第9話 ――自宅ダンジョン探索(3)/初めての負傷
地下への扉を閉めた瞬間、
家の中の空気がわずかに変わった。
恒一はそれを、もう“気のせい”とは思わない。
「今日も、下行く?」
ひよりが装備を整えながら聞いてくる。
「ああ。昨日の続きだ」
自宅ダンジョンは、依然として階層表示が出ない。
兄妹で管理課の端末を持ち込み、
慎重に進んでいるが、深度の把握ができないのが最大の問題だった。
「今日は無理しない」
「うん。回復ポーションも多めに持ってる」
妹のアイテムボックスは無限。
だが時間停止がないため、
整理と取り出しには集中力が要る。
一方、恒一のアイテムボックスは
時間停止あり・30トン制限。
噂レベルでは中堅冒険者並みだ。
――それでも、足りない。
そう感じ始めていた。
階段を降りる。
五階層ほど進んだあたりで、
空気の湿度が変わった。
「……来る」
恒一が剣を構えた瞬間、
床が、ぬるりと波打った。
「擬態――っ!」
スライム。
だが、ただのスライムじゃない。
床一面に広がり、
同時に複数の核反応が見える。
「分裂型!」
「数が多い!」
恒一は前に出る。
ダンジョン産の剣を振るうと、
刃が吸い込まれるようにスライムを断ち切った。
だが――
「っ!」
足首に、違和感。
次の瞬間、
焼けるような痛みが走った。
「お兄!」
遅れて気づく。
別個体が、
恒一の死角から酸を飛ばしていた。
「大丈夫! 浅い!」
そう言ったが、
VITを上げているとはいえ、初めての負傷だった。
思考が一瞬、鈍る。
――油断した。
その隙を、ダンジョンは見逃さない。
「下がって!」
ひよりの魔術が炸裂した。
氷と雷の複合魔法。
スライムが一斉に凍結し、砕け散る。
魔核が転がる音が、やけに大きく聞こえた。
戦闘終了。
「……ごめん」
「いいから、座って」
ひよりは即座にポーションを取り出す。
回復液が傷に触れた瞬間、
痛みが急速に引いていく。
「……これが、負傷」
「初めて?」
「ああ」
恒一は、自分の足を見下ろした。
完全に治っている。
だが、恐怖だけが残った。
「ねえ、お兄」
「ん?」
「ダンジョン、怒ってるみたい」
ひよりの言葉は、
直感的だが、的を射ていた。
このダンジョンは、
“優しくない”。
Eランクだと決めつけた者を、
確実に試しに来ている。
その後の探索は、より慎重になった。
罠。
擬態壁。
挟撃配置。
明らかに、
低階層向けではない設計。
「これ、絶対――」
「うん。自然発生型じゃない」
ひよりも同意した。
「誰かが、意図して作ったみたい」
「……地下に?」
家の地下に。
和歌山の、
父の趣味で作った地下室に。
背筋が寒くなる。
帰還後。
リビングで包帯を巻き直しながら、
恒一は深く息を吐いた。
「怪我、初めてだった」
「でも、生きてる」
ひよりは、真剣な顔で言う。
「お兄。これから先、
もっと危ないよ」
「ああ」
だが、
恐怖よりも強かった感情がある。
――知りたい。
このダンジョンの正体を。
底にあるものを。
「撤退ライン、決めよう」
「賛成」
二人は、改めて話し合った。
深度制限。
戦闘後の即撤退ルール。
単独行動の禁止。
それは、
“冒険者”としての第一歩だった。
夜。
恒一は自分のステータスを開いた。
STR、AGI、VIT――
確実に、上がっている。
だが、それ以上に。
「……覚悟値、か」
数値化されないものが、
確実に変わっていた。
世界は、もう安全じゃない。
だからこそ、
守るための力が要る。
恒一は、静かに目を閉じた。
「初めて負傷」をおったことで「ダンジョンの異常性」を感じました。
これから自宅ダンジョンは明確に“物語の核心”に触れていきます。




