フラグ立ってますがな!!
「いた! あそこだ!」
闇の中にぼんやりと光るセーフテントの灯りは、真っ暗な海の中で光る灯台を見つけた時のようであった。灯りの魔法は対象者たちの周囲しか照らすことはできない。だが、その光が吸い込まれていく行く先を見据えると、どうやらそこは広大な広場になっているらしかった。
アレン達は逸る気持ちを抑え、ゆっくりと灯りの方向へと歩みを進めた。
メラーアベイユの斥候は次第に数を増していて、鬱陶しいほどである。奴らはメギドの魔道具に遮られて直接彼らの体に触れることはできなかったが、それでも叩き潰したいという欲求はある。今はそれを極力抑えながらゆっくりと歩く。なるべく奴らを刺激しないようにしているのだ。
なぜならメギドの話では、叩き潰さずとも敵とみなされた場合は体液を噴霧されてマーキングされる事もあるのだという。本当に厄介な魔物である。
「メラーアベイユはどのくらいいるんだ?」
「いっぱいいるなあ。」
メギドも探査魔法を駆使して敵の状態を把握しようとしてはいるが、あまりの数の多さと濃厚な魔素のおかげで数までは把握できないようだ。
「ざっとだが・・50万ってとこか・・。」
「これが金なら大儲けだけどな。」
シャールの冗談は笑えない。
メラーアベイユ1匹1匹の力はDかEランクだとしても、奴らは軍隊なのだ。個々にどれほど優れた人間でも軍隊には適わない。多勢に無勢ってヤツである。
ちなみに、メラーアベイユの核(魔石)は砂粒のように小さい。通常の魔物ならば生命を取り込んでいくことで魔石が肥大化し、魔物としての進化と体積を大きくしていくものだが、メラーアベイユは違っていて魔石の練度を上げていき、ある程度の練度に上がると分裂して仲間を作る。生物の蜂や蟻のように卵を産む女王はいないけれど、練度に応じた王や指揮系統が確立されているようだ。
セーフテントのバリアの近くに、女性の衣服が落ちている。白魔術師メリンダの物だろう。さっきはデビッドの服も落ちていたから、<蒼い牙>のメンバー5人のうち4人はすでに帰らぬ人になっていると見ていいだろう。
ようやくセーフテントに近づくことができたアレンの表情はどこか暗い。
中には人影が見える。見えるが、果たして無事であろうか?
おそらく、その人影は彼の幼馴染であるソナタだろう。走って駆け寄り、安否を確かめたい衝動を必死にこらえ、やっとセーフテントへとたどり着いた。
セーフテントの灯り越しに目を凝らすと、瞳を開けたままのソナタは弱弱しくその視線をアレン達へと向けた。
「よかった、生きてる。」
しかし、彼の両足は膝から下が無くなっていた。セーフテントの中にひしゃげた脛あてと靴が血まみれになって転がっている。足を刺されてそこから食い破ってくるメラーソレイユを防ぐために自分で両足を切り落とし、狂ったように叩き潰したのだろう。ボロボロになった肉塊と剣がそれを物語っている。
それでも応急の血止めの処置を行い、救命信号を発したのはさすがA級冒険者と言えよう。
「ソナタ。聞こえるか? 助けに来たぞ。」
アレンの問いに、ソナタの両目から大粒の涙が零れ落ちた。
「それにしても、どうやって中に入る?」
救命信号の出ているセーフテントは外からでも開錠は可能だが、ブンブンと周りを飛び交うメラーソレイユを躱して中に入ることは無理があった。
「俺が隙を作る。その隙に奴らが留まっていないかお互いに確認して中に入るんだ。いいか、時間は短いぞ。準備はいいか?」
皆がこくりと頷く。
メギドはずっと持っていた凍らせたメラーアべイユをスーっと前へ突き出し、その手を放す。空中に浮かんだメラーアベイユは一瞬で加速し、目にも止まらぬスピードで直進すると、遠くの壁にぶち当たって四散した。
すると、その匂いにつられてアレン達の周りにいたメラーアベイユが猛スピードで暗闇に消える。皆はお互いの体に奴が留まっていないかを確認すると、素早くセーフテントの中にもぐりこんだ。
すぐさまサブリナが治癒魔法でソナタの治療を始めた。
(傷口が壊死しかかっている。)
口には出さなかったが、ソナタの両足はもとには戻らない。切り落とされた直後ならある程度時間をかければくっつけることもできたかもしれなかったのだが・・・。
それでもこの出血と緊張の中でよく生きていたものである。
「ア・・レ・・・ン・・。」
ソナタは震える腕でアレンの腕を掴んだ。
「落ち着け。もう大丈夫だ。お前は必ず連れて帰る!」
「・・・逃げ・・・ろ・・」
アレンの両目からも大粒の涙が零れ落ちていた。
スッっとメギドの右手がソナタの額に当てられると、ソナタは力尽きたようにぐったりとしてしまった。
「何をした、オッサン!」
「眠らせたのよ。動かれると治癒魔法が効きづらいから。」
サブリナの額には薄く汗が浮かんでいる。
「・・・少し時間がかかるわ。」
「どうする、アレン?」
「どうするって、何をだ! ソナタを連れて、ここから脱出するにきまってるだろうがっ!」
焦りからなのか、アレンの口調は激しくなっていた。
「あたしが言ってるのは、どうやってここから逃げるのかって事!」
沈黙が狭いセーフテントの中に重くのしかかった。
おとりに飛ばしたメラーアベイユの周りに敵影がないと気づけば、奴らはすぐに引き返してくるだろう。そうなれば、テントを抜けることは出来なくなってしまうだろう。
「そうだ。ゆっくりだが、テントごと移動するってのは・・」
「出来ない!」
シャールの言葉をアレンはすぐに遮った。
「もし、奴らが俺たちについて地上に出たらどうなる。」
誰もが息をのんだ。
想像したくない未来が待ち受けているのは誰の目にも明らかだった。
「・・・・そうかあ・・いいアイディアだと思ったんだがなあ・・」
シャールは力なくため息をついた。
沈黙がまた重く圧し掛かっていた。
そんな時、メギドが動いた。
収納室からもう一つのセーフテントを取り出すと、それをリズに渡し、自分の魔道具の首飾りを外すとアレンに渡した。
「何をする気だ、オッサン!」
メギトは耳が痒いのか、左耳を指でほじくる。
「答えろ、メギド!」
「小娘、そいつで中からもう一枚のセーフテントを張れ。兄ちゃんはその首飾りを友達に装着しろ。急げ。」
メギドは素早くテントのランプを消して外に出ると、外で再びランプを点けた。
無防備に外に出たメギドは、それでも落ち着いていた。
アレンは再びランプの灯りを消そうとしたが、すでに周りには数匹の斥候が飛び回っていた。
「危なかったな。一応中は調べてくれよ。紛れ込んでいたら大変だ。」
メギドは人ごとのように言う。
「オッサン!」
「俺は奴らを片付ける。それからゆっくり退散しようや。」
「死ぬ気か!」
「そんなつもりは毛頭ないな。もっとも、本当に毛も無いけどな。」
メギドがガッハッハと笑う。
「それに俺にはこれもある。」
彼の体のオーラ量が圧倒的に増した。
【魔力結解防御】魔術師特有の防御方法で、自身の魔力を内部から発散させ、一時的なバリアを形成する。ただ、魔力量にもよるが、長続きする代物ではない。
「じゃあな、テント張り忘れんなよリズ。アレン、シャール、サブリナ。短かったが楽しかったぜ。」
メギドはブンブンと蜂どもがまとわりつく中を手を振りながら悠々と歩いてゆく。
「こんな状況で、何をする気だ、オッサン・・。」
リズが無言で2枚目のセーフテントを張る・・。
「狭いけど、我慢するんだ。」
リズの顔が半べそである。
「バカね。」
サブリナの両目から涙が零れ落ちている。
「魔術師には最後の呪文があるって言ったでしょ・・・。」
アレンがメギドの方を振り向くと、灯りの魔法に照らされたメギドの姿はすでに小さくなっていた。




