第7話 ――深さが、牙をむく
三階層までの探索から一週間。
兄妹は、毎日少しずつ自宅ダンジョンに潜るようになっていた。
無理はしない。
深追いしない。
必ず二人で行動する。
それが、恒一とひよりの二人で定めた絶対ルールだった。
「今日は四階層まで、だよね」
「ああ。何かあったら、即撤退」
地下室の黒い円を前に、ひよりは軽く伸びをする。
「だんだん“行くのが普通”になってきたの、ちょっと怖いね」
「慣れは油断につながる。だから言葉にするんだ」
二人は円をくぐった。
四階層。
これまでと同じ石造りの通路。
空気も、魔力の濃度も、ほとんど変化がない。
「……やっぱり変だよね」
「ああ」
魔物は、スライム、ゴブリン、オーク。
構成も同じ。
だが数が、明らかに増えている。
「来るよ」
恒一が前に出て剣を振るう。
剣術はレベル2に上がっていた。
動きに迷いがなくなり、斬撃の精度も増している。
ひよりは後方支援に徹していた。
魔術はまだ試行段階だが、火球を一つ放つだけで、ゴブリンが吹き飛ぶ。
「……威力、上がってる」
「無理するな、魔力消費も見とけ」
「分かってる」
連携は、すでに形になっていた。
だが――
四階層の奥で、それは起きた。
通路が、途切れていた。
正確には、落ちていた。
「……なに、これ」
巨大な縦穴。
底は見えない。
階段も、足場もない。
鑑定眼を使う。
《構造:ダンジョン内断層》
《深度:測定不能》
《意図:不明》
「測定不能……?」
通常、階層間は必ず階段でつながっている。
落下式の構造は、聞いたことがなかった。
「これ、次の階層?」
「分からない……が、下に続いているのは確かだ」
ひよりは縁に近づき、覗き込む。
「……風が、上がってきてる」
「戻れ」
即座に言った。
だが、その瞬間だった。
ぐにゃり、と。
空間が歪んだ。
「っ!?」
床が、動いた。
「ひより!」
床の一部が、まるで生き物のように隆起し、
二人を縦穴へ押し出そうとする。
「床型トラップ!?」
「違う……これ、魔物だ!」
鑑定眼が、即座に反応する。
《名称:擬態床(ダンジョン固有)》
《脅威度:中》
《階層偽装:有》
「ダンジョン固有……!」
聞いたことがない単語だった。
恒一は剣を突き立て、床に踏ん張る。
剣が、確かな手応えを返す。
「斬れる!」
床は悲鳴のような振動を起こし、動きを止めた。
「ひより、魔術!」
「了解!」
火球が放たれ、擬態床は焼け焦げて沈黙する。
だが、縦穴は残ったままだ。
「……ここ、普通のEランクじゃない」
「今さら?」
ひよりは、少し震えた声で笑った。
「でもさ」
「……なんだ」
「ちょっと、ワクワクしてる」
恒一は否定できなかった。
恐怖と同時に、
未知に触れた感覚があった。
二人は、その場で撤退を決めた。
帰還後、地下室で魔核と素材を整理する。
ひよりは錬金術を試し始めていた。
「……できた」
机の上に、小さな瓶が置かれる。
「ポーション?」
「うん。回復(小)。
素材の質、かなりいいよ」
鑑定眼で確認する。
《回復ポーション(小)》
《効果:軽度回復+疲労軽減》
市販品より、明らかに性能が高い。
「……売ったら、結構な値段になるな」
「売らないよ」
ひよりは即答した。
「これは、私たちの“命綱”」
その言葉に、恒一は頷いた。
その夜。
恒一は一人、地下室に立っていた。
ダンジョンの入口を見下ろしながら、考える。
このダンジョンは、
弱い魔物しか出ない。
だが、構造が異常だ。
まるで――
潜る者を試しているかのように。
「……どこまで、続いてるんだ」
答えは、返らない。
だが、確実に言えることがある。
このダンジョンは、
Eでも、Dでも、
ましてや既存のランクでは測れない。
そして、
ここで得た力は、
いつか“外の世界”と衝突する。
その予感だけが、
静かに、しかし確実に、胸に残っていた。
自宅ダンジョンが「普通のダンジョンではない」ことを明確になりました。
階層偽装やダンジョン固有魔物は、今後の大きな伏線です。
次話は久しぶりの学校回。
外の世界と、兄妹のズレが浮き彫りになります。




