表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

28/28

第二十八話 ユリウス・アルバート来訪

春の光が、王都の尖塔を照らしていた。

 青空の下、ノクティス帝国の紋章を掲げた黒塗りの馬車が、王宮から学園へとゆっくり進む。

 沿道には好奇の視線が並び、誰もがその姿を一目見ようと息を呑んだ。


 ――それもそのはずだ。

 ノクティス帝国第二王子、ユリウス・アルバート。

 彼はかつて、数々の外交交渉を成功させた“影星の国”の天才と呼ばれる青年であり、その容姿もまた伝説のように語られていた。


 黒曜石のような髪に、銀糸の装飾を散らした制服。

 深紅のマントが風を受けて揺れ、その瞳は夜のように静かで冷たい。

 光を纏うレオンとは対照的――まるで、闇の中で輝く星そのものだった。


――◇――


 セレスティア魔導学園・大講堂。

 使節団歓迎の式典。

 カトリーナは最前列の貴族代表として、王国側の令嬢たちと並んでいた。


 扉が開く音。

 その瞬間、空気が張りつめた。

 視線のすべてが、黒衣の青年へと向かう。


 彼は、王太子レオンの隣に歩み出る。

 黒と白――昼と夜のように対照的な二人が、並び立つ光景。

 その瞬間、学園の空気がわずかに揺らいだ。


「ノクティス帝国より来訪した、ユリウス・アルバート殿下であらせられる」


 司会の声に合わせて、礼儀正しく一礼するユリウス。

 その仕草は一分の隙もない完璧さだった。

 しかし次の瞬間――彼の視線がふと動いた。


 真っすぐ、カトリーナを射抜く。


 黒い瞳が、わずかに笑う。

 口元がゆるやかに動き、低い声が落ちた。


「……噂以上だ」


 一言。

 それだけで、周囲の空気が息を呑むほどに変わる。

 令嬢たちがざわめき、教師たちが互いに顔を見合わせた。


「(……“噂以上”? あらあら、ずいぶんと率直な方)」


 カトリーナは軽く扇を開き、微笑みだけで応じた。

 その静けさが、逆に挑発のように見えたのかもしれない。

 隣に立つレオンの瞳に、一瞬だけ強い光が宿る。


「ユリウス殿下。この国では、“淑女を評する前に杯を交わす”のが礼儀とされています」


 その声音には穏やかな笑みを乗せながらも、わずかな棘があった。

 ユリウスは微かに唇を上げる。


「そうでしたか。我が国では、“印象を言葉にすること”が最上の礼なのですよ、王太子殿下」


 二人の視線が交錯する。

 金と黒。

 昼と夜。

 互いに微笑んでいるのに、どちらも一歩も退かない。


 政治的な緊張――いや、それだけではない。

 男同士の本能的な牽制が、言葉にならぬまま場の空気を支配していた。


 カトリーナはその空気の中で、ただ静かに二人を見つめていた。

 その目に、ふと奇妙な感覚が宿る。


「(この人……“台本”の外に立っている)」


 レオンが、原作の“王太子ルート”から外れたように。

 ユリウスもまた、この世界の設計を無視して存在している。

 まるで、自分と同じように。


「(……そう。あなたも、“星の外”の人)」


 カトリーナは扇を閉じ、静かに立ち上がった。

 周囲の視線が一斉に集まる。


「ユリウス殿下。ようこそ、セレスティア魔導学園へ。星々の加護が、貴国にも光をもたらしますように」


 完璧な礼。

 その声に、ユリウスは微笑みを返した。

 その笑みは礼儀のものではなく――観察者の笑み。


「あなたが“影星”のグレイス公爵令嬢ですね。……確かに、星々の外にいるようだ」


 そして、そのまま何気なく言った。


「――あなたを、ぜひ我が国に招きたい」


 講堂がざわめく。

 教師たちが息を呑み、貴族令嬢たちが目を見開いた。

 だがカトリーナだけが、動じなかった。


 扇の陰で、微かに唇が動く。


「まぁ……唐突ですこと」


 その声音は柔らかく、しかしその奥には緊張があった。


 レオンが一歩、前へ出る。

 その金の瞳が、冷たく光を放つ。


「ユリウス殿下。それは――外交上の申し出と受け取ってよろしいのですか?」


 ユリウスは答えず、ただ微笑んだ。

 黒髪の隙間から覗く銀の装飾が、光を弾く。


 そして、背を向ける直前に一言だけ残す。


「意味は――いずれ分かりますよ、殿下。この“世界”の形ごと、ね」


 彼の声が遠ざかると同時に、風が一陣吹き抜けた。

 カーテンが大きく揺れ、光が一瞬、黒髪を照らす。


 カトリーナはその背を見送りながら、心の中でそっと呟いた。


「(――世界の形、ですって? やはり、あなたも知っているのね。この“運命コード”の乱れを)」


 講堂のざわめきが戻る。

 だが彼女の耳には、もう何も届かなかった。


 ただ、次に訪れる嵐の気配だけが、静かに胸の奥で膨らんでいく。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ