なんとはない日
隣の影で人が死んでいる。
そういえば、先ほど見た夢でもこのような場面があったような気がする。
まあ、どちらでもいい。
公と私を仕切るブロック塀の日陰は長い。
その私より伸びたブロック塀の影の下、公の道路で人が死んでいる。
私が一歩踏み出すと、道が沈んだ。
それは沼のように、蟻地獄のように私を飲み込んでいく。
これは見覚えがある。
父方の実家で、水を張った田圃に入った時のことだ。
田圃の中は当然の如くぬかるんでおり、一歩踏み込めば、数十センチは足を飲み込まれた。
地平線からさほど遠くない位置にある太陽が私を睨む。
まるで、私が、そこで死人を作ったのではないかと疑うように。
私は無理をして足をアスファルトの道路から引き抜き、もう一歩踏み出した。
普通、アスファルトというものは熱くならなければドロドロにはならないと思うが、沈んだ足が感じるのは、何ともいえないもので、温度としてはぬるい。
それはまるで、濡らした紙を一杯敷き詰めた容器に、足を突っ込んだよう。
嗚呼、嗚呼、嗚呼。
世界はいかようにして思い通りにならない。
道路よ硬くなれ、日差しよこちらを睨むな、死人よ死ぬな。
機嫌が悪ければ、いかようなところからでも怒りは湧き出でる。
視界が歪む。
汗はかく。
もうどうにでもなれと、アスファルトの海へ身を任せれば、不思議と苦しさはなく沈んでいく。
息ができない!と思うことなく。
どうなるか。どうなるか。どうなるか。
と、嘆く遑あればよかったのだが。
再び目を開ければ、見慣れた天井、見慣れた本棚、少ししけった敷布団。
身体はびっしょり汗に包まれ、水滴が敷布団を濡らす。
暑い、頭が痛い、目が霞む。
水を飲もう。
私はタンスの角に足の小指をぶつけながら、コップを出すことすら億劫に、水道の口から直接水を飲んだ。
ついでに頭も濡らして冷ます。
水飛沫が、肩に床に、台所のヘリを掴んだ手にかかった。
夏にエアコンもつけずに、羽毛布団を体にかければこうにもなる。