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帝国記(89) 六ヶ月戦線20


 レグナの総指揮官、サランは、本陣でゆったりと読書に勤しんでいた。


 すでに戦端が開いてから半月が経過している。この間、レグナの兵士達は一寸たりとも戦いに参加していなかった。


 そしていずれの日においても、ランビューレから出兵要請はない。


 それもそのはず。サランは初日の軍議の場において、立腹したふりをして、椅子を蹴って立ち去ったからである。


 初日の軍議では、ライリーンや元ウルテアの親衛隊の将官が強く強行を進言した。


 サランの把握している限り、ライリーンとその一派はかなり厳しい立場に置かれているようだ。


 元、ウルテア王の妃でありながら、本人が戦場へ繰り出してきたあたり、相当に切羽詰まっているのが伝わってきた。


 だからこそサランは、あえて慎重論を持ち出し、淡々と反論を並べ、ライリーン達の苛立ちを煽った。


 結果はサランの予想通り。ライリーンから暴言とも取れる発言を引き出し、それを受けて、怒りを露わにして軍議から立ったのである。


 これは別に、自軍が戦わぬための行動ではない。サランがあの場を去れば、ライリーンや強行に賛同していた者達は退くに退けなくなる。


 結果として彼女たちはわざわざ、自ら敵の罠にかかりに進軍してくれるのだ。


 しかも、レグナに参戦を促しにくい状況を生み出しているので、しばらくはランビューレのみで動かざるを得ないだろう。


 なれば当面の間、サラン達は間抜けがやられる様を見ながら、ゆっくりと戦略を練ることができる。しかも自軍の被害は皆無で、だ。これほど効率の良い話は無い。


 グリードルは、なかなかに用意周到にして待ち構えていた。あの、迷路のような要塞には、敵ながら少々感心した。


 サランは、キリの良いところまで読んだ書物をパタンと閉じると、


「そろそろか」


 と呟く。


 そんなサランの読み通りに、ランビューレより使者がやってきた。


「サラン殿のお怒りは尤もなれど、この後の軍議に参加していただきたい」


 という内容である。


 サランは快く応じると、数名の部下を伴ってランビューレの本陣へと向かう。その間、部下の一人が鼻で笑いながらサランに言葉をかけてきた。


「全く、ランビューレも情けないのでございますな」


 この8日間、味方は砦に取り付くことすらできずに撃退されている。どころか、幾重にも張り巡らされた、迷路のような防壁すら満足に突破できていない。


 部下はそれを揶揄しているのだろうが、サランが見る限り、今のところは敵の用兵の巧みさを褒めるべきというべき内容といえよう。


「まあそう言うな。むしろ、噂通りのグリードルの強兵ぶりだ」


 メルドー達の行軍によって、サランの目的は十分達せられた。むしろ、よくやったと褒めてやりたい心持ちである。


 ランビューレ軍の本陣にたどり着くと、早々にやや愉快な光景が飛び込んでくる。


 初日、ランビューレの大将の隣に、当然のように席を確保していたライリーン。今は見事なほど隅の方へと追いやられ、やってきたサランに一瞬視線を向けるも、すぐに童のように首ごと逸らす。


 その様に心の中で苦笑してから視線を戻せば、ランビューレの指揮官、ミトワの隣が空けられていた。


 サランはその席に黙って座ると、ミトワが黙礼をしてから口を開く。


「さて、サラン殿。先日は失礼した。戦場であるがゆえの、いささか行き過ぎた言葉とご理解いたあだければ嬉しく思う」


「無論、気持ちは痛いほど分かります。が、私が事を慎重に運ぶべき、と申したのもお分かりいただけましたか?」


「うむ。想像以上に厄介な砦となっておる。ついては、レグナもそろそろ、戦いに加わって頂きたい」


「もちろん。ここまで無為に、指を咥えて見ていたわけではありませんからな。明日からは我らも参加させていただく」


「感謝しよう。して、何か策が?」


「そうですな。策というほどではありませんが、少々考えている事はございます」


 皆サランの言葉に耳を傾ける。


 こうしてひとまずサランの策を試してみるという話でまとまり、各将が退出する中、サランはミトワに呼び止められた。


「せっかくなので、夕食をともにしませぬかな?」


「では、ありがたく」



 早々に酒と肴が用意され、サランの差し出した酒瓶に、杯を向ける。トクトクと小気味良い音とともに杯がワインで満たされた。


 軽く杯を合わせ、喉を湿らせると、ミトワがゆっくりと言葉を漏らす。


「……あの女狐には困ったものです」


 ライリーンの事だ。ランビューレの指揮官としては面白くないのは分かる。


「まあ、人柱としては非常に優秀と考えれば良いのでは」


 ライリーンの引き連れてきた兵士は、とりわけ被害が大きい。すでに半分近くが戦闘不能に陥っている。聞くところによれば、早々にメルドー家に援軍を命じたらしい。


「……左様ですな。いっそこのまま……」


「そこまでにしておきましょう」


 サランに咎められて、ミトワはこほん咳払いをすると話題を変えた。


「ところで、王子様のご様子はいかがですかな」


「おかげさまで、変わりなく」



 急拵えの連合軍ではあるが、ランビューレとレグナだけは、他国と少々事情が異なっている。


 事情を知っているのは、両国でもごく一部のもの達に限られていた。


 その数少ない人間である2人は、お互いに僅かに口角を上げるのだった。



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