第20話 ――学校/追いつかない日常
月曜日。
教室は、いつもと変わらない朝の匂いがした。
ワックスとチョークと、少し湿った制服。
「……懐かしい感じ」
「先週も来てたけどね」
ひよりの言葉に、恒一は苦笑した。
確かに、時間的にはそうだ。
だが――
感覚が、もう違う。
HRが始まる前、教室の一角が少しざわついていた。
「聞いた?」
「Dランク、行けるようになったって」
話題の中心は、同級生の一人――早川だった。
Eランクを三回クリアし、先週、Dランク解放。
「すげーよな」
「もう冒険者じゃん」
羨望と不安が混じった視線。
恒一は、その輪を少し離れた場所から見ていた。
(……Dランク、か)
昨日、自分たちが潜ったのも、Dランク。
だが早川の顔には、興奮と同時に、恐怖が残っている。
それが、はっきり分かった。
昼休み。
恒一とひよりは、いつものように並んで弁当を食べていた。
「ねえ」
「ん?」
「私たち、もう“聞く側”じゃないね」
確かに。
この学校で、Dランク解放は数えるほど。
自分たちは、話題の中心になりうる位置にいる。
「でも、言わない」
「うん。言わない」
自宅ダンジョンのことは、もちろん論外。
Dランク安定周回も、不用意に広める話じゃない。
午後の授業。
体育。
持久走。
「……速くない?」
「日高、前よりだいぶ」
無意識だった。
体が、“この速度が普通”だと認識している。
(まずい)
恒一は、意識してペースを落とした。
それでも、クラス上位。
「……制御、必要だね」
「うん。思ったより難しい」
力は、使わなくても滲み出る。
放課後。
校門前で、早川に呼び止められた。
「日高」
「どうした?」
少し、緊張した顔。
「……Dランク、行ったことある?」
来た。
恒一は、一瞬だけ考えた。
「……一回だけ」
「マジか!」
嘘ではない。
ただし、頻度を伏せている。
「どうだった?」
「Eとは違う」
それだけ答えた。
「怖かった」
「……やっぱ」
早川は、少し肩を落とした。
「強くなりたいけどさ」
「正直、戻れなくなる気がして」
恒一は、何も言えなかった。
それは、もう答えが出ている問いだったから。
帰宅。
地下へ向かう前、恒一は一度立ち止まった。
「……学校、どう思う?」
「静かすぎる」
ひよりは言った。
「私たちが変わってるのに、周りは、まだ昨日のまま」
それが、一番きつい。
地下。
今日は、探索はしない。
代わりに、台座の前に立つ。
《内部代理:状態確認》
光が浮かぶ。
「聞きたいことがある」
《受理》
「……俺たちは」
「もう、普通の生活を保てないのか」
沈黙。
そして、淡々とした返答。
《選択により、差異は拡大》
《完全な同一は、不可能》
ひよりが、静かに聞いた。
「じゃあ、どうすればいい?」
《“線”を引け》
《力を使う場と、使わない場を定義》
《曖昧さは、破綻を招く》
現実的すぎる助言だった。
地上に戻る。
夜。
「……線、か」
「難しいけど」
ひよりは、少しだけ笑った。
「決められるのは、私たちだよ」
恒一は、深く頷いた。
Dランクに行けるようになったことは、確かにうれしい。
だがその代償は、日常との距離。
それでも。
「……戻らない」
「うん」
二人は、前を向いた。
普通ではない日常が、静かに始まっていた。
「力を得た後の学校」ではズレが表面化する回でした。
・身体能力の差
・情報の非対称
・同級生との立ち位置の変化
このあたりを、今後じわじわ感じてきます。




