絶対に無事に帰って来ていただきたい。
アレン達がスパカブ村へ発つ前夜、ザルツの家のドアを叩く者がいた。
ザルツが細目にドアを開けて来訪者を確認すると、ゆっくりと扉を開けた。
そこにはクロエとシュミット、そしてアレンが立っていた。
「ザルツ。あんた俺たちを殺す気か?」
アレンの声は静かだが、小さな殺気が籠っていた。
そしてザルツが少しだけ苦笑した。
「・・・立ち話もなんです。どうぞ、中にお入りください。」
ザルツは小さなキッチンにアレン達を通すと、魔道具で部屋に音声遮断の結界を張った。
「まるで来るのが分かっていたようですね。」
「・・・まあ。・・確かに。では、お茶でも入れましょうかね。」
「お茶はいい。説明してくれ。」
「焦る気持ちは分かりますよ。」
「我らの生死がかかってると、アレンに言われたんだ。落ち着いてなんかいられるかよ。」
興奮するシュミットを手で制止し、その手でテーブルのイスを促した。
仕方がないので、アレン達は思い思いのイスへと腰を下ろす。小さなテーブルで、4脚しかない椅子に腰かけた彼らは自ずとザルツの方を向く。ザルツはゆったりとしたしぐさで魔道コンロに薬缶をかけてお湯を沸かす。
お湯を沸かしている間に、茶器を戸棚から出してテーブルへと置いた。
「一つ誤解があるようですね。」
「誤解?」
「ギルドがあなたたちを見殺しにでもすると?」
「今のままではそうなる危険性が高いだろう。」
「あなた方とは別に、藍色の影にも動いていただいています。」
「・・・!!」
藍色の影はシスのA級パーティーの中でも特殊なパーティーとして知られている。リーダーのサスケ・ヒジオリはシスの街では唯一のS級冒険者であり、<SINOBI>と呼ばれる称号まで持っている・・と言われている。藍色をベースにした装束は制服のようにほぼ統一され、防具も光らない渋い黒である。しかも誰もが顔を隠している。
それだけ聞くと孤高の集団のように思われがちだが、パーティーメンバーの全員が結構フレンドリーな奴らで構成されているらしく、いろんな場面でまんべんなくいろんな冒険者と付き合いがあるのだ。
しかし、その実力は折り紙付きである。
シスの冒険者パーティーでは最強と言っていい。
「なぜ最初から・・」
ザルツが手で制止する。
「ここだけの話・・・です。」
それは音声防壁を張った時点で3人とも分かっていた。
「実はここ1年ばかりの事です。各地のギルドからあがって来る報告書の異常に気づいた職員がいました。」
「異常って、どういう異常ですか?」
「中堅クラスのBC級ベテラン冒険者の死亡率が上昇しているんです。」
「でも、そんな事は年回りのせいで起こりえる事じゃないのか?」
「最初は我々もそう思いました。気のせいだろう・・・とね。ですが、明らかに偶然では片付けられない事件もいくつか散見できるのです。例えば、酒好きの男が酔って城壁から転落死。堅実なパーティーが上層階層で全滅。」
「?? 失礼だが、普通にありそうな話では?」
「シュルツさん。あなたも酒好きですよね。酩酊しますか?」
シュルツはすまなそうに顔を赤くした。
「そりゃあ、たまには飲むさ。けど、そいつは毎日じゃねえ。ダンジョンに潜る前には・・・」
「メテオーラも堅実なパーティーですよね。」
クロエは黙り込んだ。
シスの街でも思い当たる事件はあったからだ。
「話だけ聞けば、いかにもありそうな事件ばかりなのですが、詳細に検討していくとどうにも腑に落ちないいくつかの疑問が浮かび上がってくる事件が多すぎたんです。」
「誰かが、冒険者を潰しにかかっていると?」
ザルツが沸いた薬缶のお湯をカップに注ぐ。
「ギルドは国家の干渉を案じています。」
冒険者は言わば鉱夫のような者である。と同時に、国家間の諍いが起これば、前線に立つ優秀な兵士となる予備役のような存在でもある。事実、招集に応じて戦功を立て、正式に兵団に配属される者も数多くいる。
「第5次侵攻があると?」
「否定できない状況ですね。」
空気がいっぺんに重くなった。
「どうぞ。」
ザルツが紅茶のカップを3人の前に並べると、ゆっくりと彼もイスに座る。
「戦争なんか、無い方がいい。」
アレンがぽつりと漏らす。ノアの事を思い出しているのだ。
「ですね。」
ザルツの言葉に、他の二人も静かに頷いた。
「ですが・・世界に人がいる以上、諍いは必ず起こります。我々は我々を守らねばなりません。」
突然、思い出したようにアレンが腰を浮かした。
「待ってくれ・・まさか、ギタンも?」
「分かりません。ですが否定も出来ません。」
浮かした腰を椅子に下ろすと、ポツリと呟く。」
「姑息な手を使いやがって・・・」
「一概にそうとばかりは言えません。彼らが次の侵攻を考えるには見栄や欲望ばかりとは思えません。4次侵攻までは何とか撃退してきましたが・・・いや、これは私見です。これ以上は言わずに置きましょう。ただ、貴方たちには一つだけは言っておきます。何があっても自力で絶対に無事に帰って来ていただきたい。」
「・・・まさか・・藍色の影には別任務があるって事ですか?」
クロエが驚いて言い放った。
「ええ。基本的に介入しません。」
藍色の影が介入すると聞いて、3人は安心していた。それなのに・・である。
「それは無いだろう、副ギルド長~!」
シュミットの声は落胆していた。
「貴方たち3人のパーティーは、シスの街が誇る優秀なパーティーです。いかなる困難があろうとも、無事に任務を遂行し、帰ってくると我らは信じています。」
少しの沈黙の後、突然クロエが立ち上がった。
「どうした、クロエ?」
「帰って明日の準備をする。もう一度手抜かりがないか検討する。」
アレンがザルツを見据えた。
「僕らがA級パーティーであるという誇りにかけて、任務を遂行する。誰も失わせはしない。」
「しゃあねえなあ。俺も帰ってハッパでもかけとくか・・いや、明日の朝にな。」
シュミットも面倒くさそうに立ち上がると、ぬるい紅茶を一気に飲んだ。
「んじゃ、俺たちは帰る。おめえは?」
「僕も帰るよ。少なくとも簡単な任務では無い事は分かったしね。」
3人の顔に、最初の緊張感は失せていた。
ただ、部屋から出るとき、アレンが立ち止まった。
「あの二人はどうするんですか?」
「・・・気持ちは分かりますが、放っておいてください。」
「分かった」とアレンは一言だけ呟くと、彼もまた部屋の外へと出て行った。
「確か、魔石の反応があったのはこの辺りだな。」
そこは崖の手前にある草原だった。森が途切れて、崖の前に野球場ほどの広場が出来ていた。そして、目の前の崖には小さな洞窟があんぐりと口を開けていた。
「もしかして、これが魔風穴ってやつか?」
「その可能性は低いね。あれを見なよ。」
リズは草原に散らばっているいくつかの平らな岩を指した。
そこには何か太陽の光を浴びてキラキラと輝く鉱石のようなものが乗っているのが見える。
「行こう。」
「アレン。危ないわよ。」
「承知の上だ。全員警戒。」
彼らはゆっくりと石に近づく。
やはり、平らな石の上に散らばっているのは魔石だった。
リズが何かに反応した。
「来るよ!」
「やっぱり罠じゃねえか・・。」
シャールの言葉通り、周りの森からゴブリンとハウンドウルフがゆっくりと姿を見せた。




