士たちが、銃を抱えて鋭い視線を向けていた。


「おいおい、日本の警察官がロボットを一機連れてやってきたと聞いていたが、正気か?」


低い声とともに歩み出てきたのは、褐色の皮膚に無数の傷痕を持つ男、人民軍のリーダー・ラーマン大佐であった。


ラーマンはカレンを上から下まで見分めた後、その視線を隣に立つシオンと、背負われた巨大な金属コンテナへと向けた。


「アーク・システムズの最新型か。見たところ頑丈そうなシールドを持っているが、ここは遊び場ではないぞ。

軍事政権の放つ自動兵器どもは、人間を殺戮するマシーンだ。

お嬢ちゃんのような警察官が生き残れる場所ではない」


カレンはラーマンの鋭い威圧感に怯むことなく、一歩前へ踏み出した。


「私は遊びで来たのではありません。

軍事政権が使用している軍事ロボットの中枢には、私の父が開発した超自律型AIが組み込まれています。

その悪用を止め、技術を正しい形へ戻すために志願しました」


「……ふん、志は立派だが、戦場で生き残れるかどうかは別の話だ」


ラーマンは大口を開けて鼻で笑うと、カレンたちを作戦天幕へと手招きした。


暗い作戦天幕の中には、サジール国の詳細な作戦地図が広げられ、人民軍の幹部たちが険しい表情で議論を戦わせていた。


「いいか、次の作戦で我々が狙うのは、第3区画の敵兵器集積所だ」


ラーマンが地図の一点を指し示す。


「そこには、軍事政権がネオ・ロボティクス社から密輸した軍事ロボットが多数保管されている。

我々の計画は、その施設を制圧し、保管されているすべての軍事ロボットを接収・再武装させて、我々人民軍の重攻撃部隊として前線へ投入することだ!」


武闘派の幹部ハッサンが猛々しく卓を叩き、同意の声を上げる。


「そうだ! 奴らの最新兵器をそのまま奪い取って再武装させれば、敵の装甲部隊に対抗できる!

目には目を、暴力には暴力をだ!」


しかし、反対側の席から慎重派の幹部タリクが激しく反論した。


「待て、ハッサン!

ガードレールのない殺人ロボットをそのまま街中で暴れさせれば、民間人にどれほどの被害が出るか分かっているのか!

力だけに頼れば、我々もあの軍事政権と同じ悪魔へ成り下がるぞ!

軍事ロボットは破壊するべきではないか?」


天幕内で激しい怒号が飛び交い、人民軍の意見は真っ二つに割れていた。

ラーマン大佐も腕を組み、深刻な表情で決断を下せずにいた。


その緊張した空気の中、カレンが静かに、しかし力強い声で介入した。


「双方の言い分を聞かせていただきました。

ですが、その軍事ロボットを兵器として再武装させることには反対です!

また破壊せずとも有効な活用法があります。」


「何だと……!?」


武闘派のハッサンが激昂し、殺気立った手で腰の拳銃を抜くと、カレンの胸元へ突きつけた。


「部外者が我々の軍議に口を挟むな!

家族を殺され、家を焼かれた我々の無念が分かってたまるか!

勝利のためなら悪魔の力だろうと使う!」


だが、カレンは銃口を見つめたまま一歩も退かなかった。

背後のシオンが重厚な足音とともに静かに割り込み、その強固なチタンの胸部でカレンを護る位置に立った。


『警告。カレンヘノ敵対行動、即座ニ、停止、セヨ』


シオンのブルーのセンサーアイが、静かな威圧感を伴って明滅する。


カレンはハッサンの激しい眼差しを真っ直ぐに見つめ返し、言葉を紡いだ。


「分かります……!

私も両親と親友を悪意のあるロボットの手によって奪われました。

復讐に身を焦がす苦しみは痛いほど分かります!


ですが、人を守るために父が作った技術を、そのまま殺戮兵器として振り回せば、あなたたちも暴力の奴隷になってしまう!」


「じゃあどうやって敵の重装甲部隊から民衆を守る気だ!

力がなきゃ守れんぞ!」


ハッサンの怒声に対し、カレンは毅然と具体的な案を提示した。


「奪取した軍事ロボットは、安全装置ガードレールを復元します!

攻勢の兵器としてではなく、味方の防衛線を支え、民間人の避難ルートを死守するための【防衛の盾】として運用するのです!」


天幕の中に、静寂が広がった。


カレンの言葉には、自らの悲痛な過去を乗り越えた者だけが持つ圧倒的な説得力があった。


慎重派のタリクが頷き、静かに声を上げた。


「……彼女の言う通りだ。

我々が守るべきは民衆の未来だ。

ガードレールを復旧させた防衛の盾ならば、民衆を巻き込むことなく安全に戦線を維持できる」


ハッサンは銃を向けたまま噛み締めていたが、カレンの不屈の瞳と、一瞬の隙もなく彼女を守り続けるシオンの佇まいに、やがて敗北を認めるように深く息を吐き出した。


「……ふん。口だけのお嬢ちゃんじゃないようだな。

その【防衛の盾】ってやつ、見せてもらおうじゃないか」


ハッサンはゆっくりと拳銃をホルダーへ収めた。

割れていた幹部たちの意見が、カレンの提案によって一つにまとまったのだ。


ラーマン大佐は満足そうに頷き、カレンに向かって歩み出ると、無骨な手を差し出した。


「カレン、感謝する。

我々が失いかけていた誇りと、戦う理由を繋ぎ止めてくれた。

奪取した不法ロボットは、ガードレールを復元し、民衆と拠点を守る【防衛の盾】として運用しよう」


カレンはパッと表情を明るくさせ、差し出された大きな手を強く握り返した。


「ありがとうございます、ラーマン大佐!」


「これより我々は仲間だ。

サジール国に真の自由を取り戻すまで、共に戦おう!」


「はい!」


二人が熱い握手を交わす横で、シオンの胸部にあるアーク・システムズのロゴが、夕日に映えて黄金色に輝いた。


(いきなりカレンが銃を突きつけられてヒヤヒヤしたけど、うまくまとまってよかったよ。

本当に無茶ばかりだよ。戦場でうまくやって行けるかな?)

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