第十九話 公開断罪の日
――それは、晴れ渡る朝だった。
空の青さがやけに眩しく感じられるのは、これから始まる劇の幕開けを、天すら見届けようとしているからだろう。
セレスティア魔導学園の大広間。
普段は入学式や式典でしか使われない荘厳な場所に、学生も教員も、まるで祝祭のように集まっていた。
だが、今日の舞台は祝福ではない。
――断罪という名の、ひとつの見せ物だ。
壇上に立つのは、学園長と数名の教員。
そして、その横に、純白のドレスを纏った少女――エリス・ベルフェリア。
彼女は両手を胸にあて、震える声で言葉を紡いだ。
「……どうか、皆さまにお聞きいただきたいのです。わたくしは、グレイス公爵令嬢――カトリーナ様から、長い間、心ない仕打ちを受けてまいりました」
騒めきが起こった。
貴族子女たちの視線が一斉に揺れ、空気が張りつめる。
中には、「やっぱり……」と頷く者もいた。
「影星の家は冷酷だと聞いたことがあります」
「無星の特例生をよく思わぬのも当然よ」
そんな声が、後方の席から次々に漏れ出す。
エリスはそれを悲劇の音楽のように受け止め、ゆっくりと顔を伏せた。
瞳には涙が光り、震える唇が次の言葉を紡ぐ。
「何度も耐えようとしました。ですが、学園祭の夜……わたくしはついに、彼女にもう生きる資格がないとまで言われたのです」
その言葉が落ちた瞬間、広間全体が凍りついた。
誰もが息を呑み、誰かが小さく「そんな……」と呟く。
――完璧な演出。
彼女は聖女としての仮面を、誰よりも巧みに使いこなしていた。
その視線の先。
最前列、貴族席の中央。
そこに、カトリーナ・エルノア・グレイスが静かに座っていた。
逃げも隠れもせず、ただ穏やかに、目を閉じて聞いていた。
「(ああ、まるで本当に舞台の上ね。照明も観客も、完璧。ーーでも、脚本はあなたの手から、もう離れているわ)」
膝の上では、ルイスが握る小さな記録魔導具が淡く光を放っている。
この瞬間、誰が何を言い、どんな表情をしたか――全て記録されている。
エリスの声が、さらに熱を帯びた。
「殿下もお聞きください。わたくしは、ただ仲良くしたかっただけなのです。なのに彼女は、わたしの努力を笑い、舞踏会でもわざと……!」
その時。
レオン王太子が、わずかに眉を寄せた。
彼は壇上に立つ少女の涙を見つめながら、何かを測るように沈黙していた。
誰もその視線の意味を読み取れない。
だが、ひとりだけ理解している者がいた。
――カトリーナ。
彼女はゆっくりと立ち上がった。
椅子の音が静寂を切り裂き、無数の視線が一斉に集まる。
白い大理石の床にドレスの裾が広がる。
月光のような銀青の光沢が、まるで舞台衣装のように輝いていた。
「エリス・ベルフェリア様」
柔らかく、それでいて確かな声。
彼女は壇上を見上げ、微笑んだ。
「あなたがそう感じておられるのなら――それが真実なのでしょう」
エリスの瞳がわずかに揺れた。
予想していた反応ではない。
カトリーナは一歩前に出て、静かに扇を閉じた。
その仕草ひとつで、空気が変わる。
観客たちは息を呑み、次の言葉を待った。
「けれど――あなたが語る真実だけが、世界のすべてではありません。人には、それぞれの物語があります。誰かにとっての光が、別の誰かにとっては影であるように」
その声音は、淡々としていながらも、どこか神秘的だった。
広間に漂っていた敵意の空気が、わずかに緩む。
だが、彼女は続けた。
目を伏せ、そしてもう一度顔を上げる。
「――ええ、そうですわ。わたくしは悪役令嬢ですの」
その言葉は、鐘の音のように響いた。
騒めきが走り、誰もが息を止める。
けれど、カトリーナの表情は変わらない。
「この世界が物語なら、誰かが悪を演じなければ、結末は訪れません。ならば、わたくしがその役を務めましょう。美しく、誇り高く――悪役として」
静寂。
その中で、レオンだけが彼女を見つめていた。
他の誰も気づかぬほど小さく、彼の唇が動く。
「……カトリーナ」
まるで、その名を真実として呼び戻すように。
そして次の瞬間、窓の外から陽光が差し込み、
カトリーナの姿を照らし出した。
誰もが断罪を見に来たはずなのに――
そこに立っていたのは、悪ではなく、ひとりの英雄のような令嬢だった。
エリスの瞳に、焦りと絶望が混ざる。
自分が描いたシナリオが、誰にも信じられていないことに気づいたのだ。
「(嘘よ……これは、私の舞台のはずなのに)」
彼女の小さな囁きは、誰の耳にも届かない。
代わりに、大広間を包んだのは――拍手にも似た、静かな騒めき。
カトリーナはゆっくりと会釈をし、まっすぐ前を見据えた。
「さあ――続きを、どうぞ。この物語の結末を決めるのは、あなたたちですわ」
その笑みは、敗北ではなく、挑戦の微笑。
その瞬間、学園の断罪劇は、完全に彼女の手に渡った。
悪役令嬢の逆転劇が、ついに始まったのだった。




