表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

9/129

帝国記(9) 春嵐9


 王の率いるドラク討伐隊は、ゆるゆると道を進む。


 急ぐ必要はない。いや、むしろなるべくゆっくりと歩みを進め、民にその威容を見せつける事こそが、この出陣の目的である。


 兵力差を鑑みれば、ドラクに万が一にも勝ち目は存在しないのだ。それよりも問題は、ドラクの発した圧政に対する檄文の方。これを真に受けた間抜けが蜂起するかもしれぬ。故にこそ、こうしてわざわざ大軍を発している。


 この王に、デドゥに逆らったらどうなるか、愚民どもにしっかりとその目と耳で覚えさせてやる必要があった。


 大軍を起こした分の戦費は、萎縮した民どもからしっかりと回収させてもらうとしよう。


「クフフ」


 デドゥは笑う。


 ゆっくり、ゆっくり進めば良い。


 8000の兵は、デラッサ領まで残り半分ほどの辺りを進んでいた。



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



「領内に入られたらもう終わりだ。とにかく出る」


 出陣を決めたドラクはすぐに準備を済ませると、馬上の人となる。部下には「逃げたい奴は逃げていい!」とだけ言った。ついてくるかどうかはあいつらの自由だ。


 だが少なくもドラクが見る限り、脱落した奴は少ない。多くの私兵がドラクを追ってついてきている。


「どこまでゆく?」


 並んで馬を走らせるエンダランドが問う。夜襲となれば、相手が野営をするような場所でなくては意味がない。


 近くに町があれば王は領主館にでも宿泊するだろう。そうなっては夜襲など不可能だ。


「大回りをして、とにかく一旦奴らに近づく。相手の動きがわからないと話にならん!」


「それもそうだな。本来なれば先に偵察を出したいが……悠長なことは言ってられんか」


 こうして強行軍で進み、王の軍の位置を確認。そうして再び距離を取ると、ドラク達は森の中に身を潜め、強行軍の疲れを癒していた。


「この辺りなら、周囲に大きな町もない。狙い所としては理想的だ」


 エンダランドはそのように言うが、まだ陽は高い。8000の敵兵の歩みは遅く、この辺りにやって来るのは暫く先とはいえ、夜になる前に通過しそうだ。


 相手もわざわざ不便な場所で、一夜を明かすことなどすまい。


「いっそ、敵の通過を見送って、夜、背後を突くのは?」


 フォルクの提案。悪くない。今日が野営とならなくても、背後を取り続けるのは優位性がある。


「フォルクの案を採用する。奴らが通り過ぎるまで待つぞ。気づかれないようにだけ気をつけて、それぞれしっかりと休んでおけ」


 ドラクがそのように決めると、各自思い思いに休息に入った。


 しかし、思った以上に厳しいな……


 デドゥ王が怒りに任せて進撃することを期待したが、王の軍の歩みには余裕がある。無理して野営をする必要などない。


 ドラク達の予測はまた、外れた。このままでは一矢報いるどころか、ただ指を咥えているしかなくなってしまう。


 何か、何かねえか?


 きっかけになる何か。


 ドラクは隣で休むサリーシャを見た。気丈に振る舞っているが、疲れはあるはずだ。


 勝負は決まったようなもの。変な意地は捨てて、いっそこのまま逃げるか?


 無理に攻めたところで、待っているは犬死だ。それよりはこの国を捨てて、見知らぬ場所でささやかに生きるのも悪くないんじゃねえか?


 そんな思いが胸をよぎる。


 どうしても行き場がなければ、盗賊まがいに身を落として、この国に嫌がらせをするって手もあるな。


 ドラクはこの戦いを諦め始めていた。


 だがその時、ドラクの運命を変える、女神の気まぐれが起こる。


「雷?」


 目を閉じ休んでいたサリーシャが、小さく疑問を口にした。


 見れば、向こうのほうから黒い雲が近づいてきている。


 ゴロゴロ


 今度ははっきりと聞こえた。


 しかもあの雲は……


 何かを探して空を眺め、日々を過ごしてきたドラクだ。“あれ”がどう言う雲なのか、経験上知っている。


 空が、大きく荒れる。しかも、急速に。


 そう判じた瞬間に、ドラクの頭にも閃光が走る。


「……いけるかもしれねえ。いや、ここしかねぇ。おい! お前ら!」


 凶暴な獣のように歯を剥き出しにして、部下を立たせたドラク。その頬を、早くも大粒の雨が叩き始めたのだった。



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



 突然、目も開けていられぬほどの土砂降りが討伐軍を襲う。


「なにごとだ! おい! すぐに天幕を用意せよ! 高貴な私が身体を冷やしたらどうするつもりだ!」


 デドゥが怒鳴り散らし、親衛隊が慌てて設営の準備を始める。


 その様子を見て、各所で天幕を広げようとするも、手元すらおぼつかぬ豪雨だ。そこここで小さな混乱が起こった。


 しかも豪雨が声を掻き消し、指揮官の命令がうまく伝わらない。



 各所で兵士が慌てて動き回っている。そんな兵士達に混ざって、王の元へと真っ直ぐに走る者達に気づくものはいない。


 その者達は、とても耳の良い男を先頭にひた走る。目標は、天にも悪態をついているこの国の王。


 先頭の男は耳障りなその声を、豪雨の中から正確に聞き分けた。


「おい! まだか!」


 デドゥは豪雨の中でやたらに怒鳴り続けている。


 まさかそれが、自分の命を縮める行為だとは毛ほども思ってはいなかった。


 デドゥのすぐ隣にいた守兵が馬から崩れ落ちる。だが、デドゥは気にもとめず怒鳴り散らす。



 そんな王が最後にその目に映したのは、



 春雷の中でギラつく目をこちらに向けたドラクと、ドラクの持つ槍の穂先であった。




〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



 グリードル帝国初代皇帝、ドラク=デラッサ。


 これより30年余に渡り戦場を駆けることになる覇王は、この日初めて、天に触れた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ