どーして、〇体になんかに会うんですかっ!!
「どーして、ギタンの死体なんかに会う必要があるんだ!」
憤るアレンの怒りを軽く受け流しつつ、メギドはこう言った。
「まあまあ。行って見りゃ分かるって。うまく行ったら銀貨1枚でこの仕事を引き受けてやる。」
銀貨1枚と言えば、日本の貨幣に換算すれば1万円程度の価値であろうか。そんな程度で迷宮に潜る気か、それともギタンを生き返らせるつもりか、出来もしないことを語るペテン師なのか、俺たちが殺したとでも言うつもりなのか!?
アレンは内心の煮えくり返る思いを胸の内にとどめた。
そして二人は今、ギタンの部屋にいる。
ギタンの寝泊まりしている宿は1級とは言えないまでも、こじんまりとした質素な宿屋である。A級冒険者なら家を持つくらいの収入はある筈だが、家事の都合などを考えれば宿屋の方が都合がいいともいえる。特にギタンは吝嗇家だったらしい。
部屋の中に家具と言えるものは小さな机とイス。そして一人用のベッドが置いてあるだけで、簡素と言うか殺風景な小さな部屋だ。机の上にも何も置かれてはいない。壁にはポツンと鏡がぶら下げられ、ギタンの荷物と衣服は部屋の隅にまとめられていた。
ベッドにはギタンの死体が寝間着着のまま仰向けに放置されていた。宿屋の主人がさっき困惑した表情を浮かべて「早めにご遺体を片付けてくださいよ。」とアレンに懇願していた。
「気が済んだか、もう行くぞ。」
「まだだ。それにしても何も無いな、この部屋は。」
「だから何なんだ。」
「収納魔法ってのはな、魔道具を依り代にして発動させる魔法なのさ。魔術師ってのは何らかの魔道具をいくつか体に身に着けておくんだ。収納魔法が使える魔術師なら、全財産をそこに入れててもおかしくねえ。・・だろ?」
「だから何だというのだ。ギタンの全財産でも奪うつもりか。」
「そんなに尖がるなよ。兄ちゃんの話から察するに、資材やパーティー資金は全て彼に預けてあったんだろ。そうでなきゃ今頃は荷物を持って集まってる。違うか?」
「・・・・そうだ。だが俺たちにはギタンの収納が解錠できない。解錠するには王都の高名な魔術師に頼んで何日もかかると聞いた。」
「だから死体も埋葬できない。」
「・・・そうだ。」
「ふーん。ま、そんな事だろうと思ったよ。」
メギドは死体の傍に立つと、マジマジと死体を見つめていた。
ギタンの死体に外傷は無い。口角に少し泡が固まってこびりついていた。恐らくは病死だろう。突然死という所を見ると、心臓の病でもあったのかもしれない。死体には特に変わった所も無さそうだった。
「服を脱がすぞ、手伝え。」
「え、そんな事・・・」
「急ぐんだろ。」
アレンは渋々ギタンの服を脱がすのを手伝った。
裸になったギタンの死骸にも不審な点は見つからない。足首に銀製のアンクレットがある以外何もなかった。
「こいつが収納庫だな。」
魔法の知識が無くとも、さっきの説明でアレンにもメギドの言いたいことは分かった。しかし、それをどうするというのだ。アンクレットには継ぎ目も無く外せる仕掛けも無さそうだった。
「どうやって嵌めたか不思議だろ?」
それは言われて気付いた。
「魔道具ってのはそう言うものなのさ。不思議な事が平気でまかり通る。」
「だが、・・・」
「開けなければ意味は無い。・・だろ。」
メギドはアレンに人懐っこい笑顔を向けた。
収納魔法の魔法自体は普通に空間に小さな光の輪(これが扉だ)を作る。その輪に手を入れて必要な物を取り出す。収納庫の魔道具は身に着けていれば特に問題は無い。けれど、他者がその扉を開けることは出来ない。術者が防御策を施しているからだ。
メギドはアンクレットに魔力を送り、短く呪文を唱えると、空間に薄い光の魔法陣が発言した。そしてそれを帯びた指先でなぞるとポツリと呟く。
「エセル式。鍵か・・・」
メギドは硬くなりつつあるギタンの上半身を起こすと、左肩の裏側に小さな刺青を見つけた。
「こいつが鍵だ。」
「どういう意味だ。見た事無い・・文字か? ひょっとして魔法の文字なのか?」
「いいや、馴染みはあるはずだぜ。」
いつの間にかアレンの怒りは消え、興味津々にメギドの動向を見守るようになっていた。
メギドは壁にかかった鏡でその文字を映し出す。
「あっ。」
「鏡文字だよ。年を取ってくるとパスワードを忘れちまいそうになるから、こんなことをしてる奴らも結構いるのさ。」
そう言いつつ、メギドは魔法陣を指でなぞると、空中に漆黒の闇を抱えた光の輪が浮かび、その中にメギドは腕を入れる。
「トラップもねえ。な・・・と。」
メギドは手慣れた様子でアンクレットを外すとアレンに渡した。
「これで俺の仕事は終わりだ。使い方は仲間の魔術師にでも聞きな。パスワードを書き換えるだけだ。A級魔術師なら造作もねえさ。」
にんまりとメギドは笑った。
「これで終わったつもりか、オッサン。」
「ああ。問題はねえだろ。」
メギドはアレンの肩をポンと叩くとギタンの部屋から出て行こうとした。
「待てよ、オッサン。忘れものだ。」
アレンは銀貨を指で弾く。その銀貨は空中でメギドの手に納まった。
「じゃあな、兄ちゃん。気を付けて行きなよ。」
「あんたとの契約はまだ終わってねえぜ。」
ン! とメギドが振り返った。
「こいつはあんたが着けるんだ。そして俺たちと一緒に<暗黒の迷宮>に潜ってもらう。」
クルリと振り向くと、その上背からアレンを見下ろし、メギドはニヤニヤと笑っている。
「俺の人助けはもう終わりだ。銀貨一枚で報酬も受け取った。後はお前たちで何とかしな。」
単純に上背のある大男に見据えられると、それだけで圧が凄いが、このオッサンはただ物ではない。幾重にも重ねて来た年月の厚みと自信がアレンを圧倒する。
しかし、アレンは屈しなかった。
「残念だが俺たちとの契約はギルドで済ませてある。救出ミッションに同行が条件だったハズ。報酬にも異論は無かっただろう。」
確かに、口約束とは言え、ギルドの受付嬢のいる前で、曖昧だが了承している。
「そうか、迂闊だったな。」
メギドは毛の無い頭をポリポリと掻いた。
「だがよ、俺はD級だぞ。ギルドの規定じゃ・・・」
そう、D級以下の冒険者は7階層以降への出入りは禁止されていた。
「問題ない。今回は事情が事情だ。すでにギルドの了承ももらってる。」
ドヤ顔で部屋を出たのは、アレンの方だった。
「くそったれがあっーーー!!」
魔獣のような咆哮を聞いたのは、アレンが階段から降りた時である。
すいません。タイトル変えましたわ。どうも脳筋というイメージでは書けそうも無いです。




