帝国記(65) 拝命
ナステル王が降伏を決断、王都陥落。
その第一報がドラクに届いたのは、朝日が大地を照らし始めた頃のことだった。夜半から始まった王都の攻防は、逐次ドラクの耳にも届いている。
ドラクやエンダランド達側近は、眠ることなく状況を注視していた。
王都が決着となれば、囲んでいる砦を無理責めする必要はない。ネッツ達の戦いは、この一戦の命運を握ると言っても大袈裟ではなかった。
そうして届いた吉報である。
「ネッツがやったか!」
ドラクは一度、ぱあんと手を叩いて怒鳴るように叫ぶ。側ではエンダランドやジベリアーノが深く大きな息を吐いた。
ネッツはリヴォーテの策に乗じて、城門の攻防戦を制した。王都に傾れ込むネッツの部隊を見たナステル王は、心折れ、自ら出向いて降伏を宣言したという。
もとより王都内では交戦派と降伏派で意見が割れており、ナステル王自身は密かに降伏に気持ちが傾いていたらしい。
ちなみに敵軍を引きつけたリヴォーテとガフォルだが、あいつら、よりにもよってわざわざこちらへ敵兵を引き連れて逃げてきた。
ナステル兵からすれば、自分たちが誘引していたはずが、いつの間にか立場が逆転し、理由がわからぬうちにドラク達に囲まれた。災難としか言いようがない。
当のリヴォーテだが。流石にまだお子様である。夜間の戦闘はこたえたようで、眠そうだったので休ませている。おそらく今頃は夢の中だろう。
リヴォーテのことはともかく。
「それで、砦の動きはどうだ?」
ドラクにもたらされた情報は、こちらと睨み合う敵砦の指揮官にも届いたはずだ。王が降ってなお、最後まで国に殉じるのか。それとも……
一報から半刻ほどのち。
「ダットの砦より使者が来ました」という伝令の言葉を持って、ナステルとグリードルの戦いは、ついに決着を迎えたのである。
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ナステル王の処分について、ドラクは「兵と財を持たずに国を出るなら、命は許そう」と伝えた。
さらには、ナステル王と共に国を出ることを希望する貴族があれば、これも同様の条件で認める。
ナステル王はドラクの提示した条件を飲み、家族と共に国外退去を選択した。
ワールナート家の政敵であった貴族、ムーランド家や、ムーランド家に近しい貴族達もまた、ナステル王と行動を共にすることを選ぶ。
まあ、当然の事だとは思う。ムーランドの一派と敵対していたワールナート家は、今や皇帝の縁者である。グリードルに残れば、ムーランド家に連なる者に明るい未来はない。
「……陛下、随分と甘い処置でしたが、宜しかったのですか?」
エンダランドが聞いてくるも、
「エンダランドともあろう奴が、俺の狙いが読めなかったか」
と揶揄ってやると、普通に嫌な顔をする。
「どうせ碌でもないことを考えていたんだろう?」
「そうでもねえぞ。ナステル王達が国を出て、流れ着く場所ってどこだ?」
「……エニオスはありえんな。直前で逃げ帰るような同盟者に期待はできん。つまり、ランビューレか」
「ああ、だろうな」
「……お前の考えがわかってきたぞ。つまりお前は、スキットに嫌がらせをするためだけに、ナステル王を送り出したのか?」
「おう。あの野郎、好き勝手言ってくれたからな! どうせナステル王も、その取り巻きももう利用価値なんぞねえだろう? だが、ランビューレからすれば無碍にはできねえ。ただ飯喰らいをまとめて送ってやったんだ。スキットのやつ、どんな顔をしているか楽しみだ!」
スキットなら、こちらの意図に気づいて渋い顔をするだろう。それを想像すると愉快な気持ちになる。そんなドラクに向かって、エンダランドは少々呆れながら、
「しょうもないことを……」
とだけ言うのだった。
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つい先日まで、ナステルの王都であったフレデリア。その玉座に座ったドラクの前で、ネッツが跪いている。
見守る諸将の列に混じって、この日のために帝都から呼び寄せたオリヴィアの姿もあった。
本日この場は、ネッツへ貴族格を授与するため論功を行うためのものだ。
ドラクがネッツの功績を読み上げ「―――これらの功により、ネッツに家名を与える」と宣言すると、ネッツは短く「はっ。ありがたく」と答える。
「ネッツは今後、ストレイン家を継ぎ、ネッツ=ストレインを名乗れ」
「ストレイン家……かしこまりました」
ドラクの言葉を容れたネッツであったが、どうもピンときていないようだ。ドラクとしてはかしこまった儀式はここまでと判断し、改めてネッツに伝える。
「ストレイン家がどんな家か知っているか?」
「いやぁ……知りません」
素直に答えて頭を掻くネッツ。実にネッツらしい。
「その家はウルテアでも名家だぞ。王の妻を輩出したほどのな」
「そうなんすか?」
まだネッツは分かっていない様だ。やれやれ、手間のかかるやつである。
「オリヴィア、説明してやれ」
「なっ!? 我がか!?」
ドラクに命じられて、あからさまに動じるオリヴィア。そんな様子を不思議そうに見つめるネッツ。
オリヴィアはしばし、声にならない声を上げてから、白い肌を真っ赤にしながら呟く。
「ストレイン家は……我が母上の実家じゃ」
オリヴィアの実家を継ぐ。その言葉でようやく意味を理解したネッツもまた、オロオロしながらドラクとオリヴィアを交互に見る。
そんな二人の様子を、ドラクも諸将も、暖かく見つめるのであった。




