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帝国記(66) 三宰相


挿絵(By みてみん)


 スキットが部屋に入ると、キャナンドとルーゴがすでに待ち構えていた。ランビューレの三宰相が揃い踏みである。


 普段から難しい顔をしている事の多いスキットや、基本的に無表情のルーゴはともかく、日頃笑顔を絶やさぬキャナンドすら渋い顔を見せているため、室内の空気は重苦しい。


「お待たせして申し訳ありません」


 スキットが詫びると、ルーゴが軽く手を挙げる。


「謝罪には及ばん。ナステルの方々は如何だったか?」


 スキットはナステル王と貴族を受け入れるために、わざわざグリードル国境まで足を運び、先程戻ってきたばかりだ。


 忌々しい事にドラクは「知らぬ仲ではない」という理由で、貴人達の引き取り役にスキットを指名してきた。


 流石に受け渡しの場にドラク本人の姿はなかったが、顔を出せば嫌味の一つも言ってやるところだった。


 戻ってくる最中もあの野郎(ドラク)のニヤついた顔が浮かんで、つい憮然とした表情になってしまい、護衛していたナステル王をいたずらに不安にさせてしまった程である。


 再びドラクの顔が浮かびそうになり、スキットは小さく頭を振って気持ちを切り替える。


「意気消沈しておられますが、ナステル王はじめ、皆様に怪我などはありません」


「そうか。それは重畳。とは、言えんな。いっそ何人か減ってくれても良かったが」


 ルーゴの歯に衣着せぬ物言いには、スキットも苦笑するしかない。しかし、ルーゴがそのように吐き捨てたい気持ちもよく分かる。


 もはや、ナステル王やその臣下には、はっきりいってなんの価値もない。


 外交筋で多少使えるかもしれないが、せいぜいがその程度。


 にもかかわらず、格式を考えれば相応に遇さねばならず、グリードルからお荷物を押し付けられたという印象でしかない。


「まあまあ、ルーゴ殿。確かにナステルの方々は直接は役には立たんが、間接的に“例の件”では、一応それなりの効果を発揮してくれるはずだ」


 キャナンドがそのように取りなし、ルーゴもそれ以上の言及は止める。その様子を見て、キャナンドがようやく表情を少し緩めた。


「いやしかし、スキット殿のいう通りでしたな。我々はあの男を、そしてグリードル帝国を侮っていた」


 キャナンドの言葉に、ルーゴも頷く。


 スキットは早い段階からドラクの危険性を指摘していたし、実際に本人に会ってからはその思いを一層強くしていた。


 2人もスキットの話を適当に聞いていたわけではなかろうが、実感として持てずにいたのである。


 いや、スキット自身さえも、休戦協定から半年そこらでナステルが滅ぶとは思ってもみなかったし、正直に言えば今も信じがたい気持ちは捨てきれない。


 ドラクという人物と、実際に相対したスキットですらそうなのだ。キャナンドやルーゴがそこまで想定し得なかった事は、ある意味必然とも言えた。


「我々は後手後手だな」


 ルーゴが不快そうに吐き捨てる。まさに、完全に後手を踏んでいる。途中まではわが国が優勢に事を動かしていたはずだ。いつの間にこのような状況に陥っているのか。


 思い返せば、フィクスが誑かされて出陣し、グリードルに捕らえられてから戦況が一気にひっくり返された。


 結果論ではあるが、あの場でフィクスの我儘など跳ね除ければ良かったのだが、今更後悔しても遅い。


 とはいえ、フィクスは元ウルテア王妃であるライリーンを妻に持つ。要望を完全に断ることができたかといえば、実際には難しかったであろう。


 そもそもあの時は、スキット自身も心のどこかでグリードルを見下していた。ゆえに、フィクスよりもスキット自身の手落ちであった。


「これ以上後塵を拝するわけには参りません」


 己を戒める気持ちも込めて、スキットは2人にそのように宣言する。


「無論だ。これ以上あやつらを甘くみるつもりはない」


 ルーゴが応じ、


「しかし、困ったものだ。まさか帝国がここまで大きくなるとは……」と、キャナンドは小さくため息をつく。


 ナステルを完全に掌握したことで、グリードルは平野の各国と比べても引けを取らない勢力へと急成長を遂げた。


 無論、急激な領土拡大には様々な弊害があるため、即座に強国とはならないだろう。が、時が経てばグリードルは確実に強くなってゆく。


「破るか?」


 ルーゴが短く言い放ったのは休戦協定のことだ。これ以上余計な時間を与えたくはない。だがあえて、スキットは否定した。


「調整にもう少し時間がかりますゆえ、今はこのままの方が良いかと。流石に半年程度でグリードルの国内が急速に安定する事はありません」


 グリードルにどれだけ優秀な人材がいようとも、物理的に無理だ。


「そうだな」


 ルーゴもあっさりと認め、話は次へと切り替わってゆく。


 その日、三宰相の会談は、深夜まで及んだのである。



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



 ナステル王一派をランビューレに送り出したグリードルは、いまだ不安定な旧ナステル領の統治のために奔走していた。


 そうして瞬く間に時は過ぎ。


 帝都で第二妃ピスカと第三妃レツウィーの懐妊が判明したのは、ランビューレとの休戦協定が終わる一月前のことであった。




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