帝国記(78) 六ヶ月戦線9
「攻めましょう。こちらから」
グリードル軍の守りの最西端、ズイストの国境線にあるポルシアの砦。
軍議の場で腕を組みながら、リヴォーテは当然のように言い放った。
リヴォーテの提案に、この地の大将を仰せつかっていたグランディアは一瞬固まる。その隣ではガフォルが自らの額を叩いていた。
一拍置いて、グランディアが口を開く。
「リヴォーテ殿、それは、敵兵が見えたら野戦に打って出る、そのような意味合いか?」
グランディアはグリードルでは新顔の将だ。一回り以上歳の離れたリヴォーテにも礼儀を払って対応してくる。
元はナステル軍を率いる中心人物の一人であったため、陛下よりその統率力を期待され、ポルシアの砦の大将に抜擢されたのだ。
グランディアの質問は、通常であればおかしなことではない。リヴォーテ達は西の守備を任されたのだから。
しかし、リヴォーテの考えていることは全く違う。
「グランディア殿、そうではありません。こちらからズイストに攻め込もうと言うのです」
「何を一体……」
「攻撃こそ最大の防御。ズイストもこちらから攻めてくるとは思ってもいないでしょう。であるからこそ、今が攻め時なのです」
今回の戦い。連合軍が国別に行動することがはっきりした時から、リヴォーテはずっとこの作戦を考えていた。
「それは確かに敵も虚を突かれるとは思うが、兵数の差は如何ともし難い。敵はおよそ22000から23000の兵を差し向けているのだ。対してこちらは8000。仮にこちらから攻め入るとしても、当然最低限の守備は残さねばならぬ。そうなれば、出せる兵士は限界でも3000といったところだ」
グランディアの説明は実に正論である。そして、正論でしかない。
「兵はありますよ。俺の見立てでは、1万は攻め手に回せます」
「そんな兵士が、どこにいると……」
「この地に」
リヴォーテの説明に、その場にいた諸将が首を傾げる。いや、ガフォルだけは呆れた顔でリヴォーテに話しかけてきた。
「お前は今ので説明したつもりだろうが、全く伝わっておらんぞ」
「む。もちろんこれから言葉は重ねるつもりであったが、これが一番わかりやすいと思うぞ?」
「何が分かりやすいものか。お前偶に、論理が飛躍する事があるぞ」
「失礼な。俺はちゃんと順を追って説明するつもりで話している。良いか、今、俺達がいるこの地域は、かつてなんだった?」
リヴォーテが問いかければ、ガフォルは一応考える。こいつはなんだかんだ言って人の話をちゃんと聞く。
「……もしかして、旧バウンズ領だと言いたいのか?」
「うむ。ガフォルの言うとおりだ。ここは旧バウンズ領。だから兵士が集められるのだ」
「だから話が飛びすぎる。旧バウンズ領だとなんだと言うのだ?」
「いいか? バウンズが討たれた時、この地には25の貴族がいた。いずれもバウンズの犬どもだ。愚かにも陛下に降ることなく取り潰されたのが11家。つまり14の家は臣従と共に、存続を許された」
「リヴォーテはその14家から私兵を出させようとしているのか? しかし、残った家は領地の大半を接収されたと聞く。まとまった兵数など抱えているとは思えんが」
「そうとは限らん。そして、俺が狙っているはその14家だけではない。いいか、バウンズが死んだ後、グリードルの領内で最も争いなく安定していたのが、このあたりの地域だ。それには異論ないな?」
「ああ、それは間違いないだろう。ランビューレとの戦いにはほぼ巻き込まれていないからな」
「ならばもはや、答えは出たようなものだ。今は平野の全てが不安定な情勢。力を削がれた貴族どもは、生き残るために何をする? もしもグリードルが敗れた時、あやつらはどう生き残ろうとする?」
「……混乱の中で、自領を守るか、自領を増やすかする、と?」
「俺が同じ立場なら、そうする。陛下の手前、派手にはやらぬかもしれんが、それでも余程の間抜けでなければ、今は最低限の力を蓄えなければならない。まして、陛下のお気持ち一つで取り潰されるかもしれんような貴族どもは」
「……まあ、理解できなくはない。だが、14家以外からも、と言うのは?」
「この地にある貴族の全てに告知する。『兵の数を以て、陛下に忠誠を示せ』とな。新たに配置された貴族達は、14家に後れをとるわけにはいかん。我先に私兵を送り込んでくる」
リヴォーテの言葉に、ようやく理解した諸将が唸る。その中からグランディアが懸念を示した。
「リヴォーテ殿の申すことは理解できるが……陛下の許可なくこのような事をするのは。それに、下手をすれば、陛下への不満が大きくなり、裏切る恐れすらある」
「グランディア殿の心配は尤もです。だが問題はありません。文面は全て、俺に不満を向けるような内容にします。陛下の威光を傘にきた、若造の暴走というやつです」
「なんと、しかしそれでは貴殿の命が危うくなるが?」
「俺の命一つでグリードルが優位に進めば安いもの。それに失礼ながら、グランディア殿は思い違いをしている」
「思い違い? なんの事ですかな?」
「そもそも連合軍との戦いに敗れれば、不満も何もあったものではないという事です」
リヴォーテの反論に、グランディアは言葉を失った。
「俺の身の心配や、陛下に無断でこのような事をする危うさは、戦いに勝ってから考えれば良い。それだけの話です」
グランディアは、絞り出すように言葉をこぼす。
「……リヴォーテ殿、貴殿はその若さで、どこまで先を見ておられるのか……。末恐ろしい御仁だ。相わかった。しかし、この策を実行するには、一つ条件がある」
「なんでしょうか?」
「私との連名とさせてもらおう。これでもこの軍を任されたのは私だ。責めを負うのであれば、このグランディアであるべき」
「……では、そのように書き足しましょう」
「書き足す? すでに文書を準備されていたのか?」
「もちろん。のんびりしている時間はありません。すぐに各所へ馬を飛ばします」
皆が呆れる中、リヴォーテは早々に、早馬の準備を命じたのである。




