帝国記(84) 六ヶ月戦線15
「ホーゲルが討ち死にだと!?」
届けられた一報に、スクイーズは思わず声を荒らげた。
ホーゲルは武にも長けた将校ではある。だが同時に、自ら先頭に立つような性格ではない。だからこそ一軍を預けたのだ。簡単に討たれる事など、あり得ぬ。
理解に苦しむスクイーズに対し、報告にきた兵士がその詳細を伝え始める。
民間兵と捨て置いた少勢が、実は大変な手だれであり、中でも大きな剣を軽々と振り回す男が一気にホーゲルの元へやってくると、一撃の元に屠ったと。
「大剣を軽々と振り回す男……」
一人心当たりがあった。同席していた将も思い当たったようで、「まさか」と呟きながらその名を口にする。
「大剣のガフォル……」
最近グリードルで売り出し中の将の一人だ。身長ほどもある巨大な剣を振るい、各地で暴れ回っていると聞く。
これでロスター要塞都市を襲ったのは、グリードル軍であった事が明確になった。では、砦から兵を割って、ズイストに攻め込んだのか。随分と無茶な策を立てるのものだ。
いや、感心している場合ではない。
「それで、我が軍はどうなった」
「はっ。ホーゲル様討ち死にの後、敵兵は無理攻めをせずにそのまま逃走。我が軍はしばし混乱しましたが、現在は体制を立て直し、スクイーズ様の指示を仰ぐように、と」
「追撃はせず、か。英断だな」
現状、最悪は敵軍を追いかける事だ。
この状況下でズイストに攻め入り、ホーゲルを打ち取るなど、並の将の仕業ではない。さらなる罠を仕掛けている可能性もある。
敵が自国内で好き勝手しているのは腹立たしいが、無駄に被害を広げなかったのは大きい。
「別働隊の被害は?」
「戦闘不能は1800名ほど」
「多いな」
「大剣の男が率いた部隊からの被害が、思いの外大きかったためです」
スクイーズは顔を顰めると、腕を組み、天を仰ぐ。
「さて、どうするか」
兵を割いた分だけ、砦の守備は手薄だ。一気呵成に攻めかかれば、短期決着も十分見込める。
仮に砦からの抵抗が強固であっても、陥落は時間の問題といえた。
おそらく、グリードル軍が無理を押してズイストに攻め込んだのは、こちらの兵力を砦から遠ざけるためであろう。
長期戦でこちらの兵糧や戦費を削り、撤退を誘う狙い。
ならば、わざわざ付き合ってやる必要はない。これ以上いたずらに消耗するより、別働隊を合流させ、ひとつひとつ確実に叩いたほうが良さそうだ。
「……別働隊には急ぎ、こちらに合流するよう伝えよ。また、これより本格的に砦攻めを開始する! 力押しだ! 砦を奪い取り、周辺をわが国の領地としたら、反転、ガフォルとその一味を殲滅するぞ! 良いな、直ちに準備せよ!」
「「「ははあっ!」」」
スクイーズの命令によって、ボルシアの砦への本格攻勢が始まる。
だが、砦からの抵抗も大きい。
それでも明らかに、戦況はこちらが優勢に運びつつあった。
そのような中、ズイスト軍の別働隊がようやく帰陣。スクイーズの合流命令より、実に18日目の事であった。
そして、着陣と同時に、スクイーズは3たび、信じられぬ報告を受ける事となる。
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「守れ!! 時を稼がば我らの勝ちぞ!」
砦を任されたグランディアは、喉がはち切れんばかりに叱咤する。それでもズイスト軍の勢いは凄まじく、衰えを知らない。
ある日を境に、突如攻勢が強まった。
敵に完全包囲されている中、詳細な情報は望むべくもないが、リヴォーテ達の方で何かあったのは想像に難くない。
問題はそれが、吉報か凶報か。
どちらもありうる状況だ。
考えうる一つは、リヴォーテ達がズイスト国内で一定の成果を収め、こちらを囲んでいるズイスト兵どもが戻らなければならなくなった。
無理矢理にでも砦を落とし、自国へ取って返すという流れだ。
グランディアからすればこれが理想である。どうにか凌ぎ切れば、やつらは撤退する可能性がある。
一方で、リヴォーテ達が失敗した場合。
砦を囲んでいたズイスト軍は、当初の報告よりも少なかった。すなわち、部隊の一部をリヴォーテ達の討伐に向かわせていたのは間違いない。
ならば、リヴォーテ達が負け、別働達が合流する目処が立ったので強気に出た。ということも考えられる。
後者であれば、覚悟を決める時。
もとより、ナステルが滅んだ時に捨てた命。グランディアの気持ちはすでに定まっている。
城門が突破されたその時は、せめて一人でも多く道連れにして華々しく散るのみ。
「城門、持ちません!!」
悲鳴のような味方の報告に、グランディアは怒鳴り返す。
「案じるな! まだ持つ! 目に付く建物を破壊し、城門に在らん限りの瓦礫をつむのだ! 急げ!!」
命令を受けた部下が立ち去ると、また別の伝令が。
「てっ……敵援軍が! その数、多数!!」
「!!」
ついに来た! ズイストの援軍がやってきたのであれば、リヴォーテ達は失敗したのだろう。
もとより無茶な策であった、或いはリヴォーテやガフォルはすでに、ズイスト国内で命を落としたか。
こうなれば、あとは終わらせ方の問題だ。
自分に付き従う者達のみを引き連れて、玉砕覚悟で突撃するか。
いや、砦を任された以上、最後まで責任を持つのが指揮官の仕事。とにかく可能な限り戦い、最後は砦に火を放つ。
「……様! グランディア様!」
「今度は一体なんだ!」
「それが……敵兵、撤退! 撤退を始めております!!」
「なんだと!? なぜこの状況で退く必要があるのだ!?」
「分かりません! ですが事実です」
グランディアが状況を掴みかねている中、本当にズイストは消え失せる。
ズイスト兵が瞬く間に消え去ったとの入れ替わるように、ズイスト領を荒らしていたグリードル軍4000が戻って来た。
早々に招き入れると、そこにリヴォーテとガフォルの姿はない。
代わりにリヴォーテから部隊を預かった将が、事の顛末を語り出した。
それは、俄には信じがたい内容。
リヴォーテの策をきっかけにして、ズイストの各地で市民の蜂起が始まったと言うのだ。
「おそらくズイスト側は、内乱の鎮圧および、我らがこちらに近づいてきているのを察知して退いたのでは、と」
「それら全てをリヴォーテが? いや、それよりも本人はどこに?」
「リヴォーテ殿からは『もうズイストに攻め込む余力はないと思うが、念の為引き続き砦を守れ。そのために兵4000を預ける。俺は別の戦地へ向かう』との由」
「なんという……あやつは、どこまで先を見ているのだ? 恐るべき……圧倒的な鋭きまなこよ」
グランディアのこの一言。
これがのちに、リヴォーテを称する通り名として広まってゆく事になる。
いつしか、人は彼をこう呼ぶようになった。
“鋭見のリヴォーテ”と。




