第6話 ――浅層、そして“違和感”
自宅ダンジョンに足を踏み入れるのは、三日ぶりだった。
母の夜勤が続く日を選び、兄妹は地下室へ向かう。
入口となる黒い円は、相変わらず静かにそこにあった。
「……本当に、家の地下なんだよね、ここ」
ひよりが小さく呟く。
「外から見たら、ただのコンクリート床だ」
恒一は鑑定眼を軽く使い、ダンジョン情報を確認する。
表示は変わらない。
《ダンジョン:未分類》
《階層数:不明》
「今日も浅いところだけだ。二階層まで」
「はーい、隊長」
ふざけた口調だが、ひよりの表情は真剣だった。
二人は黒い円をくぐる。
一階層は、前回と同じ石造りの空間だった。
通路は広く、天井が高い。
松明のような淡い光源が、どこからともなく空間を照らしている。
「魔物の気配は……少ないな」
恒一は剣を抜き、慎重に進む。
現れたのは、スライムとゴブリン。
Eランク相当の、ごく一般的な魔物だ。
「行くよ」
恒一が前に出る。
剣術レベル1とはいえ、動きは洗練されていた。
踏み込み、斬撃。
ゴブリンは悲鳴を上げる暇もなく倒れる。
「お兄、右!」
ひよりの声に反応し、振り返る。
背後から迫っていたゴブリンを、寸前で切り伏せた。
「助かった」
「えへへ」
倒した魔物から、素材と魔核がいくつか落ちる。
《ドロップ:ゴブリン素材》
《ドロップ:魔核(小)》
「確率どおりだね」
「素材は三体に一つ、魔核は十体に一つ……」
淡々と確認しながら、ひよりはアイテムボックスに収納する。
無限容量だが、時間停止はない。
そのため、腐敗しやすい素材は、あとで錬金処理する予定だった。
「錬金、試してみる?」
「帰ってからにしよう。今日は戦闘慣れが目的だ」
二人は、一階層を完全に踏破した。
二階層への階段は、やけに整っていた。
「……人工的すぎない?」
「普通のダンジョンも似たようなものだ」
そう言いながらも、恒一の胸には引っかかりがあった。
二階層に入ると、魔物の数が増えた。
だが、強さはほとんど変わらない。
「簡単すぎる」
ひよりが率直に言う。
「Eランクなら、こんなもんだ」
「でも……」
ひよりは周囲を見渡した。
「このダンジョン、深くなる気配がしない」
その言葉に、恒一は立ち止まった。
「どういう意味だ?」
「普通さ、階層が進むと、空気が変わるでしょ。
ここ、ずっと同じ」
確かにそうだった。
霞が関ダンジョンや、管理課の資料映像で見たEランクダンジョンは、
下へ進むほど圧迫感が増し、魔力濃度も上がる。
だが、このダンジョンは――
深くなっているのに、深くなっている感じがしない。
「……試しに、もう一階層だけ」
三階層へ進む。
魔物は依然として弱い。
スライム、ゴブリン、オークが混ざる程度。
だが、恒一の鑑定眼が、微細な違いを捉えた。
《オーク》
《脅威度:低》
《魔力密度:通常》
《――》
表示が、一瞬だけ乱れた。
「……?」
「どうしたの?」
「いや、鑑定結果が……」
言葉を濁す。
鑑定眼MAXでも、読み切れない何かがある。
それ自体が異常だった。
戦闘を終え、階段の前に立つ。
下へ続く階段は、どこまでも暗い。
「今日は、ここまでにしよう」
恒一はそう決めた。
「えー、もう?」
「異常が多い。慎重に行く」
ひよりは不満そうだったが、納得した様子で頷く。
二人は引き返す。
地下室へ戻ると、現実の静けさが戻ってきた。
「ねえ、お兄」
「ん?」
「このダンジョン、成長すると思う?」
ひよりの問いは、核心を突いていた。
「……分からない」
だが、確信はあった。
このダンジョンは、
攻略されることを前提にしていない。
潜れば潜るほど、
“何か”が待っている。
「でもさ」
ひよりは、少しだけ笑った。
「私たちにしか潜れないなら、悪くないよね」
恒一は苦笑する。
「……そうだな」
家族を守る力。
世界に振り回されない力。
それを得るために、
彼らは、誰にも知られない深淵へと潜り続ける。
まだ、浅層に過ぎないというのに。
自宅ダンジョンの「異質さ」が強調されました。
魔物は弱いが、構造そのものが普通ではない――
この違和感が、後の展開につながります。




