聲が聞こえる
高校の個人探究用に書きました。
1
シャワシャワシャワシャワ。
蝉の声が多方面からこの耳の中へと飛び込んでくる。
黒いアスファルトは太陽の熱を吸収し、私たちを焼くように温める。少し息苦しい夏の空気を胸いっぱいに吸い込んで、私はエアコンの効いた部屋にいたい、と切実に願った。
「お〜い!こっちこっち!」
私を呼ぶ声が蝉声だらけの中から届く。
なんでこんな暑い中外出しなければならないのか、今日は友達の春菜、夏海、真冬と遊ぶ予定だった。
「ごめん、待った?」
「ううん、みんな今来たとこだよ。旭、行こ」
真冬の言葉に私はコクっと頷いて、歩き出した。
歩いてきたのは駅から5分ほどのカラオケだった。
「やった!90点越えたよ!ほら!」
「う、うん。見えてるよ…近い…。」
夏海のテンション感に振り回されながら苦笑いを浮かべる春菜は楽しそうだ。私はその光景を見ながら目の前に置いてあるコーラを手に取り、飲む。
「曲入れた?」
春菜は逃げるように私に話しかける。
「あ、いやまだ。」
私はデンモクを操作して、曲を入れる。私が喉を開くと、彼女たちはいつものように盛り上げてくれる。
春菜はスマホをいじって次の曲を決めているようだ。
「やった〜!私も90点!」
私は3人にピースを突き出して、ケラケラと笑った。
私の人生はそこそこ楽しくて、そこそこ良いのである。
2
「そろそろ進路のことも頭に入れとけよ〜?」
先生のこの言葉が嫌いだ。新学期に入って早々にこの先の人生を決めろ、と無慈悲に言われた。
そんな重い決断を私たち子供ができるわけがない。私たちは高校という小さな囲いの中でしか生活をしていない。そんな不完全な人間にこの先の人生を選択できるわけがないのである。
「…あー。このままずっと、高校生ならなぁ…」
私は机に突っ伏して、口を小さく開けて呟いた。
「おいおい?下校だよぅ?」
私はその声が聞こえて、勢いよく顔を上げる。
時計を見ると、もう放課後。
「…授業、寝過ごした…?」
そう言って、隣へ目をやると夏海だけがいた。
夏海は大口を開けて、笑い出した。
こっちはガチ焦りしてんだよ。笑ってんなよ。授業、寝過ごしたのとかはじめてなんだよ。
「おっかしぃー!そんな疲れてんの?いっつも真面目なのに。」
「…う、うん。そう、みたい?」
「なぜに疑問形?ウケる。」
「ウケない!」
私は鞄を持って、いつもより早く歩いた。
その様子を見て、夏海は私に抱きつく。夏海は口角を上げて言った。
「ごめんて〜!冗談じゃん!」
「わかった!わかったから!ちゃんと歩いて!」
並んで歩いていると、夏海は私の顔を覗き込んだ。
「さっきの授業つまんなかったもんね?進路のことなんてわかんないし〜」
夏海のこの性格には正直憧れる。その場の雰囲気と勢いで生きていく。そんな力を夏海からは感じる。
少なくとも私にはそんな力はないし、春菜や真冬だって少しは進路のことを考えるだろう。
「そういえば、2人は?今日もバイト?」
「バイトバイト〜」
私たち4人は同じコンビニでバイトをしている。
まぁバイトが同じだったから仲良くなったんだけど。
「旭?私こっちだから!」
「うん、また明日…」
夏海は太陽のような明るい笑顔を私に向けて、大きく手を振り、私に背を向けた。
私は夏海のような人には一生なれないな、と渇いた笑みをこぼした。
本物の太陽は空に柿色と紺青の階調を作り出していた。
私の影は大きく広がり、地面を黒く染めた。
帰宅途中の人が増えた。
電車、混み合うかもしれないなぁ。
ほ、、、、そ、で、、、?
喧騒の中で微かに聞こえたその声に私は振り向く。
私に言われた気がする。誰が言ったのだろう。
辺りを見回しても、私に話しかけた素振りをしている人はいない。
私は薄気味悪さを感じて、少しだけ歩く速度を早めた。
3
新学期が始まってから2週間。ようやっと長い夏休み明けの気怠さがなくなり始めたタイミングである。
ピピピピッ!ピピピピッ!
その発音体を手に取り、そこに表示されている数字を見る。38.1℃。完全に風邪をひきました。
「……最悪なんだけど。」
今日はバイトが入っている。連絡を入れなければならない。体は重く、息苦しい。寒気に耐えながら、バイト先に電話をかける。
「もしもし。旭です。」
『あきちゃん!』
正社員の人だ。この人は常に元気で私たちに優しく話しかけてくれる。この人の声を聞くだけで心が落ち着くようなそんな気がした。
『聞いたよ?風邪ひいちゃったんだって?』
私のこと…。春菜たちが言ったのかな?
「はい…。なのでお休みの連絡をと思いまして。」
『うんわかった!大丈夫だよ!代わりに冬香ちゃんにはいってもらったから!安心して休んで?』
……。あれ?なんで今、私。
「すみません。よろしくお願いします。失礼します。」
電話がきれた。冬香が入ってくれると聞いて、ホッとした。でもそれと同時にものすごくイラッとした?
、、、には、わ、、、、。
え?またあの声が聞こえた。
そんなはずはない。きっと風邪でおかしくなってるだけだ。私は布団に潜り、目を閉じた。
今日、学校では何をしてるんだろうか?
今日、バイトではどんなことしてるんだろうか?
そろそろ文化祭じゃん?
進路どうしようかな?やりたいことはなに?
しんどい。きついな。
考えちゃダメだ。考えちゃダメ?
暗闇の布団の中で恐怖の線香花火が弾けるように、パチパチと光ってはすぐに消えていく。
じんわりと汗が滲む。それが熱のせいなのか、恐怖から零れ落ちたものなのかはわからなかった。
ひつようとされたいなぁ。
その声がはっきり聞こえた。
聞こえたその言葉は私の内面の醜く、穢らわしい思いを鏡のように反射している。
私の声だ。間違いない。私の本音。
声の正体が解けた途端、私の意識は深淵に沈んでいく。
4
こんな夢を見た。
昔、絵を描くことが好きだった少女がいた。
絵を描くたび、色々な人に褒められた。
褒められることの喜びを知り、少女は絵を描くことが一層好きになった。
小学生にあがってからもその熱は冷めず、自分の世界の中で少女は絵を描き続けた。
「きもちわるい!」
ある日突然、ある男の子に少女はそんなことを言われた。
これは気持ちの悪いことだったようだ。
大空を飛んでいたのに、足を引っ張られ、自由に進めなくなった。
少女は現実へとたどり着いてしまった。そして悟った。
一生、夢を見ることはできないだろう。
悪意のない、男の子の一言によって少女の羽は捥がれてしまった。熱が冷めた。
少女が持っていた唯一の世界は絵の中にしか存在していない。他人の目が怖くて、それを捨て、逃げて逃げて生きてきた。私の人生は空っぽである。人に必要とされたいなど決して思ってはいけない。
5
楽しいから笑うのではない。笑うからそうかもしれない楽しいのだ。
ある学者が無責任に言い放った言葉らしい。
私はそうは思わない。
笑っていても楽しくない時は楽しくない。あの子にそう言われた時、私は笑った。辛いのをひた隠しにして、私は笑ったのだ。
笑って事態は好転しただろうか?いや、そんなことはあるはずもなく、私は未だに過去を引きずっている。
過去の夢を見てから、私は今まで以上に絵を避けるようになった。
それでいいの?
あぁ、それでいい。私に絵は必要ない。
確かに鼓膜を振動しているその声に私は心中で返答する。
絵を描いて彼女らとの関係が途切れたら。私はきっと人と関われなくなる。
時間が解決してくれるだろうか?そうかもしれない。
でも私は“今”苦しいのが耐えられない。
先に進めなくていい。だって進んでいると思って進めていなかったときの絶望の方が辛いから。
私には成長なんていらない。
私は机上に置いてある紙に目をやる。担任から提出しろと言われた進路希望調査書だ。受け取った時から変わらない白紙の状態で机に居座っている。
春菜みたいに挑戦すれば。夏海みたいに底なしの明るさがあれば。真冬みたいに簡単に結論を出せれば。
そこで気づいた。きっと私には…。
なにもないよね。
両肩をガクッと落とす。知ってはいた。でも考えたら辛くなる気がして、考えすらしてこなかったこと。
私には何もないなんて。
「気がつきたくなかったなぁ。」
その小さな独り言は部屋の壁に吸い込まれていくだけで誰の耳にも入らない。
6
シフト表を覗き込む。
そこには真冬と私が交代した跡が書き込まれている。
「…どうしたの?」
真冬が私の顔を凝視している。
私はそれに驚き、「うわっ!」と情けない声をあげる。
「いや、この前のシフト!変わってもらって悪かったなぁって!」
思いつきの言い訳にしてはだいぶマシだよね?
「ふーん。そう?なんかあったら言ってね?」
真冬のいいところだ。友達想いで、常に気を配る。
「…真冬?私が何かしたいことができたら喜んでくれる?」
不意に口から飛び出たその言葉は私の本音だった。
聞くのがずっと怖くて、聞けなかった。
辛い思いをしたくなくて、隠していようと思った言葉。
真冬は私に向き直り、柔らかい笑顔を見せた。
「喜ぶよ!もちろん。」
ごめんなさい。嘘をつきました。
私はもっと成長したい。彼女たちといつまでも並んで笑えるように。
この3人さえいてくれたら私は大丈夫だとそう思えるから。
それでいいの?
ううん、今のままじゃダメ。
ほんとうになにもないの?
本当はある。嘘つかないよ。
ひつようとされてないの?
違う。私は彼女たちに必要とされている。
「ありがとう。私、絵を描いてみたい。」
あのときとは違う。今度こそ胸を張って堂々と本気で絵に向き合いたいと思う。
にぱっと明るく包み込むような真冬の笑顔を私は一生忘れられないだろう。
「早く行くよ〜?」
「あ、置いてかないでよ〜。」
私は真冬に慌ててついて行った。
7
バイトが終わり、真冬と別れてスケッチブックと鉛筆を買った。
私は意志が弱いなぁ。
乾いた笑みを溢しながら自室の机についた。
真冬に宣言したのに、まだ少し怖い。
これだけ絵のことを忘れていたのに、今更描くなんて。
自分勝手もいいところだよ。本当に。
先の尖った鉛筆を持った。
あ、懐かしい。まっさらなスケッチブックに線を描き始める。
線が増える度に昔のことが蘇ってくるような感覚に襲われる。
もっと。もっと。もっと。もっと。
思い出したい。あの高揚感を。取り戻したい。私の見ていたものを。
描いて。
描いて。
描いて。
描いて。
気がつけば、私が通っていた小学校がスケッチブックに現れていた。
あぁ、思い出したよ。楽しいなぁ…。
はっと我に返って、スマホで時間を見る。
いつの間にか、日を跨いでいた。
「もう少しだけ…。」
次のページを開き、鉛筆を再度走らせていく。
時間は瞬く間に流れていき、気がつけば、登校の時間に差し掛かっていた。
「やっばい!徹夜しちゃった!」
スケッチブックの中には私が好きな3人の笑顔が描き出されている。
制服へと着替えて、スクールバッグの中に充電が30%しかないスマホ。2000円しか入っていない財布を投げ込む。スクールバッグを持って、部屋を飛び出していく。
それでいいの?
うん、これがいい。胸を張って言える。
今日はあの3人に絵を描き始めたことを言ってみよう。
今日もきっと、私の聲が聞こえる。
もっと練習します。書き続けようと思います。




