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帝国記(67) 在り方


「サリーシャ!!」


 息せき切って部屋に飛び込んだドラクを、サリーシャは目を丸くしながら、不思議そうに出迎えた。


「あら、ドラク。お帰りなさい。もう知らせが届いたのね」


 第二妃ピスカと第三妃レツウィーがほぼ同時期に懐妊したとの知らせを受け、ドラクは取るものもとりあえず、旧ナステル領から馬を飛ばしてきたのである。


「ああ。……その、なんだ……」


 サリーシャにかけるべき最良の言葉は何か。帝都についてすぐにサリーシャの元へとやってきたが、気の利いた一言が見つからない。


 言い淀むドラクに対して、サリーシャは何かを察したようだ。


「とりあえず座りましょう。今、お茶を用意するから」


「お、おう……」


 促されるままに座り、とにかく何か言葉にしようと考える。


 それでも何も浮かばない自分の頭をぶん殴りたくなる気持ちのまま、お茶を置いて座ったサリーシャと再び対峙する。


 サリーシャはお茶に口をつけると、小さく息を吐き、口を開いた。


「まあ、まさか2人ともほぼ同時というのは流石に驚いたけれど……」


 そのように呟いて、サリーシャは改めて立ち上がると、ドラクへと深々と頭を下げる。


「陛下。お世継ぎの誕生、誠におめでとう存じます」


「お、あ、うん。いや、ああ」


 なんとも締まらぬ返事をするドラクに対して、サリーシャはくすくすと笑いながら、姿勢を戻すと再び席についた。


「とりあえず、ドラクが私のことも忘れていなかったのは、嬉しく思うわよ」


「ばっ! 忘れるわけがねえだろうが!」


 ドラクの反応を見て、また少し笑ったサリーシャは、穏やかな表情で続ける。


「ドラクの言いたいことは分かるわよ。正直に言えば全く何も思わないわけはないけれど、けどね、いずれこんな日が来るんじゃないかなって、心のどこかでは思っていたの」


「サリーシャ……」


「でも、そこまで嫌な気持ちじゃないわ。これは強がりじゃない。ドラクの子ができるの。グリードル帝国の次代の皇帝となるべき人間となるかもしれない。そうであってほしい。なら、これはとても喜ばしいことよ。違う?」


「……違わねえ」


「でしょ。ま、こればっかりは運命の女神様の差配にもよるでしょうから。貴方が動揺するべきではないわ。他の2人の妃に失礼よ」


「そうか……そうだな」


「それよりも気になるのは、どちらが先に生まれるかよね。どちらが長兄かを巡って争いになっても困るし……。ねえドラク、もう少し調整できなかったの?」


「無理に決まってんだろ……」


 困惑するドラクに、サリーシャはまた少し笑った。今日は僅かに、乾いたような笑い方が多い。表面上はともかく、平常心、というわけではないことはドラクにも伝わってくる。


「それはそうよね。ただでさえ帝都にいる時間も少ないのだから。貴方が全員の妃とちゃんと向き合っているのは褒めるべきよね」


 ドラクにはなんとも言葉が見つからない。


「それで、2人の反応はどうだったのかしら? 嬉しそうだった? 不安そうだった?」


「あ、いや。まだ……最初にお前のところにだな……」


 ドラクがそのように言った瞬間、先ほどまで穏やかだったサリーシャの表情が一変する。


「ドラク……聴き間違えだと思うから、念の為確認するわね。まさか、子を成した二人を放っておいて、私のところに来たわけじゃないでしょうね」


「あ、いや。その……はい」


 ドラクが若干身を引きながら正直に答えると、サリーシャは再び立ち上がる。そうしてドラクの目の前までやってくると、「ぱあん!!」と部屋に響き渡るほどの勢いでドラクは額をひっぱたかれた!


「痛え! 何すんだ!」


 ドラクの抗議は全く無視。明らかに立腹しているサリーシャは、腰に手を当て鋭い視線でドラクを見下ろす。


「この馬鹿! 今2人がどれだけ不安か分かっているの!? 私の相手なんかしている場合じゃないでしょう! とっとと2人の元へ行って、様子を見てあげなさい!!」


「いや、俺はお前のことが心配で……」


 なおも言葉を続けようとしたドラクの額を、いま一度叩いたサリーシャは、部屋の入り口を指した。


「いいから、さっさと行きなさい!」


 ドラクも言い訳を諦め、渋々立ち上がって部屋を後にする。



 ドラクが扉を閉める瞬間、サリーシャが「でも、ありがと」と言ったような気がしたが、ドラクは今度こそ間違えないために、振り向くことなくそのまま閉じた。



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



 後に誕生した子は2人とも男児で、第一子はビッテガルド。第二子はフィレマスと名付けられた。


 ドラクにはその後も、第二妃との間に1人。第三妃との間にも1人。それぞれ男児を授かる事となる。


 サリーシャはその子ら全てに分け隔てなく接し、グリードルの内部で諍いが起きぬように気を配ってゆくのであった。

 




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