第二十四話 エリスの退学裏ルート
“退学処分”と発表されたその日、エリス・ベルフェリアは確かに学園を去った。
だが――それはあくまで“表向き”の話にすぎなかった。
学園の門を出た彼女を乗せた馬車は、王都へ向かわず、静かな森の奥へと進む。
外套を羽織った騎士たちに囲まれ、行き着いた先は、王宮の外郭にある隠された離宮。
そこは「保護観察」という名目で、王宮直属の管理下に置かれた者だけが入れる特別区域だった。
厚い扉が閉じられる音を背に、エリスはゆっくりと微笑んだ。
「退学、ね……いい言葉だわ。“敗北”よりずっと聞こえがいい」
鏡の前に立つ。
頬の傷も涙の跡も、もうない。
白金の髪を整え、唇に淡い紅を差す。
それは――かつての“えりち”の姿に近かった。
――◇――
前世。
彼女は人気配信者「えりち」として、画面の向こうの世界で輝いていた。
明るく、器用で、可愛くて。
どんなコメントにも笑顔で応じ、ファンの心を掴んで離さなかった。
けれど――一度の炎上が、すべてを変えた。
『嘘つき』『人を利用してた』
そんな言葉がタイムラインを埋め尽くし、ファンだった人々が牙をむいた。
謝罪配信も、釈明も、何の意味もなかった。
彼女は“愛される側”から、“責められる側”へと転落した。
その夜、彼女はひとりモニターの光を見つめながら誓った。
「(もう二度と、嫌われない。今度こそ、永遠に“愛される側”に立つ)」
その願いが、なぜか叶った。
目を覚ますと――そこは、あの乙女ゲーム『セレスティアル・ハート』の世界だった。
そして自分は“ヒロイン”エリス・ベルフェリア。
誰からも愛され、祝福される存在。
完璧な“再スタート”のはずだった。
――なのに、また。悪役なんかに負けた。
手のひらでぎゅっとドレスの裾を握る。
爪が白くなるほど強く。
「……ふふ。こんな結末、認めない」
その瞬間、部屋の奥の魔導通信石が淡く光を放った。
そこから、ノイズ混じりの声が響く。
『ログを確認した。君の感情値、依然として高水準だ。異常干渉によってルートが変化したようだな』
エリスの瞳がかすかに光る。
どこか現実離れした青――システムの光が宿るような色だった。
「……ねぇ、“運営さん”」
エリスは静かに問いかける。
「この世界、修正できるわよね? ルートを巻き戻したり、書き換えたり――そういうの、あなたたちならできるでしょう?」
『理論上は可能だ。だが、干渉には代償が伴う』
「代償なんて構わない。だって、この世界はゲームなんでしょう?私が“ヒロイン”である限り、すべては私の舞台。……あの女の思い通りにはさせない」
声に宿る熱が、かつての配信者としての狂気を思わせた。
“視聴者”がいなくなっても、彼女はまだ演じ続けている。
カメラの代わりに世界を相手に。
通信石の光がゆらめく。
やがて、淡いノイズ混じりの声が再び響いた。
『では、新しいデータルートを開こう。君の願いどおり、“物語”はまだ続く』
エリスはゆっくりと目を閉じ、唇の端を上げた。
「ええ――まだ、負けていないわよ。カトリーナ・エルノア・グレイス」
その名を囁いた瞬間、通信石が赤く瞬いた。
まるで、封じられたプログラムが再起動するかのように。
静寂の中、彼女のドレスの裾がゆっくりと舞い上がる。
――そして、“ヒロイン”はもう一度、舞台へと戻る。
次に現れる彼女が、果たして“人”なのか“システム”なのか、その答えを知る者は、まだ誰もいなかった。




