第1話:世界はあまりに、やかましい
世界は、不快なノイズで満ちている。
岡山岳にとって、現実世界は常に「音の暴力」に晒される拷問部屋に等しかった。彼は耳を塞ぐように、深くノイズキャンセリング・ヘッドフォンを押し当てた。だが、どれほど高性能な機器でも、他人の「悪意」や「無知」というノイズまでは消し去ってくれない。
彼が唯一、その音から逃れられる場所は、深夜の自室でダイブするVRMMO『アステリズム』の中にしかなかった。このゲームには、有料ユーザーが「勇者側」、無料ユーザーが「モンスター側」として参加し、世界を盛り上げる独自の経済圏がある。
廃都・時計塔の地下。岳の分身である「ブレイクダウン」は、そこにいた。
しかし、その静寂は、かすかな「音」によって破られた。
そこには、手のひらほどの大きさしかない、透き通った銀色の蜘蛛がいた。無料ユーザーのモンスター、名はヌルチー(null_chi)。
『……ここ、音が……綺麗だから。……悪い音、消えるように……網、作ってるの……』
ヌルチーが紡ぐ銀糸は、微かな、そして美しい「和音」を奏でていた。岳の脳内を支配していたノイズが、その音に触れた瞬間、嘘のように凪いでいく。
「……やかましくない。お前の出す音は」
岳は初めて、世界と同期した瞬間を感じた。




